雁夜おじさんwith時計頭   作:れんこんもどき

7 / 7
す、すげぇ。クロス作品なのにキャラが一回も出てこない。





第七話 そうだ、探検しよう

 晴れ渡った透き通るような空。

 目に染み込んでしまうほどの蒼が空に浮かぶ中、その下に一人の少年が眠りこけている。

 冬木市在住のご老人、マッケンジー夫妻の家が現在の住処だ。

「ふぁぁあ……」

 二階にある小さな部屋で目覚め、欠神をした一人の少年。

 名は、ウェイバー・ベルベット。

 ライダー、イスカンダルのマスターにして、エルメロイ教室の聴講生。

 彼の住む部屋に光の筋を引いていて、机上の試験管に入っている水の中で光が反射する。その光を辿れば硝子窓が光の道筋となっていた。窓からは鳥の囀りが聞こえ、ウェイバーがそちらを見れば、庭にある枯れ木の枝で雀が二匹寄り添い合っていた。

 彼は欠伸を押し殺すと、陽光に満ちた窓際へ近づいて鍵を外す。そのまま流れるように押し開くと、部屋の中へ道筋と穏やかな風が入り込んでくる。

 その風と光が肩にかかるほどの髪をさらりと流し、彼の意識を覚醒させる。

 窓枠から見えるのは家の庭を囲む外壁と、それに沿っている灰色の舗装道路。

 庭にはパンジーが一定間隔に咲き誇り、絵の具が庭の色彩を豊かにしている。風に吹かれ青紫の花弁が庭先から飛び出し、灰色の舗装道路を彩る。

 道路の先にはいくつか邸宅が見える。見える限りの右端には瓦屋根の日本家屋が見え、そのまま流れるように三角屋根の洋風住宅になっていく。

 小さなつむじ風が道路に起きると花弁を空へと羽ばたかせた。

 ゆらゆら落ちる花弁は、導かれたようにウェイバーの鼻に止まる。

 花弁を指先で掴み取ると、微かに心地よい。だが、花弁はひどく頼りなく、いますぐにも萎びてしまいそうで。

「…………はぁあああああああ……」

 そんな爽やかな朝にも関わらず彼の息は重たい。

 彼がここまでため息をつくのは、ライダーが原因であった。

 昨夜、予定外の乱入をすることになっただけではなく、ライダーはあろうことか真名を名乗った。しかも真意を聞けば、ものは試しとだけ返された。

「やっぱり、ボクは……」

 マスターとサーヴァントの関係は、主従関係のそれと同じだ。

 マスターが上で、サーヴァントが下。マスターは英霊を使いこなすことが普通のこと。

 昨夜、他の英霊たちは指示に大人しく従い戦っていた。自分だけが、振り回され続けている。

 ウェイバーはそんな風にぼーっとした思考のまま、窓枠に膝を置いて指先で花弁を弄り、なんとなしに雀を見ていた。

 窓から見える二匹の雀は、枝から飛び立つと空を舐めるように飛んでいく。一匹が先頭に回って後方の雀を引っ張って。一匹はどこまでも遠い空へと翼を広げ、もう一匹はどこまでも狭い地を恐れながら慌てて追いかける。

 まるで、ライダーとウェイバーの関係を表しているようだった。

 その必死な羽ばたきがあまりに惨めで、自分に似ていた。

 雀から目を離し、意味もなく景色を眺めていると一つの車が青みがかった煙をかき鳴らして道路に止まった。小さなトラックから一人の青年が降りてくる。指定の制服に身を包んで帽子の鍔を触り、顔を掲げた青年は小さな荷物を持って庭へと入っていく。

「すみませーん、宅配便でーす!」

 ウェイバーの気持ちを知りもしないだろう溌剌とした声が階下から聞こえ、無遠慮に彼の心を切り裂いた。

 

 ──宅配便…? マッケンジーさんが何か頼んだのかな…。

「あ、あのー、征服王イスカンダル様っていらっしゃいますか?」

「余のことだが」

「あー、はい、そうでしたか。あはははは…。あー、ここに受取りのサインをお願いします」

「署名か? よろしい!」

 ──なんで二階から出てるんだよ?!

