立向居のヒーローアカデミア   作:takkanpakkan

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変わる勇気

 翌日、ユウキは退院した。

 最後の予備検査でも異常や怪我は見つからず、医師からは「普段通りの生活を送って問題ない」と言われた。

 

 個性が発現したとはいえ、それで生活が劇的に変わるわけではない。

 なぜなら、現在の個性社会では公の場での個性使用が厳しく制限されているからだ。

 

 当たり前の話だが、個性は人それぞれである。

 中には、簡単に人の命を奪えてしまうものも少なくない。

 たとえば浮遊系の個性なら、相手を高所から落とすだけで致命傷になり得るし、オールマイトのような圧倒的な怪力は、言うまでもなく危険だ。

 

 そのため個性の使用は厳重に管理され、原則として申請が必要となる。

 許されているのは、自身の身を守るための行為のみ。

 唯一の例外が、プロヒーローのライセンスを持つ者だった。

 

 だからこそ、この社会でヒーローが高い人気を誇るのは自然なことだった。

 

 ヒーローを目指す動機は、人それぞれだ。

 

 個性を使いたいから。

 お金を稼ぎたいから。

 人気者になれるから。

 人を助けたいから。

 

 俗物的な理由でヒーローを志す者も多いだろう。

 だが、それが必ずしも間違っているとは言えない。

 

 人を助けたいから(・・・・・・)ヒーローが人気なのではない。

 人を助ける(・・・)から、ヒーローは評価される。

 

 過程や意思よりも、求められるのは結果だ。

 強い個性が優遇される社会──それが、この世界の現実だった。

 

 その日の夜、家族三人で退院と個性発現を祝うパーティーを開いた。

 母が腕によりをかけて作った四川料理が並ぶ。

 辛い物好きな立向居家にとって、それはささやかな幸せの時間だった。

 

 腹いっぱいになるまで食べ、ベッドに寝転がったユウキは、これからのことを考え始める。

 

 昨日、円堂さんの夢を見た。

 無茶とも言える特訓に励む円堂さんと、夢の中のユウキ。

 中学生がやるとは思えないほど危険な内容で、正直、少し──いや、かなり引いてしまった。

 

 近いうちに、個性を伸ばす特訓や、体や心を鍛えるトレーニングを始めたいと思っている。

 だが、その前に必要なのは、目標だった。

 

 彼ら風に言えば、「世宇子中学に勝つため」「エイリア学園に勝つため」といった、明確な目標。

 

 変わろうと決意した今、何を目指せばいいのか。

 夢の中で見たユウキのように生きるには、どんな道を選べばいいのか。

 

 将来、個性を発揮し、人を助け、円堂さんに恥じない人間になりたい。

 だが、その結果に至るまでの過程が見えなかった。

 

 考えた進路は二つ。

 

 一つ目は、プロヒーロー。

 そのために、高校のヒーロー科への進学を目指す。

 ヒーロー科で課程を修了し、ライセンスを取得すれば、公の場で個性を使えるようになる。

 

 個性を磨き、できることを増やす。

 その意味では、理想的な環境だ。

 

 もう一つの選択肢は、サッカー選手だった。

 経験はないが、円堂さんや雷門イレブン、夢のユウキが心から熱中していたスポーツだ。

 興味を抱くのは、自然なことだった。

 

 この世界ではヒーローが娯楽の中心で、サッカーの人気は高くない。

 それでも文化としては残っており、個性を取り入れたプロリーグも存在する。

 擬似的な“超次元サッカー”も、不可能ではないだろう。

 

 ある意味、彼らの足跡を辿るなら、最も近い選択だった。

 

 だが、不安があった。

 

 彼らのいない場所でサッカーをして、本当に憧れの存在に近づけるのか。

 同じ舞台に立ったと言えるのか。

 ユウキには、そのイメージができなかった。

 

 ユウキが憧れたのは、円堂守という人間の在り方だった。

 諦めない心。努力を積み重ねる姿勢。

 彼の佇まいはチームメンバーを安心させた。

 

 夢のユウキを羨ましく思ったのも、

 勇気と直向きさを持ち、仲間と支え合い、切磋琢磨できる環境に身を置いていたからだ。

 

 夢の鮮烈な光景が脳裏に焼きついているとしても、同じ道を辿ることが正解かどうかは分からない。

 

