灰色のゴールデンタイム   作:邪晴海

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補修に行かず、しかも間違えて学校にスマホを持ってきてしまった中川。藤原はクラス全員の前で中川を怒鳴る。皆の前で泣かされたことに中川は怒り、藤原をハゲと罵った。しかしそれを聞いていた藤原はさらに激怒。このどうしようもない窮地の中、ある者が一石を投じる。



第8話 窮地②

「…。」

予想だにしないセリフが耳に飛び込んできたため、藤原は一瞬固まる。そしてゆっくりと後ろを振り向く。

「あなたはハゲではないッ。」

静かな、しかし存在感溢れるボイスで室井は言った。

「…ああん?」

「…。」

藤原は室井を睨む。

「私がハゲじゃないっていうのは、どういうことだァうッ!?」

「皆はあなたの事をハゲと言うが、私はそうは思わない。」

室井は真剣である。

「…っぷッどいうことですかww。」

「…どう見てもハゲでしょw…。」

生徒たちはせせら笑う。

「皆、禿げ頭のパラドクスというのは知っているかい?」

「…あ、聞いたことある!たしか古代ギリシャの哲学者が言ってたやつですね。」

橘は真っ先に反応する。

「そうだ。では、君たちに問おう。髪の毛が1本もない人はハゲである、というのを前提としたとき、その人にもう1本毛を足したらどうなると思う?」

「どうなるって、…ハゲのままだろw。」

と、高橋。

「そうだ。では、頭に毛が1本生えている人にもう1本毛を足したらどうなる?」

「ハゲのままです。」

と、橘。

「そうだとも。では、これを何度も繰り返していくとして、毛が10万本の人に1本毛を足したら、その人はハゲになるかい?」

「うーん、いや、さすがにハゲじゃないでしょ。」

「いいや、ハゲだ。」

「え!?」

高橋は驚く。

「髪が何本以上あればハゲではない、という前提を置いていない以上、頭皮に何本毛を足そうとその人はハゲのままなのだから。したがってこの世の全ての人はハゲということになる。」

室井は得意げに微笑む。

「ああ、確かに!」

「いやw流石に無理があるだろォ!」

納得する生徒とそうでない生徒とで、半々である。

「では逆に、我々はハゲではないという前提から話を進めようか。我々は髪の毛が生えているからハゲでない。これは皆納得しているね。」

「はい。」

「もちろん。」

うなずく生徒たち。

「すると、毛が1本も生えていない人以外は全員ハゲではないということになる。したがってここにいる皆はハゲではない。無論、側頭部に毛がある藤原先生もね。」

「舐めるなぁあああッ!!!!!」

藤原は室井に躍りかかる。

「ああああああう!!」

「お、落ち着いてください!!」

藤原の拳を抑える室井。

「じゃあなんでガキどもは私をハゲだというのだァッ!おかしいだろォウッ!!!私はハゲじゃないんだよなああ!!?あああああんん!?」

「皆聞け!!今言った通り、ここにいる人間全員、ハゲでもあるし、ハゲでもないのだ!!したがって藤原先生だけをハゲと言うのは不当だ!!だから藤原先生だけをハゲというのはやめろ!!!わかったか!!?」

室井は藤原の怒号に匹敵する声量で皆に呼びかける。

「…ふっふふふッひひッw!」

「まあ、言いたいことはわからんでもないけどw。」

強引すぎる理論に生徒たちは噴き出す。

「アホか。」

橘は呆れる。

「我々この世の者どもは、定義というものを全く考えていない。それなのにわかった気になって適当に判断している。本当に滑稽なのは、そういう愚かで浅はかな自分自身の方だと気付くべきなのだよッ。」

