灰色のゴールデンタイム   作:邪晴海

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例の矢文を受け、室井が今後奇行をオープンにしていくことを察し、不安になる中川。しかし同時に、室井に対してどこか憎めないものを覚えていた。


第4話 玉遊び①

 

 翌日、2年1組では室井が地理の授業を行っていた。

「では、教科書を開いてください。せっかくだから誰かに音読してもらおうかな。」

「はい!」

「私読みますよ!」

女子たちは初めての室井の授業にやる気満々である。一方で中川は、室井が何かしでかすのではないかと心配していた。

「いいや、ここはランダムにやろう。」

室井は目をつぶりながら、座席表の上に適当に指を置く。

「あ、じゃあ大崎君。」

「…は、はい。」

うつらうつらしていた大崎は顔を上げる。

「教科書2ページの地球像の歴史のところから読んでください。」

大崎は急いで教科書を開き、読む。

「…えっと…地球が球体であるということは古代ギリシアの時代から推察されていました。その後も地球球体説が主に支持され、大航海時代になると、コロンブスやマゼランの航海によって、地球が丸いということが実際に証明されました…。」

「ありがとうございます。…では、大崎君。地球は本当に丸いと思うかい?」

「…え?」

室井の唐突な質問に戸惑う大崎。

「…はい、多分…。」

目を擦りながら大崎は答える。

「どうして?」

「…どうしてって言われても…。普通に写真とかあるし…。」

「なぜそうだとわかる?何者かが丸い地球の合成画像を作って、君に見せているだけかもしれないのに。」

「…?」

大崎はポカーンとする。室井は語調を強める。

「この教室内で、本当に地球が丸いことを目で見て確かめた者はいますか?手ェ挙げて!」

誰も挙手しない。

「当然だ。宇宙飛行士でもない限りね。私も無論、確かめたことはない。………勉強とは、事実を学んでいるのか、物語を学んでいるのか…どっちなのだろうねぇ…。」

室井は薄ら笑いを浮かべている。教室内はざわつく。

「地球平面説のことですか?」

橘は質問する。

「ああ。平面説、球体説、あれこれ言われてるけど、それらは我々にとって単なる物語。結局、身をもって事実を確かめられるのはほんの一部の人間だけだ。我々大多数の人間はその事実に直接アクセスすることはできないのだよ。」

「なるほどォ。確かに、俺らみたいなパンピーが地球全体を見るの不可能だなァ。」

高橋はうなずく。

「ってか地球なんてそもそも存在しないかも知れないッ。この世は作り物かもしれないのだよ!なぜなら、我々は世界の始まりを1から体験してきた訳じゃないからねェ!!」

室井は目を見開き、息を切らしながら興奮している。教師とは思えないような狂気じみた顔つきに、中川は鳥肌を立てる。

「これは陰謀だッ!我々の知識や常識はッ何者かによって意図的に作られてるんだ~ッ!!」

声を荒らげ、室井は教卓から身を乗り出すようにして叫び出した。

「…え!?」

「ど、どういうことw…?」

室井の異常な様子を、恐れるべきか笑うべきか、生徒らは困惑する。

「…う~ん、俺らが得られる情報は本当かどうかなんてわからんってことか?」

腕を組みながら首をかしげる高橋。

「…そ、そんなこと言い出したら、きりが無いと思うけど…。」

中川は小声で呟く。

「するどいねぇ中川君!」

「…!」

室井の地獄耳に驚く中川。机をバンバン叩きながら室井は言う。

「そうなんだよッ!我々が自分の力だけで手に入れた情報なんてどれだけある!?日々君たちが見ているもの、触れているもの、ほとんどが外部から与えられたものに過ぎぬ!究極的にはこの肉体や意識の存在さえ…」

「せ、先生!話が進まないので、先に進めてくれません!?」

橘が叫ぶ。

「…。」

黙り込む室井。周りの生徒たちは苦笑する。

「…そ、そうだな。私の仕事は教師。自分の教える内容に疑いを持っているようでは務まらない。では、素直に授業を続けましょう。この時代の地図は今ほど正確ではないですが、アフリカ大陸とユーラシア大陸、そして…」

