──間に合え。
オールマイトは地面を蹴り、瓦礫の影を飛び越えながら交差点を睨んでいた。
巨大化した
投擲の軌道、その先に──2人の子ども。
(まずい……!)
距離がある。
踏み込んで加速しても、衝突の瞬間には届かない。
2人の子どもは唖然としていたが、咄嗟に中学生くらいの少年が庇うように前に出た。
(なぜ、前に……!?)
その疑問が浮かんだ瞬間、少年が叫んだ。
覚悟と恐怖が混じった、震える声。
次の刹那。
少年の前に、巨大な手が現れた。
青白い光で形作られた、明確な“掌”。
空間に歪みはない。
幻覚でも錯覚でもない。
(個性……!)
掌と街路灯が激突する。
空気を裂く衝撃音が鳴り響き、大地が揺れた。
砂煙が舞う。
金属同士が軋む音が続いたのち、やがて静寂が訪れる。
そして、轟音。
砂煙が舞い、ゆっくりと晴れていく。
足元には街路灯。
光の手はひび割れながらも──耐えていた。
(受け止めたのか……!?)
少年は苦悶の表情を浮かべながらも立っていた。
敵を真正面から見据え、「まだやれる」とでも言うように踏みとどまっている。
なぜ耐えられたのか。
それは個性の強さでも、敵の弱さでもない。
──「守る」という意思だ。
少年の強い意志が凶悪な攻撃に打ち勝っていた。
オールマイトは着地と同時に、少年の背後に立った。
「よく、耐えたな、少年!」
心からの、偽りのない称賛。
「──もう大丈夫、私がきた!」
その声を聞いた瞬間、少年の身体から力が抜けるのが分かった。
青い手は霧散し、空間は元に戻る。
慌てて少年を受け止める。
呼吸は安定しており、脈も問題ない。
それを確認してから、オールマイトは敵へ向き直った。
敵は受け止められたことに驚いたのか、オールマイトに驚いたのか、目を丸くし次いで下卑た笑みを浮かべる。
「オールマイトかぁ••••••ちょうどいい! この力でお前も壊してやるよぉ!」
街を壊し尽くした高揚感。
全能感に酔った瞳。
「こんな社会壊れちまえばいい、んだよなぁ! さっきのあいつはなんだよ! なんで壊れなかったんだぁ!?」
癇癪を起こすように叫ぶ敵。
「無様に逃げりゃいいのによぉ! ヒーロー気取りで前に出てきてさ。生意気だよなぁ!?」
地団駄を踏む敵に、オールマイトは少しだけ目を細めた。
「君は、あの少年が何をしたのか──理解していない」
静かな声だった。
「まだ少年だった。それでも彼は踏み出した。恐ろしい怪物から、恐怖の存在から、自分より小さな命を守るために」
「あ?」
──そう、それはヒーローに備わる要素。
「彼は逃げることも、助けを待つこともできた。それでも他人のために前に出たんだ」
──勇気。
自分の恐怖より、他人の命を優先できる心だ。
危険ではあったが、その心意気は間違いなく本物だった。
「は! 倒れてるのはざまあねぇな。ただの死にたがりじゃねえのか?」
そんな彼を侮辱する敵。
「考えるより先に体が動いた。ヒーローの本質だ」
オールマイトは一歩踏み出す。
「──ありがとう。君が逃がした少年は、いつか立派なヒーローになれる」
「て、てめぇ!」
激昂した敵が襲いかかる。
オールマイトは拳を握り、振り抜いた。
次の瞬間、衝撃が交差点を揺らした。
敵は地面に沈み、完全に動きを止める。
──敵事件に終止符が打たれた。
ほどなくして警察車両らが到着した。
警察は現場の調査を行い、救急隊員は少年や幼い子どものケアにあたっていた。
「さすがだな、オールマイト」
偶然乗り合わせたのか、警察車両から長年の親友である塚内くんが声をかけてきた。
「……今回、被害が少なかったのはあの少年のおかげさ」
オールマイトは、救急車へ担架で運ばれていく少年を見た。