 彼はマッケンジー夫妻の家に帰宅した際、ライダーに対し二階から出るなと口を酸っぱくした。

 それは、マッケンジー夫妻に対しウェイバーが掛けている暗示の魔術が解除されないようにする為であったが、これ以上好き勝手されたくないというウェイバーの微かな抵抗でもあった。

 効果はなかったらしいが。

 ウェイバーは頭痛を抑えて、慌てて寝間着姿から着替えようとする。

「─────いっ?!」

 が、振り向きざまに小指を机に勢いよくぶつけ、声にならない悲鳴が上がった。

 

 外に芽吹いたパンジーの花は小さく風に揺れている。

 風に乗って、爽やかな匂いと共に花弁が昇っていく。花弁は、蒼い空へと去っていった。

 ウェイバーは着替えを終えて、足早に階段を降りてゆく。木造の階段が不快な軋みをあげて、その慌ただしい動きを他人に伝える。キッチンでお湯を覗くマッケンジー婦人は、その音を微笑んで聞き入っていた。

「確かに受け取ったぞ」

「ま、毎度、ありがとうございました」

 階段を降り、玄関へと走ったウェイバーの目には、大戦略と胸に大きく描かれたTシャツを着たライダーがいる。彼の鍛え上げられた筋肉が、はち切れんばかりに服の下から主張をしていた。

「宅配って、お前外へ出たのか!?」

「じゃーん! 通信販売とやらを試してみたのだ。アドミラブル大戦略IV! 合わせてゲーム機本体も購入!」

 ライダーは少年のように眩しい笑顔で荷物を持っている。彼の手の中には、頭ほどの大きさをした横長の箱があった。自慢げにウェイバーへと見せつけるライダーは、心底嬉しそうだ。

「…金はどうした! 金は!!」

「坊主が寝ている間に財布から抜いておいたからな」

 あっけらかんと抜かすライダー。彼の背後から陽光が差され、文字通り眩しい笑顔となってウェイバーの網膜に焼き付いた。目を閉じて忘れようにも、光は残像として脳裏に刻まれる。

「なにを考えてやがりますか!! この馬鹿は!!」

「まぁいいではないか。さあ坊主! 早速対戦プレイだ!」

「あらあら、その前にご飯にしましょう? ウェイバーのお友達も一緒にどうぞ」

 キッチンからマッケンジー婦人、マーサが鍋を持ちながら歩いてくる。彼女は穏やかな笑顔を浮かべ、騒いでいた二人を朝食に誘った。鍋から吹き出る湯気は、今日のような穏やかな日を表している。湯気が消えないよう、彼女はゆっくりと机の上に鍋を置いた。

 

 強かな女性だ。得体の知らない大男がいるにも関わらず、追い出すでもなく、恐怖するのでもなく、共に同じ釜を突こうというのだ。手には長年生きた証が刻まれていて、そこに震えはない。

 しかし、ライダーを見る彼女はどこか不安そうだ。ついでウェイバーへと視線をずらすと、心配そうに目を細めていた。

「ご婦人、私も食卓を囲んでよろしいのですか?」

「えぇ、ウェイバーのお友達なのでしょう? 普段どんなことをしているのかも聞いてみたいもの」

 彼女はどうやら、ウェイバーがライダーに嫌々付き合わされているのではないかと考えているらしい。実際、先程の一連の行動はそう見えても仕方のないものだ。

「私は夫を呼んでくるわ。お話はその後で、じっくりと聞かせてもらいましょう」

「ええ、勿論ですとも。彼と私の関係がいかにして出来上がったものなのか、是非とも教えましょう」

 ──頼むから余計なこと言わないでくれ……!

 やはり彼女は強かだ。英雄とはその場にいるだけで何か違うことを悟らせるが、それを理解した上で彼女は向き合っている。

 

 

 