室井は教科書を開き、普通の授業に戻った。しかし、教室内はまだざわついている。

「…あ、あれ?…室井先生ってこんな変な先生だったっけ…?」

「…いや、なんか、まあ。イメチェンでしょイメチェン…。」

「どういう路線のイメチェンよw。」

室井をもてはやしていた女子たちも、流石にこの変貌っぷりにはドン引きしていた。

「室井…ヤバくね…?」

「うん…。」

「…大丈夫なのかな…?」

男子たちもゾッとしてる。中川は思わず大崎の方を見た。大崎はニヤニヤしながら中川と目線を合わせる。

 放課後、授業を終えた中川と大崎は教室を出る。

「ふふ…フハハッ!今日もヤバかったな室井~。」

思い出し笑いをする大崎。

「…そうだね。」

「これからずっとあんな感じなのかな~。」

「うん。多分…。」

中川は昨晩の室井からの矢文を思い出していた。

「ああいうヤバい先生だったら寝ずに聞けるんだけどな~。今年度は楽しくなりそうだわ~。」

「…でもあれは、流石にヤバすぎるでしょ…。」

大崎の楽観的な態度に、中川はついていけない。

「うっそだろォ!!!」

突然、高橋の叫び声が聞こえた。

「…今の、高橋君!?」

「た、多目的室からじゃね?」

2人は1階廊下奥の多目的室へ行く。厚い扉越しに聞こえるということは相当な声量である。ただ事ではないと察した中川は、恐る恐るドアを開く。大崎も、中川の後ろに隠れながら覗き込む。

 

「…。」

「ごめん。でも、俺たちどうしても辞めたくて。」

「高橋には申し訳ないけどォ…。」

室内には大量の卓球台が並べられている。しかし、人はほとんどおらず、高橋と部員2人が隅にぽつんといるだけだった。

「あ、どうせなら高橋も、パソコン部行こうよ。」

「そうだよ!どうせ一人の部活なんて成り立たないんだし。」

高橋を誘う部員2人。

「………いや、俺はいいよ。全然、辞めてもらって構わないから。気にしないで。」

死にそうな顔で高橋は言う。

「マジで?ありがとう!」

「…退部届けは顧問の丸橋先生に言えばいいから。」

「おっけー!」

部員2人はうれしそうに部屋を出て行く。

「はあ、やっと辞められた!」

「こんなんだったらもっと早く辞めとくんだったな~。このタイミングだと内申点に響きそうだし。」

「それな。でも、これでもう時間を無駄にせずにすむわ~。」

「ほんと!こんな弱小のくせに兼部禁止とかいう、クソみたいな制度のせいで損してたからなぁ~。」

卓球部の悪口を言いながら走り去っていく2人。

「…僕たちも退部する?」

中川は提案する。

「…う~ん、でも、今のまま籍だけ置いて幽霊でいれば、一番楽に内申点稼げるからな…ふふふッ。」

悪そうに笑う大崎。

「…確かに。…僕も、正直他に入りたい部活ないし…。」

「聞こえてるぞ…。」

「ぎゃあああああああ!」

悲鳴を上げる中川と大崎。高橋はいつの間にか2人の近くに立っていた。

「べ、べつに卓球部が悪いって訳じゃ…。」

笑いながら誤魔化す中川。

「…ふんッ、いいんだよ。卓球なんて所詮暇つぶしの玉遊びだ。」

「…。」

高橋は腰に手を当てながら、虚ろな目で床を見つめる。

「さ、さっきの人たち、辞めちゃったの…?名前知らないけどォ…。」

おろおろしながら訊く中川。

「去年度の3年生がいた時は厳しすぎて大勢幽霊化、お前らもそのうちの2人だったけど。んでその3年生が引退したら、今度は緩くなりすぎて誰も練習来ねえ。来たとしても教室の隅で、パソコン開いて魔獣先輩見てふざけてるだけ。大崎、お前のことだよ。」

「…ッ。」

大崎はきまりが悪そうに俯く。

「さっきの2人はまだ真面目に来てたけど、とうとう裏切りやがった。現在、幽霊部員が2年生8人、3年生5人。いや、2人辞めたから2年生は6人か。で、ちゃんと練習来てるのは俺1人。俺が事実上の部長。」

