「…何とか間に合いましたね」
後にフォンビンがマーサと7BDぶりの通信再開をした際に、彼の口から最初に出た言葉だった。
ボーダスに配置されたクザーン前哨基地の包囲完成の日、フォンビンはボーダス周辺の空域表示を注視していた。輸送船を装った強襲艦が、外縁を維持し、クザーンのエネルギー供給基地からおのおの5,000メルトの位置に配置完了した。
輸送船への擬態が想像以上に上手く行った。各艦の制御AIが、様々な異種族船への擬態を完璧に遂行した。クザーン主力が手薄となっているため、偽装潜入の難易度は下がっていると予想していたが、拍子抜けするほど簡単に擬態船はボーダス空域全体に潜入できた。
クザーン前哨基地を取り囲むエネルギー供給基地4箇所に、擬態船全船が着艦したことを確認し、カルカトラ工作員が総勢400名の態勢で基地を制圧した。防護体制も殆ど解かれていた各基地は、殆ど20スロットにも満たない時間でその機能を奪われた。
フォンビンはクザーン前哨基地に向けて通信を開いた。
「こちらはカルカトラ指令部長、ユ・フォンビンだ」通信は返ってこなかった。それが混乱の大きさを物語っていた。
「エネルギー供給基地は全て制圧した。貴基地は最大でも200スロット程度しか運用を継続できないだろう。当艦隊から奪取した全ての捕捉船を放棄し、降伏もしくはこの空域から撤退せよ。要求を受け入れない場合、エネルギー供給基地を全て破壊する」
フォンビンは、やや意地悪な快感を覚えながら最後の文句を放った。
「全面降伏して当艦隊に投降するか、捕捉船を返還して当空域から完全撤退するか。道は2つにひとつだ。30スロット時間を差し上げよう。回答を待つ」
回答には10スロットしかかからなかった。クザーン前哨基地から全面撤退の返信が為された。さらに20スロット後には輸送船による撤退が開始され、旗艦も次々と脱出した。50スロット後には全ての船がボーダスを去った。
クザーン艦隊長は、まさに茫然自失だった。
この120スロットで、全てが変わってしまった。ホール捕捉船は狙い通りに再起動した。そこから生成したホールを通じて、戦闘機100機と巡洋艦1機をあの惑星(XXLとか言ってたな、カルカトラは)に正確に送り込んだ。後はヒューマンの捕虜を連れてくるだけの段取りだった。
ところが、その僅か15スロット後にホールは消失してしまった。XXLに投入した誰一人からも応答返信がない。
状況が分からない混乱の中、さらに70スロット後にはボーダス基地からの異変が伝えられた。カルカトラに包囲されただと?エネルギー供給基地を全て制圧された?全面撤退命令?
艦隊長たちに選択の余地はなかった。消え失せたホールを後にして、さらには捕捉船も投棄して、艦隊は撤退に入った。量子テレポーテーションは使えない。あれはハイブリッドたちにしか適用できない。ボーダスにも戻れない。準惑星シータまで、通常航行で戻るしかない。少なく見積もっても130万スロット(おおよそ3BY)はかかる旅になる。
艦隊長は、クザーン暦でもう20年もこの艦隊の指揮をしていた。その経歴の中でも最大の敗北・屈辱だった。
クザーンの量子テレポーテーションと重力波制御技術に加え、カルカトラのワームホール制御技術・ヒューマン達の亜光速航行技術が加われば、クザーンの将来は好転するはずだった。異種族闘争と内戦の影響で、この4年で総人口が10%以上も減少しているのだ。生き延びるためは、とにかくクザーンの版図を拡げて、争いそのものを薄めるしかなかった。
いや、メーガス3世陛下はどう考えているのだろうか?あの人はとにかく若く、忍耐がない。すぐ結果を求めようとする。今回の闘争も、カルカトラおよびヒューマンとの技術提携を対話によって模索する道は充分にあったはずだ。だが、下された命令はホールの奪取とヒューマンの誘拐だった。その急進的な政策が今の衰退の原因でもあるのに、彼とその軍はただ圧力を強めるだけだ。多くの臣下がこれまで更迭もしくは処刑されてきた。その結果、皇帝に媚びへつらう連中しか残ってきていない。
俺はシータに着くまで生きていられるだろうか。艦隊長は、諦めにも似た笑みを浮かべた。