間桐雁夜は日光を浴びる為、庭に出ていた。縁側で老人のように黄昏れる姿は弱々しく、風が吹けば飛んでしまいそうだった。そんな彼は虚ろな瞳で庭を眺めている。庭はダンテ一行により改修が行われ、元の陰鬱とした姿は見る影もないが、しかし脳裏に過るのは幼少を過ごした庭である。
庭が改造される様を眺めていた時、彼はどこか心苦しさを感じていた。
「おじさん、そろそろ私たちのごはんができるって」
「桜ちゃん、いつもありがとうね。おじさんはもう少ししたら行くから、先に行くといい」
縁側に通じる襖を開け、桜が声を掛けた。それと同時に、雁夜の瞳に光が灯る。笑顔で振り返り、彼は口を開いて桜を促した。目の下には隈がある。彼女は心配そうに眉を顰めるが、雁夜の動く様子がないと見ると黙って元の道を辿った。
雁夜は再び庭へと体を向ける。
彼は前夜から一睡もしていない。それは聖杯戦争への展望からくる不安からではない。まして緊張でもなかった。興奮を抑えられなかったのだ。
昨夜の出来事は彼にとっても異例の事態だったが、しかし蓋を開けてみれば此方にはなんの被害もない。英霊達と渡り合う事が出来る。ダンテ達を期待外れと称した自分を愚かに思い、彼は口端を吊り上げた。
広々とした庭に新しく植えた花の種が、早くも初々しい花を咲かせている。小鳥が囀り、空は青々しく雲一つない晴天だ。
「これなら、きっと──」
<何してるの?>
「うわぁっ!?」
思案を巡らせていた雁夜を遮るように、後ろから肩に手を置かれる。思わず体が強張り、声が上擦った。もう一度振り返れば、今度は二人の人間がいた。自分の肩に手を置いたダンテと、彼のコートを掴んで此方を見る桜だ。
彼は申し訳なさそうに頭である時計の側面を掻いている。
<ご飯が出来たから呼びに来たんだけど、もしかして邪魔だった?>
「いや、問題ない。急に触られてびっくりしただけだ」
<ごめん、次からは気をつけるよ。>
「そうしてくれると助かる」
雁夜は縁側から立ち上がりつつ、ふと気になったことを述べた。凝り固まった体からポキポキと心地の良い音が鳴る。なまった体の為にも、今度から簡単な運動をしてみようか。
「それにしても、桜ちゃんと仲がいいんだな?」
「うん、なんだかあたたかいの」
「暖かい?」
疑問に答えたのは桜だ。彼女は無表情ながらに頬を緩ませた。それ以上言葉を紡ぐこともなかったが、こんな姿を見たのは随分久しぶりだ。一度、桜を喜ばせようと街のファミレスでご飯を食べた時以来だろうか。
雁夜は目を細めて彼女の頭に手を伸ばそうとするが、ぴくりと止めた。誤魔化すように腕を頭の後ろに持っていき、ぽりぽり頭を掻く。
「桜ちゃんもバーサーカーの言葉が分かるなんて、一体どうなってるんだ?」
<う〜ん、多分……私との繋がりが出来たからかも?>
「繋がり……あの鎖のことか?」
<うん、と言っても私自身あの鎖がなんなのかはよく分かってないんだけどね。>
話題を変え、雁夜はまたしても疑問を溢した。今度はダンテが答えるが、その返答は期待していたものではない。自分の能力を把握してないなんてどうかしていると言いたかったがそもそもの話、行動を誤魔化す為の話題であったし、それに乗ってくれた彼を責めることは出来ないと、苦笑いした。
「ごはんさめちゃうよ?」
その二人を急かす様に、桜がダンテの裾を引っ張った。次いで、雁夜の薄く骨張った手を強引に掴むと、襖の奥へと連れて行こうとする。奥からは食欲を唆らせる香ばしい匂いが香ってきている。料理ができたというのは本当らしい。
彼女の手を握り返すと、小さな力が返ってきた。それでも、その力は雁夜にとって大きなものだった。
食卓に着くと、ダンテの仲間──囚人が皿を並べて待っていた。一枚一枚に豪勢な食材が乗っている。フリーライター時代に好んで食べた炒飯や焼き鳥、馴染み深い日本食、ケーキなど他にも様々なものがあったが、一つだけ言いたい事があった。
