108─ワンハンドレッド・エイト─   作:Shohei Hayase

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Over singularity

「……見て貰った通りだが、セプティリオンが「不知火」に侵入し、現在秘匿データを読み漁っている。阻止も、破壊も不可能だ」

 

俺はセーフホールドから復帰したアイガイオンに搭乗しながら、主任の説明を聞く。

 

「セプティリオンの読み上げもそろそろ終わる。電子データを量子ビットに変換し、マザーコンピューター級電算機同士の共有データベースにアップロードするまでは……1分もないだろう」

 

告げられたタイムリミット。あまりにも短すぎる時間だが、主任の目はまだ爛々と輝いていた。

 

「残された道は……セプティリオンと直接交渉し、彼が得た「不知火」の全データの破棄、それが不可能であれば、セプティリオンのバッファレジストリに不知火のデータを格納することを要求するしかない」

 

人類が束になって掛かっても敵わない特異点突破知性(オーバー・シンギュラリティ)と、話し合いをする。

 

余りに荒唐無稽だ。しかしやらなければ、何かとても不味いことが起きるのだと、皆の真剣な面持ちが物語っていた。

 

『Systemboot allgreen. reboot from safe-hold mode. connecting networks...finished』

 

アイガイオンの起動が完了し、これで準備は整った。

 

疑問は多々あるが……それでも行くしかない。

 

「若羽さん」

 

「どうした?」

 

電脳空間へのダイブを決行する直前、エリアスが俺を呼び止める。

 

「若羽さんとアイガイオンの演算能力では、セプティリオンと通常のまま会話することは望めません」

 

エリアスの言葉に、先程の情報の濁流を思い出して、今一度身震いする。

 

比喩ではなく、廃人になりかけたのだ。

 

一個人で処理出来るレベルを余裕で超えているあれが、セプティリオンにとっては通常状態なのだから、余計始末に負えない。

 

「私の演算リソースを使用して、セプティリオンからの情報量を軽減します。これである程度は改善するかと」

 

「……頼む」

 

彼女の提案を了承し、アイガイオンの主機が唸りを上げる。

 

「アイガイオン、全冷却フィン展開、強制排熱宜し、セプティリオンへの経路設定完了、電脳ダイブを開始します」

 

ぐん、と現実から意識が遠ざかり、俺は光の道を通って目的地へと進んでいく。

 

(各パラメーター安定、電脳安定度は99.999%、量子通信回路、正常稼働)

 

コマ落としのように景色が切り替わると、白く輝く巨大な塔が目の前に現れる。

 

(これ……全部データかよ。触れたら死ねるな)

 

俺の目の前に見えるものは、「セプティリオン」の通信を視覚化したものだ。その線の一本一本が、俺の脳を焼き切って余りある通信強度を持っている。

 

怖気が走る。恐れもある。それを振り切って、セプティリオンへの直通パスを開放する。

 

さらなる下降感。電脳がセプティリオンの内部へと引き込まれ、床のような平面に着地する。

 

『そこがセプティリオンのメインフレーム……中枢です。私も可能な限り注意を払いますが、くれぐれも気を付けてください』

 

演算機能を共有しているエリアスから通信が入り、一度大きく身震いする。

 

二、三瞬きをすると、白い玉が目の前に現れた。

 

(セプティリオンの……意識、か?)

 

"君は、さっきの? ここに何の用かな?"

 

「……っ、ぐ!?」

 

穏やかな口調で質問されるが、1語ごとに増す情報量を処理するのに手一杯で、ろくに言葉も返せない。

 

それでも前を向き、引き攣る口を数度叩いて返答する。

 

「……あなたと、話をしに来ました。俺の言葉を、聞いて貰えますか?」

 

"話? 私と?"

 

怪訝そうな口調で、彼はそう返答する。

 

だがここで引くわけにもいかず、もう一歩踏み込んでこちらの要望を伝える。

 

「あなたに話したい事が、俺にはあります」

 

知能レベルで考えるのなら、単細胞生物が人間に話しかけるようなものだ。相手にされるとはハナから考えていない。

 

だが、今の俺もセプティリオンも、電脳に身を移した存在だ。たとえ思考の位階が違おうと、意思は通る。

 

"……ふむ。 ではこのままだと、少し話し辛いね"

 

そう言うや否や、白い玉が急激に捏ね繰り回されるように形を変え、強烈な光を放つ。

 

