灰色のゴールデンタイム   作:邪晴海

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中川のクラスの担任は、室井実章という真面目そうな社会教師だった。背が高くイケメンで、女子たちからはもてはやされている。しかし中川は放課後、室井がマッパで踊っているのを目撃してしまう。



第2話 戦慄

 大崎と別れた後、中川は閑静な住宅街を進む。車線一本分の細道沿いに、家々が所狭しと並んでいる。その中の、2階建てのこぢんまりとした一軒家が彼の自宅だ。狭い庭には軽自動車と自転車3台が停めてあり、玄関の横には小さい花壇がある。中川は戸を開けて入った。

「ただいま~。」

「おかえり~!」

中川の母が出迎える。

「どうだった?新しいクラスは。」

息子が置かれる新たな環境に、興味津々である。

「うん、知ってる友達もいたし、まあいいかな。」

中川は素っ気なく答える。

「まあいいかなって何よw。で、先生は誰?」

「…む、室井先生だよ。去年4組の担任だった。」

「ああ!あの俳優みたいな見た目の。いい人そうだった?」

「う、うん。いい先生だと思うよォッ。」

中川の脳裏には言うまでもなく、あの全裸で踊る大男の姿が浮かんでいた。

「何笑ってんのよ。昼食できてるからさっさと食べなさい。」

 8畳ほどのリビングには、薄いカーテン越しに日光が明るく差し込んでいる。

「はふッほうふッ」

中川は口の周りをソースまみれにしながら、スパゲッティを貪り食っている。

「もーゥ、もうすぐ14歳なのに汚い食べ方ねェ。そんなんじゃモテないわよ。」

「ごくん。べ、別に、モテなくていいよ。」

「うそつけ。毎朝15分くらい髪型セットしてるくせに。」

「そんなにやってないよッ。」

中川はティッシュで口を拭きながら母を睨む。

「去年の早乙女先生も真面目な先生だったけど、室井先生も良さそうじゃない?保護者会で話してたときも、しっかりしてそうだったし。」

「…。」

母は室井にある程度信頼を置いているようだ。

「顔も結構イケメンだしw。まあ、面談とかしてみないとまだわからないけど。内申点もあるんだから真面目にやりなさいよ。」

「もぐ、ごくん。」

「来年は受験なんだし、学校も手を抜かないのよ。塾はあくまでも学校の勉強の補助なんだからね。」

「わかってるよッ。むしゃもぐ。」

 しばらくし、中川はスパゲッティを平らげた。中川の使った皿とフォークを洗おうとする母。

「…あれ?」

しかし、ボトルの洗剤がないことに気づく。引き出しの中も確認するが、詰め替え用のパックも見当たらない。

「洗剤切らしてるゥ~。亮介、買ってきてくんない?」

「え~?」

中川は嫌そうに言う。

「いいじゃない、どうせ暇でしょ~。ちょっと待って、今お金渡すから。」

母は自分の財布を開く。しかし現金が殆ど入っていない。

「あれ?全然ない、おかしいなァ。…いいわ、私が買ってくる。クレカで。」

「ああ、行ってらっしゃァい。」

溜息をつきながら、母は洗剤を買いに出かけた。

「ふう…。」

自室のベッドに横たわり、中川はぼーッと天井を見上げていた。

「…。」

しかし、あの室井の奇行が頭から離れない。

「…ふふふ、ふはははッ!!」

中川は思わず吹き出す。

「…あれ、確かに室井先生だったよなァ…。」

しかし、可笑しさと同時に、室井の秘密を知ってしまったことによる不安も湧き上がってくる。気を紛らわすためにスマホを手に取り、ネットサーフィンを開始する中川。

「…。」

無心で水着のお姉さんの写真をスクロールする。

「そういう女の子がタイプなのかい?」

「…!?」

聞こえるはずのない自分以外の声が、自分のすぐ真後ろで発せられたことに、中川は一瞬固まった。そして、恐る恐る振り返る。