 こうして始まった朝食だが、流れている空気はどこまでも和やかなものだ。

 ライダーがウェイバーとの出会いを話し、マッケンジー夫妻が時折相槌をし質問をする。最初こそ怪しい雰囲気ではあったものの、彼は征服王イスカンダル。

 軍を率いたその圧倒的カリスマは、無意識下でも発揮される。

「そこで彼と私は出会い、今もこうして交友関係を結んでいるのです」

「ハッハッハ! マーサ、彼は悪い人ではなさそうだ! いや、疑ってしまって本当に申し訳ない!」

「いえいえ、貴方がたが私を怪しむのも無理はない。彼を想う気持ちがあるからこそ、疑ってしまうのです。それは貴方たちの優しさを証明しているでしょう」

 数十分足らずでライダーはマッケンジー夫妻から信頼に足る人物だと認識され、場の空気を自らのものへと変化させた。

「…………」

 それに不満そうなのはウェイバーだ。ぶすっとした顔でパスタを口に放り込んでいる。

 なぜだか分からないが、ウェイバーはこの状況が面白くなかった。

 彼は食事を楽しむ暇もなく口に詰め込んで、この時間が早く終わる事を祈るしか無かった。

 麺が口の端から零れ落ち机を汚してしまっているが、それに気付かないほど祈り続ける。

 マッケンジー婦人がウェイバーの口を微笑みながら拭こうとして、彼の目の前に白いハンカチを持っていくが、その白さに意識を戻らされた。

 ふと、フォークと皿がぶつかる音が止む。

『次のニュースです。昨夜未明、単身赴任中の男性が冬木市に住む家族と連絡が取れなくなった、と警察に通報した所、一家全員が行方不明になっていた事が発覚しました。警察は現在、冬木市で発生している連続行方不明事件との繋がりがあるのではないかとして、調査を進めています。行方不明になっているのは────』

()()か……」

「心配ねぇ……」

 ウェイバーの祈りが届いたのか、テレビから一つのニュースが流れた。

 内容はいつの間にか家族が行方不明になっていたというもので、夫であろう人物が涙ぐみながらテレビの取材に答えている。

「…………ふぅむ」

 ライダーは皿へと盛られたパスタを豪快に音を立てながら啜り切ると、鋭い眼差しでブラウン管を眺める。

 

 食事を終え、二階に戻るウェイバーとライダー。

 ウェイバーは朝から疲れたと言いたげな顔をしているが、ライダーは何かを考えているようでそれに気づいていない。

 部屋の扉を開け、ウェイバーはベットに倒れ込むと一度大の字になった。

 だが、それもほんの数秒だ。自分を叱咤するように跳ね上がると、腕を回しながら机に向かい合った。その上には試験管や魔法陣の描かれた紙が置いてあるが、それを横にどけて机に地図を広げる。

 その拍子に試験管から水が一滴滴り落ちる。ぽとりと落ちた水滴は、魔法陣が中心に描かれた論文に染み込んだ。

 その論文は、ケイネス先生に破り捨てられたウェイバーの自信作。その原本だ。

「よし。坊主、外に出かけるぞ」

「なんだよ急に。言っとくけど、お前の遊びに付き合う気はないからな」

「そうではない」

「あ、おい!」

 ライダーは極太の指先でしかし器用に机上にある地図を手繰り寄せると、床へと無造作に広げだした。そうして、床に落ちていた油性ペンで何かを描き始める。

 ウェイバーも何をやっているのか気になったのか、床に座って顔を覗き込む。インクと紙の擦れる音が部屋中へと響き、酸味の強い匂いが紙から漂った。

 ライダーは迷うことなく地図上に赤い点を付けていく。

 やがて描き終わったのかウェイバーにも見えるように両者の真ん中に地図を置いた。

 地図上には赤い点が三十何個付けられており、その場所はばらばらだ。

 法則性もなく、只々適当に付けたのではと疑いたくなるほどの不規則さ。

「おいライダー、これがなんだって言うんだよ。適当に点を付けただけじゃないか」

「坊主、テレビの報道を覚えているか?」

「行方不明が多発してるってやつだろ? それがどうしたんだよ」

 ライダーは困ったように顎髭を撫でつつ、さらりと答えた。

「これがここ一週間の行方不明者の数だ」

 朝方に開けたばかりの窓から、冷えた空気が吹き抜けていく。

 

「…………は?」

 間の抜けた吐息が零れ落ちた。

 部屋の中に白煙がちょっとばかし生み出され、窓から差される日差しを表す。

 遮光幕が風に揺られて荒波となり、壁へと打ち付けられる。

「……いや、いやいやいや!? おかしいだろ!?」

 ウェイバーは折っていた膝を直し、床を軋ませながら立ち上がった。腕を振るようにして華奢な指先で地図を指差すと、机上の濡れた論文が浮かび上がった。

 しかし、彼は目もくれない。

「一週間、それだけなんだぞ!? あり得ないだろ!?」

「しかしなあ、実際起こっている訳で……」

 ウェイバーの目には、地図上の赤点がインクの染みには見えなくなっていく。

 恐ろしい何か、この異常事態を示す斑点がどろりと血液のように感じられる。

「坊主、これは間違いなく英霊が関わっているぞ」

「そ、…それがなんだよ」

「調べるべきだろう」

 ウェイバーの息は荒く、呼吸も乱れている。

 それを冷やすように窓から冷気が侵入し、彼の肌を粟立たせる。床に置かれた地図がめくれそうになるが、ライダーは油性ペンを軽く投げ置いた。軽く音が上げながらころころ転がるペンはウェイバーを指し示した。

