虹ヶ咲学園の恥晒し 作:種子島
夏みたいに暑い
りなりー回後半
りな子の様子が豹変した翌日、彼女はあれだけ頑張っていた練習に顔を見せなかった。ライブは明日だというのに、同好会のメンバーの胸中には心配と不安が渦巻いている。
「何でですか! りな子のライブは明日なんですよ! あんなに頑張って準備してたのに!」
「決めるのは璃奈ちゃんよ」
カッスの嘆きに果林先輩は冷静なトーンで言い放つが、少しだけ唇が尖っているように見える。そんな様子を横から見ていたエマ先輩が顔を覗き込みながら尋ねた。
「果林ちゃん、拗ねてる?」
「な、何で私が!?」
「明日、モデルの仕事入れないようにしてたもんね」
「本当は璃奈ちゃんのライブ楽しみにしてたんじゃない?」
「わ、私はライブの内容に興味があっただけよ!」
果林先輩はフンと息を吐いて腕を組み彼方先輩の言葉を否定するが、わかりやすい態度からは図星なのがバレバレだった。
「んもー、セクシーキャラだけじゃなくてツンデレ属性まで増やそうとしてるんですかぁ〜? 欲しがりさんですねぇ〜」
「果林先輩も可愛いところあるんですねぇ〜」
「おだまり!」
「うぃ〜、許してくらはぁ〜い!」
「あだだだだだだっっっ!!! ちょっと!? どう見ても俺とカッスで威力違いませんか!? 左右で力の調節とか器用なんですねぇ!!!」
カッスと2人で果林先輩を揶揄っていたら反撃を喰らう。そこまでは想定内なのだが、もにゅもにゅと頬を引っ張る程度に済ませているカッスへの攻撃に対し、俺へのアイアンクローはいつも通り骨が砕けるほどの威力でこめかみからはミシミシと音が鳴っている。
「……ちょっと行ってくる!」
「私も!」
「ほぇ!? 愛先輩!? 侑先輩!? どこへ行くんですか!?」
「もちろん、璃奈さんのところだよ!」
「んうぇ!?」
一目散に駆け出した宮下に続いて、侑や歩夢、カッスの手を取った桜坂らも駆け出していく。
「結局、皆で行くのね」
「行かないんですか?」
「……ふふっ、行くわよ!」
さっきまで拗ねていた果林先輩も笑顔で返事をする。何だかんだで、皆してりな子のことが心配なのだ。あったけぇ……
そして最後まで残っていた果林先輩は俺の顔に指を食い込ませたまま勢いよく駆け出した。
……え? 俺このまま引きずられていくの?
………
ピンポーン ピンポーン
「りなりー! りなりーいる?」
「愛さん、いきなりりなりーはどうかと思いますよ…?」
「ご、ごめんごめん…! 普段この時間はりなりー1人だって聞いてたから」
りな子の家へとやってきた俺たちは全員でカメラのレンズを見ながら呼びかける。ちゃんとした返事は返ってこないが、動揺したりな子の声が少しだけ聞こえてきたような気がした。
「今、璃奈ちゃんの声聞こえた気がするよ…?」
「本当ですかぁ〜?」
「おいカッス、エマ先輩の耳を疑うってのかおぉん?」
「別にそうは言ってないです! あと顔近いんでもうちょっと離れてください!」
「んなこと言ってもぎゅうぎゅう詰めなんだから仕方ねーだろ」
「……りなりー、少しだけ、いいかな…?」
もう一度宮下が声を発すると、しばらくの静寂の後にマンションの玄関の扉が音を立てて開く。中にいるりな子がロックを解除したのだろう。
「空いた!」
「よし、行こう!」
「完全にボス戦前の流れだからちゃんとセーブだけはしておこうな」
「誰もゲームの話はしてないんですよ」
やいのやいの言いながら俺たちはエレベーターを使ってりな子の住む部屋を目指す。そして家のロックも解除してもらい、この前お邪魔したりな子の部屋に入ると中は電気がついておらず真っ暗だった。
「お邪魔しま〜す。璃奈ちゃ〜ん?」
「……ここだよ」
「うぇ〜!? 何でダンボール!? むぐぅ!」
スネークよろしくダンボールの中に入って俺たちを出迎えるりな子。それに対して驚き大声を上げるカッスの口を侑が塞ぎ、宮下はゆっくりと歩いてダンボールの前に立つ。
「ごめんね、勝手に休んで」
「本当だよ。心配したんだぞ?」
その言葉に続いて「どうしたの?」と優しく問いかける宮下。俺たちはその後ろで固唾を飲んでりな子からの返答を待つ。
「……自分が恥ずかしくなって。私は何も変わってなかった。昔から、楽しいのに怒ってるって思われちゃって、仲良くしたいのに誰とも仲良くなれなかった。全部私が悪いんだ」
