「よーい、スタート!!」
ビィンッ!
「ぬぉあああああああ!!」
「オーエス!!オーエス!!」
「オーエス!!オーエス!!」
中川の合図と共に、両者は綱を引き合う。綱は千切れんばかりに張っている。
「ぬぐおおおおおお!!」
室井1人vs藤原と生徒16人。どう見ても不利な中、室井はその前腕を血走らせ、必死に踏ん張り耐えている。
「すげぇ…!!室井先生、たった1人で俺らの力を凌いでやがる!!」
「こ、コラァアアア!!!誰じゃ手を抜いているのは!!?」
藤原はブチギレる。
「いいや、みんな必死ですよォッ!ぬあおッ!!」
「ぬぐぐぅッ!!」
「ぬおあああッ!」
体が大きい西村が腰をさらに落とすと、室井は大幅に引っ張られてしまう。
ズルッズサァ…
「ぬんおおおおおおあ!!」
「いいぞおおおお!勝っとる勝っとるゥ!!もっと引くんじゃァ!おおえす!!おおえぇえす!!!」
「ふんヌグオァああああああああああああああ!!!」
室井は顔を真っ赤にし、鬼の如く顔にしわを刻みつつ引っ張る。腕の血管が一層浮き出ている。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉッ!!」
「すげぇ!…頑張れーっ!!頑張れ!!」
「む、室井先生!頑張ってくださァい!!」
「踏ん張れェ〜!藤原なんかに負けるなァ!!」
綱引きに参加していない他の生徒たちも、室井を応援し始める。
「るせぇえええ!黙って見とれェ!!お前らッこのまま引っ張るのじゃあッ!おおおおうぅえすッッッ!!!!」
藤原はグイッと腰を下ろし、攻めを強める。
「負げでええええッどぅあまるぐあッ!!!!!!ヌグオァウングアあうッ!!!」
室井も地面スレスレ数ミリまで腰を落とし、腕に縄を巻き付けて対抗する。
「…。」
中川は室井を心配そうに見つめている。彼の顔はゆでだこのように真っ赤で、もはや人間とは思えぬ形相だ。
「ふんがァッ!!!!うぁぬぐいあおうーッ!!!!!」
綱は若干室井の方に動いている。
「嘘だろォ!?どんだけ怪力なんだァ!!」
凄まじいパワーに高橋は目を見張る。
「ええいッ貴様ら手を抜くなぁッ引けェッ!!引けェええええええええええイッ!!!」
「ふんぐぬおあああああおあおう!!!!!!うがああぎゃあおあああああああああおあああああああああああああああああァーッ!!!!!!!」
室井は顔をぐちゃぐちゃに歪める。鼻血がひたひたと流れ出す。足の裏も血が滲んでいる。
「室井先生!」
「お、おい!室井先生やばくないか…!?」
「ぬおおおおっうぁッあぁあうッ…!」
「…も、もうやめてください!!!死んじゃいますよォゥ!!!」
中川は室井は止めようとする。
「オオオオゥエス!!おうえぇエス!!!」
「ッぬあァウッ!!ぬあおッあぐあ…。」
ズサァッ!
