富士の決戦場。
エイリア学園の黒幕を、いよいよ追い詰めた雷門イレブン。
「俺たちの大好きなサッカーを、悪いことに使うな!」
エイリア石の有用性を示す手段としてサッカーを利用する吉良星二郎を前にして、円堂さんは激昂した。
だが、その言葉を受け、モニターに映る吉良星二郎は、いやらしそうな笑みを浮かべる。
「忘れたのですか? あなたたちも、エイリアでパワーアップしたジェミニやイプシロンと戦うことで、強くなったということを」
──お前は、目を背けている。
星二郎は、そう言わんばかりに円堂さんへ言葉を突き立てる。
曰く。
雷門イレブンはエイリア石のおかげで強くなった。
我々と雷門は、同じエイリア石の利益を享受している、と。
「雷門も、すっかりメンバーが変わり、強くなりましたね」
「ですが、道具を入れ替えたからこそ、ここまで強くなれたのです」
「我がエイリア学園と同じく、弱い者を切り捨て、より強いものへ入れ替えることで」
そこまで聞いて、円堂さんは限界だった。
「ふざけるな! 弱いからじゃない!」
「いいえ、弱いのですよ。だから怪我をする。だからチームを去る。実力がないから、脱落していったのです」
「違う」
円堂さんの声と重なるように、ユウキの胸の奥で何かが叫んだ。
「彼らは、あなたたちにとって無用の存在」
「違う……違う! あいつらは弱くない! 俺が、証明してやる!」
円堂さんが言い切ると、試合は再開された。
だが、そのプレーは明らかに普段と違っていた。
焦りか、不安か。力強さは増しているのに、判断が遅れ、ボールを奪いきれない。
チームメイトやベンチも、その変化に戸惑っている。
いたずらに時間だけが過ぎ、重たい空気のままハーフタイムを迎えた。
「風丸たちは弱くない。俺が証明します。証明しなきゃならないんです」
円堂さんは、抑えきれない感情を吐き出した。怒りは、まだ胸の奥で燻っていた。
「私も最初はそう思っていた。私一人の力で父の目を覚まさせようって」
様子を見ていた瞳子監督が、視線を落とした。
「でもできなかった。誰かの心を考えを変えさせるなんて大変なこと、一人の力でなんてとてもできない」
やがて顔を上げた瞳子監督の表情には、後悔と同時に確かな実感が宿っていた。
「ただ一人では無理でもみんなの力を合わせればどんなことでもできる。それを教えてくれたのは──円堂くん、あなたたちよ」
その言葉に、円堂さんははっとしたように息を呑む。
一人じゃ歯が立たない。
否定したい言葉を、否定しきれない。
それでも──彼には、仲間がいた。
「円堂、怒っているのはお前だけじゃない」
「俺たち全員、ここに来れなかった奴らの気持ちを引き継いでるつもりだ」
「そいつらが弱くねぇってこと、証明しようぜ!」
豪炎寺さん、鬼道さん、綱海さんの言葉に、円堂さんは強く頷いた。
後半が始まる。
前半とは違い、円堂さんは相手のスライディングを冷静に躱した。
「俺には、仲間がいる」
その瞬間、胸の奥に記憶が溢れ出す。
ここまで一緒に戦ってきた仲間。
新しく加わってくれた仲間。
そして、見守り続けてくれた仲間。
無念の途中離脱をした風丸や染岡たち。
前向きな別れなど、なかった。
悔しさを飲み込み、歯を食いしばって去っていった背中。
だからこそ、その想いを背負って、ここに立っている。
「俺たちの強さは、そんな仲間たちと共にあるんだ」
円堂さんのゴールに、空気が一変する。
雷門イレブンは、もう迷っていない。
その姿は、ひどく眩しかった。
──そこで、ふと、我に返った。
俺は、何をしているんだろう。
仲間を支え、支えられることで壁を越える彼ら。
一方で、実力のない仲間が足を引っ張る現実。
円堂さんとミルコさん。
相反する思想が胸の中でぶつかり合う。
ヒーロー社会では、ほんの小さなミスが、生死を分ける。
ゴールと、人の命は、比べられない。
ミルコさんの言葉が、正しいのではないか。
そう思ってしまう自分が、確かにいた。
それでも、と首を振る。
俺の心は、円堂さんと同じ道を歩みたい。
だが、ミルコさんと対立したいわけでもない。
答えは、まだ出なかった。
⸻
翌日。
ユウキは切島くんの家へお見舞いに向かった。
インターホンに出たのは、本人だった。
「おー、よく来たなぁ」
声色に陰りはない。
だが、ドアが開いた瞬間、右腕を吊っている姿が目に入り、胸の奥がわずかに軋んだ。
部屋に通されると、壁や棚にはヒーローグッズが隙間なく並んでいる。
ユウキは、改めて彼がどれほどヒーローに憧れているのかを思い知らされた。
「怪我は、大丈夫だった?」
「全治三週間だってよ。思ったより軽傷だ」
個性のおかげで治りが早いらしい。
硬化したまま固定することで、骨の接合が進むのだという。
「そっか……」
それ以上、言葉が続かなかった。
どんな言葉も、彼のプライドを傷つけてしまいそうだった。
お互い言葉を発せず時間が過ぎる。
すると、切島くんが口を開いた。
「ミルコさんが今朝来たんだ」
ふと視線を落とす。
「褒めてくれたんだ」
「一瞬でも耐えられるなんて、ヒーロー科でも中々いないって」
「嬉しかったよ」
そう言う彼の表情は発言とは裏腹に悲しそうだった。
