108─ワンハンドレッド・エイト─   作:Shohei Hayase

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Hazard is on fire

「凄いですよ主任、あの暴れ馬がまるで赤子です」

 

第4室に務める女性研究員の言葉に、主任は目の前のアイガイオンを見据える。

 

『セプティリオン』が手ずから設計し、第3.5世代軍用E3Sとして生を受けたアイガイオン、その5号機。

 

日本に存在する主要重工業メーカー5社に1機ずつ製造許可が降り、UHIは先行4社の運用データを元にして細かな仕様変更を加えた上で建造したため、この機体は5号機となった。

 

(元々セプティリオンがフルスペックとして設計したアイガイオンは、常人が使う事を前提としていない。それを制御するとは……)

 

コンピューターが人間を超えてから41年。人間には過剰な性能を持つ試作機を、どうにかして普通に扱える性能までダウングレードする。それが技術開発の常識だった。

 

それを覆す事態が、目の前で起きている。

 

「状況報告を」

 

「現在アイガイオンは自律演算モードで外部ネットワークとの接続は低位。主演算装置のクロックスピードは9.7GHzを維持。茅原君の脳波状況はグリーン。脊椎接続は問題なし。幻反射は見られません」

 

キャビネットの上に置かれたパソコンに目を通すが、特にそれらしい異常がある訳でもない。

 

だが先程起こったオカルト染みた──自分の頭では到底そうとしか思えない──事象を見て、楽観視出来る程自分を無能だとは考えていなかった。

 

「アイガイオンの疑似戦術級コンピューターの状況を0.008秒単位で更新、どんな些細な事でも報告しろ!」

 

敢えて鋭く下知を下し、自身もモニターに齧りつく。

 

……果たして、それは突然やって来た。

 

「これは……アイガイオンのクロックパルス幅が変調して……茅原君の脳波に近付いていきます!」

 

「人間の脳波を、自ら再現しているのか……? 茅原君の状態は?」

 

「安定しています。正常レベルを維持」

 

「……何か一つでもエラーを出したら、すぐに切断してくれ」

 

アイガイオンは彼に危害を加える意図は無さそうだと感じ、一応の備えは取りつつも軽く息をつく。

 

そうこうしている内に数度波形が揺れ、彼の脳波と完全に一致した。

 

「完全同期状態、今度は茅原君の生体コンピューターと何かやり取りしてますね。キツイ暗号化が掛かってて内容までは……」

 

「データだけ取って「不知火」に回せ。一日足らずで返ってくるさ」

 

男性研究員に指示しつつ、アイガイオンのログデータから一つの文言をサルベージする。

 

(『正常起動、論理回路接続、疑似自律演算子の生成、最終較正……終了』?)

 

アイガイオンのマニュアルを呼び出し、疑似自律演算子なる物について検索するが……該当は無い。

 

仕方なく、自分で思考の整理に掛かる。

 

(演算子……算術演算子? いや、これはアイガイオンが疑似戦術級コンピューター内で生成したものだから、単純な数式に収まるものではない。となると、プログラミング言語における演算子、か? それと仮定すると、演算子の意味は、演算を指示する物。疑似自律演算子を言い換えれば、擬似的に自律的な演算を指示する。それは、つまり……)

 

余りにも突飛な、科学の徒としては鼻で笑って頭の状態を心配したくなるような予想に全身が粟立つ。

 

自分は今日、どれだけ自分の常識に裏切られるのだろうか。そう、ちらと脳裏で考えた所で、主任は耳に障る警報音を捉えた。

 

「アイガイオンと茅原君の思考交感率が上昇していきます!」

 

「何だ!? 論理回路が軒並みエラーを吐いてやがる!」

 

「通信トラフィックが急上昇 ……嘘でしょ?」

 

取得している殆どのステータスが赤く……過負荷を示すモニターから目を逸らさずに、女性研究員が悲鳴に似た絶叫を上げる。

 

「セプティリオンです! セプティリオンがアイガイオンに直接接触を掛けています!」

 

「……緊急保護措置を! IPアドレスから選択的遮断! アイガイオンを社内ネットワークから切り離せ!」

 

何故、どうしてを考えるより先に、アイガイオンとセプティリオンの双方をLAN設備から切り離し、若羽の脳を保護する。

 

「アイガイオンは主演算装置が熱暴走により沈黙、セーフホールドモードに移行しました。 茅原君は無事……アイガイオンが守ってくれたみたいです」

 

男性研究員の言葉に、ここに居る幾人かは溜息をつく。

 

HMATの少女……エリアスはアイガイオンに近寄り、機体の装甲が開放され、荒い息をしながら出てきた若羽の前に立った。

 

「済まない。 セプティリオンが直接的な介入に出てくるとは……想定外だった」

 

「いえ、俺もそんな事は考えてませんでしたから。主任を責めるのは筋違いです」

 