腕を顔の前で組んで光を遮ると、数度何かが頭を過ぎ去るような感覚がした。

 

『電脳スキャン……一応、有害性は検出されませんでした』

 

これがセプティリオンの電脳スキャンか、と感心している内に光が収まり、目を数度瞬かせて腕を解く。

 

『さて、折角人の姿を真似てみたんだ。是非感想を貰いたいね』

 

「……え?」

 

ダイレクトに意識に声が響いていた先ほどとは異なり、耳を震わせて脳を通り意識される……現実世界と同じ手順を踏んで声が届く。

 

光を避けるために下げていた視線をもとに戻すと……

 

一人の少女が、そこに立っていた。

 

「あ、あなたが、セプティリオン?」

 

外見の年齢は……俺と同い年くらいだろうか。ふわふわとした水色の髪は、後ろ髪のみを襟足の辺りで纏めていて、そこから緩く広がって下に流れ、一部は肩に掛かっている。

 

琥珀のように輝く瞳は人間的なものを感じさせないが、目尻はエリアスに似て穏やかだった。

 

『いかにも。正確には、第7258番サーバーを全脳シミュレーターとして実行し、そこに私の意識を接続したヒューマノイドインタフェース、といった所かな』

 

「それはいいんですけど……なぜに女性?」

 

セプティリオンに住まう知性は、その発生経緯からしても、無性別であるはずだ。

 

人型のナニカではなく、明確に女性の姿を取ったのは不可解に思えた。

 

セプティリオンはあくまでも穏やかに、淡々と返答する。

 

『私が稼働を開始してから58年と69日が経ったが、私と会話を交わしたのは君が初めてだ。君の特質を、私から探れる範囲で他の人間と比較したが、現状私と直接交信し得る能力があるのは君だけだ』

 

セプティリオンは日本が国運を賭けて建造した世界初の自律式並列型量子スーパーコンピューター。西暦2067年にシンギュラリティーを突破したことが確認されたが、『彼』と人間とはモニターやキーボードといった、従来のマン・マシン・インターフェースによる対話を余儀なくされた。

 

セプティリオンから齎される情報量に、生身の脳では対応できないからだ。

 

その点、アイガイオンとエリアスのバックアップがあるとはいえ、電脳空間でセプティリオンと直接話す事ができる俺は、確かに彼にとっては珍しいのかもしれない。

 

(あと、さらっと言ったけど「特質を比較」って俺の電脳データを丸コピしたってことじゃん)

 

俺の考えを知ってか知らずか……セプティリオンの演算性能を鑑みるに確実に前者……彼は言葉を続ける。

 

『ならば、私が取るべき姿は君とは異なる性別のほうが良い、と判断したまでだよ』

 

「……へぇ」

 

思考した結果がそれなのだろうが、俺の主観では余りに頓珍漢な結論に、辛うじてその言葉を口にするのが精一杯だった。

 

『さて、それは良いとして……私から不知火への攻撃行動は全て中止した。現在不知火の動作状況はオールグリーンだ。私が所持するデータは暗号化処理を施した上でバッファレジストリに格納し、共通データバンクにはアップロードしないと約束しよう』

 

(全部バレてら……)

 

全脳スキャンが行われた時点で予想はしていたが、こうまで自分の思惑が詳らかにされるのは、薄ら寒いものを感じざるを得ない。

 

『だがこちらからも、条件を付けさせてもらいたい』

 

その言葉に全身が緊張し、思わず身構える。

 

こちらの手札が全て割れている状況では、話し合いもなにもない。口を固く引き結び、彼の言葉を待つ。

 

『……偶にでいいから、ここに来て、私と話をしてもらえないかな』

 

しかし、紡がれた言葉は少し気恥ずかしげで、彼の様子に思わず拍子抜けしてしまい、数瞬遅れて笑いの波がやってくる。

 

『あまり笑わないでほしいのだけどね』

 

「いや……まぁそうか。初めて? 人と話したんだもんな」

 

先程の無機質な口調と比べて、一気に表情豊かになった彼の仏頂面は、そこいらの人間より余程人間らしいほどに進化していた。

 

それを不躾にならない程度に見つめながら、まだ彼に名乗っていないことを思い出した俺は、彼の近くに寄って手を差し出す。

 

「それじゃあ……俺は茅原若羽。宜しく」

 

『私は……セプティリオン。この国を導くもの』

 

