新エリー都に住む『あなた』とエージェントのお話 作:ぽこちー
今日の一言『ファイアーエムブレム風花雪月/万紫千紅面白いね』
その少女は、生まれながらに虚弱な身体を抱えていた。
太陽の光をまともに浴びることは叶わず、食事も流動食しか摂ることができない。病院の外へ出ることは許されず、車椅子がなければ移動することすら困難だった。
少女の日課は、病室の小さな窓から外を眺めること。
そこには、自分と同じように病院へ入院している同世代の子どもたちがいた。
けれど、自分とは違う。
彼らは自分の足で走り回ることができる。そして、いつか病院を去り、少女の知らない外の世界へ旅立っていく。
少女は、同世代の子どもたちに話しかけることすらできない。1人で出歩くこともできない。ただ小さな窓に映る景色を、1人で眺め続けることしかできなかった。
少女にとって、唯一の幸運だったのは、両親が優しかったことだ。
少女の両親は、愛する娘の虚弱な身体を治すために奔走した。新エリー都中の病院を巡り、郊外にまで足を運んだ。時にはホロウレイダーと関わり、違法な手段に手を染めたことすらあった。
少女の家庭は、お世辞にも裕福とはいえなかった。そのため、両親が娘のために動けば動くほど、財産はみるみるうちに減っていった。
やがて、借金まで背負うことになった。
それでも、両親は決して止まらなかった。
全ては、大切な娘のため。生まれながらに不自由を抱えた娘に、人として当たり前の幸せを知ってもらうために。
両親は、ただひたすらに足掻き続けた。
そして、ある日。
両親のもとへ、とある研究機関が現れた。
明らかに違法な研究を行っている、危険な研究機関だった。
だが、その研究機関は言った。少女の虚弱な身体を治すことができる、と。とあるシリオンの遺伝子を組み込むことによって、少女は正常な身体へと変わると。いや、それどころか、人並み外れた超人的な力すら手に入れることができるという。
両親は、研究機関の言葉を疑っていた。シリオンの遺伝子を人間へ組み込むなど、前代未聞の行為だったからだ。
それでも。
ほんの少しでも。
娘の身体が良くなる可能性があるのならば——。
「ボク、やりたい」
真っ白な病室。
そのベッドに座る娘が、はっきりと言った。
その瞳は真っ直ぐで、眩しいほどに輝いていた。
「ボク、パパとママがボクのために色々なことをやってくれたの、知ってるよ」
他の子どもたちと同じような生活を送りたい。
きっと、そんな気持ちもあっただろう。
けれど、それ以上に少女を突き動かすものがあった。
「だから、パパとママがくれた愛情と幸運に、恩返しするために」
「ボクは、やりたい」
両親は、溢れ出す涙を拭うことなく、少女を優しく抱きしめた。
どうか、神様。
この娘が、幸せな人生を歩めますように。
家族みんなで、幸せになれますように。
そう、心の中で祈りを捧げながら——。
「ふっふふ〜ん♪♪」
ライブハウス404のステージ上で、南宮羽は鼻歌を歌いながらダンスの練習をしていた。
人並外れた才能と幸運を持ち合わせた彼女だが、今日はいつも以上にダンスのキレがいい。笑顔も作り上げたものではない。心の底からこぼれる、本物の笑顔。その姿は、同じメンバーである千夏とアリア、そして先生であるセシリアすら見惚れてしまうほどだった。
「今日の羽、えらい調子ええな〜。なんか良いことでもあったんやろか?」
「実はね……ゴニョゴニョ」
首を傾げる千夏の耳元で、アリアが周囲に聞こえないようにボソリと呟く。周囲には千夏たち以外誰もいない。それでもコソコソと話しかけるあたりが、いかにもアリアらしかった。
「えぇ〜!?!? ゆ、羽がデート!?!?」
「ちっ、千夏ちゃん!! 声がでかいよっ!!」
