雁夜おじさんwith時計頭   作:れんこんもどき

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感想、アドバイス。非常に嬉しいです!これからも頑張らせていただきます!
9章ネタバレが存在しますので、お気をつけ下さい。



第四話 乱・入

 無事に買い物を済ませたドンキホーテとファウスト。

 だが、二人が醸し出す雰囲気は酷く対照的であった。

 疲労困憊のファウストと元気一杯のドンキホーテ。ファウストは神秘的な雰囲気はそのままだが、肩で呼吸をしておりその苦労が伺えた。ドンキホーテはぽわぽわとした様子で顔をほころばせており、その手にはアイスクリームを持っている。その瞳は太陽のように輝いていた。

 爽やかな、それでいて涼やかな風が吹き額に浮かぶ少しばかりの汗が乾かされる。絹のような髪が僅かに揺れて、両者の顔に影を落としてゆく。既に時刻は昼下がり。太陽は真上に昇っていた。

 ねぎなどの食材が入っている買い物袋を持ちながら、ゆっくりと歩いているファウスト。ドンキホーテは大事そうにアイスを食べながら速度を合わせている。

「うむ! このあいすくりぃむは実に絶品であるな。ファウスト君も一口いかがでござるか?」

「...ください」

 両手が埋まっているファウストは、ドンキホーテの方を見ると小さく口を開けた。汚れ一つ無い白い歯と、ちろちろと僅かに動く赤い舌。その光景は何処か煽情的でありながら、餌を待つ雛鳥のような愛らしさが存在していた。ドンキホーテはアイスクリームを近づける。ファウストが舐めやすいように少しばかり背伸びをし、丁寧に近づけていく。

 少しづつ二人の距離が縮まり、桜色の唇が白く染められていく。舌にはまろやかな甘さと冷たさが広がり、滑らかな舌触りを感じる。

「んっ...食事もこちらのものとそう変わりは無さそうですね」

 唇についたものを舐め取ると、ファウストは幾分か疲れが取れたのか言葉を発した。その顔は無表情に近いものではあったが、頬はほんの僅かに緩んでいた。

 歩く速度を緩めていく。

 

 

 間桐邸が目と鼻の先まで近づいた。洋風のその建物は外壁に草が生い茂っていれば苔もあり、妖怪屋敷と言われるのも納得するものであった。歴史を感じさせるその建物はおどろどろしい雰囲気を発しているが、近づけば近づくほど和気藹々とした声が聞こえてくる。

「ヒースクリフさん、違いますよ。右です右!」

「あぁ、こっちか」

「ア・ホ。左だ」

「あぁ!? 右か左かはっきりしろよ!?」

<皆元気だなぁ...。>

「つーか、テメェらも見てねぇでさっさと手伝えよ!」

 間桐邸の門をくぐるファウストとドンキホーテ。まともに手入れがされていなかったそれは、誰かが清掃をしたのか草や苔が丁寧に剥がされていた。声がするのは庭からである。

 そちらを見れば、複数人が一本の木を見上げている。人物は四人居た。そのうち一人はダンテである。

 一人は黒いおかっぱ髪が特徴的で、背中には白い鞘の刀を背負っていた。刀には、三生縁分 三千世界 三世因果と黒い文字で書かれている。後ろ姿で分かりにくいが、煙草を吸っているのが見て取れた。

 又一人は、まだ年若い少年であった。気弱そうな印象を受けるくすんだ金髪を持つ小柄な彼は、大きな声を張り上げて木の上に居る誰かに何か伝えているようだ。

 木の上には、不機嫌そうな男が一人。手にはノコギリを持っている。褐色肌に古傷だらけの男は、怒鳴りながらも木の剪定をしているようだった。

 彼らは庭の清掃をしていたらしい。

 足首を包むほどあった雑草は全て短く切り揃えられ、苔は落とされている。

 声を聞いてから、ドンキホーテは顔を喜色で満たすばかりだ。アイスクリームを口に詰め込み今にも走り出そうとするが、ファウストが首根っこを押さえた為に、首を勢いよく締める結果となった。

「ぐぇっ!?」

 蛙が踏み潰されたような、女性としてあんまりな声を出した彼女の声は庭に居た人物たちの耳にも届く。

 まず此方を振り向いたのは、気弱そうな少年であった。彼は此方に身体を向けると彼女らを認識した。瞳を大きく開き、そのまま嬉しそうな声を弾ませながら此方に近づいてくる。