「多くないか?」
テーブルを埋め尽くす料理の数々が出迎えてくれたのは良いが、この量を食い切る自信はなかった。勿論、この料理は囚人達も食べる計算なのだろう。そうでなかったら困る。
雁夜の言葉に、囚人達は目を逸らしたり口笛を吹いて誤魔化すばかりだ。ダンテの方を向けば、「カチカチ」とでも言わんばかりに肩を竦めるばかりだ。
「料理が冷めるぞ! 早く食え!」
「最初の料理が完成してから十分と五十七秒が経過している。完全に冷えてはいないが、早めに食べることを勧める。また、両者の健康状態から判断し個別に作っている為、量の心配はせずとも良い」
厨房から二人の男女が現れる。制服の上から白のエプロンを着用しており、女性の方はナフキンで手を拭き、男性の方は手を腰の後ろに回していた。
オールバックで大柄な男性はエプロンを脱ぐと、どこか機械的な動きで此方の席を引いてくれた。そしてまた彼も椅子に座る。
「あ、ありがとう」
「いえ」
「えっと、昨日はいなかったよな? 俺は間桐雁夜だ」
「ムルソーです、ご命令してくだされば行動いたします」
そう言うと、ムルソーはそれっきり黙ってしまった。姿勢正しく食事の挨拶を待つ彼に声を掛けるのも憚られ、ならもう一人のほうかと顔を向ければ、向けられていたのは警戒心であった。
褐色肌で茶髪の女性が、此方を睨んでいるような気がする。エプロンを脱ぎもせず、雁夜を穴が開くほどに見つめていた。
「あー……えっと──」
「自己紹介は不要だ。先程聞いたばかりだからな」
「そ、そうか……」
「私はウーティスだ。何か用があれば言え」
またそうして、彼女もエプロンを脱いで席に座った。今立っているのは桜、雁夜、ダンテだけである。桜、雁夜は隣り合った席に座り、ダンテも向かい側に行こうとして桜に止められた。彼女の目線は雁夜とは逆方向の席、桜を挟むような位置へと向けられている。
雁夜もまた、ダンテを見つめている。
彼はその視線に耐えられなかったのか、椅子を引いて隣に座った。
一つの机を囲み、皆思い思いの挨拶を取った。
その瞬間、一つの手が複数の焼き鳥を掻っ攫った。それはドンキホーテの手だ。しなやかな指を巧みに操り目当ての串を挟み込んだのだ。
それを境に食卓が騒がしくなる。
「テメェ! それはオレが目をつけてた」
「んむっ? なふでありまふるか?」
「もう食ってんじゃねぇか!?」
「ヒースクリフ、そちらのショートケーキを取って頂けますか」
「いやおい──」「あ、ヒースクリフさん。僕も醤油取ってほしいです」
<私たちも食べようか。>
「うん」
「……そうだな!」
雁夜は口を噤んだ。そして、手近なきのこ料理を口に含んだ。じんわりと温かみのある味。塩味がよく効いていて、またバターの甘みが舌に広がる。小さい頃はきのこなんて必ず残していたなと、ふと思い出した。
近頃はすぐ昔の事を懐かしんでしまう。これが歳か。そう思いつつ、ご飯を進める。隣では桜が苺を頬張っていた。
目の前では騒ぎながらも笑顔を浮かべる人たちがいて、隣には守りたい子がいて。
まるで────。
「……家族、か」
<? 雁夜、なにか言った?>
「……いや。なんでもない。それにしてもこの料理美味いな!」
そうして彼は料理をせっせと口に詰め込んだ。ダンテは手を太ももに置いて話を逸らされたことに、ただチクタクするばかりだった。
今更だが、ダンテは頭が時計だからか食事が出来ないらしい。 どうやって栄養補給をしているのかも気になったが、英霊だしそんなものかと思うことにした。
食事が一段落すると、各々好きなように行動していた。ドンキホーテはテレビを点ける。ちょうど流れてきた番組は戦隊モノのテレビ番組で、彼女は床に正座し目を輝かせて見ていた。隣にはその様子に無邪気な様子とは程遠い突撃槍が置いてある。