千夏はランドセルから生えている羽をパタパタと震わせながら、大声を上げた。アリアは慌てて千夏の口を塞ぐ。そして、周囲に聞こえていないか恐る恐る確認する。
そんな2人の姿を見ていたセシリアは、他に誰もいないのだから、そんなに慌てることはないでしょうに、とクスリと笑みをこぼした。
セシリアをよそに、千夏とアリアは室内の隅へ移動し、ボソボソと話し始める。
「あ、相手は誰や!?」
「そんなの、決まってるよ♪」
「えぇー!? ホンマに!? 正直、脈無しやと思ってたわ!!」
「でも意外とそうじゃないんだよ! 時々羽ちゃんを見る目が、好きな人を見るような目みたいだったんだ!」
信じられないといった様子の千夏に対し、ホログラムを解除してしまうほど興奮したアリアは、目を輝かせながら話を続ける。
「うちが見ている感じは、そうやなかった気がするけど……」
「いーや! 絶対そうだよ! お姉ちゃんの私が言うんだから間違いないよ!」
「……アリアちゃんは一体いつから彼のお姉ちゃんになったんや? まぁ、同じシリオンってこともあるし、何か惹かれるものがあったんかもな」
すると、コソコソと話す2人の背後に羽が現れた。
「ちなっちゃん〜? アリアちゃん〜? いつまでおしゃべりしてるの〜?」
「ゆ、羽!? こ、これはえーっと……」
「羽ちゃん! デートに着て行くお洋服は決まった!? 待ち合わせ場所は!? 当日は何時帰りになるの!? お赤飯用意したほうがいいよねっ!?」
「アリアちゃん!? うちら、仮にもアイドルなんやから、そんなこと言ったらアカン!!」
そこで千夏は一度言葉を止める。
「……って、誰が仮にもアイドルやねん!! ウチらはもう歴としたアイドルや!!」
「そうそう♪」
キャーキャーワーワーと騒ぐ2人を見て、羽はクスリと笑みをこぼした。
「それはね〜……内緒♪♪」
羽の発言に、千夏とアリアは再び甲高い声を上げる。
「ほらっ! デートの話は今度してあげるから、今は練習だよ、練習♪♪ 本番はもうすぐそこなんだから!」
そう言って、羽は浮き足立った足取りでステージへ戻っていく。
もう、ここにはあの時の少女はいない。
自分のために遺伝子を提供してくれた、恩人のシリオンに感謝を捧げながら。
少女は今日も前を向く。
『SURIEL』と刻まれた羽を羽ばたかせながら——。
少年は、生まれながらに幸運な身体生まれた。
いや、正確には、天使のシリオンという種族そのものが、生まれながらに幸運を持ち、人並み外れた力を備えていた。
天使のシリオンは地上には存在せず、ロスカリファとは異なる天空の地に生息していた。天使のシリオンたちは外部から干渉されることなく、その地で生まれ、その地で命を全うする。そうやって、長い間生き続けてきたのだ。
だが、零号ホロウの暴走によって、天使のシリオンたちの運命は大きく変わってしまった。これまで得てきた幸運のツケが回ってきたかのように、不幸が彼らのもとへ舞い降りたのだ。
零号ホロウに飲まれた天使のシリオンたちの故郷は、地上へと落下した。その衝撃によって、半数以上の者が命を落とすこととなった。そして、奇跡的に生き残った天使のシリオンたちも、地上の研究者たちに捕らえられた。
通常のシリオンとは異なる体質を持つ天使のシリオン。
当然ながら、研究者たちにとっては願ってもない実験対象だった。血を抜かれ、薬物を投与され、天使の象徴である輪や羽を弄られていく。
暗く、冷たい牢獄のような部屋の中で、少年は常に恐怖に襲われていた。
泣き叫びながら研究員に連れて行かれる近所の女の子。
遠くから響いてくる隣人の叫び声。
遺伝子を操作され、廃人のように変わってしまった家族。
恐怖に耐えられず、壊れたおもちゃのように不気味な笑い声を上げる親戚。
1人、また1人と命が散っていく。
次は自分だ。
自分もみんなと同じように身体を弄られ、命を落とすのだ。
恐怖だけが、少年を支配していく。