「ドンキホーテさん、ファウストさん。戻ってきたんですね!」

「ゲホッゴホッ。んんっシンクレア君、君も召喚されたのでありますな。会えて嬉しいですぞ!それに、良秀君、ヒースクリフ君も!」

 咳き込みながら、彼女は少年と会話をする。彼の名前はシンクレアというらしい。ドンキホーテと同じ背丈、同じ髪色。互いの距離感は近く兄妹のようであり、その姿は微笑ましいものである。

「戻・さ・飯」

「……やはり良秀君の略語はよく分かりませぬな?」

 次に近づいて来たのは刀を持つ女性だ。

 鋭い眼光を持つ彼女はゆっくりと此方へ歩いてきたかと思えば、突如単語を連続して発する。その顔は、意図が伝わるだろうと確信していた。

 ドンキホーテは、彼女―――良秀(りょうしゅう)の発言を理解できていないようだが。

「戻ってきたんならさっさと飯の準備をするぞ、ですか?」

「チッ」

 シンクレアは、彼女が発した単語の意味を理解しているらしい。彼は単語を翻訳し、周囲の者に伝えてゆく。良秀は舌打ちをしつつも、肯首した。どうやら、ドンキホーテが理解できなかったのが彼女を苛立たせたようだ。煙草の灰が長くなり、紫煙が昇る。苛立ちを残しつつも、彼女は更に言葉を続けた。

「チ・死・変だ。早くするんだな」

「チビと死にかけの変態が待ってるって。そんな言い方しなくても、雁夜さんは良い人だったじゃないですか。僕達の部屋まで用意してくれたんですよ?」

「ふん。まだまだガキだな」

 話は終わったとでも言うように、良秀は煙草の煙をシンクレアの顔に吹きかけると、家の中へと入っていく。シンクレアは唐突なことに咳き込んでいるが、彼女は心配する様子もなく、振り返ることも無かった。

 

 

<二人ともお疲れ様。何か問題は無かった?>

「えぇ、問題ありません。ドンキホーテが少々騒がしかったですが、必要な食材などはこちらに入っています。家具については、後日配送でこちらに到着する予定です」

 いつの間にか近づいていたダンテ。彼は二人に簡単な労いの言葉を掛け、問題が無かったかの確認を済ませる。質問に対し、逡巡すること無く答えるファウスト。豊満な胸を張り、結果を報告する様は、親に褒めてもらおうとする子供であった。

「はっ。だから言ったろ、賢いあねさんがついてんだから何とかなるって」

「けほっ、うぅ……ヒースクリフさん」

 傷だらけの男がシンクレアの背中を叩きながら言った。彼は未だに咳き込んでいたが、誰が声を掛けてきたかは分かるらしい。ヒースクリフと呼ばれた粗暴な男は、帰ってきた二人に向き直る。

「ま、買い物が済んだんならおかっぱの言う通り、飯にすんだろ?」

 語る彼の顔には疲労が張り付いている。それも仕方ないだろう。彼は庭の清掃で最も働いた人物、言い換えると働くしか無かった人物だ。雑草を引き抜き、苔を剥がし、ツタを剥がし、挙句の果てには木の剪定すらした。いくら体力自慢な彼も堪えたらしい。

 勿論、彼一人でやっていた訳では無い。ダンテやシンクレアだって手伝ってくれた―――この中に良秀は入っていない―――が、間桐邸は大きかった。非力二人とヒースクリフ。必然的に彼が働くのは当然であった。

 彼の言葉は質問では無い。確定事項。彼の中では、休むことは決まっているのだ。彼の瞳には覚悟があった。仲間に対する暴力も辞さない覚悟が。

<あはは……。ヒースクリフもお疲れ様、暫く休んでて良いよ。シンクレアもね。>

「やっとかよ……。オラ、行くぞボンボン」

「いたっ!? 蹴らないでくださいよ!」

 シンクレアの背中を蹴りながら家の中に進んでいくヒースクリフ。彼の背中には、何処か哀愁漂うものがあった。

「それにしても、どうして庭の剪定をしていたのでありまするか?」

 ダンテに質問をするドンキホーテ。質問は至極当然の内容である。ドンキホーテからすれば、買い物に行く前には説教をされていた人物が、複数人で庭の手入れをしているのだ。

<あぁ、それは…。良秀が「陰気臭せぇとこだな、どうにかしろ」って言ってきたから。>

「珍しいでありますな…?良秀君はこういった所が好きだと思っておりましたが。ファウスト君はどう思いまする?」

「ファウストにも彼女の行動を完全に予測することは出来ませんね」

 皆、良秀の行動について話しながら家の中に入っていく。それほどまでに珍しかったらしい。彼女は仲間からどんな風に普段見られているのか。しかし、まるで日常と変わらない様子を見るにいつものことなのだろう。