塚内くんも気になってか、救急隊員に駆け寄る。
「この子の名前は?」
「立向居勇気くん、みたいですね」
「立向居……勇気か」
オールマイトは、小さく頷いた。
(その名に偽りなしだな)
立ち向かい、勇気を出した。
結果は全員生存。
「ふむ、怪我はなさそうだな。個性の使いすぎみたいだ」
「ああ。すごかったよ。巨大な手が後ろを守るように攻撃を食い止めたんだ」
オールマイトはその光景を思い出し、真剣な目で続けた。
「彼は──ヒーローになれる、いや、もうヒーローだな」
それは確信だった。
救急車に運び込まれる少年について行こうとする幼い子ども。
彼が守った子だ。
感謝か、心配か、はたまた憧れか。
いずれにせよ、その姿は少年がヒーローだったことを示唆していた。
救急車は走り出し、その姿は小さくなっていく。
(胸を張れよ、少年)
今日、自分が選んだ行動を。
勇気を出して得たものを。
『オールマイト、敵が暴れているとのことです!』
「了解だ」
携帯に出動要請が入る。
オールマイトは空を見上げ、再び跳躍した。
空から見る街並み。
敵によって荒らされてしまったところはあるが、いつか師匠と見た光景とは異なる。
並ぶ住宅街、賑やかな商店街や人だかり。
そこには確かに平和があった。
平和の象徴は再び足を踏み込み加速した。
この平和を守るため。
今日の勇気が生まれた場所を守るために。
────
目を覚ますと、病院だった。
上体を起こした瞬間、目を腫らした母が飛びつくように抱きしめてきた。
「心配させて……馬鹿……!」
そう言いながら、また泣き出してしまう。
背中に伝わる温もりを感じながら、ユウキは少しずつ記憶を辿っていった。
──敵が現れて。
──攻撃を防いで。
──オールマイトが来て。
──そこで、気を失った。
「お母さん、心配かけてごめん」
そう言って宥めると、母は「先生を呼んでくるわね」と言い残し、部屋を出ていった。
一人になった病室で、ベッドに身を沈める。
あの時の光景が、鮮明によみがえった。
無我夢中で突き出した右手。
青い光が集まり、顕現した巨大な掌。
──ゴッドハンド。
「……個性、なのかな」
自分は無個性だと思っていた。
だが、あの現象は無個性では説明できない。
助けようとした。
その結果、青いオーラの手で攻撃を防いだ。
自分の右手を見る。
細く、小さく、あの時の強靭さは微塵も感じられない。
夢だったのか?
いや、こうして病院にいる以上、現実だ。
ユウキはそっと右手を前に出した。
あの時の感覚を思い出す。
力むのではない。
全身の力を、意識を、手に集める感覚。
目を閉じ、集中する。
胸の奥から、ぽわりと温かい何かが湧き上がった気がした。
それを、ゆっくりと右手へ送る。
──ゆっくり。
──慎重に。
目を開ける。
右手の前に、あの時より小さいが、確かに存在する青い“手”があった。
「……!」
驚いた瞬間、集中が途切れる。
青い手はひび割れ、砕け、霧散した。
(集中していないと、維持できないんだ……)
──これが、個性。
無かったものを得た。
その高揚感は格別で、なんでもできるような気がした。
少し、胸の奥がざわついた。
⸻
担当医を連れて戻ってきた母に、そのことを伝えると、また泣いてしまった。
「よかったね……本当によかった……」
繰り返される言葉。
長年の負い目があったのだろう。
それはユウキも、うっすらと感じていた。
個性が発現したことで、それが少しでも軽くなるなら──
それは、ユウキにとっても嬉しいことだった。
担当医から説明を受ける。
事件から丸一日が経過していたこと。
