…確かに、夜は更けるとは言った。だが、原作イベントには首を突っ込みたくなるのは、ファンとしての気持ちなのか。はたまた、秘密を知りたがる『忍者』としての性なのか。
「…大河、なのか?」
「シー…うふふ」
ここは四葉の分家の一つ、黒羽家が主催しているパーティーの会場。入口のすぐそばで休めの姿勢で待機していた達也に、青く妙に露出の多い派手なドレスを着た、20代前半の女性が話しかけていた。
傍からみれば、まだ中学生のよう―実際中学生なのだが―な少年が、まるでボディーガード然としていることが気になって話しかけた。という様に見えるだろう。
実際のところは、ただ友人に話しかけただけなのだが。
そう、この女性の正体は俺、篠川大河である。
忍術の一つ、『変装術』を用いた変装は完璧であり、体系や声すら自由自在である。他の例で言えば、無精髭を生やした腹の出た中年男性の忍者ですら、美少女に変装することぐらい簡単である、とするほどだ。
だが俺を目の前にしている達也はその変装を見破っている。見破っているが…明らかに困惑しているな。おそらく『精霊の眼』で俺のエイドスを確認したから正体が分かったのだろうが…見た目との違和感で驚愕していると言ったところか。
「大河…お前はいったい、何者なんだ?」
「あら、なんのお話かしら?」
「…どうしてこのパーティーに居る?何を知っているんだお前は」
「まあ…なんのことか分からないけれど…坊やに悪い事じゃない、とは言っておくわ」
「深雪に手を出せば、お前を消す」
「…」
その言葉には返事をせず、ウィンクだけ返してその場を去る。これ以上煽るとよろしくなさそうと考えたのもあるが、黒羽兄妹がこちらに向かっているのが見えたから、というのも理由に含まれるだろう。
「なんなんだ、アイツは…」
「達也兄さん!お久しぶりです!」
「文弥、亜夜子」
「…失礼ですけど、体調が悪いのですか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「いえ、先ほどまで
「何だと…?」
おーおー、困惑してらあ。まあ、達也の実力を知ってる奴らとって、達也へ話しかけている存在というのは怪しく見えるものだからなあ。そりゃ、『幻術』を使ってでも見えなくもしますわと。
「…深雪君、あちらが気になるのだろう?いってきなさい」
「おじさま…?でも…」
「いいから」
「は、はい」
黒羽家の現当主、黒羽貢が傍にいた深雪を達也の傍に向わせた。これは別にこの世界では貢が達也を良く思っている…という訳ではない。
「…貴様、何者だ?」
「うふふ…日本の未来を憂う、心優しき情報提供者とお考えいただければ幸いですわ」
自身の気づかぬ内に隣にまで来ていた不審者である、俺から遠ざけるためだ。
いつの間にか隣にいたという時点で只者ではないというのを理解したのもあるだろうが、主催者たる貢が参加者の顔を把握していないはずがない。名簿でも見たことのない顔である俺は、まさしく不審者だろう。
事実、俺の自己紹介を聴いても、警戒を解く気配はない。いや、これで解かれてもそれはそれで困るのだが…
というより、彼はどうやら俺の変装を見抜けているわけではなさそうだ。やはり達也ぐらいしか見抜けないのだろう。
「情報提供者…?どういうことですかな、レディ?」
「これをどうぞ」
「…これは?」
「日本へ害をなすかもしれない、ゲリラ化する可能性がある勢力が滞在している場所が記してありますわ」
「何だと…!?」
貢は俺が差し出してきた紙を露骨に警戒していたが、俺の発言を受けて警戒しながらもその紙を受け取った。そこには俺が自身の『伝達術』の粋を込めて、短くも確実に情報が伝わるような書き方でゲリラ予備軍の居場所が記されている。
貢はそれを見てこちらに疑いの目を向ける。
「…確かにここには軍の兵力もある程度配備されていれば、ゲリラが武装を隠すことも可能な場所ばかりが示されている。だが、そもそも怪しい貴女の事をどう信用しろと?」
「リスクを冒してでも、四葉の縁者である貴方方へと接触しにきた、という誠意だけでは信用していただけないでしょうか?」
