新エリー都に住む『あなた』とエージェントのお話   作:ぽこちー

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リュシア ① 続

 

 

 あの日を境に、リュシアの距離感は壊れたように変わった。

 ホロウへ向かうことはなくなり、食事の席でも、外出の途中でも、眠りに落ちる瞬間でさえ、彼女は彼の半径から一歩も離れなくなった。

 

 依存。

 

 『あなた』自身も、それを理解していた。

 理解していながら、止めることはできなかった。

 

 もし拒めば、彼女は壊れてしまう。

 その予感が、あまりにも現実的だったからだ。

 

 それに、不思議と嫌悪はなかった。

 必要とされている感覚が、胸の奥を静かに温めていた。

 

 時間をかけて、少しずつ戻していけばいい。

 今はただ、そう信じるしかなかった。

 

 リュシアもまた、自分が依存していることを自覚していた。

 それでも、離れるという選択肢は浮かばなかった。

 

 『あなた』が他の女性と話すたび、視線は自然と鋭くなる。

 会話の流れを断ち切るように、無理やり距離を奪い取る。

 

 怪啖屋の仲間でさえ、例外ではなかった。

 柚葉も、アリスも、イドリーも、全員が「奪う可能性」を持っている存在だった。

 

 友達だという事実は、免罪符にならない。

 親しいからこそ、油断の隙に心を持っていかれるかもしれない。

 

 自分が最低なことをしている自覚はあった。

 それでもリュシアは、『あなた』に近づくすべての存在を遠ざけずにはいられなかった。

 

 労り、癒し、身体を重ねる。

 優しさという名の鎖で、彼を自分の内側に閉じ込める。

 

 それが愛だと信じたかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 深夜。

 『あなた』の腕の中から静かに抜け出し、洗面台の前に立ったリュシアは、鏡に映る自分と目を合わせてしまった。

 

 なんて、醜いのだろう。

 

 幼い頃からエーテリアスが好きだった。

 可愛い個体も、歪んだ個体も、そのすべてを個性として愛してきた。

 

 だが、鏡の中の自分はどうだろう。

 これまで見てきたどんな歪な存在よりも、救いようのない形をしていた。

 

 

「あはっ……」

 

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

 

「これじゃ、エーテリアス以下じゃんね」

 

 

 エーテリアス化した人間の意識は、いつか戻る。

 そう信じてきた。信じ続けてきた。

 

 けれど今、リュシアは悟ってしまった。

 自分はもう、戻れない場所に立っていると。

 

 音を立てないように寝室へ戻り、彼の隣に膝をつく。

 眠る横顔を見つめる視線は、ひどく優しかった。

 

 

「……ごめんね」

 

 

 小さく呟き、唇にそっと触れる。

 それが、『あなた』との最後の別れだった。

 

 リュシアは『あなた』を残し、静かに部屋を出た。

 

 それ以降、彼女がその家に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 リュシアが家を出てから、まもなく一ヶ月が経とうとしていた。彼からの着信も、怪啖屋の仲間たちからの連絡も、途切れることはなかった。

 

 けれどリュシアは、それらすべてを過去にするように、スマートフォンをホロウ内の海へ投げ捨てた。水面に沈む光が、二度と浮かび上がらないのを見届けてから、彼女は背を向けた。

 

 

「ほら、おいで。怖くないよ」

 

 

 差し出した手の先で、小さなエーテリアスが身をすくめた。

 敵意はない。ただ、怯えきった目で一瞬だけ彼女を見つめ、次の瞬間には逃げるように走り去っていく。

 

 また、だ。

 

 この一ヶ月、攻撃してきていたはずのエーテリアスでさえ、彼女には近づこうとしなかった。それは、彼女自身が彼らよりも歪んだ存在になったという、何より雄弁な証明だった。

 

 

「そんなに逃げなくてもいいじゃん。……まあ、仕方ないか」

 

 

 独り言は、誰にも届かない。

 

 周囲の温度は暖かい。

 それなのに、指先も、足先も、胸の奥も、凍りついたように冷たかった。

 

 リュシアは一人で歩き続ける。

 気づけば、足は自然とある場所へ向かっていた。

 

 かつて、ワンダリングハンターと刃を交えた場所。

 

 

「……おとう……」

 

 

 ぽつりと零れた声は、空に溶けた。

 

 

「ねえ、私ね……好きな人ができたんだよ」

 

 

 誰に聞かせるでもなく、語り始める。

 『あなた』と出会った日のこと。

 共に過ごした、穏やかで壊れやすい時間。

 

 それらはまるで、最初から存在しなかった夢のように、虚空へ消えていく。

 

 

「でもね、結局一人になっちゃった」

 

 

 柚葉も、アリスも、真斗も、イドリーも。

 友達だったはずの存在を、自分の手で拒絶した。

 

 そして、彼も。

 

 

「どうして、こうなったんだろうね」

 

 

「私が好きになっちゃったから? 私が変だから?」

 

 

 答えは出ない。

 

 

 

「……そもそも、出会ってしまったのが間違いだったのかも」

 

 

「ずっと一人ぼっちだったくせに、友達なんて欲しがったから」

 

 

「そんな私が……人を好きになったから……」

 

 

 言葉は、最後まで形にならなかった。

 

 

「……寂しいよ」

 

 

 一粒の涙が、地面に落ちる。

 

 その瞬間、足元で小さな音がした。

 小型のエーテリアスだった。

 

 さらに、ひとつ、またひとつ。

 気づけば無数のエーテリアスが、彼女を包み込むように集まっていた。

 

 そこに敵意はない。

 まるで、慰めるように、寄り添うように。

 

 

「……私を、慰めてくれるの?」

 

 

 恐る恐る伸ばした手を、エーテリアスは拒まなかった。

 その温もりに、胸の奥がかすかに軋む。

 

 一匹が鳴き声を上げる。

 それに呼応するように、周囲のエーテリアスたちも声を重ねた。

 

 そして彼らは、列をなし、道を作る。

 一匹が、その奥を示した。

 

 

「……え……?」

 

 

 エーテリアスたちは、歩み寄る影に向かって、膝をつく。

 

 

“ひとつ、星を”

 

 

 歌声が、ホロウに響いた。

 

 

“ふたつ、星を”

 

 

 それは、かつてワンダリングハンターに向けて歌った歌。

 そして、『あなた』だけに教えた歌。

 

 

“みっつめ、はどこでしょう?”

 

 

 『あなた』は、目の前に立っていた。

 あの日と変わらない笑顔で。

 

 

“みいつけた”

 

 

「……どうして……どうして、ここに……!」

 

 

 堰を切ったように、叫びが溢れる。

 抱えてきた後悔も、恐れも、闇も。

 拒絶するように、必死に吐き出した。

 

 けれど、それらすべては、たった一言で覆された。

 

 

“帰ろう、リュシア”

 

 

 その瞬間、心の底で何かがほどけた。

 

 帰る場所がある。

 待ってくれる人がいる。

 

 確かな実感が、胸を満たす。

 

 リュシアは、彼に縋りつくように抱きつき、二度と離さないと誓うように、強く腕を回した。

 

 

「ごめん、ごめんね……っ!!」

 

 

 ホロウの空に浮かぶ歪な星々が、ひときわ強く瞬いた。

 まるで、彼女が再び生きる場所を見つけたことを祝福するかのように。

 





ホロウ耐性0の『あなた』がなぜホロウに入れるのでしょうか……

???「エッチなことしたんですね?」

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