雁夜おじさんwith時計頭   作:れんこんもどき

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第一話 時計頭の英霊

 間桐雁夜は魔術を忌み嫌っている。

 それは、口にするのも憚れる悍ましい間桐の魔術を知っているからだ。

 初めてその魔術を知ったとき、恐怖を感じそして嫌悪した。だから家から出奔し、フリーのルポライターとして生計を立てていた。

 しかし、彼が現在居る場所は逃げ出したはずの実家である。彼が忌み嫌うこの場所に帰って来たのには、ある訳があった。

 彼は海外での仕事を終えて、日本へと帰国をしていた。手には海外で買ったのであろうお土産が入っている紙袋をぶら下げている。このお土産は、幼馴染であり初恋の相手である遠坂葵とその娘たち、遠坂凛と遠坂桜へと送るものであった。

 彼は葵さんに会えるなどとルンルン気分でお土産を渡しに行った際、遠坂桜の姿が見当たらない。

 それだけでなく、葵の表情には陰りが指していた。

 雁夜は直ぐ様異変に気づき、葵へ桜ちゃんはどうしているのかと質問をした。

 すると、返ってきた返答は予想だにしないものであった。

 なんと、遠坂桜は養子に出されていたのだ。それもただの家ではない。あの間桐家へと養子に出していたのだ。

 雁夜は思い至る。あの家には後継者が存在しないということを。兄の鶴野は魔術の才能が無く、その息子である間桐慎二も同様であった。間桐の魔術は蟲を使用する。そして、蟲をその身に宿らせれば魔術師もどきにはなれる。つまり、遠坂桜は今この瞬間にも間桐の魔術によって身を犯されているかもしれないのだ。

 

 

 雁夜は走った、あの忌み嫌う家へと向かうために。走る中思い浮かべるのは一人の男であった。常に優雅たれを信条にしている男、遠坂時臣である。彼はその当時、葵さんに恋する雁夜の恋敵であった。

 本当ならば自分が葵さんを幸せにしてあげたかった。しかし、家の魔術や葵さんが時臣に向ける顔を見たことで身を引いたのである。あの男なら葵さんを泣かせることはないだろうと思っていた、自分の持っていない物をすべて持っている男ならば。

 実際はどうだろう。奴はあろうことか葵さんを悲しませ、桜ちゃんを間桐の養子にしたではないか。

 雁夜は頭に血が登っていくのを感じる。これだから魔術師は駄目なのだ。奴らに人の血は通っていないのかと心の中で貶しながら足を更に早めていく。

 実家に到着した時、雁夜は意外にもあれほど恐ろしかった家に臆すること無く入っていく。彼の頭にあるのは桜ちゃんを救うことのみであった。玄関を開けると、一人の老人が立っていた。老人はまるで妖怪のような出で立ちであり、杖を手に持っている。

 その老人の名を雁夜は知っていた。間桐雁夜の父親、間桐臓硯である。

「二度と家の敷地を跨ぐことは許さぬと言ったはずだが」

 間桐臓硯は厳しい言葉とは裏腹に、笑みを浮かべながら雁夜を見ていた。

「桜ちゃんはどこだ!」

 雁夜はその言葉を無視し桜ちゃんの居場所を聞いた。だが、臓硯はそんな雁夜の様子がおかしいのか、からからと嘲笑いながら言葉を口にした。

「虫蔵に入っておるわい」

「このヤロォー!」

 雁夜は臓硯に掴みかかろうとするが、臓硯は触れる直前にばらけていく。床に壁に天井と、ありとあらゆる場所に蟲が蠢く。雁夜が不味いと思うのもつかの間、夥しい数の蟲が身体に纏わりつく。抵抗しようと腕を振るが意味をなさず、数秒も経たぬ内に雁夜は床に転がっていた。

「クカカカッ哀れだのぅ雁夜よ」

 蟲の中から声が聞こえる。臓硯は人ではない、その身は蟲で構成されている正真正銘の人外であった。

「桜を助けに来たといったところかのぅ。じゃが、家から逃げ出したお主に何が出来る」

「魔術もろくに使えぬ貴様では桜は救えん。どれ、出来損ないでも息子は息子。見逃してやろう」

 事実であった。雁夜は魔術が使えない。家を飛び出した後はむしろ忘れようと必死に仕事に打ち込んでいた。

 雁夜の身体を拘束していた蟲たちが一つにまとまり、臓硯の姿を形作る。その顔にはありありと嘲笑が浮かぶ。雁夜は立ち上がろうとするが身体が言うことを聞かない。不思議に思い足を見れば、その足は無様にも震えていた。たとえどれだけ覚悟を決めた所で恐怖は消えない。そんな事実を突きつけるように震えていた。

 その様子を見た臓硯は更に笑みを深くする。

「そのざまでは桜を救えぬなぁ雁夜よ」

「桜ちゃんを…どうするつもりなんだ…?」

 声を震わせながらも桜のその後を聞く雁夜。顔は青白く呼吸も安定していないが、その声はよく聞こえた。

 臓硯は雁夜の様子に気分を良くしたのか口を開く。

「聖杯戦争で使う予定での。安心せい、死にはせんよ」

「聖杯戦争…?」

 雁夜は桜を物のように扱うことに怒りを覚えながら、聞いたことのない言葉を反芻する。

 聖杯戦争とはなんだろうか。戦争というからには争うのか。桜ちゃんはまだ子供だぞ!?