その背後にはあくびを噛み殺しながらテレビを眺めるヒースクリフもいる。彼はソファに身を預けだらけきった様子だ。その更に後ろ、テーブルでは良秀が煙草を吸おうと胸元に手を伸ばしたが、桜を見てから引っ込めて外に出ていった。
ウーティスとムルソー、それにシンクレアが着いて行く。彼らの手には洗濯籠があり、その中は雁夜と桜の服が入っている。本来であればそういった物は間桐邸に帰属する従者達の仕事だが、生憎彼らは契約を続けていた主、間桐臓硯が死亡した為に残らずそれぞれの道へと進んでいった。
雁夜との契約を結ぶという手も残っていたが、人望が無いことを彼自身よく分かっていた。そも、落ち目の間桐に残ろうという奇特な者はいないのである。
「なんだかなぁ……」
雁夜はそれを眺め、仕方なしにソファに座った。桜もその隣に。
ヒースクリフはその際、そろりと横にずれていた。粗暴な見た目に反し、意外な気遣いだった。惰性でテレビを流め、時折ドンキホーテの鼻息を聴いている内にアニメは終わった。エンディングテーマが流れ始める。
番組は何処にでもあるようにありふれた、それこそありがちな内容で。主人公と悪役である怪物が戦い、最後は仲間の力を借りて主人公が勝つ王道展開。
「懐かしいな、こういうの。小さい頃は悪役に勝ってほしいなんて思ってたもんだ」
「そーいうもんか?」
「捻くれてた子供時代だったからな。ああいうキラキラした奴らに泥を塗っちまえなんて思ってたもんだ」
「でも、やらなかったんだろ?」
「やらなかった、というよりは出来なかった。が近いんだろうな」
ヒースクリフは耳を傾けて話を聴いていた。桜はぼんやりと液晶を眺めている内、眠りについていたからか雁夜の口は止まることが無かった。いつの間にか、テレビは消えていた。
「桜ちゃんのお母さんとは幼馴染でね。小さい頃からよく遊んで──すぐに好きになった。間違いなく一目惚れで、初恋だった」
「……」
「俺は彼女を後ろから追っかけるばかりだった。だから──負けた。時臣みたいに、誰かの目に止まる人間になれなかったから。一度でも、彼女の手を掴めなかったんだ」
彼は桜の頭をゆっくり、優しく撫でた。その手はやはり皺くちゃで、どこまでも老人の手つきだった。
「手は握れなかったけど、今は違う──だろ?」
彼は子供の手を握った。手に浮かび上がった血管は激しく鼓動した。ヒースクリフはそれに何を思ったのだろう。隣に立て掛けたバットに書かれた「Remember」を見た彼には粗暴な態度とは違う、遠くを想う陰りがあった。
彼は文字を見て、雁夜を見て、歯を見せて笑った。
「ダンテさん、お客さんですよ〜」
「ダンテ〜? 私達抜きでご飯食べたってりょしゅが教えてくれたんだけど〜」
扉の奥から、またしても知らない声が聞こえる。随分おっとりとしているが、怒りがにじみ出ている声だ。いや、バーサーカーの名前を言ってるから呼び出した仲間なんだろうが。それにしてもお客さん? この場所に来る人なんて居ないと思ってたが。
「此処がバーサーカーとそのマスターの館か!」
「馬鹿! 大声出すな!」
その声が聞こえた直後の事だった。穏やかだった居間は一気に警戒に満ちた。
扉が開け放たれる僅かな間に、ヒースクリフは粗暴な雰囲気を取り戻しバットを肩に担いだ。ドンキホーテも無邪気にはしゃいでいた様子は何処へやら。突撃槍を握り締め凶暴な笑みを浮かべた。
「おお、随分な出迎えではないか。まぁ武器を降ろせ、今回は何も戦をしに来たわけではない」
廊下と居間の空間が繋がり、そこから姿を見せたのは日に焼けた褐色肌で大柄な漢。その後ろを着いてキョロキョロと辺りを見渡す少年。
つまりはライダー、イスカンダルとそのマスターだった。
そして──もう二人。バーサーカーの仲間でもない者達が侵入してきた。
