名もなき王道の最強譚~相手の顔を忘れた少年と覚えている少女~   作:雨音 休

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眠り姫

 相手の手首に目がけて虹空を打つ。

 

 

 放った刃は、しかし青い液状の女の体を通り抜けた。彼女は痛がる素振りすら見せない。斬られた部位はすぐに修復した。

 

 

 何だこいつは!?

 

 

 女の振り上げる手のひらの上、空中に大きな球状の水の塊が浮かび上がる。それを俺に向けて投げつけた。

 

 

「ソーレ!」

 

「くっ!」

 

 

 慌てて右に思いきり跳んだ。

 

 

 ドボォォンッ!

 

 

 水の塊が地面にぶつかって爆発する。辺りに突風が起こり、周囲の木々の幹がぶおんぶおんと揺れた。地面を見ると小さなクレーターが出来ている。まるで隕石が落ちたような衝撃だ。

 

 

 今のをくらったら一撃で死ぬ……。

 

 

 俺は戦々恐々として顔が青ざめた。

 

 

 セミヅクが両手を叩き合わせて笑っている。

 

 

「くははっ、いいぞう、アウラァ。その調子だ!」

 

「アナタモ、タタカッテヨウ」

 

 

 青い液状の女が不満げにこぼした。どうやら彼女はアウラという名前のようだ。

 

 

「アウラ、そう言うな。俺は見物で忙しいんだ」

 

「ワタシハ、イキヲスルノデ、イソガシイワ」

 

「何だよ。お前一人で余裕だろう?」

 

「ソレハ、ソウダケドー」

 

 

 舌打ちした。余裕をぶっこいているセミヅクに怒りが湧き上がる。この野郎、後ろに隠れていないでお前がかかってこい。

 

 

 もう力を出し惜しみなんてしていられない。

 

 

 両手で剣を握りしめる。歯をかみ合わせて、体の芯に渾身の力を込めた。顔が赤くなり息苦しさを感じる。

 

 

 突如として空から大雨が降ってくる。大風が吹き荒れて、辺りの木々がざわざわと揺れた。

 

 

「空七変流、奥義、暴風雨(ぼうふうう)

 

 

 暴風雨は人間のリミッターをはずす秘術である。普段、人は3割程度の力しか出せない。そのリミッターをはずし、俺は10割の力を出せるようになった。

 

 

 奥にいるセミヅクが両腕を胸に組む。

 

 

「虹小僧、良い暴風雨だなあ。くはは、お前さては腕を上げたな?」

 

 

 空の剣士の力量は基本、空模様の変化の大きさと比例する。

 

 

 アウラがまた右手を振り上げた。その手の平の上に巨大な水の塊が出現する。

 

 

 彼女に向かって俺は真っ直ぐに走り出した。

 

 

 ……一瞬の隙をつけ!

 

 

 もう一度空の剣術を使ったら、リミッターが戻ってしまう。暴風雨の吹き荒れている空模様が変化するからだった。つまり、暴風雨は次の一撃にしか効果がのらない。

 

 

 アウラが右腕を振る。

 

 

「ソーレ!」

 

「このっ!」

 

 

 俺は斜め前へと大きくジャンプする。水の塊を回避し、アウラを追い越してセミヅクに接近した。

 

 

 ドボォォンッ!

 

 

 後方で大きな水しぶきがまた上がっている。

 

 

 アウラを斬っても意味がない! そしておそらく彼女を召喚しているのはセミヅクだ。だとしたら彼を倒さなければいけない!

 

 

「おーい、虹小僧。お前、師匠に勝てると思っているのかー?」

 

 

 セミヅクが初めて剣を抜いた。刀身が青く光る、鍛え抜かれた蒼穹である。

 

 

 師匠、悪いが殺させてもらう!

