名もなき王道の最強譚~相手の顔を忘れた少年と覚えている少女~   作:雨音 休

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思いも寄らない冒険者試験

 扉を開けると、香辛料と酒と肉の匂いがむわっとした。

 

 

 冒険者ギルド、そこは酒場のような光景が広がっている。筋骨隆々の男たちがテーブルで食事を摂っており、豪快な話し声を響かせていた。数は少ないが女性もいるようだ。

 

 

 俺たちが入っても大丈夫だろうか?

 

 

 リリアは臆せず進んで行き、一番奥のカウンターの前に立った。俺もその隣に並ぶ。腕の太いスキンヘッドのオッサンが応対してくれた。

 

 

「よおっ、リリア。今日はどうした? 仕事をするかい?」

 

「ハーティンさん! あたし、緑大蛇(りょくだいじゃ)ギルドに狙われて困ってるんだ! もう何とかしてくれよ!」

 

「緑大蛇ぁ? 王都でも一番デカいルーキーギルドだな。リリア、お前狙われてるって、どうしてまた狙われているんだ?」

 

「それが分かんねーんだ。だから困ってるんだ」

 

「ふーん。団長は確かポックルだったな。リリア、お前美人だから、囲って(めかけ)にしようとしてるんじゃねーか?」

 

「だったら最悪だ!」

 

 

 ハーティンは快活に笑い声を上げる。

 

 

「あっはっは。リリア分かった。今度ポックルに会ったら俺から言っておくよ。リリアにちょっかい出すなってな」

 

「頼むよハーティンさん」

 

「何、大丈夫だって。というかお前、そろそろ他のデカいギルドに入ったらどうだ? お前の腕ならどこも欲しがるだろうし。それに、そしたら狙われなくても済むだろうに」

 

「そりゃあそーだけどよお」

 

「俺が紹介してやろうか? え?」

 

「いや、今日は良いんだ。それより、ハーティンさんに紹介したい人がいてさ」

 

 

 リリアが隣にいる俺に顔を向ける。

 

 

 スキンヘッドのオッサンは眉をひそめてその鋭い双眸を向けた。

 

 

「誰だこいつ?」

 

「あたしの友達で、ナナちゃんって言うんだけど」

 

 

 俺とリリアは今日初対面のはずである。友達と呼ぶにはまだ早いような気がした。とは言っても、友達として紹介してくれるのはありがたい。

 

 

 俺は口を開いた。

 

 

「ナナキだ」

 

「ナナキィ? 名無しって意味か」

 

 

 ハーティンその太い両腕を胸に組んだ。俺の顔に目をこらす。

 

 

 俺は頷いた。

 

 

「そうだ」

 

「ハーティンさん。ナナちゃんはあのテテト村の出身で……」

 

 

 リリアが俺を空の剣士だと説明する。話を聞いて、ハーティンは感心したように頷いた。

 

 

「ナナキ、お前空の剣士か! こりゃあ縁起がいいやあ。何て言ったって、テテト村はこの国の英雄、アラク様の生まれた村だからな!」

 

「ああ。冒険者になりたいんだが、手続きをしてくれるか?」

 

「ふーん。分かったよ。じゃあ、とりあえずお前は」

 

 

 ハーティンはカウンターの下から一冊の本を取り出す。それを俺に差し出した。その茶色い本を受け取る。

 

 

「これを丸暗記して来い」

 

「は? これは?」

 

 

 俺はびっくりして目が点になった。はっきり言って意味が分からない。冒険者の試験が頭を使うものだとは思わなかった。

 

 

 ハーティンはまた両腕を胸に組む。

 

 

「は? じゃねーよナナキ。いいか? 明日までに一言一句丸暗記だ。できねーなら、冒険者にはしてやれねえな」

 

「いやいやいやいやっ、おかしいだろ。冒険者の仕事って頭じゃなくて体を使うものだろ? というか、この本結構厚いじゃねえか。一日で丸暗記って、どう考えたって無理だろ!」

 

「馬鹿かお前? この本には冒険者としてのルールや注意事項、それに便所スライムの捕獲の仕方から、ベヒーモスに遭遇した時の対処の仕方まで書かれてある。いいか? 一言一句丸暗記だ。期限は明日まで。分かったらとっとと行け!」

 

「期限は明日までって、俺は弁護士でも医者でも無いぞ! 丸暗記なんて無理だ!」

 

「いいから行けって! おいリリア、連れていけ」

 