そう言い、室井は生徒たちを睥睨した。

「…いや…。」

「…ん?」

床にうずくまった中川は、袖でゴシゴシ涙を拭いている。

「どうした?言いたいことがあるなら言いなさい。」

「…藤原先生はハゲですよォ…。」

中川は震えながら、絞り出すような声で言った。

「…!」

「マジかよw!中川。」

思わぬ反論にざわつく生徒たち。藤原は再びハシビロコウのような顔で睨む。

「…貴様ァ…。」

「待ってください藤原先生。中川君、どういうことだい?」

「…うぅッ…だって、普通の人の平均よりッぐスッ…うぅ…髪がッ少ないじゃないですかァッ…!」

「その通りだよぉおおおおうッ!!!!」

藤原は中川に襲い掛かろうとする。

「落ち着いてッ!」

両手をブンブン振り回す藤原を、後ろから抱きかかえるように止める室井。

「そうだよォ!!私はハゲだァッ!ハゲなんだろぉおおおおうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「…!」

藤原の暴走に、中川は怯えて縮こまる。

「落ち着いてくださいッ!!そもそも、ハゲっていうのは悪口ではないのだから!」

「…は!?ハゲは悪口じゃろうが!!何言っとんじゃぼげェィッ!!」

藤原は室井の首に噛みつく。

「いてて!やめてくださいッ!そもそも、ハゲは事実であり悪口ではないですよ。もし、私のことを背が高いと言う者がいても、それは悪口にはならないのと同様に。」

「黙れ!その場合は、背が高いという長所だから悪口にならないんじゃろ!私のハゲの場合は違うゥ!」

「では、あなたは自分のハゲを短所だと思っているのですか?」

冷たく尋ねる室井。藤原は言葉を詰まらせる。

「いいぞ!!室井先生!」

「もっと言ったれ!」

2人の舌戦に、生徒たちは盛り上がる。

「ったく、もう次の授業が始まっちゃうじゃァん。」

橘は時計を見ている。

「………違う!ハゲは短所ではない!しかしハゲに対して侮辱的なニュアンスを向ける中川の発言は許せんッ!」

藤原は顔を真っ赤にしながら叫んだ。室井は考え込む。

「うむ、確かに…。例えば、何者かが学生時代の私に、この陰キャラが!と言ったとしよう。陰キャラであること自体は短所ではないが、相手がそれを短所だと思って触れていたらそれは侮辱になるな。」

「ほれ見たことか!私の言う通りじゃないか!けけけけけけッ!!」

子猿のように引き笑う藤原。

「中川君、ハゲは短所だと思うか?」

「…ハゲは…」

中川はしばらく沈黙する。

「……た、短所じゃないですけど…。」

「嘘をつけ!お前は私のハゲを短所だと思っていただろ!バカにしているんだろォおおおッ!!」

中川に踊りかかる藤原。室井は必死に取り抑える。

「落ち着いてください!」

「私の名を呼ばずにハゲと言ったのは!私をハゲと認識していた証拠だーッ!ハゲはテレビによって批判されたイメージと個人的なコンプレックスに漬け込むお前らの勝手な若造の浅知恵となった社会性の権力のかつら工場の脱毛症の抜け毛への批判としての利益とする正当な指導なんだああう!」

藤原は口から泡を吹きながら発狂してしまった。

「え…?」

「ヤバいヤバい…。」

「大丈夫なのかこれ?」

生徒たちは戸惑う。

「藤原先生、あなたは狂っている…。いや、狂わされてしまった…。」

室井は藤原の瞳を憐れむように見つめる。

「ああうう…あううッ…。」

キンコンカンコーン!!