 

 

 最も得意とする技を俺は唱えた。

 

 

「空七変流、虹空」

 

「空七変流、(あお)惑星(わくせい)

 

 

 瞬間、四方八方が夜空のような空間に包まれる。地面の感覚が無くなった。代わりに、足下の遠くに青い星が出現する。

 

 

 ――青の惑星だと? そんな技は聞いたことが無い。

 

 

 なんだこの感覚は。まるで地面が無くなったようだ。全身がふわふわとして力が抜けてしまった。

 

 

 俺の剣は勢いを無くして空を切った。

 

 

「馬鹿が!」

 

 

 セミヅクが袈裟懸けに剣を振る。俺の肩が思いきり切り裂かれていた。

 

 

 ザクッ!

 

 

「ぐはあっ!」

 

 

 肩から血を噴出させて膝を崩した。ちきしょう、痛い。だけど、反撃を繰り出さねば殺されてしまう! だけど、だけど右腕がもう上がらない……。

 

 

 夜空のような空間は消失し、辺りには森の地形が戻っていた。

 

 

 死に神のような声でセミヅクが告げる。

 

 

「あばよ、虹小僧」

 

 

 彼が俺の頭上に剣を振り下ろしたのだった。

 

 

 ――俺、死んだ?

 

 

 瞬間である。

 

 

「パパ! 危ない!」

 

 

 青いローブの女の子が叫ぶ。

 

 

 背後から、セミヅクの背中が大きく切り裂かれていた。

 

 

「どわああっとー!」

 

 

 気づいたセミヅクが慌てて飛び退く。彼は集中を切らしたせいか、アウラがその場に水の柱を作って消えた。ばしゃんと音が鳴る。

 

 

 ――天気雨が降ってきていた。

 

 

「空七変流、狐日和(きつねひより)

 

 

 リリアである。目をつむっており、視覚以外の五感を研ぎ澄ませている。どうやら気絶から目を覚ましたようだ。

 

 

 セミヅクは振り返り、獰猛な笑みを唇の端にたたえる。

 

 

「おいおいおい、お嬢さん、やるってのか? っていうかお前も空の剣士かよ。くはは、こりゃあ縁起がいいなあ」

 

「ふっ!」

 

 

 リリアが目を閉じたままセミヅクに斬りかかる。右へ左へとステップを踏み、変幻自在の剣さばきだった。

 

 

 セミヅクは応戦するのだが、リリアは紙一重でひょいひょいと避ける。そしてカウンターの一撃を叩き込む。

 

 

 セミヅクの頬、胸、腹、太ももが浅く裂けて、やがて血だらけになった。

 

 

「いいぜえ、女あ! こんなに強かったのか! もっと、もっとやり合おうぜえ!」

 

 

 セミヅクがゆったりと剣を構える。

 

 

 やばいと思った。狐日和には弱点がある。それは空の剣士の中では有名な話だ。

 

 

「ふうっ!」

 

 

 リリアがまた剣を薙ぐ。

 

 

「空七変流、雨上がり」

 

 

 セミヅクが唱えた。鞘を使い、二刀流の構えで相手の剣を打ち払う。次の一撃の刃を――リリアは(かわ)せなかった。

 

 

 雨上がりの技で天気雨が上がってしまっていた。そのせいでリリアの視覚以外の五感は鋭さを無くす。セミヅクの剣がリリアの心臓を狙った。

 

 

 瞬間、俺は横からリリアに覆い被さっていた。そのままゴロゴロと地面を転がる。

 

 

「キャアアアッ!」

 

「リリア、逃げるぞ!」

 

 

 叫んだ。すでに剣を鞘に戻してある。動く左手でリリアを無理やり立たせて、森の茂みへと突っ込んだ。道の無い道を無茶苦茶にひた走る。

 

 

「おーい! 逃げるのかー? 格好悪いなあ虹小僧! くはははっ!」

 

 

 後ろではセミヅクが何か言っているが、気にしている暇は無かった。

 

 

 リリアが抗議の声を上げる。

 

 

「おい、ナナちゃん!」

 

「馬鹿、口を開くな!」

 

 

 俺とリリアは、山を転がるようにどこまでも走って行く。

 

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