「……やっぱり、ヒーロー科が一番だよな」

 

 そう思いながらも、踏み切れなかった。

 人を助けたいという気持ちが、まだ確かな形を持っていなかったからだ。

 

 なぜ人を助けたいのか。

 なぜ、自らの身を危険に晒してまで、そうしようと思えるのか。

 

 その行為を、ユウキは怖いと感じてしまう。

 

 彼にはまだ、“原点”がなかった。

 

 ⸻

 

 一夜明けて、ユウキは父の車にホームセンターで買った資材を積み込んでいた。

 巨大なタイヤが二つと、頑丈なロープ。

 

 今日は日曜日。学校は休みだ。

 昨夜の悩みを頭の片隅に追いやり、とにかく行動しようと決めた。

 休みのうちに、例の特訓を始めるつもりだった。

 

「ユウキ……本当に特訓でこれが必要なのかい? 危なくないか?」

 

「大丈夫。僕の個性を鍛えるのに、一番いい方法なんだ」

 

「そ、そうなのか……そういう個性もあるのかな……」

 

 本当はこっそりリアカーで運ぶつもりだったが、父に見つかってしまった。

 結局、心配そうな顔で手伝ってくれる。

 

(ごめん、お父さん。でも、円堂さんがやってた特訓なんだ)

 

 庭の中央にある大木の前に資材を並べ、脚立を使ってロープを結びつける。

 タイヤの高さを調整し、何度も引っ張って安全を確認した。

 

「おお……これが……」

 

 木の枝から吊るされたタイヤ。

 それだけの設備なのに、胸が高鳴る。

 

 ──円堂さんの伝説の特訓。

 

 タイヤを掴み、前へ押し出す。

 想像以上に重く、タイヤはゆっくりと揺れ、反動で戻ってきた。

 前傾姿勢で正面から受け止める。

 

「うわぁぁ!」

 

 受け止めきれず、体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 ほんの少し押しただけなのに、この衝撃。

 個性だけでなく、フィジカルも必要だと痛感する。

 

 次は個性を使う。

 思い浮かべるのは、あの事件で放ったゴッドハンド。

 

 だが、今出せるのは小さく、不安定な掌だけだった。

 

 再びタイヤを押し出し、腰を落として右手を突き出す。

 

「ゴッドハンド……!」

 

 オーラが集まり、掌の形を成す。

 だが、触れた瞬間、それは砕け散り──

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 タイヤはそのまま直撃し、再び吹き飛ばされた。

 

 当然だ。

 円堂さんは、何年もこの特訓を続けて完成させたのだ。

 個性が発現して数日の自分に、できるはずがない。

 

 それでも。

 

「……まだ、まだ!」

 

 立ち上がり、またタイヤを押し出す。

 吹き飛ばされても、また立ち上がる。

 

 変わらない自分を捨てるために。

 強い意志を宿した瞳で、ユウキは夕暮れまで特訓を続けた。

 

 ⸻

 

 翌日、体はボロボロだった。

 擦り傷、打撲、青あざ。

 母が慌てるのも無理はない。

 

 そんな状態で迎えた、個性発現後初の登校日。

 通学路を歩きながら、ユウキは説明の仕方を考えていた。

 

 担任の先生には話しやすい。

 事件と個性発現をまとめて伝えればいい。

 

 だが、クラスメイトには──。

 

 考えているうちに学校に着き、教室の扉を開ける。

 

 シン、と静まり返った。

 

(なんで、静かになるの!?)

 

 全員の視線を浴びながら席に着くと、やがて教室はいつもの賑やかさを取り戻す。

 

 鞄に手を伸ばした、その時。

 

「なぁ、立向居!」

 

 長めの黒髪に優しげな目、特徴的なギザ歯。

 

 切島鋭児郎が、目の前に立っていた。

 

「敵と会ったって聞いたけど、大丈夫か!? 怪我しなかったか?」

 

 その気遣いの言葉に、ユウキは少しだけ肩の力を抜いた。

 

 ──

 

 彼との出会いは、入学式の日まで遡る。

 

 入学式が終わり、さあ帰ろうかというタイミングで、ユウキは先生に呼び止められ、そのまま職員室まで連れて行かれた。

 

 先生曰く。

 無個性だと聞いた。だから学生生活をサポートしたいのだ、と。

 