「やっべ!もうこんな時間じゃん。」

「ったく、ハゲてるかどうかでなんでこんな大騒ぎになるわけェ?行こ、もう。」

橘は教室に戻る。

「…人の悪口を言うのはよくないってことか。」

「まあ、そういうことでいいんじゃね?」

西村と高橋も呆れながら去る。チャイムが鳴ったので、生徒たちのほとんどは教室に戻っていった。

「中川ッ!」

大崎は中川の元へ駆け寄る。

「…だ、大丈夫か…?中川…。」

「…ぐすッ…うん…。」

大崎に抱き起される中川。涙で目が赤く充血している。

「ハゲは単なる身体的特徴の一部に過ぎない。しかし、あなたはそれに無関係な意味を載せているように感じます。」

室井は藤原の肩を掴んで離さない。

「…ううッ離せッ!!おい中川!貴様に特別生徒指導を行うッ!!宿題忘れ、補修サボり、スマホ持ち込み、私への侮辱ッ!これらは十分な重罪だからなァッ!!!」

「待ってください。私がもっとちゃんと、補修に行くよう注意していればよかった。これは私の責任でもあるッ。」

「いいや、もう許さんんッ!!私のプライドを傷つけたことは補修とは別問題だ!!」

「…言わせてもらうが、中川君が大泣きするような状態に追い込んだあなたも、中川君のプライドを傷つけたのではないですか?」

ギロリと睨む室井。

「…ぁあああん!?」

藤原も睨み返す。

「大崎君、中川君はなぜこんなに泣いていたんだい?」

「…あ、ええっと、…まず僕らが補修に行かなかったことを怒られて、そのあと間違えてスマホを持ってきちゃってた中川は…その、前に立たされて、すごい、めっちゃ怒鳴られてたんすよ…。」

大崎は動揺しながらも懸命に説明した。

「なるほどな…。」

「…黙れ!!それくらい怒られて当然のことじゃァないか!!」

「藤原先生、あなたは感情的になりすぎている。指導と発散の区別がついてない。私のような若輩教員が言うのもなんだが、あなたの指導方針は歪んでいると言っても過言ではありません。けたたましい怒号で生徒を萎縮させるような指導は、恐怖と憎しみを生むだけだ。そこに何の正当性がありましょうか。」

室井は藤原の肩を離し、真正面に立って抗議する。

「違う!生徒は叱られることで成長する!私は生徒を正しい方向に導いているだけだァッ!」

藤原は拳を握りしめる。

「あなたは、旧時代的な思想に囚われている。厳しさ=愛という幻想にね。実際は一方的に感情を生徒にぶつけているだけ。教育ってのは名ばかりの拷問。中川君の涙や生徒たちのあなたへの態度は、その滑稽さを見事に象徴している。それでも己の指導が正しいと言えるのならば、さあ、ご説明願おう。」

「…ぬおあう…ぬォう…おう…。」

藤原は泡を吹きつつ、静かになる。

「落ち着いたようですね。では、中川君の指導に関して私から提案がある。」

「…。」

「私とあなたで勝負をするんです。」

室井は自信に満ちた笑みを浮かべる。

「…は!?」

「え!?」

大崎と藤原は目を丸くする。

「あなたが勝ったらどうぞお好きにしてください。しかし私が勝ったら中川君への指導は私が行う。」

「黙れ!!生徒指導は学年主任の私がやるゥッ!!!」

藤原は室井の胸ぐらをつかむ。

「うぐッ!私はあなたを、過剰なプライドとそれに付随するコンプレックスから救いたいッ。あなたは幻想から抜け出ることを恐れているが、その幻想に囚われる方がよほど恐ろしいということを、私は言っているのですッ。」

首を絞められながらも室井は弁説する。

「いいや!貴様みたいな若い教員はわかっとらんッ!思春期の子供ってのは基本的に大人のことを舐めとるんだァッ!だから毅然とした態度で接さないと教師の指示は通らなくなり、学校は成り立たなくなるゥッ!」

「…確かに、教師が舐められては困る。しかし心配はいりません。頭ごなしに怒鳴るのとは別の方法で、私たちの威厳を示せばいいのですよ。」

「…別の方法ゥ!?」

「中川君、大崎君。」

「…はい?」

「…?」

涙を拭き、室井を見上げる中川。室井はニヤッとする。

「楽しみにするがいい。今日の昼休み、面白いものを見せてあげるよ。」

「…。」

「…。」

顔を見合わせる中川と大崎。

 

 昼休み、生徒らは校庭で走ったりサッカーをしたりして遊んでいる。2人は校庭にやって来た。

「室井のやつ、何考えてんだろうなァ〜。」

「…帰りたい…。」

「…え?」

「…みんなの前で…あんな大泣きしたのに……恥ずかしいよォゥ…。」

中川はしょげている。

「…あぁ、まあ、あれは藤原が悪い。お前は悪くないッ。」

大崎は中川の肩をポンッと叩いた。

「…え?なんだあれ!?」

「キャアアアーッ!!」

「ん?」

「…?」」

悲鳴が聞こえた先を見る2人。

 