「…。」

「…。」

全裸の室井だ。気をつけの姿勢、そして無表情で中川を見下ろしている。静まり返った部屋の中、両者はしばらく見つめ合う。

「…。」

「こんにちは。」

室井は微笑む。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

中川は叫びながらベッドから飛び上がり、勢いよく室井に枕を投げつけた。

「おおお!」

枕をバフッとキャッチする室井。

「ぎゃああああああああ!」

中川は狂ったように、服や文房具や本など、周りにあるものを一心に室井に投げつける。

「おおおおおおおおう!痛いッ痛いッ!!」

室井は中川の攻撃に圧倒されて叫んでいる。しかし、投げる物がなくなると中川は右往左往し始める。

「ああああああああう!ぎゃああああああう!!」

室井は部屋の入り口側に立っていたため、中川はベランダへの避難を試みた。しかし、ベランダの戸は外から重量ブロックで固定されており、開くことができない。

「ひッひいいいいッひいッ!うひううう!うぬうッ!!」

中川は泣きながら布団に包まる。

「そのブロックはさっき私が置いたものだ。お母さんの財布や、洗剤を空にしたのもこの私さ。ほら。」

室井は洗剤の入ったコップと、母の財布に入っていた数千百円の現金を取り出して見せた。

「ひいぃッ!」

中川は身を守るように布団で体を隠す。

「みんなで楽しく踊りましょ~♪」

室井は突然踊り出した。

「この『おママさんといっしょ』の歌を歌いながら裸で踊ると心が洗われるんだよォ!日々鬱積する煩わしい心の澱が、すっと吹き飛んでいくようでねぇ。私の趣味なのさ。」

「…。」

子供のようにキャッキャとはしゃぐ室井を、中川は震えながら見つめる。室井は中川に金を差し出す。

「頼むッ!誰にも言わないでくれ!これ、口止め料。」

「…。」

それはさっき、室井が母の財布から抜き取ったと言っていた金だ。

「…い、いや…そ、それェ、…お母さんのお金じゃないんですか…?」

室井の雑なボケに、中川は躊躇いつつもツッコむ。

「あ、そうか…!てへ♪」

おどけたポーズをしながら、室井は金と洗剤を中川の勉強机の上に置いた。

「私が君の家にこんな格好で侵入したのは、お金や洗剤を盗むためではない。ある重要なことを伝えるためだ。」

急に改まったような口調になる室井。

「…。」

「ところで、中川君。君は外で全裸になることについてどう思う?」

室井は問う。

「…そ、そんなァ…ど、どう思うって言われてもォ…。」

「悪いことだと思うか?」

「…。」

「答えてくれ。」

彫刻の如く鋭く冷たい目力に圧倒され、中川は渋々答える。

「…わ、あのォ…悪いっていうか…そのォ…良くはないですけどォ…。」

「なぜだッ!」

室井は中川のベッドをバシッと叩く。

「ひいいい!!」

ベッドの隅に逃げる中川。

「我々は抑圧されている!社会という檻に閉じ込められ、本来の姿を失っているのだァーッ!!」

室井は目をかっ開き、ブンッブンッと激しく腕を振った。

「…おっと失礼。つい感情的になってしまったよ。…はァ、ふぅ…。」

深呼吸をし、彼は続ける。

「私は教師だ。それは、社会という枠に子供たちを押し込んでいく職業でもある。しかし私は裸でいたい。これこそ、微力ながらの反抗と自己主張であり、そして本来の姿を取り戻すための模索の一環なのだから。」

「…本来の姿…。」

情熱的かつ深みのある語り口に、中川は一瞬、意味ありげなものを感じ取った。

「だが、こんな姿を見られてしまってはもう終わりだ。教師が生徒の前でこんな痴態を晒すなんて、あってはならないことだからね。通報しようが、皆に言いふらそうが、好きにするがいい。私は君に危害を加えるつもりはないし、君から受ける指示には全面的に従うつもりだ。」