気絶の原因は、個性の許容量を超えた使用によるものだったこと。
「無個性と診断されていたから原因不明だったけどね。発現したなら、話は通るよ」
今日一日は経過観察で入院し、明日退院とのことだった。
説明を終え、担当医が去る。
入れ替わりに、個性診断の医師が入ってくる。
問診、検査、そして再び集中して青い手を出す。
医師はバインダーに記入し、こちらに見せた。
**********
個性:ハンド
実体のない手を作り出し、動かす・掴むなどの操作が可能
**********
「個性届けは、こちらで変更しておくよ」
そう言って、医師は出ていった。
母は終始笑顔だった。
安心したのか、「明日はご馳走ね」と言って帰っていった。
再び、一人。
夕陽が病室を赤く染めている。
一日が、終わろうとしていた。
クラスでは大騒ぎだろう。
敵に巻き込まれて入院なんて、目立ちすぎている。
──でも、不思議と怖くなかった。
なぜか。
個性が、発現したから。
もし無個性のままだったら、きっと違った。
登校が怖くて、億劫で、逃げ出したくなっていた。
「無個性なのに無茶するな」
そんな言葉を想像すると、やはり胸が痛む。
あの夢の中では、こんなふうに立ち止まらなかった。
理由なんて考えずに、前に出ていた。
劣等感が、胸を締めつけた。
──コンコン。
ノックの音。
「失礼するよ。少し、いいかな」
ベージュのトレンチコートに中折れ帽。
男は椅子に腰かけ、帽子を取った。
「私は塚内直正。今回の事件を担当している刑事だ」
穏やかな笑顔。
「君のおかげで、死者はゼロだった。オールマイトも言っていたよ。彼がいなければ、間に合わなかったと」
「……そうですか。ありがとうございます」
「浮かない顔だね」
図星だった。
「君の行動は立派だった。それだけは、知っておいてほしい」
そう言って、塚内は二通の手紙を差し出した。
「助けられた少年と、オールマイトからだ」
それだけ告げて、部屋を出ていった。
まず、オールマイトの手紙を開く。
褒め言葉。
称賛。
「君はヒーローだった」。
──読んで、胸が痛くなった。
違う。
なりたかっただけだ。
彼みたいに。
勇気があったわけじゃない。
彼に近づくにはそうするべきだと思っただけ。
偽物だ。
偽物、なんだ。
目に涙が滲み始める。
手紙に書かれているのは、自分とは別の何か。
あのとき前に出た誰か。
迷いも怖さもなく、当然のように立ち向かった“彼”の話だ。
──僕は、そこにいない。
涙を拭いながら、もう一通を開く。
大きく、拙く、幼い文字。
「たすけてくれて、ありがとう」
シンプルなその言葉は、胸にすとんと落ちた。
(……助けられた)
──たすけてくれて、ありがとう。
生まれて初めて、言われた言葉だった。
動機は不純だったかもしれない。
でも、結果として──助けた。
無個性だった自分には、できなかったことだ。
この時、初めて気づいた。
みんなは夢のユウキを見ていたんじゃない。
──僕を、見ていたんだ。
無個性でも、個性を持っていても、彼らにとっては変わらない。
ただ、勇気を出したことが偉かった、助けたことが偉かったのだと言ってくれていた。
手紙を丁寧に閉じて、ベッドに身を沈める。
「……帰ったら、特訓しよう」
なりたい自分になるために。
そう決めた瞬間、病み上がりの体は限界を迎え、意識が落ちていった。
⸻
夢を見た。
夕陽の校庭。
円堂さんと、夢の自分。
「できると思えばなんとかできる! できるったらできる!」
タイヤを投げ、受け止めろと無茶な特訓を押しつけてくる。
──さすがに無茶ですよ! 円堂さん!
目を覚ますと、思わず苦笑した。
胸の奥に、消えきらない熱が残っていた。