「…。」

「丸橋も仕事が忙しいっつってまともに顧問として機能してない。毎週月、水、金。俺の虚しい放課後一人芝居。これが糸山第二中学校の卓球部。」

高橋の悲惨な卓球部ライフに、衝撃と罪悪感で黙り込む中川と大崎。

「…なんか、ごめん。」

謝る中川。

「いいよ別に。去年から嫌な予感はしてたけど、こうなるのは必然だったから。」

気だるそうに頭をポリポリ掻く高橋。

「で、でも、今年の1年生はきっと入ってくれるよ。高橋君が部長なら、ちゃんとしてると思うし。」

「…俺も、勧誘手伝うよ!」

取ってつけたように大崎も言う。

「いや、もうどうでもいい…。」

高橋はなげやりな笑みを浮かべる。中川は急いで鞄を置き、かごに入ったラケットを手に取り、台の前に立った。

「大崎君!カモン!」

「お、おお…!」

大崎もラケットを取り、ぎこちなく構えながら中山の向かいに立つ。中川はピンポンをスッと投げ上げ、サーブを放つ。

 カッコツッ

 カッ

 カッ

 コッ

 カッ

 コッ

「ああッ!」

「よし!」

大崎がミスをし、中川が1点取る。

「た、高橋くんもやろうよ。ほ、ほら。」

中川はラケットを取って高橋に差し出す。

「…いや、いい。」

腕を組む高橋。

「…。」

「3人では人数が半端だろう。私も混ぜてくれないか?」

「わ!!」

中川は飛び上がる。

「!?」

大崎と高橋も振り向く。ドアの傍に室井が立っていた。3人が知らぬ間に入ってきたようだ。

「ちょっと時間に余裕があるのでね。」

室井はシャツの袖をめくりながら微笑む。

「話は聞いたよ。卓球部は消滅寸前なんだって?」

「…まあ、はい。」

高橋は不愛想に答える。室井はラケットを取り、台を挟んで高橋と向き合う。

「さあ。」

「…え?」

「サーブは君からで良いよ。」

「…。」

高橋は動揺しつつも、にやっと笑い、獲物を狙う野獣の如く室井を睨んだ。

 スァッコッ!

銃弾のような速玉を放つ高橋。

 コカッ!

室井は淀みなく打ち返す。

 カッ

 コッ

 カッ

 コッ

自分たちの3倍くらいの速度で行われる玉捌きに、中川と大崎は口を半開きにして見入る。

「結構上手いっすねッ!」

さっきまでの落ち込みが嘘だったかのように、高橋は楽しそうだ。

「まあね。昔は友達とよくやったものさ。」

「おりゃッ!」

 コッスカッ

「あッ!やべッ!」

高橋が返し損じ、室井が1点取る。

「では、今度は私だね。」

 コッ

室井の冷徹なサーブが放たれる。

「うまッ!」

 コッ

高橋はよろけながら返球する。

 カッ

 コッ

 カッ

 バタッ

 コッ

 バタッ

 カッ

 バタッ

少しずつ角度を変化させながら返球する室井。高橋は靴音を立てながら必死で対応する。

 スコーン!

「うわあ!」

室井の鋭いスマッシュにより失点する高橋。息を切らしている高橋に対し、室井は顔色一つ変えていない。

「マジか…悔しいわ普通に。」

高橋は体育着で汗を拭きながら言った。

「…。」

「すげえ…。」

中川と大崎も、室井の卓越した技術に感嘆する。

 

 その後も勝負は続くが、高橋は1点も取れない。室井の自由自在な玉操りに対し、攻撃する余裕もないのだ。

「…ちょっと、勘弁してくださいよォw!先生背高いから俺が敵うわけないでしょォ!」

高橋は苛立ちをごまかすように笑う。

「それもそうだな。では、私vs君ら2人でやらないか。」

「ああ、そうっすね。じゃ、中川、来い。」

「…う、うん!」

中川は高橋の隣で構える。高橋はサーブを放つ

 コッ

 カッ

 カッ

 クッ

 ケッ

 カッ

 コッ

中川が追加されたことにより、1人当たりの負担が緩和されている。

「そりゃッ!」

 スコーンッ!

高橋、渾身のスマッシュを放つ。

 コッ!