ダンボール越しに聞こえる籠った声は、トーンこそいつものりな子ではあるが、悲痛な叫びにも聞こえてくる。なんて声をかけるのが正解なのか全員が考えてる間にもりな子は言葉を続ける。
「もちろん、変わろうとは思った。そんな時、高校生になって愛さんに会えた。スクールアイドルの凄さを知ることができた。もう一度、変わる努力をしようと思えた。でも、皆はこんなことでって思うかもしれないけど……どうしても気になっちゃうんだ、自分の表情が。ずっとそれで失敗してきたから…!」
「……」
「胸が痛くて…! ぎゅうぅぅ〜ってなって…! こんなんじゃ、このままじゃ、私は皆と繋がることなんてできないよ…! ごめんなさい…!」
そこまで言って再びりな子は口を閉ざした。部屋の中には重苦しい空気が充満している。それはりな子の抱えてきた思いや悲しみが全員に伝わっているからだ。
正直俺もここまで思い悩んでいるとは思っていなかった。これはきっと、小さい頃からずっと1人で悩み続けてきたりな子本人にしか分からない痛みなんだろう。
「……ありがとう。璃奈ちゃんの思ってることが知れて嬉しいよ」
「愛さんもそう思うよ」
「私、璃奈ちゃんのライブ見たいなぁ」
宮下の横に屈んだ侑が静かに語りかける。本心を晒したりな子と同じく、自分の思っていることを素直にぶつける。
「今はまだできないことがあってもいいんじゃない?」
「え?」
「そうですよね、璃奈さんにはできること沢山あるのに!」
「そんなことn」
「頑張り屋さんなとことか!」
「諦めないところもね」
「機械にも強いし」
「タカキも頑張ってるし」
「動物にも優しいですよね」
「皆〜! 皆ばっかり良いとこ言ってズルいよ〜!」
「若干一つ、変なのが混じってましたけどね」
全員でりな子へと思いの丈をぶつけると、次第に重苦しかった部屋の空気も和らいでいく。
「りな子、ダメなところも武器に変えるのが一人前のアイドルだよ」
「うんうん、できないことはできることでカバーすればいいってね! 一緒に考えてみようよ!」
一時はどうなるかと思ったが、とりあえず話の方向性は決まった。できないことを嘆いても仕方がない。今は明日のライブのために、できないことはできることでカバーするしかない。
「珍しく良いこと言ったな、カッス」
「珍しくは余計ですが……ふふん、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「……何だか、璃奈さんとこういう話をしたのは初めてですね」
「あっ」
せつ菜の言葉に対し、りな子は何か思いついたかのように声を漏らす。そして勢いよく立ち上がると、ダンボールから足だけを出している奇妙な姿でカーテンの外を眺め始めた。
「これだ…!」
………
あの後『準備したいことがあるから』とりな子に言われて俺たちは解散した。恐らく何か妙案を閃いたんだろうか、りな子は帰り際の俺たちに向かって『もう大丈夫』と口にしていた。
そして時刻は夜の7時。初夏らしく完全に闇に染まりきってはいない複雑な色の空の下、俺は再び訪れていたりな子の家の玄関のインターホンを押す。
ピンポーン
『……零士さん? どうしたの?』
「おっすりな子、さっき言ってた準備はもう終わったか?」
『うん、後はご飯を食べてお風呂に入って体を休めるだけ』
「そかそか」
機械越しに聞こえてくるりな子の声は、さっきまでと違っていつも通りのトーンに戻っている。とりあえずその事に一安心しながら、俺はカメラの向こうのりな子に要件を伝えた。
「なら飯食いに行こうぜ。ラーメンとかどうだ?」
『……え?』
………
「ラーメンってのはな、男を狂わせる魔性の食い物なんだよ。どんなに行列ができていようが食べたいと思ったら並ばざるをえないんだ。そして男は皆、自分のお気に入りのラーメンの店を一つや二つ待ってる。つまり何が言いたいかと言うと、イイ男は美味いラーメン屋を知ってるんだよ。この俺みたいにな」
「……」
生温かい夜風を浴びながら、俺とりな子は並んで街頭に照らされる街を歩いていく。さっきから俺がずっと喋っているが、りな子は定期的にコクコクと頷いて相槌を打ってくれている。
「で、りな子はお気に入りのラーメン屋とかあるのか?」
「……私は、そういうお店にあまり行かないから」
「そっかそっか。なら今日はこの俺がオススメする美味い店に連れて行ってやろう。光栄に思いたまえよね」