「ご協力ありがとうございます。」

「なぁに、これしきのことッ。年寄りだからって舐めるなよォッ!」

校庭のど真ん中、室井はV字の際どい水着を着て佇んでいた。そして藤原は上裸で対峙している。2人とも裸足である。室井は筋肉質で厚みのある体型で、藤原も室井ほどではないが肩幅が広く、がっちりとしている。

「キャアアアーッ!!」

女子たちは悲鳴を上げる。

「室井先生いい体してんねぇ〜。」

「おお!藤原も意外とガタイいいな。」

一方、男子たちは室井らの立派な筋肉に感心している。

「…えw!?」

「…!」

目を見張る中川と大崎。

「ハハハ!何やってんだよwww!」

「何考えてるんですかーッ!?室井先生!」

高橋と橘は、室井の度が過ぎた奇行に呆れ返っている。

「ああ、衣装は気にしないでおくれ。動きやすい格好をしているだけだ。」

「…ふ、藤原先生もッ!どうして…!?」

「若い頃は寒中水泳なんかよくやったものだッ。だからこの程度の寒さなんぞ屁でもないわッ!」

藤原は太い腕をグルグル回し、ストレッチしている。

「よくわかんないけど…殴り合いでもするつもりィ?」

「そんな暴力的なことはしないさ。おお、中川君!待っていたよ。」

室井はポーズをとって自身の肉体美をアピールしてくる。中川は苦笑する。

「…何やってるんですか…。」

「すげぇ…シックスパック…。」

大崎は室井の腹筋の美しさに見惚れている。

「どうせこの前みたいに屁理屈で暴れるだけでしょ。」

「ふふふ…それはどうかな?ではルールを説明しよう。まずは中川君が、私と藤原先生のどちらに指導されたいのか選ぶ。だがそれだと中川君が自分に都合のいいように選ぶ可能性もある。だから、中川君の選んだ教師VS選ばなかった教師+その他の生徒全員、で綱引きを行うこととする。そして勝った方が晴れて指導権を得られるのだ。いいですね、藤原先生。」

「いいだろう。」

同意する藤原。

「なるほど!中川に選ばれなかった方がむしろ勝つ可能性は高いっつーことか!」

「ほ〜う、なかなか面白いこと考えるじゃん。」

高橋と橘も納得する。

「…。」

「フンッまったく馬鹿馬鹿しいわ。私に叱られるのが嫌なら中川は室井を選ぶに決まっておる。」

「ふふふ…では中川君。嘘はつかないでおくれよ。どちらに指導されたい?」

「…。」

中川は黙り込む。

「…。」

大崎も固唾を飲んで見守る。十数秒ほど考えた後、中川は言った。

「…室井先生です…!」

「おおおおおおおおお!!」

生徒たちは興奮する。

「ハハハハッ!これでもう私の勝ちは確定だなァ!!」

高らかに笑う藤原。

「さて、それはどうかな?じゃあ皆、縄を持つんだ。中川君は審判をやってくれ。公正に頼むよッ。」

「…は、はい!」

室井、そして藤原とその他の生徒らは、縄を持ち対峙した。

「藤原先生の後ろの君たち!わざと手を抜いて私を勝たせようとか、そんなことは考えるな!正々堂々と全力でやるのだよ!」

しっかと縄を掴み、室井は呼びかける。

「…いや、室井がどう考えても負けると思うけどォ…。」

高橋は困惑する。

「いいですよ先生。こうなりゃもう容赦しないからッ!」

橘はやる気満々である。

「オーエスの掛け声で引くぞォ!いいな!?」

「は〜い!」

藤原の合図で、生徒たちは縄を引く体勢になった。

「中川君、縄の赤い印がそれぞれの白いラインを超えたら勝負アリとする。いいかい?」

「…は、はい!」

中川は中央に立ち、震える手で旗を持ってはっけよいする。両者も縄を持って身構える。

「…じゃあ、行きます…。よーい、スタート!!」

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