予想通り、あの後に起こる軍の施設での組み手には俺は参加することができなかった。
というより、俺が別荘を訪れた時には既に深夜と穂波の出発間際、達也と深雪はすでに発っていたのだ。まあ、間に合っていたとしても部外者の俺が軍の施設に入れる訳が無いんだが。
とうことで、その日はゲリラ化する恐れのある勢力の様子を見に行ったのだが…黒羽家の動きが予想以上に早かったようで、動きがあからさまだった場所から順に破壊工作が行われていた。この様子では、事が起こるころにはゲリラたちは満足な戦力を運用できないだろうな。
などと考えながら、俺は一週間の平和な時間を過ごした。ほぼ毎日と言っていいほど俺は司波家の別荘に訪れたのだが、その度に穂波が親切に接してくれた。正直めっちゃ美人なので、ドキドキしてしまった。この世界の魔法師はその性質から顔のレベルが高い。
…だが、彼女はこの沖縄で死を迎える。それは他の人間にとっては悲しむべき出来事だろうが、穂波にとっては、自分の意志で選び取ることができた、人間としての死に場所だ。それを奪ってしまってもいいのか、俺はそれだけが不安だった。
そして時が経ち、2092年8月11日。ホテルに居た俺の耳に、テレビから流れる緊急警報が聞こえて来た。それは国防軍の発表であり、軍の哨戒船が敵潜水艦からの魚雷攻撃を受けて撃沈したとのこと。
宣戦布告もなしに戦端が開かれてしまったわけだが、ともかく軍はこの警報を見ているのならば即座の避難を。と呼びかけていた。
俺も動き出すか…と用意をしていたところ、達也から連絡が入る。内容としては、司波家が軍のシェルターに避難できることになったから、一緒にどうかというお誘いだった。
こんなお誘いを受けるぐらいには深夜から興味を抱かれているのか…と思いつつ、了承の意を返す。結局戦争には首を突っ込むのだから、その発端が原作イベントでも問題は無いかという判断だ。
ゲリラたちの数が原作よりおそらく少なくなっている(原作では具体的な数は示されていないが、黒羽家によって戦力を削がれているため)はずなので、すぐに動かなくても被害はもうかなり抑えられているはずだから。
丁度基地と彼らの別荘の中間あたりに俺のホテルがあるから、途中で合流することとなった。そのまま到着した車に、スーツケースを持って乗り込む。その様子に、運転手である軍人が難色を示し、「不要な荷物は今は置いてきていただきたいのですが」と言われたが、「これは大切な物なんですよ」と言外に嫌だと伝えれば、ため息をつかれてしまったもののしょうがないといった様子でそのまま車を発進する。
やがて基地に付いた時、俺たちは休憩室に通された。シェルターの準備が整うまでここで待機していてほしいと。
部屋にはもう一組の家族が居た。原作では、というより今回も、敵の本来の狙いはあの家族なのだろう。
「…おかしくないですか。シェルターというのは、すぐに利用できなければ意味が無い物では?なんの準備が必要なんだ…?」
穂波のセリフを奪う形になるが、意見を示しておく。これに返事を返したのは深夜で、「偉い人が真っ先に逃げ込んだのを取り繕う時間」だと推測していた。
その後、深夜が達也に外の様子を伺ってくるようにと指示を出す。原作において指摘された深雪呼びは、俺に普通の兄妹であると示すためか、指摘されてはいなかった。
そうして達也が出て行ってしばらく、四人の軍人が部屋に入ってきた。
「失礼します。空挺第二中隊の金城一等兵であります。皆さんを地下シェルターにご案内します。着いてきてください」
「…すみません。連れが一人、外の様子を見に行っておりまして」
「しかし…敵の一部がすでに侵入しています。ここに居るのは危険です」
事情を知っているからこそなのかもしれないが、その言い方があまりにも演技派過ぎて、俺は少し笑ってしまう。
「…どうかされましたか?」