貢があからさまに瞠目する。まさかそこまで探り当てている手合いだとは思わなかったのだろう。確かに俺のこの知識は原作知識だが、実際四葉と黒羽の繋がり程度なら『調査術』を駆使して少し探れば分かるので、あながち間違いではない。
「…ゲリラ化とは、一体どういうことだ?ここに居る兵力が反乱を起こしたところで、軍に即座に鎮圧されるだろう」
「ええ、そうでしょうね。ですから、
「仮説ですと?」
「はい。それは、どこかの国が、近いうちにここ沖縄を侵攻するという仮説です。そうすれば、ゲリラ予備軍が戦力を蓄えているのも納得がいきます」
貢は思考を始める。それはこちらの仮説の真偽を考察しているのかは知らないが、間違いなく考えていることが二つある。まず一つ、俺が一人称を用いて仮説を語ったこと。これにより、貢は俺を情報を伝えに来た使い走りではなく、俺本人が何らかの手段による情報収集ができる可能性を考慮させる。
二つ目に、侵攻はあくまで仮設であるとすることである。日本軍が全く知らない内に沖縄海戦を始めた大亜連合のこの一件への情報秘匿。いくら忍者の俺と言えど、確たる証拠を掴むことはできないだろう。
この二つを見せたのは、持っていないものを持っていると誤解されないようにである。
俺は事実個人であり、海戦が起こるというのは原作知識であり、実際に裏を取った訳ではない。勢力ではないこと、情報収集能力にある程度の限度があること。この二点を暗に伝えて、必要以上に警戒されてしまうことを防ぐ目的がある。ここまで関わっておいて四葉からの警戒を恐れるのは少しおかしいが、初手で達也をぶつけるとかされても困るからな…
「ほう…なるほど、一理ありますな」
「でしょう?ですから、貴方方にこのゲリラ予備軍の掃討をお願いしたいのです。もし彼らが正しくゲリラとして活動してしまえば、いったい何人の無辜の民が傷つくことか…」
『詐術』によって、巧妙に「憂いている」というような表情を作り出す。実際本当に憂いてるから、その表情は迫真だ。
それよりも、これによって更に相手にプラスの『感情』を抱かせられただろう。「怪しいが、その行動にはある程度の日本への愛国心がある」と。多少でも抱いてくれればそれで十分だ。
『忍法
掛けられた貢は
おそらく、この忍法の効果はせいぜい誰かに指摘されるまでぐらいしか継続しないだろう。だが、実際にゲリラ予備軍を掃討してからでなければ誰が指摘するというのか。
「…分かった、こちらでも動いてみよう」
「なるべく早くお願いしますわ?それこそ、今夜中にでも」
「しかし、ご当主様にも話を通さなければ…」
「事は一刻を争いますのよ?大丈夫、事後承諾でも許していただけますわよ。なにせ貴方方は、日本を守る十師族なのですから。日本を守るために仕方なかったと言えば、きっとご当主様もご納得されるはずですわ」
「ううむ…」
「ですが、侵攻されるかもしれないという憶測だけで動くことをご当主様が認められるでしょうか…戦争が始まる前に処理できなければ、ゲリラに襲撃される人々は…」
再び悲しそうな表情を浮かべてしまえば、貢も困ったようにため息をつく。
「…分かった、こちらでも動いてみよう」
「まあ!嬉しいですわ、貢様!」
相当『朋面』が効いているのだろう、初対面であるはずの相手を友人と認識してしまっていることに全く気づく気配がない。
魔法発動の予兆があれば流石に気づくだろうが、再三言うがこれは『忍法』であり、純粋な話術の発展形だ。サイオンも何も使わないで思考を誘導されるなんて、その方面の警戒をしていなければ防ぐのは無理だ。
かくして、黒羽家の協力と取り次ぐことができて満足な俺は、貢に別れの挨拶をすませ、パーティー会場を出る。出るときには、こちらを警戒している達也へ『歩法』を用いてのモールス信号による圧縮言語で「また明日」と挨拶を忘れない。
まあ伝わってるか分かんないけど…
翌日。約束通りにセーリングへと同伴させてもらうべく俺は司波家の別荘を訪れていた。
達也からはすごい形相で睨まれていたが、気づかないふりをしてそのままクルーザーへと乗り込む。
途中、昨日深雪を救ってくれたことを桜井穂波に感謝された。そういえば昨日顔を見せたのは深夜だけだったのだが、あれは何だったのだろうか。原作では確か深夜は帰ってきた兄妹から事情を説明されたはずなのだが…
