狭間の雪   作:しろたく

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邂逅

 宣言通り、マーサ指揮の小隊は014に先着していた。

 戦闘車両3台、輸送車両5台、偵察および迎撃用ドローン10機。重装クラスの兵士メンバーはおおよそ40人はいようか。ビャッコが向かってきてもこれなら充分に対応出来るだろう。

 フィリスとウィリアムはマーサの元に駆け寄った。マーサは薄い笑みを浮かべて二人を見ている。

 「最初から、こうしておくべきだったな」

 「…申し訳ありません」

 ウィリアムは深々と頭を下げた。マーサはすぐさま真顔にもどる。

 「あれがアーダーン?」

 接続モジュール上に屹立しているアーダーンを見て、二人は小さく頷いた。その時、アーダーンの声がインカム越しに聞こえた。モジュールから身を乗り出し、地面を見下ろしている。聴覚器官が左右に広がり、風ではない振動を拾っている様子だった。

 「集まってきたな」

 雪原の遠縁で、白い影がいくつも動いていた。ビャッコだ。こちらに向かってくる様子はなかった。群れは一定の距離を保ち、中心を空けるように配置を変えていた。

 「ざっと120体はいるわ」とマーサ。

 「最初の4倍の規模ですね」

 「撃退できるとは思うけど、余り時間をかけたくない。出来ればこのまま彼らを振り切ってオーパスに帰還したいのだけど…」

 その時だった。その場のほぼ全員が異変に気づいた。赤外線モニター上に映るビャッコの群れが、大きく割れるような形で波を打ち、退いていく。

 「逃げている……?」

 フィリスの呟きに、アーダーンは首を振った。

 「そうだな。逃げている」

 

 空が歪んだ。

 次の瞬間、雪原の上空に暗い裂け目が開き、視界が大きく引き延ばされた。裂け目はみるみる大きくなる。視認できるだけでも直径は100m近く。特有の電磁輻射が空間にうなりのような音を発生させる。【ホール】だ。

 ホールから円筒形の両端を円錐にしたような、銀色に光る物体が次々と飛び出してきた。輸送隊の後部に曳航されているものと同じ、クザーンの戦闘機だ。およそ100機はいる。

 さらにその後ろに、悠然と別の機体が現われた。円筒を3本重ね合わせたような、流線型の躯体。全長は200mはあろうか。戦闘機全体の中央に位置する形で、大型の機体は輸送隊の上空150mほどのところにホバリング停止した。

 ビャッコの群れは一目散にこの場から走り去ろうとしていた。うまく逃げおおせたな、とマーサは思った。

 戦闘機はホバリング状態のまま、何かを発射した。輸送隊を取り囲むように、黒い柵のようなものが次々と打ち込まれる。2mほどの間隔だ。ウィリアムがかけよって、確かめようとした。

 「それに触れるな!」アーダーンの咆哮がインカム越しに響いた。おそらく、帯域を通じてマーサの小隊全員にも届いたに違いない。全員が立ちすくむように、動きを止めた。

 「クザーンがよく使う拘束器だ。仕掛けは分からないが、その器具の間を通り抜けることは出来ない。上空に逃れることも不可能だ。器具から離れろ。出来るだけ中央に集まれ」

 「包囲されたわけか」誰かが乾いた声で言った。

 フィリスが歯を食いしばり、フレシェット銃に手をかけ、照準を合わせかけた。だが、その腕はすぐに降ろされた。アーダーンが戦闘態勢を解いていたからだ。全ての武器を足元に投げ捨てている。アーダーンが闘う意思を見せないのなら、抵抗する意味はほぼない。

 戦闘機はホバリングしたまま、ゆっくりと包囲を狭めてくる。上空の指令艦と思われる機体も、垂直に降下を始めていた。

 

 俺たちを捕虜に取るつもりなのか。

 フィリスがそう思った瞬間だった。ここから数分間の出来事は、フィリスを始め全てのシティ・メンバーにとって、朧気な残像として残っているに過ぎない。

 遙か上空の雲が、水平に切り裂かれた。そして、5本のかぎ爪が付いた円筒形の脚が忽然と降りてきた。何本も、何十本も。脚は地面に叩きつけられる前に、ほんの数mの高さで停止した。

 その脚の付け根、遙か上空200mほどの高さには、まるで蜘蛛のような複眼の付いた、脚の大きさからは不釣り合いに小さな頭部?接合部?が見て取れた。直径はせいぜい10mだ。赤外線モニターで、その存在がある程度確認できるに過ぎない。

 クロノスが、初めてその本体を人類の前に見せていた。

 瞬く間に複数のクロノスが、クザーン艦隊を逆に包囲し始めていた。クザーン戦闘機がすぐさま動きを見せた。円錐形の先端部をクロノスに向け、レーザーのようなものを発射する。レーザーはまっすぐクロノスに向かったが、そのままクロノスを貫通した。全くダメージが与えられた気配はない。

 「伏せろ!」

 マーサが全軍に司令した。戦闘機が乱射するレーザーが流れ弾となり、周辺の大地に当たり始めていた。岩が砕け飛び散り、轟音が鳴り響く。散乱した雪と岩のカケラが雨のように降り注いできた。皮肉なことに、先ほどクザーン戦闘機が打ち込んだ“柵”が防護機構となり、人類の側に被害は全くなかった。

 クロノスが脚を持ち上げ、戦闘機に向けて伸ばす。次の瞬間、戦闘機は脚の裏に当たる部分に吸い寄せられ、密着した。レーザー照射が完全に止まる。総勢20体はいようかと思われるクロノスが、まるで飛び回っている虫を捕獲するかのように、戦闘機を集めていった。動きが止められた戦闘機は、地面に順番に並べられる。光線と爆発が、みるみるうちに収まっていく。

 司令艦とおぼしき機体が、一体のクロノスに向けて発射した。レーザーの出力は桁違いだ。だが、その光もむなしくクロノスを貫通していった。

 次の瞬間、別のクロノスがふわりと動き、司令艦の上部に飛び上がった。信じられないほど俊敏な動作で、5本の脚が司令艦をロックする。まるで、大人の手が子供のオモチャを掴んでいるような様子だ。司令艦の全ての動きが止まった。駆動機関と思われる部分が停止する。同様に、地面に降ろされた。

 

 100機の戦闘機と司令艦が、ベータの雪原に整然と並べられていた。軍隊の整列と言うより、叱られている子供たちの列のようだ

 やがて各機のハッチが開いた。パイロットたちが一人一人、外に出てくる。全てクザーン人だ。だが、ウィリアムたちが見慣れたアーダーンの体躯とはかなり違う。小さいし、弱々しい感じだった。司令艦からは、10人程度のクザーン人が出てきた。全員、一言も発しようとはしない。呆然とした様子で前を見つめている。

 輸送隊とマーサの小隊は、はたと我に返った。頭上の【ホール】が消え失せていた。そして、クロノスも一体残らず消えていた。

 「……終わったのか?」

 ウィリアムが信じられないものを見る目で言った。アーダーンは何も言わなかった。ただ、降りてきたハイブリッドパイロットたちを見ていた。彼らの立ち方、間の取り方、視線の置き方。全てが見知っているものだ。

 全員が落ち着きを取り戻すのを待っていたかのように、輸送隊と整列したクザーン人との中央付近の空間が、突如まばゆく光り出した。

 そして、一体のホログラムが姿を現した。

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