どうして、こうなってしまったのだろう。
一体、自分が何をしたというのだろう。
少年は、神に縋るように救いを求め続ける。
しかし、神は何も答えてくれない。
神は、天使に救いの手を差し伸べてくれない。
「大丈夫。大丈夫だよ。私が守ってあげるから」
少年には、神はいなかった。
だが、少年を愛してくれる人はいた。
3つ年上の少女。
昔から少年の手を引き、守ってくれた最愛の人。
彼女は少年を優しく抱きしめ、囁くように言った。
「……私が合図をしたら、『あなた』はまっすぐ走って。何があっても、絶対に振り向かないで」
「キミは、私たち天使のシリオンの最後の希望。私たちの分まで生きて、幸せになるの。それが、私たちの願いだから」
そう言って、少女は立ち上がる。
そして、自身の力を解放した。
エーテルエネルギーが放たれ、部屋が大きく揺れる。
次々と集まってくる研究員と武装した警備員たち。
それでも少女は怯むことなく、立ち向かっていく。
少女だけではなかった。
生き残った天使のシリオンたち全員が、少年を逃がすために立ち上がった。
「行って!!!!」
少女の叫び声を背に、少年は走り出す。
銃声が鳴り響く。
爆発音が響く。
誰かの断末魔が響く。
1人、また1人と仲間が倒れていく。
けれど、少年は止まらない。
少女の、みんなの想いを無駄にしないために。
涙を流しながら、少年は走り続けた。
「大好きだよ」
最愛の少女の最後の言葉を聞くこともできず、少年はただひたすらに走り続けた。
少年は、知らない場所で目を覚ました。
痛む身体を無理やり起こし、周囲を見渡す。
「……! やっと目が覚めたのね!」
すると、青緑色の髪をした美しい女性が少年のもとへ駆け寄ってきた。
「大丈夫? 『あなた』、ボロボロの状態で路地裏に倒れてたのよ?」
女性は少年を心配そうに見つめながら話しかける。
「ここは……?」
「六分街のライブハウス404よ。『あなた』、一体どこから来たの? それに、その黒い羽……シリオン、よね?」
少年は、自身の羽へ視線を向けた。
そこには、純白だった羽が反転したかのように、真っ黒に染まっていた。
頭上の輪も、壊れた蛍光灯のようにチカチカと点滅を繰り返し、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
「……っ」
その瞬間。
少年の脳裏に、あの光景が蘇る。
暗く、冷たい牢獄のような部屋。
次々と命を落としていく同族たち。
そして、最後に笑いかけてくれた少女の姿。
「うあっ……ああああああっ!!!!」
再び少年に襲いかかる恐怖。
耐え難い痛みに、少年は叫び声を上げる。
死んだ。
自分を逃がすために。
みんな、死んだ。
頭の中で渦巻く、黒い感情。
それに呼応するように、天使の輪が不気味な光を放つ。
そして、ドロリとした血のように赤黒いエーテルエネルギーが溢れ出した。
——しかし、次の瞬間。
少年は、優しく温かいものに包み込まれた。
「大丈夫。大丈夫よ。私がいるから」
少年を拾った女性、セシリアが、少年を優しく抱きしめる。赤子をあやすように背中をゆっくりとさすりながら、安心させるように言葉を紡いでいく。
少年の中で渦巻いていた黒い感情が、少しずつ消えていく。
そして、少年は、そのまま意識を手放した。
「ねぇ、早く♪♪ 早くしないと間に合わないよん♪♪」
少女は、人工的な羽をはためかせながら少年の手を引く。
その姿は、誰が見ても幸せに包まれていた。
そんな少女の羽を、少年は感情のない目で見つめ続けている。
少年が愛した少女。
その名前が刻まれた、羽を——。
だ、である口調の本文だったら曇らせがやってきた合図だぜ
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