 彼らは備える。戦争に打ち勝つために。

<そういえば、桜ちゃんにも声が聞こえるようになったんだよね。>

「えっ」

「…………」

 良秀。―――囚人番号4番。性格、傍若無人・唯我独尊。残虐的な嗜好あり。

 ヒースクリフ。―――囚人番号7番。性格、暴力的・短気。自他共に認める脳筋。

 シンクレア。―――囚人番号11番。性格、気弱・不安定。潜在能力あり。

 

 

 

 時は過ぎゆき―――。

 深夜、冬木の倉庫街。コンテナが大量に置かれ、街路灯が一定の間隔で立っている。静寂が場を満たし、冷えた空気が辺りを漂う。

 しかし、その空気とは裏腹に異様な熱気を放つ場が生まれていた。その場にはたった二人の人物が立っている。

 二人の男女が睨み合い、火花を散らす。両者の格好は異常である。

 女性は青を基調とした鎧を纏い、構えをしている。手元には何も持っていない様に見えるが、空気が揺れ動きそこに何かがあることを感じさせる。風が巻き付いているそれを、男性は警戒した様子で睨みつける。

 彼の装いは黒いツナギタイツであり、肩や手などの戦闘で重要な部分にのみ、これ又黒い鎧をつけている。だが、目を惹くのは彼が持つ武器だ。赤い槍と黄色い槍。長さが異なる槍を二つ同時に持つ彼は、二刀流ならぬ二槍流だ。

 彼らは英霊(サーヴァント)

 どちらも聖杯を求めて戦う過去の英雄であり、殺し合いが行われようとしていた。

「往くぞ!」

「来るが良い! 槍兵(ランサー)!」

 掛け声と同時に槍兵が走る。その速度は凄まじく、目で追うことすら難しい。彼は右手に持つ赤い槍を前方に突き出す。片手の突きであり、全力とはいえない。それでも当たれば死ぬ事を予感させる一撃だ。

 それを軽々と迎え撃つ剣士(セイバー)。彼女は不可視の武器を用い、槍を滑らせる様に逸らすと勢いそのままに、腕を横に振る。

 その攻撃に対し、彼は左手に持つ黄色の短槍をくるりと回転させて縦に持つと地面に突き刺し、横合いから向かってくる武器を防いだ。それと同時に、逸らせれた赤い槍を手元で回し、穂に限り無く近い柄に持ち替え、腹に突き刺そうとする。

 攻撃を防がれたことに彼女は驚きながらも、即座に後ろに飛び跳ねる。確実に当たるであろう位置から一瞬で動いた事に、彼は顔を驚愕で満たした。しかし、ランサーはその感情とは裏腹に嬉しそうだ。セイバーも警戒を強めるものの、顔には笑顔が浮かんでいた。

 五メートルほどの距離が空き、両者ともに体勢を整える。

 彼女が脚に力を入れた直後、距離が一気に詰められた。地面に亀裂が走る。華奢な体躯から想像できないほどの踏み込みだ。高速で連撃が繰り出され、彼は防御に回るしかない。槍で弾き、逸らし、時折相手の隙間を縫うようにして攻撃する。

 セイバーの横払いに対し曲芸のように飛び跳ね、空中で槍を突き出すランサーの連撃も凄まじい。しかし、セイバーの猛攻を食い破ることが出来ていない。

 僅か数度の打ち合いで、ランサーは敵が扱う武器が何なのかを把握していた。それでも防御に回るのは、不確定要素が多すぎるからだ。

 不可視の武器。それは、戦闘においては無類のアドバンテージを誇る。

 相手の間合いが分からないということは、戰場においては致命的と言っても良い。必殺の間合いに入っていることに気づけない。攻撃をしても反撃をされる可能性が捨てきれない。見えないだけで、死ぬ可能性が存在しているのだ。