室井は目に涙を浮かべる。不法侵入をやるような狂人にしてはまともな発言に、中川は戸惑う。

「…べ、別に通報とかはしませんけどォ…。」

中川を見つめる室井。

「本当かッ?」

室井は膝から崩れ落ち、ぼろぼろと涙をこぼす。

「こんな奇異な人間を目の前にして、なんという寛大さ…。私は君に見られるために裸舞踊を行っていたのかも知れないッ!」

室井はいきなり中川の両手をガシッと掴む。

「ひいい!」

「お友達になろう!!頼むッ!」

中川に顔を近づける室井。

「そ、そんなこと言われても!」

「…私は、友達がいないんだ。本当に腹割って話せるのは君くらいしかいないぃッ!頼むうう!」

「…い、い…」

言葉を詰まらせる中川。

「いいのか!?」

室井は嬉しそうに笑う。

「…嫌…ですッ」

「…。」

「…い、嫌です!離してくださいッ!」

中川は室井の手を激しく振り払う。室井の笑顔が消える。

「…。」

室井はそのままスッと立ち上がり、ブロックで塞がれた窓をゆっくりと押し開けた。

「…ごめん。」

そう言うと、室井はブロックを両手に抱え、ベランダから飛び降りる。

「…あ、ちょっ…!」

中川は急いでベランダの下を覗き込む。しかし室井の姿はなく、ただ薄ら冷たい春風が庭を吹き抜けるのみであった。

 翌日、中川は緊張しながらも登校した。朝のホームルーム前の教室は騒がしい。中川と大崎は机に寄りかかって駄話をしている。

「ああ、ったく始業式翌日なのになんで6限まであるんだよ~ふざけんなよォ。」

大崎は今朝も不機嫌である。

「…まったくだね。」

中川は、平静を装いながら相槌を打つ。

「そういえば、このあと宿題集めるんだっけ。お前ちゃんとやった?」

「勿論。まあ、結構ギリギリだったけど…ええっと、数学の問題集と、漢字のプリントと…」

2人はカバンから春休みの宿題を取り出し、整理した。

「…あれ?藤原の国語のプリントって今日までだっけ?」

中川はカバンの奥をガサゴソ物色する。

「うーん、いや、確か授業内提出だったと思うけど…。あ、ヤバい!僕、今持ってないよ。」

「マジか。」

ガラガラッ

その時、禿頭のおじさんが教室に入ってきた。教室はスッと静まる。

「私の授業で配布したプリントは今日提出だ!忘れた者は居残りをしてもらう!!」

威圧的な声が教室内に響き渡る。

「ええええ!?」

「はァ…!?」

「嘘でしょ?最悪~ッ!」

生徒たちは一斉に難色を示す。

「確か、春休みの連絡プリントに書いてあったわよ。」

橘は一人、冷静である。

「ひどいっすよォ!忘れたならまた明日持ってくるのでいいじゃないですか!」

ある男子生徒が大声で抗議する。

「何を言っとるんだ貴様ッ!いいか、お前たちは甘すぎるッ。この学年は特に提出物の管理が甘いことで有名だ。だからこれ以上は甘やかさん。一回でも忘れたら補修ッ!そもそも新学期そうそう忘れ物なんぞ論外だからなッ。補修は16時からだ。室井先生にも伝えてあるから、逃げられんぞッ!」