 先生は生徒のためにできることはないかと、やけに熱心だった。言葉で止めても、簡単には引き下がりそうにない。

 

 悪人を「敵」、それを退治する者を「ヒーロー」と呼ぶ現代。そんな時代で身近にヒーロー見ていたからか、無個性だと分かると優しくしてくれる人は多かった。

 

 けれど、その優しさの裏には、憐れみや無意識の見下しが混じっていることも多い。純粋な世話焼きな人もいただろう。

 それでも。

 そうした関係は自分から断ってきた。

 

「あはは……先生。心配しなくても大丈夫ですよ。僕、無個性でも気にしてませんから」

 

 愛想笑いで表情を取り繕い、嘘を吐く。

 昔からの癖だ。擬態するのは得意だった。

 

「そうか……?」

 

 先生はなおも不安そうに言葉を濁す。

 

「でもなぁ、今時無個性も珍しいし、これまで大変だったんじゃないか? 先生、絶対力になるからさ!」

 

 諦めない先生。

 この居心地の悪い空間から、一刻も早く解放されたい。

 そう思った瞬間、背後から声がした。

 

「先生! 俺に任せてください!」

 

「ん? 君は……切島だったか?」

 

「そうです! 俺、立向居と同じクラスなんで。先生より力になれますよ!」

 

 職員室の入り口に立っていたのは、切島くんだった。

 

「そうか? うーん……でもなぁ、大人の理解者がいた方が──」

 

「先生、心配しすぎっすよ! 立向居、行こうぜ」

 

 切島くんはそう言って、手を招く。

 

 先生は、純粋な心配なのか、それとも教師としての役割を果たせないことへの不満なのか。どこか消化不良な表情を浮かべていた。

 

 職員室を出て、廊下を並んで歩く。

 しばらく無言が続いた。

 

 入学早々、クラスメイトに無個性だと知られたことが不安だった。

 一言、言っておかないといけない。

 

「あ、あの──」

 

「立向居」

 

 言葉を発しかけた瞬間、切島くんの毅然とした声がそれを遮った。

 

「お前、折れんなよ。無個性なんて、お前が気にすんな。俺は気にしねぇから」

 

 言葉を失う。

 ──僕が、無個性を気にしている? 

 

「立向居は立向居だろ? 無個性でも関係ねぇ。だから、自分で自分を下げんな。もしクラスで何かあっても、俺がなんとかするからさ」

 

 最後は、いつもの明るい笑顔だった。

 

「……う、うん。ありがとう、ございます」

 

「はは! クラスメイトだろ? 敬語いらねぇよ。これからよろしくな!」

 

 差し出された手。

 その手をとても眩しかった。

 

 無個性を気にしているのは、自分だけだったのかもしれない。

 今まで閉じこもっていたことが、馬鹿みたいに思えるほどだった。

 

 ゆっくりと手を伸ばし、握手を交わす。

 無個性になってから初めて、人と通じ合えた気がした。

 

 それから、時々切島くんと話すようになった。

 

 将来はヒーローになり、紅頼雄斗のような漢気ある存在になりたいらしい。

 個性は「硬化」で、身体が少し硬くなる能力だという。

 

 見た目には少し圧があるけれど、根は優しく、クラスではいじられ役として人気者だった。

 

 ──そんな彼が、今、目の前に立っている。

 

 怪我はなかったか。

 そう尋ねるような、不安げな視線を向けてくる。

 

「切島くん、大丈夫だよ。怪我も特になかったし。病院には運ばれたけど……」

 

「よかったな! 先生が敵事件に巻き込まれたって言ってたから、心配してたんだぞ!」

 

「あはは、ごめん……あ、あの! 今日の放課後、相談したいことがあるんだけど……いい?」

 

「相談? おう。俺もお前に聞きたいことあるからな!」

 

 一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに頷く。

 

「鋭ちゃん、ほどほどにしといてあげなよ?」

「え、相談って何? ……もしかして?」

 

 周囲の視線が集まり、教室が少しざわつく。

 

 普段なら、こんな目立つことはしなかった。

 けれど、思わず声をかけてしまった。

 

 ──これでいい。

 

 彼には、誠実でありたかったから。

 

 個性が発現したことを、伝えよう。

 いや、伝えたいと、強く思った。

 

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