そのように、原作との差異に疑問を抱いていたところ、深雪から声を掛けられた。
「篠川くんも、一枚どうですか?」
「…ん、ああ写真か。もちろんだよ。あと、名前の呼び捨てで構わないよ」
「ですが…いえ、分かりました。では、大河と呼ばせていただきますね」
「深雪。もう少しこちらに来てくれ。大河が画角に入らない」
既に達也とのツーショットは撮り終えたらしく、次は俺を入れてのスリーショットだ。部外者である俺が居るからか、二人はちゃんとした兄妹であるように見せるための態度を取っている。深夜の指示だろうが、達也はそれが無意味であると理解しているだろうな。
ともかくご厚意に甘え、三人で写真を撮る。俺は子供っぽくピースなんかしてみるが、二人は微動だにしない。なんか俺だけはしゃいでるみたいだ…と若干ショックを受けていると、いきなりクルーザーが進路を反転させる。深雪が体制を崩すが達也が支える。深夜も穂波に支えられている。俺は一切微動だにしなかったが。
「何事ですか!」
「大変です!潜水艦と思われる影が船尾の方向から本艦に接近しています!」
「潜水艦!?戦争でも始めるつもりなの!?」
穂波と船長のやり取りを聴きながら、クルーザーの後方の水中を『千里眼の術』で遠見する。すると実際に潜水艦を見つけることができた。まあだから何と言った感じだが…撃沈しようと思えば一応やれないことはなさそうだな?
「奥様、キャビンにお避難を。深雪さんは奥様の付き添いをお願いします。大河くんも中へ!」
思考を巡らせていると、穂波にそう呼びかけられた。流石にそう言われては行くしかないと俺もキャビンの中へと向かう。途中、深雪が外へ出て行ったことでキャビンの中には俺と深夜のみとなった。正直気まずいが、深夜の方はガーディアン達…というより達也の実力を信じているのか、こちらを見定めることを優先しているようだ。
「あ、あの…あ、お菓子食べません?チョコレートなんですけど」
「あら…溶けてないでしょうね?」
「大丈夫っすよ、ほらおひとつどうぞ」
「では遠慮なく…っ!?」
「ん?どうかされました?あっ、もしかして不味かったですか?」
「…いえ、とても美味しいわ。これはどこの会社の製品なのかしら」
「ああ、それは自作したものです。もちろん元のチョコは既製品なんですけど、商品差は無いですよ」
「…そう」
う~ん、ミスったか。品定めの視線が獲物を見ている視線に変わった。というのも、理由はおそらく今渡したチョコにあるだろう。あれは『兵糧丸』として作っておいた物なのだから。
『兵糧丸』。シノビガミの『忍具』の一つ、シノビガミにおけるHPである『生命力』を一点、またはデバフに値する『変調』を一つ回復できる。ここだけ見れば大したことが無いと思うかもしれないが、肝心なのは、シノビガミでの『生命力』の総量である。
シノビガミでは、『生命力』を増やす忍法が無い限り、その最大値は6点である。そして、シノビガミ世界の一般人の生命力は2点程度であるとされている。しかも、忍者の生命力一点ダメージとは、下手をすれば四肢のいずれかが吹っ飛んでいるようなダメージである。それを回復できるとくれば、効果の大きさを実感できるだろう。
恐らく深夜は普段よりも活力が溢れる自分に、その原因が今しがた口にしたチョコであることを察したのかもしれない。
いくら原作では死んでしまっているとはいえ、味方側のキャラには長生きしてほしいというのは我儘だったかもしれないな…
とここで、外に出ていた三人が戻ってくる。どうやら無事に放たれた魚雷を対処できたらしい。
ここで俺はこれ幸いと三人に露骨に絡みに行く。もしかして魔法師だったのか、すごくカッコイイ!という感じで。達也からしてみればコイツ何言ってんだ案件だろうが。
急いで陸に戻った俺たちは、軍への通報はこちらでやっておくからと、外部の人間に関わらせない為か、俺にはすぐに帰るように言われた。
この様子では明日の軍隊見学にはいけそうにないな…と残念に思いながら、それならそれでゲリラ予備軍へと対応するかと考えを改めた。
背後から種類の違う三種類の視線を受けながら、俺はホテルへと戻るのだった。
今回大河の変装は、「地獄楽」という作品の「杠」というキャラの見た目です。
いやはや、まさか最初に使う忍法が朋面だとは…