「…ああいえ失礼。いやしかし、侵入した敵の一部というのには、貴方方も含まれているのではないですか?」
「何…!?」
俺の発言に、その場の全員が驚愕で目を見開く(深夜だけは、気づいていたのかという意味合いが強そうだが)。その直後、ドアが開いてジョセフが入ってきた。
それを認識した金城はジョセフに向って発砲。敵の一名もこちらに向けて銃を構える。穂波がCADを操作して障壁魔法を展開するが、もう一人が付けていた『アンティナイト』を加工した指輪から放たれた、『キャスト・ジャミング』を受けてしまう。
受けてしまう、というのは結果から予測しただけで、俺が認識できたわけじゃない。だが、放たれているだろうサイオンノイズは、間違いなく穂波と深夜にダメージを与えていた。しかし深雪に関しては、少し苦しそうではあるが、もっと苦しそうにしている深夜を心配する余裕を見せている。この時点で、すでに彼女の魔法力は、非魔法師が使う『キャスト・ジャミング』への耐性があるのか…と感心してしまう。
因みに、『キャスト・ジャミング』を放っている軍人は、俺に効いている様子が無いことから少し動揺するが、すぐに持ち直す。俺が魔法師ではないと予測を付けたのだろう。それは正しいので、彼らはしっかりとした訓練を受けていたと見える。
その後、ジョセフが彼らを説得に掛かる。金城はジョセフが軍にいい顔をされているのは魔法師だからとするが、仲間外れを嫌う、そんなお前たちが魔法師だからと俺を仲間外れにするのかというジョセフの弁に心を動かされていた。
原作知識で知っていたが、どれほど尽くしても余所者扱いは心に来るものがあるだろう。穂波の死に際の言葉に対しても思うが、結局その立場になった事のない俺が同情しても何の意味も無いのだが。
その言葉は金城だけでなく、他の三人も聞き入っていた。聞き入ってしまった。それゆえに、『キャスト・ジャミング』を発動していた軍人は、その発動を中断してしまった。封じられていた魔法師たちの魔法力が立ち戻る。特に、影響力が小さかった深雪は即座に行動に移せてしまった。
精神干渉系魔法『コキュートス』。掛けられた相手は、精神が凍結され肉体に死を命じることも出来ず、停止・硬直してしまうという恐ろしい魔法だ。
だが、肝心なのはそのほぼ即死魔法とも言い換えれるそれを、改心寸前の彼らに放ってしまったこと。穂波と深夜がまだダメージから回復していないため、防御が間に合わない。
「この…魔法師がああああ!」
仲間を凍らされた金城が、怒りのままにこちらへと小銃を発砲する。フルオートで放たれたアサルトライフルの弾丸。穂波が魔法を展開して防ごうとするが、間に合っていない。
苦悶の表情をした穂波、恐らく死を覚悟していただろう。だが、自身の前に立つ存在を見てその目が見開かれる。
穂波の前に立つこの俺、篠川大河は、非常に落ち着いた様子で、しかし常人では捉えられない速度で、懐に忍ばせていたバタフライナイフを展開する。そしてそれを逆手持ちし―振るった。
直後、連続する金属と金属が激しくぶつかり合う音。この場にいた全員が、何が起こったのか理解しえないだろう。だが、その結果は容易く想像できた。
無数の金属片が、俺の足元に落ちる。それは見ればすぐに分かるだろう―放たれた全ての銃弾が真っ二つに切られたものであることに。
「…ば、化け物め―」
俺の危険度を理解したのだろう、金城達三人は俺に―正確には、
俺を見失ったことに驚愕した彼らは、周囲を探ろうとして気づく。体が、動かない。それどころか、だんだんと、
まあもっとも、落ちているのは彼らの
「…御免」
シノビガミの『忍者』の特徴の一つに、常軌を逸した高速機動がある。忍者にとって、一般人の機動はどれほど早くても「静止した時間」と呼ばれる程であり、この高速機動は瞬間的な物であるため連続しては使用できないのだが、『忍者』は「光速」に達することすら可能であり、その際『忍者』は光そのものになっている。などとされる。