「ハーティンさん、分かった。ありがとな」

 

 

 リリアが俺の腕を掴み、ずるずる引きずるようにしてカウンターを離れる。

 

 

「おいリリア! 無理だって!」

 

「ナナちゃん、いいから行くぞ!」

 

「いやいやっ、無理無理無理無理っ」

 

 

 引きずられるままに冒険者ギルドを出た。外に来たところで、泣きそうに表情をしかめる。

 

 

「おい、リリア。この本を一日で丸暗記って、他の冒険者はみんなやったのか?」

 

 

 リリアは意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 

「ああそうだよ。みんな一日で暗記するんだ。冒険者の仕事は危険を伴うからな。当然だろ?」

 

「危険を伴うって、本の丸暗記とは関係無いじゃないか」

 

「その本には、危険が起こった時の対処法まで書かれてあるんだ。ナナちゃん、とりあえず、勉強するしかないな」

 

「ま、マジかよ……」

 

「頑張れ!」

 

 

 ため息がこぼれる。そしてステータスを出し、アイテム欄に本をしまった。

 

 

 昔から勉強は嫌いだった。暗記に失敗して、冒険者になるのを突っぱねられるかもしれない。そうなったら、どうやって路銀を稼げば良いのだろうか?

 

 

「はぁ~。とりあえず、宿を探すか。そこで勉強する」

 

「お! やる気だな。それだったら良い宿屋を紹介してやるよ。こっちだ」

 

「はぁ~。ありがとう」

 

「そんなにため息ばっかりつくなよ、ナナちゃん!」

 

「はぁ~」

 

 

 二人はまた町の繁華街を目指して歩き出す。なだらかな坂を上がったところに、一人の少女が立っており俺を睨みつけていた。

 

 

 ピンクブロンドの長い髪。鼻と唇は控えめで小さく、顔は卵方だ。同年齢ぐらいの可愛らしい少女だった。貴族のような派手な赤い服を着ている。そして、右手には魔石のついた鉄の杖。

 

 

 出会い頭、彼女が唱えた。

 

 

「エクスプロージョン!」

 

「なっ!」

 

 

 伯爵級魔法の無詠唱だと!? というかどうして攻撃して来るんだ?

 

 

 空から炎のイナズマが落ちた。とっさに俺とリリアは左右に分かれてジャンプする。

 

 

 ズドーンッ。

 

 

 地面が炸裂し、そこに大穴が空いた。焼かれた地面が黒く焦げついている。焦げ臭い匂いがした。

 

 

 坂の上では少女が高らかに笑っている。

 

 

「あははぁっ、リリアちゃんに近づく者は皆殺しですわ!」

 

 

 俺は地面を転がって立ち上がる。すぐにリリアの元へと走った。

 

 

「リリア!」

 

「大丈夫だ!」

 

 

 彼女は無事回避できたようだ。立ち上がろうとしている。俺はその手を掴み、逃げるようにして来た道を走った。

 

 

「お、おいナナちゃん! ちょっと止まれ!」

 

「馬鹿! リリア走れ! 殺されるぞ!」

 

 

 伯爵級火属性魔法、エクスプロージョン。

 

 

 Sランクの火魔法使いがレベルを20に上げてやっと習得が出来ると言われている。だとしても無詠唱の行使はおかしい! 伯爵級魔法となれば、せめて20字ほどの呪文詠唱が必要なはずだ。

 

 

 あのピンクブロンドの髪の少女、何者だ!?

 

 

 俺はリリアの手を引いてひた走る。とりあえず冒険者ギルドへ行こう。そこには猛者の冒険者がいっぱいいるはずだ。

 

 

「ナナちゃん、大丈夫だって!」

 

「大丈夫なはずあるか!」

 

「あいつは、アイは友達なんだ!」

 

「友達!? じゃあ何で攻撃してくるんだよ!」

 

「とりあえず止まってくれ!」

 

「馬鹿! 止まれるはずあるか!」

 

 

 そして冒険者ギルドの入り口まで戻ってくる。そこで愕然とした。入り口の前にピンクブロンドの髪の少女が厳めしい面構えで立っていた。こいつワープしやがった!