頭を下げると、彼は軽く手を振って許してくれた。

 

「そうですね。 ……案外、若羽さんを気に入ったのかも知れません」

 

「他人事だなぁ」

 

エリアスの言葉に苦笑する少年を見て、咄嗟に主任はフォローに入った。

 

「セプティリオンと各HMATとの関係は、人間に例えるなら脳と体細胞のそれだ。体細胞は脳が出す種々の伝達物質に応じて様々な反応を起こすが、それはあくまで結果に過ぎない。体細胞には、脳が「何を考えているのか」が理解できていないからだ」

 

「エリアスには、セプティリオンの意思が伝わっていないのか?」

 

「HMATは基本、セプティリオンが全てを制御していますが、これを人間に例えると……そうですね。反射、と呼ばれる現象に近いかと」

 

HMATはセプティリオンの制御によって人間との受け答えを行い、HMATの外界における動作をシミュレートしている。

 

しかし、セプティリオンはHMATに対して──()の自意識という意味での──アクティブリソースを傾ける事はない。

 

彼は規定された演算能力を全てのHMATに満遍なく振り分け、個々の機体には注目しない。

 

その意味で、『反射』と評したエリアスの喩えは、言い得て妙だと言える。

 

「そっか。 ……朝霧主任、松代には何があるんですか?」

 

10秒ほど唸っていたが、どうにか自らを納得させる事に成功したのだろう若羽は、主任にとんでもない爆弾を放り投げてきた。

 

(松代には、確かに「不知火」があるが……それを言ってもいいものか)

 

日本の三軍が共用する統合戦略級コンピューター「不知火」は、日本の国防の全てを統括する関係上、海上戦力、航空戦力から遠く離れ、近くに飛行場が多数ある松代に置かれている。

 

しかし「不知火」の所在地は国家機密であり、第4室はその開発業務の関係上、特別に所在地が教えられているだけで、一般人にそれを伝えるのは機密漏洩に当たる。

 

主任は迷うが、若羽は一歩詰め寄る。

 

「セプティリオンは『調べ物』をしに来た、と言っていました。それと、箱根から松代に向かって、物凄い通信量が」

 

「……分かった。 篠田さん、不知火を呼び出してくれ。」

 

箱根から松代への通信が行われていると聞いては、流石に黙っては居られず、半ば諦めの境地で篠田に「不知火」の様子を見てもらう。

 

「了解……!? このトラフィックは、「不知火」がセプティリオンにパスワード解析を掛けられてるぞ! 全326遮断防壁の内、189層を突破、完全掌握までの時間は……持ってあと1分」

 

驚愕の声は、瞬く間に絶望の声音へと変わる。

 

瞬間的に室内が静まり返り、主任の思考は高速で回転を始める。

 

(若羽君への接触とこのハッキング、とても無関係の出来事だとは思えない。今対応できるのは……ここに居る人員だけしかないない!)

 

硬直が解け、ざわつき始めた室内を手の一打ちで制し、室長は鋭く声を張り上げた。

 

「総員、配置に付け! アイガイオンは一旦置いて、不知火に全処理能力を傾けろ!」

 

「データプロトコルを可変、IPアドレスの選択的処理……まじかよ無効化されてるぞ!」

 

「セプティリオンの非常用演算リソースの凍結……拒絶されました!」

 

「暗号化形式をRSA-8192に変更!」

 

「馬鹿、()()()()()()なんてセプティリオンなら秒だ! 32000以上にしろ! 外部接続サーバーのアーキテクチャをx64エミュレートに変更して時間を稼ぐ! 秘密鍵を20秒ごとに変更、ランダム生成でいい!」

 

「「不知火」の低優先処理を切って全部論理防壁構築に回せ! 通信パスは「NIGS」シリーズとこっちにだけ開けさせろ!」

 

「全サーバーの内部パスを固定! 外から入れるなよ!」

 

「104サーバーを外部接続サーバーとして使用、全サーバーの104サーバーへの通信強度を下げ、セキュリティーレベルを上げます!」

 

「セプティリオンからのトラフィックが1ゼタビットを超えます!」

 

「ちょっとしたDos攻撃じゃないか! ブラックホールも機能してない……「不知火」の演算リソース、99.99%!」

 

「103サーバーが沈黙、105サーバーにDMZを切り替えます!」

 

「松代に連絡はついたか!? セプティリオンの処理状態は!?」

 

「松代司令部の幕僚はてんやわんやしてて使い物になりません!危機管理センターは封鎖されてて身動き出来ないらしいですよ! 82%!」

 

「赤子の手を捻られても、しょうが無いってのに……!」

 

326連遮断電脳防壁群(サブロク)は何枚抜かれた!?」

 

「252枚の破損を確認! 貫通まで30秒!」

 

そのやり取りの中で、主任は微かな違和感を覚える。

 

「不知火」の内部にある筈の危機管理センターが封鎖された?