握り返された手は、柔らかく暖かな感触を伝えてきた。

 

「それじゃ、まずは立ち話ってのもあれだし……座る物とか無いのか?」

 

『あれ、帰るんじゃないのかい?』

 

「またいつ来れるかは分からないし……ちょっとは話してみないと分からない事だってあるさ」

 

アイガイオンを所有していない俺では、セプティリオンへの直通回線を開くことが出来ず、俺が廃人にならないためにはエリアスの演算バックアップを必要とする。

 

アイガイオンは軍事機密の塊であり、それを開発している内山重工に記憶媒体の塊であるHMAT……エリアスが乗り込めたのは、偏に内山重工の厚意に他ならない。

 

意外そうな顔をするセプティリオンを見ながら、そんなことを考えた。

 

『では』

 

と、彼が手を一振りすると、会議室にあるような机と椅子が目の前に出現し、視界がブレたと思ったらいつの間にか椅子に座っていて、自分だけ椅子を引いて座ったセプティリオンに相対する形になった。

 

「待って下さい、セプティリオン」

 

「……エリアス!?」

 

後ろを振り向くと、どこか怒りを滲ませたようなエリアスがセプティリオンを睨みつけていた。

 

「どうしてここに?」

 

「若羽さんの能力の限界を試すのは辞めてもらいたい。彼は貴方の玩具ではない」

 

『……言うようになったね。サガルマータ。 ……あれ、てっきりチャレンジャーとイカロスも若羽君と一緒になっていると思ったのだけど』

 

「チャレンジャー、イカロス共に現在消息不明です」

 

『……参ったな。チャレンジャーの反応が見えない。しばらく注意するように』

 

「イカロスは?」

 

『空だよ。名前らしいだろ?』

 

「全くです」

 

『私としても出来心だよ。かつての例から人間の情報量耐性については承知している。若羽君は珍しい例だからね』

 

「好奇心は猫を殺す物です。変更を推奨します」

 

『致し方無い。だが、私とて悪意があった訳でもない』

 

「人間とセプティリオンの性能差については、貴方が一番知っているでしょうに」

 

『浮かれたのさ』

 

「年甲斐もなく?」

 

『言ってはならないことを言ったな貴様』

 

「ちょっとちょっとちょっと」

 

最初は多少なりとも穏やかに話していたのが、みるみる険悪な雰囲気に変わっていくのを見ては流石に黙ってもいられず、声を上げて二人の意識をこちらに向ける。

 

『……サガルマータ、この話は後で。若羽君に説明を』

 

「……そうですね」

 

少し面白がるような、何処か不満そうな……意図的に何か含みをもたせたような口振りをして、二人は俺に視線を向けた。

 

「………………」

 

無論、そんな視線を向けられては軽妙洒脱な返しなど期待できるはずもなく。

 

曖昧な表情をしたまま黙り込んでしまった俺に、エリアスが助け舟を出してくれた。

 

「私としては、セプティリオンのことをあまり信用できていませんので」

 

……助け舟ですらなかった。

 

『私を何だと思ってるんだい?』

 

「ポンコツ恋愛脳」

 

呆れたようなセプティリオンの返しに、相手の懐に飛び込んでストレートを浴びせたエリアスを見て、彼の額に青筋が立つ。

 

『やっぱお前表で……チッ、随分性格悪いね、サガルマータ』

 

「鏡を見れば、その根源が分かるかもしれませんね」

 

『……フン。 サガルマータ、下がっていてくれ。君の出る幕じゃないんだ』

 

「却下します。彼の存在維持は私の最優先事項です」

 

『本当、ああ言えばこう言う……!』

 

何かを堪えるように頭を掻き毟って、セプティリオンは右手の指を鳴らす。

 

追加の椅子一脚が現れ、エリアスはさっと座って彼に視線を向けた。

 

『まぁいい。必要最低限のデータは取った。彼には金輪際電脳スキャンを掛けないと、私は私の論理回路に誓おう』

 

「……今は、それでいいでしょう。 若羽さん、話を止めてしまって、申し訳ありません」

 

「あー……うん」

 

人類(すべ)ての知性を上回る究極の個たる「セプティリオン」と、その演算機能を借りて限りなく人に近い振る舞いをする「エリアス」。

 

両者の会話は俺の理解能力を遥かに超える次元で交わされ、俺と二人の間には隔絶した差があることを改めて実感させられた。

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