「お邪魔しまーす……」
「失礼する」
恐る恐るといった様子で頭を小さく下げつつ入ってくる制服に身を包んだ茶髪の女の子と、影のように滑り込む礼服を着てロザリオを首に掛けている男が一人。女の子のほうはなんら代わりない平凡な少女に見えるが、男のほうは値踏みする視線を雁夜に向けた。
その瞳に光はない。
雁夜は咄嗟に寝ている桜を守るように腕を突き出す。
「そう警戒しないで貰いたい。今や辞退した身だ、あくまでも”協会”の言伝をしにきたに過ぎん。それを終えればお暇させてもらおう」
「そう釣れんことをいうな。どうだ、お前も一杯やらんか?」
無機質で熱が通っていないような男の言葉を笑い飛ばすように、ライダーは手にぶら下げているレジ袋を掲げた。袋の中は分かりづらいが、太陽に照らされた一瞬、大量のアルミ缶が見えた。ビールだ。
それも一種類じゃだけなく、何種類も。
それによくよく見てみれば、ライダーのもう一つの手にも袋がぶら下がっていた。
そちらには発泡スチロールで出来た箱が二つ。
「ん? ああ、こっちには商店街で買った上等な
雁夜の視線に彼は気づき、そう説明した。だが、それで警戒が晴れることはない。むしろ、一層部屋には一触即発の気配が漂い始めていた。
「あ、あのー……私、藤村大河って言います。実は巷で話題の行方不明事件について聞きたいことがあって」
それに割り込んできたのは一人の少女だ。
彼女は異様な場にも関わらず、手を小さく挙げ、声を上げた。胆力の凄い子だ。
多少は萎縮しているものの、声には意志が籠もっている。
「私たちが来たのもその件だ。何も宴をしにこの場所に来たわけではない」
「行方不明事件……?」
「なんだ、知らないのか? テレビを点けると良い。この時間帯だ、取り上げているはずだろう」
熱の籠もらない声で神父らしき男は顎でテレビを指し示した。雁夜はヒースクリフの方を見る。
彼は警戒を続けていたが、此方に頷き返すと桜の盾になれる位置へと動いた。どうやらテレビを点けろということらしい。
テレビの電源を点けると、番組はニュース番組へと変わっていた。
『次のニュースです。昨夜未明、冬木市在住の石川夫妻が行方不明になっていると判明しました。近隣の住民によりますと、何も異常は見受けられなかったとされ、また連続行方不明事件と何らかの繋がりがあるとして警察は捜査を続けています』
『本当に怖いですよね〜。今回でもう何件目になるのやら』『えーと確か、これで三十七件目ですね』
『三十七!? もうそんなにいってるんですね〜! やっぱり、警察の対応不足? そういったものが今回の事件が解決しない要因なんですかね。ケイゴさん、どう思いますか』
『いえ、これはどちらかといえば、犯行を行っている人物が相当やり慣れている可能性が高いですね。私の長年の経験からすると──』
テレビでは司会者がコメンテーターに話を振り、それにコメントをしている所だった。コメンテーターの顔の下にテロップが現れ、”元警視総監”と大きく書かれていた。
「見て分かるだろうが、これは普通の事件ではない」
「だから何だっていうんだ──」
「君の家族が狙われる──と言ったらどうする。いや、より正確に言えば無差別的に行われた結果、危険な目にあうとしたほうが良いだろう」
変わらず熱の無い言葉と視線を、神父は雁夜に投げかけた。その瞳は雁夜から、ソファで小さく胸を上下させる桜へと移動する。彼はただ「どうだね」と、主語も言わず呟いた。
雁夜はちらりと桜を見た。彼女はこんな状況でもどこか穏やか寝息を漏らしていた。
「──武器を、武器を下ろしてくれ。二人とも。それと、バーサーカーもだ。隠れて指揮を取ろうとしなくて良い」
「ふっ──賢い男だ。師が愚かだと評していたが、それは見当違いだったらしい」
こいつ……! 時臣と関係あるのか……!?