室井はついに転倒してしまう。
「今じゃアッ!!!!」
藤原チームは一気に縄を引く。縄の赤い印は藤原側の白いラインを超えた。
「やったぁあああ!!やったぞおおおおおおゥッ!!!」
子供のように舞い上がる藤原。生徒たちは室井の元に駆け寄る。
「室井先生ィィ!!」
「大丈夫っすか…!?」
高橋は室井を抱き起す。
「も〜う!無茶なことやるからですよッ!」
「…なぁに、ちょっと張り切りすぎただけさ。」
室井はふらつきながら立ち上がり、鼻血を拭く。
「足の裏擦り剥けてる!早く保健室行かないと!!」
橘は室井の体についた砂をはたき落とす。
「あぁ、ありがとう。しかし、まずは勝敗の確認をする必要があるな。では中川君。」
「……は、はい。…えっと、今の試合……藤原先生側の勝利です…。」
「はははははは!わかったかね?室井君。やはり私の方が教師として相応しいということなんだよッ!じゃあ、中川!来いッ職員室でみっちり指導を行うッ!」
「あッ…。」
中川の手を引いて連れて行こうとする藤原。
「ちょっと待ってください。」
「んぁ?」
室井は藤原の肩を掴む。
「何をやってるのですか?」
「何って、決まっとるだろゥが!!私が勝ったからこいつを指導しに行くんだよォッ!」
「もう1回ルールを説明しますね。中川君の選んだ教師VS選ばなかった教師+その他の生徒全員、で綱引きを行う。そして勝った方が指導権を得られる。」
「ああ、そうだとも!だから指導権は私のものだァ!」
「いいえ。勝ったのはあなただけではなく、あなたとその後ろで引っ張っていた生徒たちです。」
「…。」
「そ、そうか!じゃあ、俺たちにも中川を指導する権利があるってことだな!」
「…なるほど!」
「あぁ!」
ハッとする高橋たち。
「では藤原先生と他の生徒たちは、どうぞお好きに中川君をご指導ください。私は保健室に行ってくる。」
そう言うと、室井は保健室の方へ歩いていった。
「…は?」
意味が分からず、藤原は呆気にとられる。
「ふふふ。かなりセコイけど、確かに筋は通ってるわァ…。じゃ、中川君の生徒指導をしましょう!中川君を許すべきだと思う人〜!」
橘は叫ぶ。
「はーい!!」
生徒らは全員手を上げる。
「…ちょ、ちょっと待てェイッ!!何勝手なことしとるんだ貴様らッ!」
慌てて止める藤原。
「人数がこれだけいるなら多数決がいいですよ!」
「いいや!生徒指導は教師がやるものだ!!だから私が行うゥッ!!」
「じゃあ、中川君を許さない人!」
「…は、はい!!」
挙手するのは藤原のみ。
「許す派16人、許さない派1人。中川君の補修とスマホのことは無かったことにする、これで決まりですね!」
橘は朗らかに言い放つ。
「イェーイ!!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ
拍手する生徒たち。
「ハハハハハッ!やっぱ室井天才だろォ!」
「フフハハ!!よかったな、中川ァ!」
中川の肩を抱き寄せる大崎。
「…。」
「もういいィッ!!まったくッアホくさくて付き合ってられんわァ!」
藤原は呆れてその場を去る。
「ハハハハハハハハハハ!!!」
生徒らは室井のとんちに感心しつつ、爆笑で校庭を包んだ。
校庭をトボトボ行く室井を、中川は追う。
「ま、待ってください!!」
「…ん?」
室井は振り返る。
「…た、助けてくれて…ありがとうございました…。」
「…。」
「…。」
「あぁ。まあ、君だけをっていうよりかは、権威的な教育の幻想から君と藤原先生、そしてその他の生徒たちを掬い上げることはできたかな。むしろ中川君があの時私を選んでくれて助かったよ。こちらこそありがとう。」
「…。」
室井は中川に微笑みかけ、そのまま保健室へと向かう。中川はその場に立ち尽くし、彼を見送った。
「では皆さん、さようなら。」
「さようなら〜。」
帰りの会が終わり、教室を出る生徒たち。中川は室井のところに行く。
「…先生、足、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。普段から裸足で歩くことは多いから、皮膚も厚くなっていたしね。傷もそんなにひどくなかった。」
「裸足で歩くことが多い!?」
橘は驚く。
「君らにお小遣いをやってから生活が厳しくなったのでね。この機会に山籠りを始めてみたのさ。」
「やっぱ厳しいのかよ!」
高橋はツッコむ。
「なんですか?山籠りって。」
「現代人が失った自然との一体感を取り戻すため、山の中で自給自足の暮らしをすることだ。衣服も自分で調達せねばならんから、狩った動物の毛皮を纏うしかない。靴を作るのは面倒だから裸足で歩くのさ。」
「クレイジーですね。」
