「…さて、困ったなあ」
ここ数日、巡回の際は無理を言って剣道部が活動する体育館付近をしていさせてもらったのだが、見かけた剣道部員はほとんど、俺の顔を見るや否や足早に去って行ってしまう。
俺の考えている勢力に所属しているから…というのは早計だ。普通に俺が風紀委員だから、余計な面倒を起こすまいと去って行っただけの可能性もあるのだから。
「珍しいな、篠川。君が悩み事とは」
「委員長には俺の頭がお花畑に見えてるんですか?」
「ああ。花が咲きすぎててそういう類のテーマパークかと錯覚してしまうな」
「ぶん殴っていいすか?」
「お、お二人とも!?落ち着いてください!」
俺が独り言を漏らしたことで、周囲に居た摩利が反応してしまった。ちなみに俺は今、生徒会室で生徒会業務の手伝いをしているのだ。え?達也の方が適任だろって?それは俺も思ってる。実際そのように提案をしたのだが、なんでも達也は別件があったとか。
…もしかすると、それは壬生紗耶香との密会のことかもしれない。壬生と接触したという話を達也から聞いてはいないので、おそらく原作と違いタイミングが少しズレている。俺と同じ風紀委員、同じクラスである達也に接触することで、俺に気取られる危険性から達也への接触を控えていたのかもしれないが…
俺が居なくとも、原作よりも苛烈になっていた奴らからの妨害を達也が流し切った点から、達也を戦力にする利点と比較してやっと動き出したのかもしれない。まあ、そいつと俺同じ家に住んでるんすけどね()
ともかく、俺と、おそらく冷やかしに来ただけの渡辺委員長は生徒会室に居たわけだが。そこで俺たちが言い争いを始めてしまったが故に、気の弱い中条先輩が戦々恐々とした様子で俺たちをなだめようとする。そんな様子を眺めていた真由美が、やれやれと言った表情で口出しする。
「二人とも、ここで喧嘩するのはやめて」
「会長…!」
「せめて風紀委員本部でしてちょうだい」
「会長…!?」
中条先輩が真由美の発言に表情を二転三転させる。そんな面白い反応するからからかわれるんだぞ…と思いつつ、流石に中条先輩に迷惑をかけるわけにはいかないと思い直し、ぶつくさ文句を摩利に言うにとどめておいた。
文句もほどほどに、預けられた仕事を黙々とこなしていると、中条先輩が「ああっ!」と叫んだ。すわ何事かと問うと、焦ったように返事をしてきた。
「今日の作業に必要な物を買ってくるのを忘れていたんですぅ…」
「も~、あーちゃんったらほんとおっちょこちょいなんだから」
真由美の言葉から、この生徒会ではおなじみの光景らしい。深雪ですらクスっとしているあたり、本当にいつもの事なのだろう。
しかし、この展開どこかで…
「でも、それは作業に必要なんでしょ?なら買い出しに行かないとね」
「買い出しか。なら、コイツに行かせよう。せっかくの男手だ、有効に使おう」
買い出し…そうだ、思い出した。確か、達也が執拗に狙われていたことに義憤の怒りを燃やしたほのか、雫、明智英美の三名が、男子生徒を尾行したところ、路地にて謎の男たち…『ブランシュ』の構成員により、三人は『キャスト・ジャミング』を掛けられる。
窮地に陥ったところを、今話題にしている買い出しに出た深雪が通りがかり、三人を助けた(深雪は『領域干渉』で非魔法師の『キャスト・ジャミング』程度なら防げる)、という流れのはず。
なら、面倒だからという理由で断るのは憚られる。この世界の『ブランシュ』は原作より危険である可能性があるのだ、それこそ深雪ですら遅れを取りかねないほどに。
「いいすよ。行ってきます」
「本当にすいません…!」
「いやいや、これぐらいなんてことないですよ」
という事で、「行ってこい」という目線を真由美と摩利から受けた俺は断る事なく買い出しに向かう。生徒会室から出る途中、深雪から訝しげに見られる。俺の返答に違和感を感じたのかもしれない。まあ、理由なんて話す訳がないのだが。
ということで、やってきました喫茶店『アイネブリーゼ』。買い出しはどうしたって?そんなの校門出てから一分後には済ませたよ。
まあ早く済ませ過ぎたせいで、件の三人はもちろん、三人の尾行対象すら目視できなかった。というかまだ一高を出ていないまであるのでは?ということで、一高校門前に監視として視覚を同調したカラスを置いておき、動きがあるまで時間を潰すことにした。
こういう時、忍者特有の時間感覚のせいで逆に余計な時間を生むクセ、直していかなきゃな…と考えながら、以前も食べたチーズケーキを食す。あれからしばらく通って気づいたが、このチーズケーキ、結構奥深い。当初想定していた回数より多く味わわなければ、自力での再現は難しい。流石は原作でも達也一向御用達だった店だ。侮れない…と、舌鼓を打っていた時、ふと声を掛けられる。
