感染   作:saijya

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第3話

※※※ ※※※

 

安部と同化した中間のショッパーズモールから一睡もしていない。

腹は満たされ、充分なほどに動き、身体に疲労が溜まっていることが自覚できる。けれども、一向に睡魔というものが襲ってくる気配がない。不思議な感覚だった。目を閉じても、瞼の奥に見えるものは、色鮮やかに冴える鮮血だ。自身が慣れ親しんできた匂いは、想像するだけで鼻から口へと抜けていく強烈な鉄錆の香りだ。生憎と、体格にはめぐまれなかったが、身体の変化を、はっきりと体感しているのは、成長期以来だと東はほくそ笑んだ。あの頃は成長痛に苦しみ、歯軋りを繰り返していたものだが、今は充実感に満たされている。

 

「......かなりの数が集まってますよ」

 

「ああ、そうだろうな......なんせ、ここには奴等にとっての神がいるんだからよぉ」

 

とある大型商業ビルの三階で東が唸るような声で答え、邦子は振り返らずに俯瞰し続ける。

 

「時代の坩堝に落ちちまった奴等は、どうしようもなく脆くなっちまう......結果、何かを忘れて、何かを求めちまうんだよ」

 

くっくっ、と喉の奥を鳴らし、ゆっくりと立ち上がると、邦子と肩を並べる。

 

「そうすると、人間ってやつは、だんだんと意識ってやつが薄れていき、やがて全員が同じ場所に行き着くんだ......」

 

邦子が首を傾げ、尋ねる。

 

「......同じ場所?」

 

東は、鏡張りを掌で叩き、興奮気味に続ける。

 

「殺人とセックス、そして、宗教だ。分かるかよ?この三点は、いずれも旧約聖書にすら描かれているもの......つまりは、人間の根底だ。アダムとイヴから始まり、カインとアベルへと継がれていく。連綿と続く正負の遺産、その真意に気付けた奴は、この世界に存在しねえ......だから、まっさらな子供が必要なんだよ」

 

そうだろう安部さん、そんな呟きと共に東が胸に手を当てた。

ドクドクと感じる血脈は、安部の同意を得たかのように早くなる。鼻を膨らませ、きひっ、と微笑を漏らした東は、上半身を大きく反らして爆笑する。

 

「そうだろうなぁ!ようやく、アンタと同じ場所に立てたぜぇ!ひゃーーははははは!」

 

勢いのまま、バン、と両手をガラスに着ける。

 

「ジム・ジョーンズ!チャールズ・マンソン!これまで、この世界に存在した愛欲まみれの奴等とは違う!俺達こそが本物だ!本物こそが純粋なんだろうが!」

 

くるりと翻り、天井を仰ぐ。

 

「自分には信念もモラルもあり、どんな状況においても惑わされないと思いたがっている反面、ほとんどの奴等は、他人の行動に引きずられちまう!フランス革命、魔女狩り、個が確立されてねえ社会の中心で、集団になると意味不明で、暴力的で狂気な行動に走る!過剰な集団心理は、差別を助長する重大な要素だ!差別化は、手段ではなく考え方だ!その根底こそが、人間だよ!ひゃーーははははは!」


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