 

それはおかしい。内部人員の保全は不知火の最優先事項のはずだ。それを軽視するなどありえない。

 

……つまり。

 

「い、107サーバーが突破されました! まさか1ノードの突破だけに演算能力を集中させて……!」

 

「サーバークラスタから107サーバーを……」

 

切り離せ、と主任が口にする前に、「不知火」のテレメトリグラフが真っ赤に染まる。

 

全サーバーへのブルートフォース攻撃で防衛を行わせて、一点突破からのマザーコンピューター級電算機の演算能力を用いた秒速の全掌握。

 

惚れ惚れするような手腕だ。 ……それが自分達に向けられていることを除けば、だが。

 

「「不知火」のメインフレーム権限がリプログラムされてます! 2番から512番サーバーまでの全コントロール権限が「セプティリオン」に移行……マスターキーも効きません!」

 

「バッファレジストリから回復コードを打ち込め!」

 

「操作拒絶、動きません!」

 

「なら強制停止だ。シグナル9を全プロセスに……」

 

その操作を実行する前に、「不知火」の状態を示すグラフが平坦になり、セプティリオンから流れ込むトラフィックが爆発的に増大する。

 

326枚の電脳防壁が全て破られ、「不知火」を構成する512基のサーバーはセプティリオンの支配下に置かれた。

 

「……駄目です、「不知火」制御不能(アンコントローラブル)! 管理者権限を受け付けません!」

 

「馬鹿な……こんな、こんなことが有り得ていいのか?」

 

主任の零した呟きを確りと聞いた者は居なかったが、もしこの場にいる誰かが聞いたとしても、その言葉を責める事ができる者は居なかっただろう。

 

人類を超えたコンピューターが人類への反逆を開始する……一世紀前であったら一笑に付されていたであろう使い古されたテーマは、日本が『セプティリオン』を開発したことによって一気に現実味を増した。

 

その極めつけが、今から18年前……2090年4月1日に『グルウェイグ』が提示した"機械"。『次元位相遷移放射機関』と呼称される、超弦理論を組み込んだ事実上の()()()()の提示である。

 

それは次の"機械"──それらを総じて『人類未知物象』と呼ぶ──の提示日である、1年後の4月1日までに解析出来ず、コンピューターは正真正銘のオーパーツ(場違いな工芸品)を作り上げてしまった。

 

人類未知物象に対しては、世界中の研究者がマザーコンピューターの提示したモノに挑み、それを解析するという事実を鑑みれば、どれか一国が、という話ではない。人類の集合知がコンピューターに完全敗北した瞬間だった。

 

そして──今の人類は、彼等から遠く離れた場所で必死に尻を追いかけ続ける負け犬に過ぎず、彼等の気紛れで叩き潰されるのでは無かろうか、と主任を含む一部の科学者は密かに恐れていて……それが、現実になった。

 

(だが、まだやる事はある!)

 

「松代の「不知火」本体から緊急電源遮断措置を実行させろ! 最悪、不知火が破壊されても私が責任を取る。なんとしても特級秘匿書庫(レッドデータバンク)だけは読ませるな!」

 

「不知火」の特級秘匿書庫には……主任の権限では具体的に知ることは出来ないが、かつて締結された『レイテ条約』によって表向きには破棄が決まっている前世紀のデータ……()()()()6()0()()を記録した語られざる真実が所蔵されていると聞く。

 

そんな物がセプティリオンに読み出され、あまつさえ各スーパーコンピューターの共有データとして上げられてしまえば、日本という国の国体すら揺らぎかねない。

 

セプティリオンが日本の利益を維持するという前提すらも、この非常時には疑って掛からねばならない。

 

「無理です、主書庫(メインバンク)の50……60%が読まれてます! 危機管理センターとの通信回線が開きません!」

 

「なら物理的に、各データバンクの階層接続を強制カットだ!」

 

主任に許された権限を用いて書庫の緊急隔離処理を行おうとするが、携帯端末に送られてきたRejection(拒絶)の返答を見て、今度こそ言葉を失う。

 

「主書庫を突破、セプティリオンが特級秘匿書庫に侵入しました!」

 

追い打ちを掛けるように、セプティリオンが無情にも特級秘匿書庫を読み始める。

 

「クソ、方法は……何か無いのか!」

 

レッドデータバンクは膨大な量のデータの塊であり、さしものセプティリオンと言えども読み上げには20秒はかかるはずだ。

 

許された僅かな時間、主任は横に居る少年……若羽を見る。

 

呆然とした表情を浮かべながらも、その瞳には成すべきことを探るような意志があって、そのことに感謝しながら、静かに頭を下げた。

 

「セプティリオン」の産物をぶっつけ本番で動かし、「セプティリオン」の申し子を側に置く彼なら……この事態を打開できるかもしれない。

 

「詳細は後で説明する。……この国を、助けてくれ」

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