「失礼、相席してもいいかな?」
「…相席ですか?構わないですけど…他に席空いてますよ?」
「私はこの席がお気に入りでね。何時も必ずここで食べることにしているんだ」
「そうですか。なら、お譲りしますよ。俺は別に席にこだわりがないので」
「まあまあ。これも何かの縁だ、少しお話しようじゃないか」
「…はあ」
声をかけてきたのは、一人の女性だった。身長は見たところ、確実に170の大台は突破しており、下手をすれば180を超えているかもしれない長身。それでいて大抵の男が二度見をするだろう抜群のスタイル。流石に魔法科最胸の美月には及ばないかもしれないが、それでもトップクラスに入るのではと考えさせられるほどの胸部に、腰部は、コルセットなどで無理に押し込んでいるわけではない、鍛えているが故の引き締まりを見せている。臀部は…割愛させてもらおう
一言で表すのなら、「ケツとタッパがデカい女」である。
顔は非常に整っており、雰囲気は摩利に近い、所謂イケメン女子という分類に入るだろう。そして前述しているが、非常に整っている、
この世界の魔法師は、魔法力が高いほど容姿が対称的になるとされている。そのため、非常に高い魔法力を有する深雪は完璧な左右対称の容姿をしている。
目の前の彼女も深雪ほどではないが、魔法科高校生をはじめとして数多の魔法師を見て来て、感覚がマヒしている俺ですら整っていると評せざるを得ない程美しい。それが意味するのは、彼女が高い魔法力を有した魔法師である可能性だ。
ここまではまあ別に問題ではない。肝心なのは、俺になぜか絡んでくることだ。イケメンお姉さんとお話できるのはやぶさかではないが、明らかに向こうに利点がない。高校生を食べるのが目的のエロねーちゃんでもない限り、俺が一高生であること、もしくは俺が篠川大河である事を狙って話しかけてきている可能性がある。
まあここで一番嬉しいのは単純に高校生趣味の美女であるという可能性なのだが…
「よっと…お、チーズケーキ食べてるんだね。ここのチーズケーキは絶品だ、それを選ぶとはお目が高い」
「以前友人と来たときに食べまして、その時からすっかりハマっちゃったんですよね」
「うんうん。友人と寄り道、いかにも青春という感じだね。…そんな、青春真っ盛りの学生の君が本来関わるようなことじゃないのかもしれないが、篠川大河君、君に話があるんだ」
「…」
「…あれ?驚いてはなさそうだけど…なんか残念そうだね?」
「まあ…はい…」
「…?」
三番目の可能性かよ…久しぶりにワンナイト決めるチャンスが…
…切り替えていこう。これで、彼女の話とやらも粗方絞り込める。篠川大河という名を知っていて、その上で話を持ち込むという事は、大方が妖魔関連の依頼だ。四葉に就職してからはしばらく依頼を受けていなかったが、かつてはこれで活動費を稼いでいたものだ。
因みに当時一番の上客は七草の現当主殿だった、彼には稼がせてもらったが、四葉に入ってから四葉に対するスパイ行為しか依頼して来なくなってきてから久しい。
閑話休題。
「まあしかし…頼む側なのに、名乗りもしないのはおかしいんじゃないんですか?」
「おっと、これは失礼した。私はこういう者さ」
そう言うと、目の前の彼女は懐から取り出した警察手帳を開いて見せた。
書かれている名前は『
しかし警察か。なにかしらの諜報機関かと思っていたんだが…と考える俺に、深津星は更に衝撃的な情報を出してきた。
「私は深津星 天音。警視庁の特殊部隊、『
「…!?対電特捜…『
『
最大の特徴として、構成員のほとんどが忍者ではないのだが、『
しかし、俺がショックを受けたのは、この組織が俺に接触して来た事ではない。この組織が設立していることそのものに驚愕した。
前述したように、この組織は公安隠密局という諜報機関に対抗する形で設立されている。そしてこの公安隠密局は比良坂機関の忍者が所属する組織だ。しかし、この世界において、俺以外に『忍者』に該当する存在を見たことがない。本当にどうして『
「はは、班長の言った通りだ。君は私たちの事も調べ上げていたんだね。まだ設立したばかりなんだけど」
「…ええ、まあ」
「ま、こっちも君の事を調べさせてもらったからお互い様か」
…別に俺アンタらの事調べてた訳じゃないんだけどな…なんか都合よく勘違いしてくれてるから、訂正はしないが。
と、内心冷や汗を流しながら話を聞いていると、ふと彼女は端末を取り出した。
「さて、早速なんだが本題に入ろう。ちょっと送りたいデータがあるから、君も端末を確認してほしい」