 ウェイバーは、向けられた赤色の毛先に意識を呑まれていく。

 試験管の水面が波を生んでいて、濡れた論文は窓風によって乾き始める。

「まったく…」

 立ち尽くした彼にライダーはため息をつくと、膝を鳴らして立ち上がった。

 右腕を上げて指を鳴らし、右手を閉じる。人差し指を親指に引っ掛け力むと、ウェイバーの顔へと持っていく。

 指の筋肉が骨を軋ませ、極厚の皮を破り捨てるような音が弾けていく。

 指が弾かれると、空気を突き破って彼の額を大きく鳴らした。

「〜〜〜〜ッ!?」

 額を叩かれたウェイバーは、悶絶しながら後ろに倒れ込んだ。その際に机へとぶつかり、顔に乾いた論文が降りかかった。試験管の水面は揺れ動いて、外へと水が溢れかける。

 論文に二点の染み。

 ウェイバーは顔に張り付いた論文を引き剥がして床に叩きつける。

 しかし、その音は軽かった。木板が軋みすらせず、冷ややかな空気だけ拳を受け入れていた。

 涙目では褐色の指先がぼやけてみえるが、赤くなった額を擦ろうと手を伸ばす。

 

「よく聞け、坊主。恐れることは何も間違ってない。恐怖は人を人たらしめる。それを持たぬなら、獣と同じだ」

 ライダーはウェイバーの眼前まで近づき、膝折りして目線を合わせる。

 風がライダーの顎髭を爽やかに凪いでいく。さらさら静かに擦られた毛先は熱がある。

「恐れて良い、逃げても良い。向き合った上でなら文句は言わんとも。だがお前さんは向き合ってすらいないだろう」

「それは……」

 彼の瞳には情けない少年が一人映っている。その瞳は光の眼差しを持ち、揺れ動くこともなくウェイバーを貫いていた。瞳の中の瞳は、小さな熱が燃え上がろうとしていた。

「余の背を追ってくるが良い。答えが見つかるまで、背中にいさせてやろう」

 風によって遮光幕が大きく凪ぐと、彼の背中に広がった。

 部屋中に光が入ると、隅の影すら呑まれていく。

「よっと」

「お、おい! なにすんだよ!?」

「外に行くに決まっているだろう!」

 ライダーはウェイバーを米俵のようにして担ぐと、大きく扉を開け放った。

 服越しからでも体温が感じられた。筋肉の血管が脈動し、心臓と共に動き続けている。

 ライダーははにかみながら返事をし、そのまま廊下を駆け抜け階段を下る。やはり木板が軋むものの、朝とは違って軽やかだ。

「あら、二人とも外に出かけるの?」

「ええ、ご婦人。彼にこの街を教えてもらおうと思いまして!」

「ふふっ、暗くなる前に帰ってきてね」

「勿論ですとも!」

 ──まだ行くとは言ってないだろ!?

 ライダーは玄関先でウェイバーの靴を掴み取り、自分には大きなビーチサンダルを。勢いを殺さずに玄関を開けると、パンジーの匂いが二人を包みこんだ。

 冬風が吹かれると、太陽の下で焼けた皮膚には心地が良かった。

 雑草と色とりどりの花が出迎え、乾いた土からしゃくしゃくと心地よい音が鳴っていく。

 空には、二匹の雀が飛んでいた。

 先を飛び続ける一匹の後ろを、情けなくも力強く飛ぶ雀が一匹。

 

 

 

「冬木のうわさぁ……?」

 年輪を刻んだ偏屈そうな老人。濃い陰影が生まれるほどの皺を持った顔だが、力強く鋭い眼光。

 背丈は低く肩幅も小さい。日で焼けた褐色肌は、今にも熱を発しそうだ。まるで子供なのではと思うほど小さい彼は、紐付き帽子を被っていた。服から潮の匂いが鼻孔を擽る。

 上下撥水する服を着て、釣り竿を背負った老人は、ひしゃげた声でライダーに聞き返した。

「ここに来たばかりでして。何か面白い噂を聞いたことはありませんか?」

「噂ねぇ…あるにはあるが……」

 冬木大橋の上を歩く老人とライダー。

 車が時々彼らの横を通っていき、体に響く音が重なり続ける。

 老人は何か言いたそうに彼を見るが、そっと目を伏せた。帽子を目深に被り、目線が合わないようにする。帽子に皺が付くのも構わないまま、川を眺め始めた。川から小さな魚が飛び跳ね、必死に尻尾を振るが重力に負けて川へと沈んだ。