俺の言葉に対してりな子は小さな声で礼を告げる。そして少しだけ地面を見つめた後、意を決したように俺を見上げながら口を開く。
「どうしたの? いきなり誘われてビックリした」
「ん〜?」
「私はもう大丈夫。さっき、零士さんや皆が来てくれたから、また頑張れる」
恐らくりな子は、自分はもう大丈夫だから、まだ心配してくれてるならその心配は無用だと言ってくれているのだろう。まぁ別にそんな理由で誘った訳じゃないんだけどな。
「俺はな、何か勝負事のある前の日には好きなモン食って力つけるんだよ。験担ぎって程じゃないけどな」
「……?」
「だから、明日が大一番のりな子にも美味いモン食って力付けてもらおうと思っただけ。あと単純に誰かとラーメンが食いたい気分だっただけな」
「……そうなんだ」
「そういうこと……っと、ほらついたぞ」
大きな道から少し路地の中に入った先に佇む年季のある建物。扉についている暖簾には掠れた文字が記されている。
その店構えを見たりな子は少しだけ驚いたように俺のことを見上げてくる。
「ん? どしたりな子」
「夕飯時なのに人が並んでない。さっきの通り過ぎた店はいっぱい人が並んでたからあそこなのかと思ってた」
「くくく……それは甘いぞりな子クン。人がいないから美味くないという訳ではないんだ。もちろんさっきの行列店も美味いけどな、ココも間違いなく美味いから安心しろって」
「なるほど」
俺はガシガシとりな子の頭を摩って躊躇なく店の扉を開く。ガラガラとした音に続いて店主のおっちゃんのしゃがれ声が俺たちを迎え入れる。
「いらっしゃい。って、何だ今日は随分と可愛いツレがいるじゃねぇか。コレか?」
「あぁ、いい女だろ」
おっちゃんの戯言を適当に流してカウンター席に腰をかける。隣に座ったりな子は興味深そうに店内をキョロキョロと見回している。なんだかゲームセンターに連れて行った時のしお子を思い出して笑ってしまう。
「こういうお店、初めて」
「ここはどのメニューも美味いぞ。餃子は絶対に食っといた方がいい」
「……確かに、美味しそう」
「お、見る目があるなお嬢ちゃん。ほら水」
「ありがとう」
「おっちゃん、俺チャーシュー麺大盛りと餃子」
水を受け取って俺が注文をすると、りな子は何にするのか決めかねているようでメニューと睨めっこをして目を細める。
「何か迷ってるのか?」
「……ラーメンと餃子が食べたい。でも、食べきれるか不安」
「んなもんもし食いきれなかったら全部俺が食ってやるって。だから遠慮せず好きなモン食いな」
「ありがとう。じゃあ……ワンタンメンと餃子ください」
「あいよ!」
注文を受けたおっちゃんが厨房の奥へと消えていき、その少し後になってジュウジュウと耳に良い音が響いてくる。
「……どうしよう」
「どした」
「……凄くお腹が減った。こんなの久しぶり」
「……くくくっ…! 何の報告だよ」
まぁ気持ちは分かるけどな。中華料理の匂いというのはどうしてこうも食欲を唆るのか。やっぱり油なのか? この匂いを嗅いでるとりな子だけじゃなくて俺も物凄く腹が減ってくる。
グギュルルルルルルルォォォォォォォォ……
「やべぇな、俺の腹の中のバハムートが鳴いてるぜ」
「物騒なお腹」
「りな子のクソデカ腹の音に釣られたせいだな」
「私は鳴ってない……私は鳴ってないから」
2回も言って強調したのはりな子なりの乙女のプライドというやつだろうか。そういえば前に菜々の腹からものすごい音がしたこともあったけど、その事を追求したら顔を真っ赤にしながら怒られたことがあったな。南無三。
「あいよ! ワンタンメンにチャーシュー麺大盛り! それと餃子な!」
「……美味しそう」
「きたきた!」
熱々の湯気から香る料理の匂いを堪能し、俺は割り箸を2つ取って片方をりな子へと渡す。そして勢いよくソレを割って挨拶をすると声がりな子と被った。
「「いただきます」」
俺とりな子はカウンターに置かれた料理を勢いよく口の中へと運んでいく。会話もそこそこに、目の前に置かれた絶品の料理を味わい尽くす。
「……美味しい」
「だろ?」
熱くなってきたのか、額に浮かんだ汗を拭って胸元をパタパタと仰いでいるりな子。頬も薄らと上気していてロリッ子なのにどのか色香すら感じさせる。
「どうかした?」
「別に」
そのまま俺たちは出された料理を平らげ、ごちそうさまと挨拶をするとそのタイミングすら被ってしまい、俺はそれが可笑しくてつい笑ってしまう。