 

 

 ワープ魔法リーファン。実際に目にするのは初めてである。

 

 

「おい、手を離せ」

 

 

 リリアが手を振りほどいて、赤い服の少女に近づいて行く。右手をぴょこんと上げた。

 

 

「よっ、アイ」

 

「リリアちゃん、いま助けてあげますからね! 緑大蛇(りょくだいじゃ)ギルドの子分よ。私の炎に焼かれるが良いですわぁ!」

 

「おいアイ! こいつは俺の友達なんだ」

 

「可哀想に、リリアちゃん。洗脳魔法を使われたのですね。いま、助けてあげますわぁ」

 

「違う違う、違うから!」

 

「そこの茶髪、死ぬと良いですわ。エクスプロージョン!」

 

 

 またしても空から炎のイカヅチが振る。

 

 

「マジか!」

 

 

 ズドーンッ。

 

 

 俺は右に大きく跳んで、地面を転がって避けた。これだから魔法使いは嫌いである。剣術が役に立たない。転がった勢いで跳ね起きる。

 

 

 リリアが眉をひそめて叫んだ。

 

 

「ナナちゃん、逃げろ! 後は何とかしておくから!」

 

「わ、分かった!」

 

 

 会話から察するに、アイという少女は本当にリリアの友達のようだ。緑大蛇の手下と誤解し、俺を攻撃しているようである。だとしたら、俺がいなくなれば万事解決だ。

 

 

 俺はまた来た道を走り出した。今度こそ町の繁華街へと向けて駆けていく。

 

 

 それにしても、何だか散々な一日だよな。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 テモネ山の中腹。

 

 

 王都を一望できる断崖絶壁の崖の上に緑大蛇ギルドのアジトはあった。五つの木造のロッジが立っており、三十人が生活を送れる規模だ。

 

 

 最近はすっかり太ってしまっていた。ビール腹である。タバコも吸っており、プカーと煙を吐いた。

 

 

 俺が誰かって? 決まってんじゃん。ポックル・ヂストライトだ。

 

 

 このギルドを立ち上げたのはおよそ一年前。出だしは良かった。俺がSランク職業の聖拳闘士ということもあり、メンバーは続々と集まった。俺に着いてきてくれていたスウの笑顔も絶えなかった。なんだけど……。

 

 

 ギルドが落ちぶれてしまったのは、あの夏の闘技祭の時である。俺は出場した。一回戦目で当たったのは旅の毒剣士のガウナン。俺は負けてしまった。

 

 

 くっそ、思い出すだけでも腹立つ。

 

 

 ガウナンはすぐに王都を離れて行ったようだ。そして何と、スウまでもが着いて行きやがった。幼い頃からスウは強い男になびく性質である。俺は、俺は泣いた。別れ際、彼女は言った。

 

 

「弱いポックルなんて大っ嫌い。私、ガウナン様についていくわ」

 

 

 可愛いスウ、愛おしいスウ、目に入れても痛くない、どうして俺を見捨てたんだ。

 

 

 魔王退治なんてもうどうでも良い。テテト村の事もどうだって良い。今はただひたすらに、タバコと酒に溺れていたい。最近はクープルにも興味がある。

 

 

 知ってるか? クープルっていうのは麻薬のことだ。へっへっへ、どんな味がするんだろうな?

 

 

 ロッジの扉がノックされた。部下が用事に来たようだ。

 

 

「入れ」

 

「「ポックル様!」」

 

 

 木製の扉を空けて、三人の子分が入って来た。子分とは言っても、俺よりも年齢は上なんだけどな。

 

 

 ベルートが前に出た。

 

 

「すいません、ポックル様。リリアを取り逃がしてしまいました!」

 

「取り逃がしただとぉ? それで、おめおめと戻ってきたのかお前は!」

 

 

 俺はビールの入っている樽ジョッキを掴み、一気に握りつぶした。バキンッと音が鳴った。子分の三人はびびって、表情がわなわなと震えた。

 

 

「す、すいません! ただ、ナナキという奴に邪魔されまして」

 

「ナナキだと!?」

 

 

 はっとして顔を上げた。ナナキと言えば同い年のいけ好かん幼馴染みである。あいつ、15才になってテテト村を出て来たってことか。

 

 

 ベルートは後ろ頭を右手でさする。

 

 

「へ、へえ。ナナキは、ポックル様に会いたいのでその旨を伝えてくれと言っていました」

 

「俺に会いたいだとぉ? ふざけんじゃねえ! おいお前ら。今から俺の言うことをよく聞いて、町で実行して来い!」

 

「「へ、へえ!」」

 

 

 そして俺は作戦を語り聞かせる。

 

 

 へへへ、いじわるしてやるぜ。ナナキの奴、せいぜい困るが良い。

 

 

 

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