「この川にはな、()()が住んどる言われとってな」

 ぽちゃり、と水飛沫を立てた魚から目を離さないで、老人は喋り始めた。

「嵐の中心で何か探すように暴れまわってな? 船なんぞ一口でぺろりと平らげて、水害起こす怪生物! その身は雷に包まれとって手出し出来ん。そんな奴に数多の漁師が挑みに行って、誰一人帰ってこんかった! その暴れっぷりにちなんで、冬木の雷神とすら呼ばれとる!!」

「おお……!?」

 老人は鼻息を荒くしながら喋っていたが、ふと落ち着きを取り戻し、ゆっくりと歩き始めた。

「そんな噂を婆さんから聞いたことがあるわ」

「後は、そうさな。山にある邸宅にゾンビが住んどるとか、この街には殺人鬼が潜んどるとかそんくらいや」

 老人はそんな風に言いながら、ライダーを通り過ぎていく。

 風が吹くと鼻の奥に潮の香りがこびりついて、彼の白髭がゆっくり波となった。彼は釣り竿を手元に移すと、持ち手を握った。彼は唸るような歯ぎしりをしながら、血管が浮くほど強く握る。

「ご老人、何処に行かれるのです?」

 ライダーの質問に、彼は答えなかった。

 老人はただ、遠い遠い水平線を睨みつけていた。

 

「そこの人! 止まりなさい!!」

 老人が過ぎ去った後、凛とした声がライダーを突き刺す。

 ライダーがそちらを見れば、一人の少女が指さしながら立っていた。

 黒い学校制服──セーラー服を身にまとい、虎柄の竹刀袋を背負う少女。虎を連想させる髪色と、少し日焼けした健康的な肌。

 じりじりと蒸し暑い日差しだからか、ぽつぽつ汗が湧いていた。

 しかし、若々しい肌は汗を弾いて、彼女を輝かせる素材へと昇華している。

「その少年を離しなさい!」

「さもないと」と彼女は言葉を続け、背中の竹刀袋から竹刀を引き抜いた。風切り音を立てながら振り抜かれた竹刀は、多くの傷が付いていたが艶があって、綺麗にしなった。

「冬木の虎が火を吹くわよ!」

 竹刀の先には、ライダーの肩に担がれたウェイバーの姿があった。

 彼の目は虚ろだった。光は無く、水晶玉が嵌められているのではと錯覚してしまう。

 ──ボク、なんでここにいるんだっけ……。

 優しい潮風が、慰めるように首筋を撫でていった。

 無機質な灰色のコンクリートと、新しく赤色が塗られた鉄骨橋の上で二人、いや三人が向き合った。ライダーは愉快そうに快活とした少女を見続け、彼女は睨みながら竹刀を両手で持ち、体の前へとゆっくり突き出した。

 海から波風が揺られ、それに釣られたのかウェイバーは身を流れに任せた。

 風に釣られたウェイバーは、ゆっくりと首を曲げて反対の歩道を眺める。

「おかあちゃーん、なにあれー?」

「しっ! 見ちゃいけません!」

 