 頭にいろいろな疑問と文句が出てくるが必死に抑える。今ここで下手に出れば何をされるか分かったものではないからだ。

「万能の願望機である聖杯を奪い合う戦いとでもいっておこうかの」 

 その話を聞いていた雁夜は、ある一つの可能性に気づく。臓硯が桜ちゃんを養子にしたのは聖杯のためだ。なら、俺が持ってくれば桜ちゃんを解放してくれるんじゃないか。そんな希望的観測に雁夜はすがることにした。

「なら、俺が聖杯を手に入れてやる!」

 かくして、一人の男が聖杯戦争へと参加を決めた。

 男は蟲により、確かに魔術師へと変貌を遂げるのだろう。それでも、彼の覚悟は無駄に終わるのだ。救うと決めた子供を救えず、只々絶望を与えるだけなのだろう。

 それが、彼の運命なのだから。

 でも、もしかすると運命は変わるものなのかもしれない。未来を切り開くのは己の手だから。

 

 

 聖杯戦争に参加を決めて、はや一年が経った。

 あれから、臓硯に聖杯を渡す代わりに桜ちゃんの解放を条件に俺は聖杯戦争に参戦した。

 英霊を呼び出すに当たって、俺の魔術回路では不十分だったらしく刻印虫を身体に入れられたが、その時に桜ちゃんとも会うことが出来た。桜ちゃんは心身ともに限界の様子で、目に光は無くまるで壊れた機械のようだった。

 俺が家から逃げなければ桜ちゃんはこんなことにはならなかった。ちゃんと責任は取らなければならないだろう。

「大丈夫だからね、桜ちゃん。おじさんがきっと助けてみせるから」

「……うん」

 桜ちゃんはこくりと頷いた。声には一切の感情が乗っていなかった。

 俺は桜ちゃんをこんな目に合わせたジジィや養子に出した時臣に怒りを募らせる。桜ちゃんを抱きしめ、頭を撫でていると後ろからこつこつと杖で床に叩く音がする。

 後ろを振り返れば、ジジィが立っている。

「雁夜。そろそろ時間じゃ」

「分かってる。桜ちゃん、部屋で待っててくれるかい?」

「……うん」

 そう、今日だ。今日、俺は英霊―――サーヴァントを召喚する。臓硯の後をついていきながら忌々しい虫倉に入る。

 ただでさえ暗く、水気が気持ち悪いその場所はいつもより増して暗くなっている気がした。

 床にはサーヴァントを呼び出すための召喚陣が書かれている。本当にやるんだなと奇妙な気持ちになりながら、その前に立った俺に臓硯は言った。

「雁夜よ。召喚する際にはもう二節、別の詠唱を差し挟んでもらう」

「あぁ、バーサーカーを呼ぶんだろ」

 俺がそんなことを言うとは思っていなかったのか、感心している様子の臓硯。

「ほぉ、未熟者なりに勉強したようじゃのう」

 この一年間で、俺は刻印虫の影響で髪は白くなり顔には血管が浮き出ている。その見た目はゾンビを連想させた。

 体中が常に引き裂かれるような痛みに耐えながら家にあった本を片っ端から読んでいったが、お陰で聖杯戦争について軽い知識がついた。

 右手を見る。そこには確かに聖杯戦争に参加する為の令呪が宿っていた。心臓が煩くなる。緊張か興奮からか、どちらにせよここからが踏ん張りどころである。息を整え、これから来るであろう痛みに備える。しくじれば命はない。既にジジィが触媒を用意しているが、その触媒が何なのかは関係ない。

 息を吸う。

 心の中で英霊をイメージする。効果があるかは知らないが、それでも思う。

 願うは桜ちゃんを救ってくれる英霊。強く、優しく、そして誰かを導いてくれるような存在。

 息を吐く。

 雁夜は気づかない。一年の苦痛は絶大であり、精神を歪ませるには充分だということを。

 今までの時臣への恨みを晴らすべしと心の何処かで思っていることを。知らずに願うは復讐を成せる英霊。臓硯も時臣もすべて殺してくれるような無双の英霊。

 この日、各地で英霊が召喚される。

 場所も境遇もすべてが違う者たちは、聖杯を巡り殺し合う。

 雁夜の願いは叶わない。彼が召喚するのは円卓最強の男ではない。

 詠唱を開始する雁夜に痛みが走る。魔力を生み出す為に刻印虫が内側を蠢き、その光景を臓硯は愉快そうに見ている。召喚陣の光が強くなり、その分刻印虫が魔力を生み出すために生命を貪っていく。いたるところから血を垂れ流し、人によっては卒倒してしまうほどにその身は傷だらけになっていく。

 すると、雁夜はふらりとよろついてしまう。その時、パーカーのポケットから時計が落ちた。時計は召喚陣へと僅かに入る。だが、雁夜は気にもとめずに詠唱を続ける。詠唱の最後に入ると光は一層強くなる。

 やがて、部屋中を光が満たす。

 既に詠唱は言い終わり、英霊が召喚される。あまりの光に雁夜は目を閉じた。

 少しずつ光が収まっていき、しかし部屋はまた闇に飲まれることはなかった。

 雁夜が目を開き召喚陣を見ると、立っていたのは……。

<こんにちは。貴方がマスターってことで良いのかな……?>

 身につけている服装は赤いロングコートと赤いネクタイ、黒いシャツに黒いズボン。コートにはNo.10と書かれており、どこかの組織に属していることが推察できる。

 服装は現代にもありそうなものであり、そこに着目するならセンスが独特な人で済むだろう。だが、何よりも目を引いたのは頭部であった。

 帽子が奇抜だとか、髪型が変だとかそんなものではない。

 彼の頭は、燃え盛る時計であった。

「何だよ……それ」

 雁夜は思考停止に陥り、身体を酷使したことで限界が来たのか気絶した。

<あっ、待って!? せめて事情を説明して!?>

「……何じゃこの煩い時計は?」

 混乱する時計頭と、困惑した様子の臓硯を残して。

 

 

 

 

 

 

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