感染   作:宇宙人と呼んで

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第13話

「そんなに、ビビるなよ。こちとら聖職者みたいなもんなんだからよ。もっと気楽に話しをしようぜ、なあ?」

 

男は、首を横に振った。拒絶の意思にしろ、聖職者への否定にせよ、とても信じられるものではないのだろう。愉悦に満たされた東の笑顔は、根本にある憂懼を誘う。後ずさる男は、やがて右手の人差し指を突きだした。

 

「お、思い出した......!お......俺は......俺は、お前を知っている......!な、なにが聖職者だ!?この人殺し!」

 

ニイイ、と吊り上がった口角の奥に垣間見えた犬歯が紅く濁っている。

 

「そりゃそうだろうよ。俺を知らねえ奴はいない。けどな、今の俺を知っている奴は一人としていねえ」

 

この狂人から、これから何をされるのかと想像すれは、自然と悲鳴をあげてしまう。顔面を潰された相棒の身体は、いまだ小刻みに揺れていた。弛緩する肉体というのは、何事もない状態を見慣れている分、余計に不気味だ。ガチガチ、と噛み合わない下顎で、どうにか息を呑めば、小柄な男は続けて言った。

 

「聖職者ってのは、誰よりもイカれやすい。けどな、俺みてえな奴は、世界にごまんといるもんだ。ウラ・フォン・ベルヌスなんて、良い例じゃねえか」

 

響いた高笑いは、聖職者のイメージからは、かけ離れている。ただ、純粋に恐ろしく、男は、もはや動くことすらままならなかった。

ふと、東の笑い声が止まる。唖然と見上げていた男は、怪訝に眉を寄せた。気付けば、自身に注がれていた視線はリュックサックの方へ移行している。そういえば、あの中身を見たのは、殺された男だけだった。中身を引き出そうと右手をつき入れた時、指が二本、切断されていたのだ。男の胸中に不安が広がっていく。

 

「ああ......悪かったな、ついつい放っちまってたよ。なんだよ、そんな怒んなくても良いじゃねえか、俺とアンタの仲だろ?」

 

東の顔は、明らかにリュックサックへと向いている。奇妙な光景だった。

膝を折り、まるで高級品でも取り扱う専門の業者のように持ち上げ、リュックサックの口から中を覗き、満足気に頷く。そこから、漏れて聞こえるのは、もはや聞き慣れた声だった。呻き声や獣声に似た唸りは、強烈な向風となって男の頬を叩いた。

 

「なんだ、腹が減ってんのか?ああ、そいや、お互いこうなってから何も口にしてねえな......」

 

疑うことなど微塵もない。

男は、中身を理解してしまった。冷えた汗が全身から吹き始める。じっとりとした手付きで、東はリュックサックに両手を突き入れて引き出す。

現れたのは、男性の生首だった。目を見開いた男と女の悲鳴が木霊する。

 

「うるせえなぁ......なあ、そうは思わねえ?安部さん」

 

言いながら、首だけとなった安部を腰が抜けたままの男に、キャッチボールでもするかのような気軽さで投げた。安部の首は腹部に乗るやいなや、鋭い犬歯を皮膚へと突き立てた

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