 ましてや英霊の戦闘となれば、もう一つの優位性を持ち合わせていた。

 宝具。英霊の必殺にして、弱点そのもの。

 宝具を晒すということは、真名の特定を容易くさせる。英霊は、過去の逸話に弱点が載っている。かの竜殺し、ジークフリートならば背中が。最速の英雄、アキレウスなら踵が。

 それほどまでに、英霊の真名というものは重要なのだ。能力で勝つことが出来なくとも、策を講じる事が可能になる。

 しかし、セイバーの宝具は幾重にも重なる空気の層で作られた鞘によって、覆い隠されていた。

「ふっ!」

 セイバーは息を吐くと、猛攻を加速させる。一振りが重く、鋭くなっていき、命を刈り取るものへと変化していく。槍と打ち合う度に火花を散らす風の鞘。ランサーは二槍流の特性を活かし、防御と攻撃を両立していた。

 嵐のような攻撃を躱し続けるランサーは、黄色の短槍を強く握りしめる。目を凝らし、隙が出来るその時を待ち続けていた。

 

 

 その光景を物陰から見ている者が数人。ダンテ一行である。

 現在彼らは、隠密をしている。お昼ご飯を食べた後、雁夜との作戦会議をした結果である。桜ちゃん蘇生事件の夜にアサシンが殺害された事を知らない雁夜は、初戦は情報収集に徹する事にしたのだ。

 彼らは静かに、その戦闘に圧倒されていた。

「おっほぉぉおお!? み、見てくだされ! あれが英雄というものでありまする!」

 否、一人だけ目を輝かせて騒いでいた。頬は吊り上がり、口から涎が垂れかけている。

「ドンキホーテさん、静かにして下さい!?」

 シンクレアはドンキホーテの口を手で塞ぎ、後ろから羽交い締めにする。気弱な様子から想像できない力を見せる彼だが、じたばたと暴れる彼女を完全には抑えられない。

 それを気にせず声を上げたのは、ヒースクリフだ。

「くそ、コソコソすんのは性に合わねぇんだよ。あそこに突っ立てる変な女みてぇに俺等も行きゃ良いだろ?」

<駄目だよヒースクリフ。雁夜がそうしようって言ったんだから従わないと。それに、あの女性はどっちかのマスターだと思うけど…。ほら、手にも令呪があるし。>

『悪かったな。融通の効かないマスターで』

「へっ。時計ヅラみてぇに言うこと聞かせられると思わねぇことだな」

 会話をしているダンテとヒースクリフ、そして念話で参加する雁夜。

 彼らは軽口を叩きながら、英霊の戦闘を眺めていた。口は悪くともそこに棘は存在しない。雁夜が反論してこない事に気を良くしたヒースクリフと、呆れた声を出す雁夜。雁夜はこれ以上言っても無駄だと認識したのか、ダンテに声を掛けた。

『……バーサーカー。お前の仲間ってこんな奴ばっかなのか?』

<…まぁ、そのうち慣れるよ。私がそうだったから。>

『……話題、変えようか。あの女性のマスターは、あんな所に居て危なくないのか?』

<何か策があるんじゃないかな。あそこまで堂々としているのは、自信の表れだと思うよ。>

『そういうもんなのか……魔術師って奴は理解できないな。いくら策があるからって、命をそう簡単に賭けられるか?』

<後半に関しては耳が痛いね……。>

「むぐっぷはぁ! 管理人殿には耳が無いではありませぬか!?」

「比喩ですよ、ドンキホーテさん!」

 シンクレアにドンキホーテを任せた二人の話題は、決闘が開始される前から立っている女性についてであった。

 雪の妖精とでもいうべき美貌を持つ彼女は、覚悟が宿った凛々しい顔で戦闘を眺めている。戦闘に巻き込まれるのではないかと思うが、その様子は無い。彼女はマスターとしての役目を果たそうとしているらしい。信頼関係が結ばれているのか、セイバーも戦場から遠ざけることをしなかった。

<どっちも強いね。>

「えぇ。ファウストが見るに基礎能力は彼女の方が上ですが、俊敏性に関してはランサーが上回っています。攻勢に出ているように見えますが、防戦一方なのは彼女のほうですね」

 背後での会話を完全に無視し、戦闘の観察に集中する良秀。先頭に立つ彼女は大きく目を見開いたかと思えば、くつくつと笑いを押し殺し笑みを浮かべる。暗い物陰を淡い炎で照らすダンテはその様子に訝しむが、余程の事はしないだろうと釘を刺さなかった。