代金を払って店の外に出ると、さっきまで薄らとまだ明るかった空は完全に夜の帷が降りている。体が熱いからか、さっきまでは生温かく感じていた風が冷たくて心地良い。
「いやぁ〜、食った食った」
「美味しかった。それと、お代もありがとう」
「いいってことよ。むしろついてきてくれてありがとうな」
「全然大丈夫。楽しかったから」
「お、そんな事言うと俺は色んなとこに連れ回しちまうぞ?菜々なんか中学生の時ありとあらゆる所に連れ回してたからな」
「それも大丈夫。零士さんといるの楽しいから」
やだ……泣かせるじゃないりな子ったら。表情にこそ出ないけど意外とこの辺はハッキリと意思表示してくれるのよねこの子ったら。おじさんもっと色々楽しい所に連れて行ってあげたくなっちゃうよ。
「さてと、んじゃあ帰るか。送るぜお嬢さん」
「いいの?」
「デートは無事家に帰るまでがデートだからな」
「……デートだったの?」
軽く冗談を言うと、りな子は目を大きく見開いて俺のことを見上げてくる。動揺しているりな子を見て内心愉悦を感じていると、俯いたりな子は声を震わせて呟く。
「はじめてのデート……だったのに」
「え?」
「……責任、取って」
「……うぇっ!?」
「なんちゃって、冗談」
「あっ、て、てめぇ! マジでビックリしたじゃねぇか!」
無表情なのにしたり顔のりな子の頭をガシガシと雑に撫でる。俺としたことがりな子に一杯食わされるとは……今日は俺の負けってことにしておいてやるぜ。
「零士さん、ありがとう」
「ん? 何が」
「……皆のおかげで大丈夫にはなったけど、やっぱり明日のライブのことを思うと緊張とか不安が取れなかった」
「美味いメシ食ったら肩の力も抜けただろ?」
「うん。気持ちが落ち着いた」
「さよか」
あーでもないこーでもないと適当な緩い会話を続けながら夜空の下を歩いていく。そしてものの数十分でりな子のマンションが見えてきた。
「……そういえばよ、さっきりな子が話してくれたことで一つだけ思ったことがあんだけど」
「なに?」
「私は何も変われなかったって言ってたじゃん」
「……うん」
「俺はそんなこと無いと思うけどな」
「え?」
「だって、変わりたいと思えたんだろ? 変わりたいと思えてることが変わったことなんじゃねぇの?」
「……そう、なのかな………」
「そうだろ」
その後はりな子の住むマンションの前に到着するまで俺たちは何も話さなかった。マンションの中へと入っていくりな子へ向けて俺は手を振る。
「じゃあなりな子! 明日は楽しみにしてんぜ」
「……うん、期待してて」
表情は変わらずとも、そう言ったりな子の雰囲気はさっきよりずっと柔らかかった。
………
翌日、ジョイポリの会場に集まった客は天王寺璃奈の初ライブを今か今かと待ち望んでいる。俺たち同好会メンバーはステージの裏でりな子を応援しながら最後の準備を手伝う。
「それにしても、まさかあんな物を用意してくるなんてな」
「流石りなりーだよね」
「流石の俺もおったまげだぜ」
まさか、顔に表情が変わるボードを付けてライブするなんてな。天王寺璃奈じゃなきゃ思いつかないし実現することもできない、唯一無二の形だろう。
『初めまして、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の天王寺璃奈です』
会場が暗転してステージが照明に包まれる。モニターに映された猫みたいなアバターが自己紹介を始めると、観客たちは期待に胸を膨らませてざわめきだした。
『今日は今の私にできる精一杯のライブを見てもらいたいです。楽しんでくれると嬉しいな』
アバターのセリフが終わると、モニターが横に割れてその後ろからりな子が現れる。その顔には、さっきも言った表情が反映されるお手製のボード、通称りなちゃんボードが装着されている。
これなら皆と繋がれると、りな子が自分で考えて自分で実現させた。そんな頑張りを見てきた俺たちは、楽しそうに歌って踊るりな子にステージの裏からエールを送り続けた……
………
りな子のステージが終わり、客席からは温かい歓声と拍手の音が送られる。はぁはぁと肩で息をするりな子は呼吸を整えると、指でVサインを作って客席へと声を届けた。
「りなちゃんボード、にっこりん!」
ここにもう1人、新たなスクールアイドルが誕生したのだった。
よければ感想等々よろしくお願いします。