「本当に生活は大丈夫なんすか?」
「心配はいらない。人間、いざとなったら野獣の如く生きていくしかないからねェ。」
「よくわかんないけど、人に迷惑をかけることだけはやめてくださいねッ。」
念を押す橘。
「迷惑なんてかけぬさ。私はただLIFE IS BEAUTIFULを体現した人生を送りたいだけなのだから。では、仕事があるんでこれで失礼するよ。」
室井は教室から去る。
「相変わらず何考えてんのかわからんわねェ…。」
橘は首を傾げる。
その日の放課後、中川と大崎、高橋は多目的室の卓球台の前でだべっていた。
「新入生来るかな~。」
「どうだろうなァ。実質、部員は俺ら3人だけだし、ここからどう立て直すか…。」
「室井先生からのお小遣いもあるし、何かイベント開こうよ!」
中川は笑顔で提案する。
「おお、いいな!…でも、確か顧問から許可が下りないとできないんじゃなかったっけ?」
「あ、そうかァ…。」
「これで室井から小遣いをもらっていることがバレちまったら、面倒なことになりそうだしィ…。」
高橋は考え込む。
「確かに。」
「…あのォ。」
「ん?」
「…ゴールデンウィークに3人で旅行行かない?ちょうどお金もたくさんあるし…。」
遠慮がちに大崎は誘う。
「おお!いいねェ!どこ行こうか?」
「俺のおばさんがやってる山奥の民泊があるんだけど、温泉とか湖が近くてめっちゃ綺麗なとこなんだよォ。」
「へぇ!いいね!行こ行こ!」
中川は乗り気である。
「ああ、ごめん。俺は卓球の大会に出たいから行けないわ。」
断る高橋。
「そっかァ…どうする?また今度にする?」
「…でも、夏休みからは忙しいからそれより前に来て欲しいってよ。」
大崎は長い前髪を指先でいじりながら言う。
「マジか!じゃあ、お前らだけで行ってこいよ。」
「そうだね。夏休みは3人でまた別のとこ行こ。」
「だな!夏休みまであと3か月あるから、室井から1人当たり1.5×3=4.5万円もらえるしw!」
ニヤニヤする高橋。
「確かにw。」
帰り道にて高橋と別れた後、旅行の話をしながら2人は住宅街を行く。
「そういえば、その民泊ってどこにあるの?」
「山梨。ハイキングコースも近いし、温泉もいい感じなんだよォ。」
「いくらくらいかかるの?」
「1泊6千円くらいだけど、俺の友達って言ったら多分タダで泊めてくれる。」
「ええ!?タダ?」
「受験前にお前と一緒に行けるのはこれが最後のチャンスだしなァ〜。ってか後で写真送るわ。めっちゃいいところだからな。」
大崎は嬉しそうだ。
「うん…でも、それより室井先生の生活の方が気になるよォ。本当に大丈夫なのかなァ…?」
♪~
「ん?」
アコギの音色がどこからともなく聞こえてくる。どうやら、路地裏の向こうの公園から鳴っているようだ。
「ギター弾いてる人なんて近所にいたっけ?」
「…行ってみる?」
2人は路地を進み、公園に入る。
「わああ!」
「ええッえww!?」
♪~
なんと、水着姿の室井がアスレチックの上でアコースティック・ギターを奏でている。
♪~
室井は微笑みながら中川たちを見る。
「…。」
「…。」
♪~
2人はベンチに腰掛ける。そして、ギターの甘い旋律を、神妙な面持ちで聞き入った。閑静な薄暗い住宅街に、優しい音色が漂う。
♪~
室井は演奏を終えた。
…パチ…パチパチパチパチ…
拍手する2人。
「ありがとう。ありがとォう。」
ギターを置き、室井はお辞儀する。
「…。」
「…すげェ…。」
大崎は室井の演奏技術に感嘆していた。
「君たち、今の私の曲を聴いて思い浮かべた単語を1つずつ言ってくれないか?」
「え…?」
「…。」
「…旅、とかどうですか?」
大崎はなんとなく答える。
「旅、ね。」
「…ええっと…。」
中川は顎を擦りながら悩んでいる。
「そんな深く考え込まんでもいいよ。」
「………愛…。」
ぼんやりと呟く中川。
「愛、か。」
室井は満足げかつ、どこか物憂げな表情を浮かべる。
「旅が進むにつれて、愛というものは様々に形を変え、もはや何が本物の愛なのかわからなくなっていく。しかし、愛そのものは決して消えることなく、遠ざかることもなく、増えることも減ることもなく、我々のすぐ傍に絶えず存在している。それに気付くのがこの旅の目的なのかもしれない…。」
「ママ~ッ!変態がいるよォ!!」
スタッスタタタタァッ
子供の声が聞こえた瞬間、室井はギターを持ってアスレチックから飛び降り、大急ぎで公園から走り去る。
「何!?変態ィ?」
「あそこに変態がいたァ!!」
「…いないじゃないの変態なんて。ってかそんな言葉どこで覚えたのよォ!」
通りすがりの母子を横目に、あっけらかんとする中川と大崎。白い電灯が夕暮れ時の公園をまろやかに照らしていた。