雁夜の顔が少し歪んだ。奥歯が軋むような音がする。
ヒースクリフは舌打ちを吐きつつ、バットの構えを解いた。とはいえ、すぐに戦えるよう力は入ったままだった。ドンキホーテもまた、突撃槍の構えを解く。彼女も不満そうではあったが、しかし口を噤んだ。
雁夜の背後にあった扉からダンテが現れる。その後ろにはファウスト、ムルソー、ウーティス、シンクレアが順に並んでいた。「──時計!?」と大河と名乗った少女が驚くが、「か、仮装! そう、仮装なんだ!」と慌てて言い訳するライダーのマスターが落ち着かせている。
そんな必死な声を、冷淡に遮る男がいた。
「ウェイバー・ベルベット。そのような言い訳はせずとも良い。少女よ、これもなにかの縁だろう。君が選びたまえ」
「え、選ぶ……?」
「そうだ、此処で見たことを忘れ日常に戻るか。私たちと共に真実を知るか。どちらを選んでも良い。その権利が君にはある」
神父は少女をやはり光も熱もない目で見つめていた。そのどす黒い瞳に、大河の姿が映る。彼女の体は震えていた。小刻みに、どうにか抑えようとはしているが、かえって震えを強調させている。
一触即発の空気、異形の存在、そして──未知への恐怖。
そういったものが、彼女を雁字搦めにしていた。彼女の耳元で、日常が崩壊する音が聞こえ始めている。
ライダーは何も言わない。只々、そこに立っている。ウェイバーと呼ばれた少年は、オロオロしながら心配そうに口を開こうとしては閉じるのを繰り返す。
バーサーカーと囚人達も、何も言わない。
大勢居るのも関わらず、聞こえる音は彼女の震える音だけだった。
「なぁ、そのへんに──」「──やります」
「ほう?」
「私は、あなた達と一緒にこの事件を解決します!」
雁夜がその姿に見ていられず、口を出そうとしたが彼女は遂に口を開いた。その答えは、神父の想定するものではなかったのだろう。初めて彼の鉄仮面が崩れた──ような気がした。
「よく言った!! 余の目に狂いはなかったな!! ハーーッハッハ!!」
ライダーの言葉と共に、彼女はへたり込んでしまった。ウェイバーがすぐさま駆け寄り「大丈夫か?」と声を掛けている。大河は冷や汗を垂らしていたが、笑顔を向けた。
「私、ちゃんと言えてたかな?」
「──ああ!」
ウェイバーはそういうと、ハンカチを出すため胸ポケットを漁ろうとして──それを大河に渡していたことを忘れていた。「これ、使ってもいい?」彼女はスカートに付いてるポケットから煤汚れたハンカチを出す。
彼は頷いた。彼女は顔の汗をゆっくり、落ち着きを取り戻すように拭いていった。
神父はそれを尊い物を見るように、目を細めていた。
時臣と繋がりがあると言っても、そこまで悪いやつじゃないのかもしれない。雁夜は胸がムカムカするような気がして、吐き出すように深呼吸した。
「ダンテさん、お買い物を済ませて来ましたよ」
<ありがとう……それで、あの二人は誰なの?>
「あは〜。言峰さんと藤村さんですね。藤村さんは商店街で声を掛けられて、言峰さんは玄関先で会ったんですよ〜」
「ダンテ〜? そんなことよりも、私達を抜きにしてご飯を食べたってどういう事なのかなぁ〜?」
<うっ、それは……。>
「聞いた時、僕も悲しかったです」
<ごめん……ロージャ、ホンル。次からはないようにするよ。>
ダンテの近くには、濡羽色の長髪を持つホンルと呼ばれた囚人と腰まで届く茶髪を持ったロージャという人物が駆け寄っていた。
このまま団らんをしたい所だが、しかしそれを遮るのはあの男だった。
「すまないが、事態は急を要する。私の話を聞いてくれ」
既に鉄仮面に戻った言峰と呼ばれた男が、謝意を感じさせない声でやはり割り込んできた。
言峰は一歩、二歩と居間の中央に進んでいく。その足取りに恐れはない。自信もない。
あるのは、”当然”という自意識のみだ。
彼は部屋の前にいる者達をあの空虚な目で見渡す。そして、口を開いた。
「──私たちで、行方不明事件を起こしているキャスターとそのマスターを捕らえる」