 彼女は煙草を一息で吸い切ると、それを吐き捨てる。胸元に入っている煙草の箱を取り出し、慣れた手つきで一本口に咥える。同時にライターで火を付けた。紫煙が昇り、息を吐く。

「俺が芸術を教えてやる」

 次の瞬間、彼女は物陰から飛び出した。

<なっ!? 待って良秀、行っちゃ駄目だ!!>

『嘘だろ!?』

 

 

 ダンテの声を無視し、鍔迫り合いをしている二人に突っ込む良秀。暗殺というには堂々としていて、戦意すら隠さずに向かう彼女は笑顔だ。当然、セイバーとランサーは即座に気づいた。両者鍔迫り合いを止めて後退し、良秀に警戒を露わにする。

 だが、彼女はそれをものともせず、走りながら居合の形を取る。冷えた空気に熱い息が吐かれ、煙が如く空気を白く染める。

「この気配、英霊では無い……。貴方は一体何者ですか!?」

 セイバーがそう叫んだ次の瞬間、悪寒が走り咄嗟に横へ転がった。白い弧が空中を走り、ついで背後にあったコンテナに切れ込みが入り、断ち切られる。

 彼女は慌てて立ち上がり良秀の方を見ると、そこには刀を振り抜いている姿があった。

「鞘で…!?」

 セイバーが驚嘆の声を挙げる。良秀は刀を鞘から抜いておらず、しかしコンテナを断ち切ったのだ。恐ろしいほどの技量だとセイバーは心の中で独りごちる。先程避けることが出来たのは、直感スキルを有していたからだ。

 もし持っていなければ、一撃は免れなかっただろう。セイバーはそう考え、良秀への警戒度を高めた。

 彼女は反撃を開始した。弾け飛ぶように良秀の前に飛び、縦に一閃。良秀も両手で刀を持ち、真上に向け盾にするものの、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。良秀は想定以上の威力に膝を折りかける。

 それでも、良秀は冷や汗を一つ掻く事すら無く、落ち着いて弾き飛ばした。しかし、彼女の手は痺れていた。それほどまでに衝撃が強かったらしい。 

 攻撃を防がれたセイバーだが、そこに焦りは無い。後ろにバックステップすると、今度はゆっくりと近づいていく。良秀も体勢を整えつつ、待ちの姿勢を見せた。

 風の鞘と白い鞘が触れ合う距離へと近づいてゆく。

 セイバーが手をぴくりと動かし、地面に沿って鞘を振るう。滑らかに滑った斬撃を良秀は受けること無く、身体を逸らして避けた。セイバーは鞘を振り下ろし、間に存在している良秀を両断しようとする。明確な殺意が宿る風の鞘を、良秀は刀の鞘の側面を滑らせるように流した。先程とは異なり、地面に亀裂が走ることは無かった。

 力を流されたセイバーだが、勢いを保ちながら一回転をする。今度は回転斬りだ。横腹に向けて振られた鞘に、良秀は後ろに下がる事で回避をしようとするが、突如回転の速度が変化する。良秀はそこで初めて冷や汗を流し、地面を大きく蹴る。

 しかし、良秀の身体は間合いに残ったままだ。

 このままでは上半身と下半身が泣き別れをすることになると察した良秀。彼女は手に持つ刀の先端を地面に向けると、大きく打ち付けた。直後に暴風が弧を描きながら、良秀の腹を切る。