言われるがままに端末を取り出して、送られてきたデータを確認する。どうやらそれは位置情報の様で、赤い点がどこかを示していた。これはまさか…
「これはここ最近活動を活発化させている反魔法国際政治団体、『ブランシュ』の日本支部のメンバーが活動拠点にしていると思われる廃墟の位置情報だ」
「…これはこれは。物騒じゃないですか、これを俺に渡してどうしろと?」
「単刀直入に言えば、我々『
『死霊粉』を有していて、高速機動が問題にはならないはずの『ACES』が、わざわざ俺に支援要請を出してくるということは…思っていた以上に、事態は急を要しているのだろうか。
「我々の見立てでは、『ブランシュ』日本支部のメンバー、その大半が『
「…でしょうね、何せ下部組織の『エガリテ』にすら『輪廻の蛇』が居るんだから」
「なっ…!学生にまで手を出しているというのか…!」
『輪廻の蛇』。それは以前達也が俺に教えてくれた、壬生をはじめとした剣道部員達の脳内に見えたというもう一つの生命反応の正体。人間の脳を奴隷化し、意のままに操ってしまう寄生蟲である。
彼らは群であり個であるとされ、全ての個体が不思議な共有思考を有しているとされている。性質としては、それこそ魔法科原作の『パラサイト』に近い。違いと言えば、繁殖が容易であるという事だろうか。ただ、物理的な存在であるため、脳を潰せばその個体は死ぬという弱点もあるのだが。
そして『輪廻の蛇』が凶悪なのは、この存在もまた『忍者』同様、高速機動を可能とする存在なのだ。しかし、この世界ではなぜかその効果が魔法師のみに限定されている。つまるところ、一般人を『輪廻の蛇』が乗っ取っても高速機動はできない。
しかしこの反応、どうやら『ACES』は学内の『輪廻の蛇』の動向を感知できていなかったようだな。
「それで?協力と言っても何をすればいいんですか?」
「…恥ずかしい話、我々は設立したばかりで未だ高速機動下での戦闘に不安が残る…というのが、班長の下した結論だった。この状況で、『輪廻の蛇』の巣窟に挑むのは愚かだと」
「…で?つまるところ、俺に矢面に立って戦えという事ですか?」
「その通りだ。我々が敵わずとも、班長さえ動ければ必要はなかったのだが、生憎班長は別件を追っていてこちらに手が回せないそうなんだ」
「…ふ~ん?」
自分たちじゃまだ未熟で勝てないから、忍者である俺に助けを求めてきているのに、自分たちのトップなら何とかできると嘯く。別に失礼だとか思ってるわけじゃない、勝てない相手に対して勝つ方法を模索するのは悪い事ではない、それが俺の手を煩わせるものだとしてもだ。どうせこちらも手を焼いていた存在、利害は一致している。
だが、この班長とやらへの信頼、盲目的なカリスマなどではない、純然たる事実として捉えている節がある。
まさか…班長とやらは、
「もちろん報酬は払う。班長は報酬に3億円を提示している」
「…は?随分と太っ腹なんですね?」
「これは班長からの謝罪の意も込められているそうだ。もちろん、我々も可能な範囲で君に協力させてもらう」
いくら厄介な存在が合わさっているこの世界の『ブランシュ』が相手とはいえ、警視庁内の一部隊の班長が出せる報酬じゃない。…バックに強大な権力者がいるとみて間違いないだろう。
詳しくその存在を問い詰めようとして、はたと意識が一高に向く。『エガリテ』構成員と思しき男子生徒と、その男子生徒を尾行するほのか、雫、エイミィが一高を出たのを確認した。どうやらもう長話はできないようだ。
「…いいですよ。どうせこちらで対処するつもりだったので、協力者が増えてありがたい限りです」
「そうか、そう言ってくれるとありがたいよ」
「…それでは、俺はこれで失礼します。これでも買い出しの寄り道だったもので」
「そうなのかい?じゃあ、ここでお開きにしようか。これ、私のナンバーだ、端末に登録しておいてくれ。何かあったら連絡してくれよ」
深津星からの別れの言葉に手を振って答える。おそらくだが、数分後にはもう連絡を入れるだろうと思いながら、俺は『アイネブリーゼ』を出るのだった。
取引相手…篠川大河が店を出た後、私はチーズケーキを食べながら残りの時間を優雅に過ごしていた。彼はあからさまに警戒していたけれど、私は本当にこの店の常連で、この席がお気に入りという点以外嘘をついたつもりはなかった。
どんどん背中が小さくなっていく彼を窓越しに眺めながら、ふと独り言を漏らしてしまう。
「しかし…知っては居たけれど実際に見ると本当に驚いた。まさかあそこまで
私はともすれば自分よりも若々しく見える班長の顔を思い出しながら、またチーズケーキを一口頬張るのだった。