「は!?」

しかし、いともたやすく室井に跳ね返されてしまう。

「えいッ!」

 スコーンッ

 カッ

「…え!?」

中川も追い打ちスマッシュをお見舞いするが、室井は涼しげな顔で返球してみせる。結局高橋サイドは1点も入れることができない。

「マジかよ…。」

肩を落とす高橋。

「…俺が今まで1人コツコツと磨き上げてきたものは、所詮この程度のお粗末なスキルだったのか…。」

「どうした。かかってこないのかい?」

室井は余裕の笑みを浮かべる。

「…。」

「…ご、ごめん。」

中川は申し訳なさそうに俯く。

「では、こんなのはどうだ。私が勝ったら高橋君は私に部長の座を譲る。もし君らが勝てば、これから私は君らに1人ずつ、月1万の小遣いをあげる。」

「え!?」

室井の唐突な提案に驚く大崎。

「…ほ、本気で言ってるんですか…?」

呆れ半分に尋ねる中川

「ああ。本気だとも。先に11点取った方が勝ち。君らが同意するなら、約束は絶対守るよ。」

「別に金のためにやってるんじゃねーんすよ。」

高橋は不機嫌そうに室井を睨む。

「では、私が部長の座を奪ってもいいのかい?」

煽る室井。

「…それは嫌です。俺にもプライドがある。」

「いいねェ、その意気だ。じゃあこの賭けに同意するね?」

「…まあ、いいっすよ。本気でやりましょう。…大崎、来なッ。」

「…う、うん!」

高橋は2人を呼び寄せ、耳元で作戦を囁く。室井はそれを微笑みながら眺めている。作戦会議を終えると3人は台の前に並んだ。

「では、早速おっぱじめようか。」

室井は腰を落として構える。高橋は意識を研ぎ澄ませ、サーブを打つ。

 コンッ

「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「!?」

中川が絶叫する。室井は一瞬ひるんでフォームが崩れるが、ギリギリで打ち返す。

「あああああああああああああああああ!!!!」

ピンポンが跳ねる音をかき消すほどにまで、中川の甲高い声が部屋中に共鳴する。

「ははははは!何ということだ。叫びによって私の集中を揺るがし、ミスを引き出そうという作戦か!なんという大胆さ!」

室井は感激する。

「よく考えたら俺ずっと1人で練習してたし、そこまで上手いわけねーわな!結局は技術を越えた型破りな戦法が勝利を導くんだよーッ!」

高橋は完全に吹っ切れていた。

「わああああああああああああああああああ!!」

「ふふ…ふははッ!…ふふははッ!はははッ!」

中川の叫びに笑いが止まらない大崎。

「ははははは!なるほど!プライドを捨て、奇天烈であろうとも自分たちができる範囲で、最も効果的な策を講じる。君は本物だよ!本物の戦人だッ!」

室井は弾けるような笑顔で、踊るようにラケットを操っている。

「わぁッw…うわあああああああああああ!」

中川も自分で笑いそうになってしまうが、声を途切れさせまいと必死に絶叫を継続する。大声に包まれながら、緊迫しつつも打ち解けたラリーを行う4人。

「ああああああああああああああ!」

 スコーン!

 スコーン!

「わあ!やっべ!」

室井のスマッシュ返しに大崎が対応できず、失点する高橋サイド。

「はあ、はあ、はあ…。」

息を切らす中川。

「しゃーない、気にするな。次次!」

高橋は手を叩いて励ます。

 

 しかしその後も結局、高橋サイドは失点が続き、室井はとうとう10点取ってしまった。

「ふふふふ…高橋君。やはりこの作戦は諸刃の剣だね。中川君は叫ぶことにより体力を削られているし、大崎君は笑ってしまって集中が乱れていたよ。私を倒すより前に味方にダメージを与えている。」

腰に手を当て、室井は余裕をかましている。

「…これ以上やったら喉枯れちゃうよォ…。」

中川は蚊の鳴くような声で言った。

「…。」

高橋は黙り込む。

「しかし、このまま私が勝つのもつまらん。次のポイントは11点にしよう。」

「え!?」

室井のさらなる提案に驚く3人。

「次、君らが得点さえすれば、それだけで逆転勝利できるってわけさ。」

「…本気ですか…?」

「ああ、本気だとも。」

室井は、揶揄っているのか真面目なのかわからないような顔で言った。高橋はしばらく考え込むが、にやりと笑って答える。

「…面白いじゃないですか。いいっすよ。中川、大崎。死ぬ気で集中してやろうぜ。俺は中央からメインで攻めるから、お前たちは端でサブを固めてくれ。」

「うん!」

「わかった!」

3人は構える。教え子たちの果敢さに、室井も口角を上げる。

「ふふ。いいねぇ。では、レッツ・サーブ。」

 

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