 横腹から血を流す良秀だが、その傷は浅いものだ。刀を用いて限界まで距離を稼いだことによって、横払いは完全に当たらなかったのだ。

「───なるほど。貴方が何者かは知りませんが、技量は確かなようですね」

「あっ?急に何言ってやがる」

 唐突に話し始めるセイバー。その顔は警戒を残しつつも、良秀を心配しているような表情だ。良秀は腹に力を入れ、出血を止めようとしながら話を聞いている。

「しかし、先程の打ち合いで分かったでしょう。貴方だけでは私に勝つことは出来ません。降参して下さい」

「──────は?」

 ドスの効いた声が喉から溢れてくる。血が溢れているかのように赤い瞳は、絶対零度の視線でセイバーを貫いていた。

「………セイバー」

 セイバーのマスターが声を上げる。その声は怒ってはいないものの、窘めるような意図が込められていた。実際、彼女は良秀を警戒し続けている。

「申し訳ない、アイリスフィール。しかし、私は私の騎士道に従いたいのです。出来る限り人を殺したくはない」

 セイバーは凛とした声で言い切った。それを曲げようとする意思は無いらしい。アイリスフィールはため息をつこうとするが、それは止められた。

「おい………一つだけ聞かせろ」

 地獄から唸るような低い声が、アイリスフィールとセイバーの鼓膜を震わせる。アイリスフィールは殺意の中に突如として放り込まれ、気がつけば冷や汗が首筋を流れていた。彼女は後ろに下がりつつ、自分の身を守れるようにする。

「はい、何でしょうか?」

 セイバーは能天気なのか、天然なのか。落ち着いた様子で良秀の問い掛けに答えようとしている。

「俺を舐めてるのか?」

「いえ、そんなことはありません!ただ事実を言っただけで───ッ!?」

 次の瞬間、良秀は駆け出していた。

 目の前の女を塗り潰さんとばかりに刀を振るう。セイバーは防御をしつつも、微かな違和感を感じていた。先程より、刀の威力が上がっている。

 セイバーが瞬きをすると、一瞬あるものが見えた。同時に鐘が鳴ったような音も聞こえる。赤熱している鎖。それが物陰から良秀に向かって伸びているのだ。

 それに気を取られていたからだろうか、良秀の攻撃が横合いから来ていることに気づくのが遅れてしまった。その攻撃は胸の鎧を傷つけ、後少しで皮膚を切る所であった。

「ッ!?」

 思わず後ろに飛んだセイバーは、あることに気づいた。治っているのだ、先程良秀に付けた腹の傷が。驚きで目を見開くセイバーと猛追をする良秀。

 そんな良秀の顔は憤怒で染まっていた。

 良秀はセイバーが攻撃を避けたのを見るやいなや、追撃をしようとする。セイバーは構えようとするが、奥から一人の男が走ってきていることに気づく。ランサーだ。彼女は背後へと回り込んだランサーに気づいていないのか、セイバーのほうを見るばかりだ。

「決闘を邪魔した報いを受けるが良い!」

 ランサーは良秀の心の臓に槍を突き立てようと踏み込むが、気配に気づいた良秀は反転して刀を盾にする。心臓に当たると思われた赤い槍は、しかし止められた。

 だが、ランサーの攻撃は終わっていない。黄色の短槍を用いた第二撃。良秀は一度の防御に全神経を注ぎ、第二撃を止めることが出来ない。

 額に穂先が近づいていく。良秀は首を動かして避けようとするが、間に合わない。

 回避?───否。槍は音速を超えている、不可能だ。

 迎撃?───否、刀が塞がれている以上、最大火力は出せない。奴もそれを理解しているからこそ、二撃目を放った。

 死。そう、これは死だ。

 

 

 濃密な死の気配が迫ってきている。喉元から迫り上がってくる不快感と、肺を無理矢理満たされたような吐き気が襲う。しかし同時に俺の脳内に電流が駆け巡り、過去の記憶を探り出す。不快感を覆い隠すかのように、快感が息に交わる。

 快楽物質が頭から流れ出し、心臓へと集中していく。手の小指から足の親指まで、快楽で満たされた血が通い出す。高揚感が鳥肌を立て、興奮が本能を目覚めさせる。

 肺を満たした煙は燃え尽き、霧として流れるばかりだ。

<良秀!!> 

 聞き慣れた時計の鳴る音、それの意味を聞き返すほど旅をしてきた訳では無い。言葉は無くとも、意思は統一されていた。見えない繋がりを感じて、少しむず痒い。

 鏡が砕かれる音が聞こえた時、心は凪の様に落ち着いていた。

 手に持つ刀は燃え尽きているのに、火種は未だ燻ったままだ。何処かで着たことがあるような着物を着て、火花を散らしながら居合を気づけば取る。

 俺はこの刀を何か大事な者の為に振ったんだろう。俺はそれを覚えちゃいない。

 だが、()は覚えている。

 「総・燃・阿・為」 

 火種が刀を熱し、焔を吐き出す。焔は刀を加速させ、迫りくる槍を弾く。槍の男は何が起こったか分からねぇって面を見せてるが、直ぐに体勢を整えようとしてやがる。英霊だかなんだか知らないが、戦闘が出来るのは間違いねぇな。