でも、と彼は続けた。
「……だめ、なんだってな」
既に話は聞いているようだった。
返す言葉を探していると、彼は小さく呟いた。
「弱くて、ごめんな」
「そんなことない!」
思わず、ユウキの声が荒れた。
いつも前を走ってくれていた存在だった。
そんな彼に、こんな表情をさせてしまった。
「君は……俺の、ライバルなんだ!」
切島くんは、呆気に取られたように目を瞬かせる。
言葉は衝動的だった。
伝えることが得意なわけでもない。
──ライバル
ユウキにとって、同じ立場の仲間は彼だけだった。
ミルコさんに否定されたとしても、決して受け入れられることはできない存在。
だが、切島くんが折れてしまえば、彼との繋がりも失われてしまう気がした。
「……そう、だよな。……俺、次は負けねぇよ」
声は小さい。
それでも、消えてはいなかった。
「……うん。待ってるよ」
言葉はそれ以上交わされなかった。
「そういえばさ」
見送りの際、切島くんが思い出したように言う。
「最近、ヒーロー殺しが出たらしいぜ。お前は大丈夫だと思うけど、一応、気をつけろよ」
ユウキは頷いた。
その言葉の重さを、まだ理解できていないまま。
家に戻ったユウキは、心の靄を振り払うように庭へ出た。
ユウキは使い慣れたタイヤを手に取った。
ロープを肩に回し、いつもの位置へと立つ。
投げる。
受け止める。
以前よりも、軽い。
体が慣れたのか、力がついたのか、それとも感覚が変わったのか。
はっきりとはわからないが、確実に負荷は減っていた。
投げる。
受け止める。
その繰り返し。
──嫌な音がした。
次の瞬間、手元がふと軽くなり、ロープが千切れた。
タイヤは勢いを失い、地面を転がってから静止する。
ユウキはその場に立ち尽くし、宙に残ったほつれた端を見下ろした。
使い込んできた道具が、ついに限界を迎えたのだと理解する。
ユウキは深く息を吐いた。
これも、成長の証なのかもしれない。
部屋に戻り、財布を確認する。
少し考えた末、ユウキは外に出た。
バスを乗り継ぎ、ショッピングモールへ向かう。
夏休みの平日ということもあり、ショッピングモールは家族連れや学生で賑わっていた。
明るい照明、流れる音楽、行き交う人々の笑い声が、どこか現実感を遠ざける。
スポーツ用品店で、トレーニング用の錘を手に取る。
アウトドアショップでは、タイヤとロープを選び、重さや太さを確かめながらカゴに入れる。
レジを通し、配送サービスを頼んだ。
両手が空くと、不思議なほど心細さを覚えた。
モールを出ると、夕焼けが建物の隙間を染めていた。
ユウキは無意識のうちに足を止める。
遠くで人だかりができている。
「トライアングルヒーロー、マサル参上、みたいな?」
「同じくトモ!」
「同じくツトム!」
中心には、派手な格好のヒーローたち。
どうやら敵を倒し、観衆に向けてパフォーマンスをしているらしい。
三兄弟のヒーローだと、誰かが言っていた。
カラフルな髪。
似合っていないサングラス。
それでも、仲間同士でハイタッチを交わす姿は、どこか眩しかった。
ユウキの胸の奥が、わずかに温かくなる。
仲間と戦い、仲間と喜ぶ。
ああいう関係を、羨ましいと思った。
その瞬間だった。
「キャー!」
甲高い悲鳴が、空気を裂いた。
ユウキが振り向くと、フードを被った男が人混みを抜けて走っていく。
女性がその場に崩れ落ち、周囲がざわついた。
「ひったくりか! 俺に任せろ、みたいな!」
三兄弟の長男らしいヒーローが、加速して追いかける。
「兄ちゃん、一人は危険です!」
「俺たち三人で一人だろ!」
だが、声は届かない。
ヒーローは、そのまま視界の向こうへ消えていった。
ユウキの胸に言いようのない違和感が残る。
ヒーローがいる前で、あまりにも堂々とした犯行。
逃げる方向も、躊躇がない。
──ヒーロー殺し
切島くんの言葉が、脳裏をよぎる。
まさか。
そんなわけないだろう。
そうであってほしくない。
内心で否定する。
だが、ユウキは気づけば走り出していた。
だが、距離はすぐに開いた。
数分も追えば、人通りは消え、街の喧騒が嘘のように遠ざかる。
姿を見失い、息を整えようと立ち止まった、その時。
「うわぁぁぁ!!」
悲鳴。
ユウキは声のした方へと駆けた。
ビルと廃屋に挟まれた、薄暗い路地裏。
昼間でも光が届かないその場所は、空気が淀んでいる。
足を踏み入れた瞬間、鼻を突く鉄の匂い。
血だ。
壁、道に赤い液体が滴っている。
その時、奥からは呻き声が聞こえた。
ヒーローと男が正面から相対していた。
ヒーローは首を捕まれて壁に押し付けられている。
表情は恐怖に歪み、必死に何かを訴えようとしていた。
男はヒーローを気に入らなそうに、つまらなそうに見据えていた。
男の格好は特徴的だった。
ボロボロのマント。
擦り切れた服。
顔を覆うマスク。
そして、何かを秘めた眼孔の開いた眼。
「……ハァ、子供か」
低く、冷たい声。
全身に悪寒が走る。
逃げなければならないと、頭では理解しているのに、体が動かない。
「お前、何者だ」
男はゆっくりと視線を向ける。
そこにいたのは。
──ヒーロー殺しだった
思ったより長くなるので2部に分けます。