 目線の先には、子連れの女性がいた。

 子供は母親と手をつなぎ、右手でウェイバーを不思議そうに指している。母親は子供を向いて叱りつけると、顔を上げる。

「…………」

 ウェイバーと視線が合うが、母親は何も言わなかった。

 微笑みもせず、かといって嘲笑う訳でもない。ただ、気まずそうに目を逸らすだけだ。

 二人の間を鉄塊が高速で通り抜ける。排気ガスが撒き散らされ、黒いカーテンが間に出来た。またしても波風が吹き、それは両者が視認できなくなるほど広がっていく。

 ウェイバーは瞼を閉じて煙が過ぎるのを待つ。

「…ほら! 早く行くよ!」

「はぁ〜い」

 煙が晴れた頃には、向こう側に親子はいなかった。

 見えるのは、流れに従う川と沿って作られた緑色の土手だった。よくよく見れば、緑色は青々とした植物であったし花も混じっていた。

 まぁ、そんなことは関係ないが。

「………………」

 目から、一滴の塩水が溢れてしまう。それに何の意味があるのかは、ウェイバーしか知らなかった。塩水は地面に落ちて、ちっぽけな染みを作った。

 だが、太陽に熱されたコンクリートの上ですぐに乾いてしまう。

「ほらぁー! その子泣いてるじゃない! 早く離しなさいよ!!」

「うおっ!? ど、どうした坊主!? どこか痛むのか?」

 少女がはっとした顔でライダーに離すよう言うと、彼も首を曲げてウェイバーを確認する。そこには、塩水を目に貯めたウェイバーの姿があった。

 今にも零れ落ちそうだが、瞼からまだ溢れていない。必死に堪える彼の鼻は赤くなっていた。垂れかけの鼻水を啜り、肩の上で手足を振り始めた。

「ぐっ……!?」

 ライダーの胸に当たった拳は、鈍い音を立てた。筋肉越しの骨から響く重低音が、征服王の体を殴打していく。みしみし嫌な音を聞いている内に、少女は竹刀を下ろして辺りを見渡し始めた。

 右往左往しながら青い顔になっていく少女。ライダーも冷や汗をかき始めるが、それでも離そうとはしない。少女は手を伸ばそうとするも、引っ込めてしまった。

「……う…うぅ、な、泣いてなんかない!!」

「だが坊主──」

「泣いてない!!」

 ウェイバーはその一言を放つと、左腕を大きく振りかぶりライダーの胸筋目掛けて振り抜いた。

「ぐぬぅううおおおおお!?」

 重力と速度が重なったそれは、強烈な一撃として放たれた。

 ライダーの胸筋が紫になるほどの打撃。ライダーは獣のような咆哮を出しながら、思わず肩からウェイバーを下ろす。

 痛みに耐えながらも、怪我をしないよう丁寧に降ろすライダーを心配そうに眺める少女。

「ちくしょう……! 次やったら令呪使ってやるからな!?」

 目元を袖で拭うと、彼はライダーを指さした。

 ライダーは紫色になった胸を服の上からさすりながら、ほっと息を巻く。

「いてて……元気になったから良いか」

 ライダーはぼそりと言うが、ウェイバーが睨むとそっと目を逸らした。その目は流れるように少女へと向かい、二回瞬きをした。

「えっと…解決、した…のよね…?」

 ライダーの意思を汲み取った少女は、おろおろウェイバーへと問い掛けた。

 竹刀を握りしめてはいるが、そこに攻撃の意思はなさそうだ。

「ふぅ……ごめん、さっきのことは忘れてほしい」

「……? ご、ごめんなさい。英語分かんないや……」

 ウェイバーは瞬きを数度すると、合点がいったように手を叩いた。

 ──そうか。ここは極東か……。

 空を仰ぎながらウェイバーは深呼吸をすると、少女の方に向き直った。その目にはちゃんと光が宿っていて、ある種の覚悟があった。

 

「それで、何してたの?」

 橋の上で涼やかな風に煽られる少女の髪から、金木犀の香水だろう落ち着いた匂いがした。

 二人に微笑みかける少女の顔には、「教えてほしい」とありあり浮かんでいる。ウェイバーは一度ライダーへと視線を逸らす。彼は白い歯が輝く良い笑顔で答えた。

「いやなに、威風堂々たるお嬢さんよ。余とこやつはここに来たばかりでな? ちょっくら探検をしていたのだ」

「へぇー、奇遇!? 私も探検してるの!」 

「ライダー、何か行方不明のことについて知ってないか聞いてくれ」

 ウェイバーはライダーに翻訳を頼み、事件のことを聞いた。うんうん頷いたライダーは、何が嬉しいのか喜色の顔だ。彼は少女に事件のことを訪ねた。

「あなた達もやっぱり心配なのね? 私もよくパトロールしてるんだけど、一度も見たこと無いの」

「パトロールって、一人でか!?」

「あ、今のは分かったかも! 一人でなんて危ないって言いたいんでしょ! 大丈夫よ、これでも鍛えてるもん」

「ハッハッハ!!」

 力こぶを作り腕を叩きながら、褒めてほしそうにそれなりの豊満な胸を張る少女。しかし、ウェイバーの目は疑い深そうに見続けていた。その回答を気に入ったのは、ライダーだけらしい。

 大笑いをしながら、ウェイバーの背中を叩き続ける。前のめりにされることをウェイバーは煩わしそうにしているが、諦めているのかため息を吐くばかりだ。

「よし、なら三人で探検と行こうではないか!」

「は……?」

「そうしましょ! 私も色々聞いてみたいもの!」

 橋の上で、金木犀と潮風の匂いが澄んでいた。

 ウェイバーの鼻孔を擽るそれが、今ばかりは煩わしかった。冬の空は、綺麗に澄み渡っている。

 

 

 

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