感染   作:saijya

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第30部 獣人

 人生を切り取って生きてきた。生まれてこれまでの人生をだ。

 刹那的な生き方だと、揶揄する人間もいることだろう。無意味だと笑う者もだ。そんな生き方は、獣と変わらない。生きる為に襲って、食べて、排泄して寝て、起きてを繰り返す、まさに獣だ。

 あるあるシティの三階で、東は、恐らく、九州地方最後の生き残りであろう七人と対峙する。さっ、と目を流せば、それぞれが緊張の面持ちで身構えていた。口角を吊り上げ、東は笑う。

 思えば遠い道のりだった。生まれてこれまで、一瞬だけを生き、一瞬だけの為に死ぬものだと想像していた。だからこそ、今現在を、いや安部と出会ってからこれまでを思い出と昇華することができる。人の在り方とはこういうものだ。思い出を残せることこそが人、そして、感情というものなのだろう。ならば、この闘いは人間としての優位性がより高い者が生き残れる。いつ死んでも良いなどと考えてきていた、これまでの東ならば、この試練を乗り越えられなかったかもしれないが、今は違う。

 死すらも遠ざけた今ならば、どんな苦境も一足飛びで突破できる。

 駆け出した東は、まず新崎に狙いをつけた。理由は二つ、新崎という男が未知だから、加えて中間のショッパーズモールでの僅かな情報だ。戦車を奪おうとした際、戦力であった岩神を切り捨てる怜悧な判断力を見せ付けられたことを踏まえれば、最後まで生かしておけば、後々に響いてくるのは間違いない。

 新崎は迫り来る男に対して、ナイフを右手で逆手に持ち直し迎撃の態勢をとるも、腰を沈めた男が、左手を頬の傍に添えたことにより刃物での攻撃を諦めざる得なかった。男のほうが実戦に慣れている。それもそのはずだ。この小柄な男は岩神を暴力で制している。

新崎は、見抜けなかった自身の浅さを悔いると共に、迫り来る男に蹴りを放つ。攻撃は防御をされていない顎を狙ったものだったが、待ってました、とばかりに男は唇を吊り上げた。

 がら空きの顎に爪先が直撃する。しかし、男の踏み込みの勢いが止まらない。それどころか、増していた。防御の為に添えていた左手で新崎が振り上げた足首を捕らえ咆哮する。

 

「なっ!?」

 

 男は新崎の身体を片腕で振り回し、丸太でも扱うように達也へとぶつけ、壁に二人が衝突するよりも早く、浩太との距離を詰めた。新崎への間の詰め方から、流動的な動作、計算された上での動きだ。

 浩太は、肉薄する東が握った拳を引いているのを見て、直観的に右へ飛んだ。そして、それは正しかった。


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