今しがた出した速度は「思考速度」と呼ばれる速度であり、これはニューロンの発火速度と同程度であるため、並の人間では感覚情報にすらなりえない速度である。
ともあれ、その速度で首を切断された三人の体は、丸で自分たちが死んだことを理解できていないかのようにしばらく直立し、数泊遅れて血しぶきをあげて倒れる。
避難してきていたもう一組の家族が悲鳴を上げる。だが俺はそんなことを微塵も気にせず、手元にあるバタフライナイフを見る。万もしない安物ではあったが、若干の刃こぼれを見て、自分自身の不甲斐なさを痛感する。
と、そこで。部屋の壁が円形にくり抜かれる。どうやら深雪の危機を察知した達也が戻ってきたみたいだ。突然の出来事の応酬に、誰も口を開かなかったが、達也が俺に特化型CADを向けながら問うたことで、その静寂は破られた。
「…これは、全部お前がやったのか?」
「ああ。…それを下げてくれないか?怖くて怖くてしょうがないからさ」
「お前は、何者だ?」
「…そうだね、俺は『忍者』だ」
「『忍者』?『忍術使い』という事か?」
「いいや、『忍者』だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…お前は、俺たちの味方なのか?」
「いや、
その独特の言い回しに達也は疑問を抱いただろう。まあ実際、『
ともかく、達也は味方ではあると判断したのか、CADを下して、頭を下げた。「深雪を守ってくれてありがとう」と。ここで深雪個人指定なのが、なんだかなあ…
「こ、これは一体…」
あ、風間…この時は大尉だったな、風間大尉がやってきた。死んだことを自覚できていないような表情の部下たちの首を見て、非常に戸惑っているようだ。
実際に手を下したのは俺なので、状況説明役を担った。
当初は部下の反乱に納得しなかったが、壁にある銃痕や、俺が叩き切った弾丸。そして一部始終を見ていたジョセフからの追加の説明でようやく納得を示した。
「反乱兵を出してしまったのはこちらの落ち度だ。謝罪をしてもしきれない。何をしても罪滅ぼしにもならないだろうが、国防軍として出来うる限りの便宜を図らせてもらう」
「そうですか…では」
以降は原作とほぼ同じやり取りが行われた。違ったのは、すでにゲリラは鎮圧できているということだった。やはり数を減らしておいてよかったな。
と、話は終わりかけ、達也が装備を貸りることを要求した。原作と違い深雪にダメージがあった訳ではないのだが、どうやら深雪に対して発砲されただけで彼の中には激情が渦巻いているようだ。
「…大河、お前はどうする」
「…え、何が」
「装備の事だ。お前も行くだろう?」
行くだろう?などと聞いてきているが、言外に「来い」と言っているのが視線から伝わってきた。どうやら随分と戦力を買われてしまったらしい。
「…分かった分かった、俺も行くよ。ただ、装備は要らないかな」
「君も出るのか?だが、戦場では何があるか分からない。自分の実力に自信があるのかもしれないが…」
「ああ。要らないっていうのは、間に合ってるって意味ですよ」
そう言うと共に、俺は置きっぱなしのスーツケースに手を伸ばした。それだけで、遠くにあったスーツケースが反応する。瞬間、スーツケースは分離し、備わっていたブースターを用いてこちらへと接近してきた。
驚愕の視線を集める中、俺は向ってくるスーツケースのパーツを抵抗することなく受け入れる。そのスーツケースは、俺と接触する瞬間に変形し、その形は俺の体に合わせた物になっている。
『斜歯忍軍』が有する決戦兵器『
全員が目を丸くしている中、俺は外に繋がる穴(達也が分解で開けた物)に向っていき、外へ出る。
「それじゃ、お先に」
その言葉を最後に、彼らの視界から俺の姿は立ち消えていた。