 俺のE.G.Oは攻撃目的の技だが、防御に使う羽目になるとは。予・面ってとこだな。

『あぁもう、なるようになれだ! バーサーカー、お前の得意で戦ってくれ。俺は他の英霊の真名を探れないかやってみる!』

<任せて雁夜! 良秀、人格を被せるよ! ヒースクリフとシンクレアはランサーの対応。ドンキホーテは良秀のサポートに回って、ファウストは私の護衛で。分かった!?>

 ダンテの声が倉庫街に響く。どうやら雁夜も覚悟を決めたらしく、ダンテに戦闘指揮を任せた。

「はっ、ようやくかよ!」

 ヒースクリフは勢いよく立ち上がると、威勢の良い声を上げた。

 鏡が罅割れる音が聞こえると、彼に罅が入り姿が変わる。鉄バットを持つ制服姿から、泥に塗れたぼろぼろのレインコート。手には穴が空いた傘を持つ姿へと変化した。雨など降っていないにも関わらず、彼からは雨水が滴り落ちている。

「任せて下さい、ダンテさん!」

 シンクレアは身の丈に合わない大きなハルバードを握り締めながら返事をする。その目には覚悟が宿っている。また、鏡が罅割れた。

 血だらけの貴族服。手と肩には鎧が着けられ、胸には釘と金槌の意匠が着けられている。手に持つハルバードに人間の臓物がへばりついていた。肉と機械油が焼け焦げた匂いが辺りに充満し、狂気じみた笑みがランサーを睨みつけていた。

「ふっふっふ。ようやく当人の出番でありまするな!任せてくだされ、管理人殿!!」

 ドンキホーテは快活な声を辺りに響かせ、鏡の音と共に姿が変わる。

 ピンク色のフリフリ衣装。可愛らしい意匠と、ハート型の髪飾りで髪を二つに結い上げるドンキホーテ。くるくると宙を回っていた杖が手に収まる。

 その先端は茜色に染まった星で、横合いからは薄紫色の翼が生えている。その中にピンク色の透き通るハート型の宝石が嵌っている。

 彼女はまさしく魔法少女と呼ぶべき姿へと変身していた。

「気をつけて下さい、ダンテ。他陣営が見ている事は確実ですので、あまり手札を晒すことはおすすめしません」

 ダンテに忠告をするファウストだが、彼女の姿も変化していた。

 黄緑色の布が二対付けられた黒笠を頭に被り、左目を黒い布で覆い隠す。黒い包帯と帯で固定された着物で着飾り、刃が剥き出しとなった大剣を右手に。背には鎖が巻き付いた鉄塊を持っている。その鉄塊は、よくよく見れば鞘であるらしい。

 白髮が闇夜を照らす月のように、はっきりと彼女の存在を示していた。

 

 

 仲間たちは言われた通りに行動を開始し、倉庫街は騒乱に満ちてゆく。静寂は切り裂かれ、冷えた空気は熱され続ける。

「ふぅ……。まぁ良い、次回に預けてやる。時計、さっさとしろ。く・へされたいのか?」

<はいはい、今するからね。>

 良秀はその言葉を聞いたと同時に、自分が塗り潰されるような感覚を感じ始める。脳内に知らない記憶と感情が流れ出すが、いつもの事だと気にせずに煙草を吹かしていた。

 パリン、と鏡が割れる音がしたと思えば、やはり姿形が変化する。

 短く切り揃えられた黒髪は長くなり、後ろに一本結い上げられた。濃いグラサンを掛け、金色の衣に身を纏う。袖は網目状になっており、穴からは彼女のしなやかな腕が見えていた。

 螺旋の翼が背中から垂れていて、螺旋状の鞘に仕舞われた赤い刀身。右手にそれを持った彼女は、煙草を口から離す。

 風が吹き、流れが変わる。紫煙は此方を睨むセイバーの周りへと流れていった。

「これが貴方の、いや、仲間の宝具ですか」

「はっ。警戒しなくても、今に分かるさ」

「愛と正義の名の下にぃ〜。今ここに参上!」

 良秀の隣にドンキホーテが立ち、セイバーと正面から向き合う形に。ヒースクリフとシンクレアは、ランサーが助けに迎えないように壁となる。

 英霊二人と、囚人達の戦いが始まった。

 

 

 

 

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