藤原はそう言って教室を去った。

「…最悪だよォ。」

中川は落胆する。

「え?待って、俺も忘れたんだけど!ったくあのハゲジジイ!!ふざけんなよマジでッ!」

大崎も怒る。

「…どうしよう…補修確定だよォ。」

「は?バックれればいいんだよ!」

一蹴する大崎。

「…う~ん…。」

「大体、一回忘れただけで補修受けさせるとか不当極まりないだろ!6限終わったら、室井が来ないうちにさっさと逃げようぜ!」

「…うん。そうしよう。」

中川は大崎に押されて同意する。

ガラガラッ

室井が入室してくる。中川は目を合わせないように少し俯いた。

「あ!室井先生!!」

「キャアアアッ!」

イケメンの登場に、昨日と同様に騒ぎ立てる乙女たち。室井は教卓の前に立ち、朝のホームルームを始めた。

「おはようございます。この後は春休みの宿題を集め、大掃除をやった後、係決めと委員会決めを行います。午後からは授業があるため、スムーズに行いましょう。」

 大掃除は、担当場所ごとに3つの班分けが為される。中川は大崎と同じ班になり、教室の掃除を担当することとなった。

「なんでこの前の年度末に掃除したのに、1ヶ月足らずでまた掃除しなきゃいけないんだよ。埃も大して落ちてないし。ったく、日本の教育はおかしいよな~やっぱ。」

大崎は愚痴りながら箒をくるくる回す。

「何やってるんだよ、もォ。」

呆れる中川。

「大崎、お前中川の前だと相変わらず饒舌だな。」

高橋が現れる。

「ああ、高橋君。」

「あ…!…あ…ええっと…。」

大崎はたじろぐ。

「卓球部では全然喋らなかったくせに。忘れてるかもしれねーけど、お前も中川と同じ幽霊部員だからな。」

腕を組みながら高橋は大崎を睨む。

「す、すみません…。」

大崎はしゅんとする。

「いや、別にいいけど、3年生が1人もいないせいで部長やらされる俺の身にもなってくれよォ。」

「それ、昨日も聞いたよ。」

「いや、大崎にはまだ言ってねーしッ。」

中川のツッコミにイラつく高橋。

「しゃべってないで、早く机運んでェ!」

「ああ、はいはい。」

橘が注意してきたので3人も手伝う。生徒たちは机を後ろに寄せて、教室前方の掃除に取りかかっていた。室井も彼らに混ざってテキパキと黒板を拭いている。

「室井先生、生徒にやらせるだけじゃなくて、自分も掃除してる。」

「やっぱ人格者だわあ。中身もイケメンッ。」

ファンの女子たちは、室井の熱心な掃除っぷりに感心していた。

 そんなこんなで大掃除を終え、委員会決めを行う2年1組。室井は教室前方の隅の椅子に座り、成り行きを見守っている。

「では、委員会決めの続きを行います。」

クラス委員になった橘が指示を出す。委員会の入会を希望する生徒らは、黒板に名前を書きに来る方式だ。中川も記名するために立ち上がる。

「やめとこうぜ、委員会は。別に全員強制じゃないんだし。」

大崎が止める。

「でも、内申点にも影響するし。」

「めんどくさいだけだよ。やめとけって。」

大崎は中川の手を引っ張る。

「大崎君。」

室井は大崎を睨む。

「は、はいッ。」

「委員会に入るかどうかは中川君の自由じゃないか。止めるのはやめなさい。」

「…す、すみません…。」

大崎は中川の手を離し、しょんぼりとする。室井の唐突な発言に凍り付く中川。

「……ええっと…や、やっぱいいや。」

中川はおろおろしながら自分の席に戻る。

「…。」

中川は室井の方をチラチラ見るが、彼は何事もなかったかのように平然と座っている。

 

 しばらくして委員会決めは完了し、係決めに移った。

「係は全員必ずやるので忘れずに名前書いてくださいね。」

橘が呼びかける。中川と大崎は黒板の前で吟味してる。

「どれがいい?」

「国語係だけは嫌だッ。」

「もちろんだよ。…どうしよう、やっぱ国語人気ないね。」

国語係のところだけ欄が空いたままである。

「あ、社会係のところ、1人分空いてるよ!」

「…ほんとだ!」

社会係の欄は高橋の名前以外1人分余っている。

「じゃんけん勝てばワンチャンいけるよ!」

社会係の欄に記名する中川と大崎。

「なんだよ~!なんでお前ら2人も来るんだよ!」

高橋は嫌がる。

「各係の定員は2人なので、多かったところはじゃんけんで決めてください。今空いてるのは国語係だけか…。」

橘は黒板を確認している。

「国語係だけは嫌だ!よし、いくぞおッ!」

高橋の合図でジャンケンする3人。

「最初はグー!ジャンケンポン!」

「あッ。」

中川の1人勝ちである。

「うわあああ!」

「クッソーッ!!」

悔しがる大崎と高橋を横目に、中川は思わず室井の方を見る。室井と中川は目が合う。

「…。」

「…。」

室井はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。中川は恐怖で固まる。

 

 

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