狭間の雪   作:しろたく

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アル

 ホログラムは徐々に形を取った。乳白色の球体のような形だ。やがて、インカムに共通言語が流れてきた。翻訳機を通していない、直接の音声だ。

 「…初めまして。わたしのことは、そう、アルと呼んで下さい。あなたたちの言語体系ではこれが一番分かりやすいでしょう。いろいろと混乱していると思います。順を追って説明しましょう」

 アルと名乗る存在の声は中性的で、穏やかな抑揚があった。

 「われわれは、あなた方がマルチバースとして理解している並行宇宙にある存在です。並行宇宙はそれぞれが重なり合い、干渉したりしなかったりします。あなた方が通信等の手段に使っている“超空間”と呼ばれる場所は、われわれの宇宙なのです。われわれも同様に、あなた方の宇宙を利用しています」

 輸送隊・マーサの小隊・アーダーン、さらには投降したと思われる110体のクザーン・パイロットたちまでもが、じっと話に聞き入っていた。

 「残念ながら、われわれの宇宙はあなた方のそれに比べると構造がかなり不安定です。われわれ自身、いわゆる有機物としての肉体を持っていません。よって、あなた方の宇宙からの干渉が強くなると、われわれには負担が大きくなるのです。

 私の所属する組織は、こういった様々な並行宇宙との干渉を最適化する役割を負っています。あなた方が“クロノス”と呼んでいる存在は、物理的な干渉が必要となったときのために配置された『半物質』的な存在です。この言葉は正確ではないかな?即ち、物理的に干渉することも出来るし、しないことも出来る」

 なるほど、だからクザーンのビームが貫通してたのか、とフィリスはボンヤリと考えた。ウィリアムが横からアルに尋ねる。

 「クロノスは、われわれの単位で言うと16BD程前にわれわれのバギーを威嚇した。あれはなぜだったのですか?それまでは何の干渉もしていなかったのに」

 「あなた方がネオジムと呼んでいる物質を検知したからです。ネオジムは、ワームホール生成や量子テレポーテーションの媒介物として重要な役割を果たすものですね。この後すぐ話しますが、クザーン人による脅威が顕在化しつつあったため、クロノスの警戒水準も自然と上がっていたのです、さて」

 アルの口調が少し変わった。威圧的な雰囲気が加わる。

 「目下、あなたたちの行動で最も危険なのは、今も話した量子テレポーテーションと呼ばれる移動手段です。あなた方が自ら発見したワームホールを応用して、物資を中心とした無機物を転送する分には影響は些少です。ですが、有機体、特に知性を持った生体を量子テレポーテーションさせることは、あなた方も気づいているように量子のランダム散乱を招き、われわれの宇宙を大きく傷つけることになります」

 「だが、私たちはそのような技術を持っていません」これはマーサ。

 「そうですね。問題はクザーン人が開発した、ええと、ハイブリッドと呼ばれる存在にあります。ハイブリッド達は、脳髄のシナプス系を無機物の信号伝達に置き換えます。

 量子のランダム散乱はわれわれの宇宙に損害を与えると同時に、有機体のシナプス系に不可逆の変化を与えるため、破壊や崩壊が起こったときには取り返しがつきません。ですがハイブリッドの思考系は無機物ですから、損傷が起こったときには量子もつれ状態にある元のバックアップを用いて、瞬時に回復することが出来ます。それこそ、光速を超えた速度での修復が。それ故、量子テレポーテーションやワームホールの生体通過が可能となるのです。

 アーダーン、と言いましたね」

 突然アルがアーダーンの方を向いた。いや、見えているのは光球だが、アーダーンに向いたように見えた。アーダーンがわずかに居住まいを正す。

 「あなたも気づいているかもしれません。あなたは、クザーンのデータ転送技術を用いてハイブリッド化される途上にありました。だから、ホールを通過しても無傷でいられたのです」

 「…なぜそれをわざわざ俺に伝える?」アーダーンが答える。クザーンのしぐさを完全に理解していないマーサでも、彼が動揺しているのが見て取れた。

 「あなたは重要な人物だからです」

 アルはもう一度、その場の全員を見渡すような位置に着いた。

 「今回、われわれは量子もつれの可逆性を利用して、ハイブリッドの皆さんをほぼ無効化しました。ハイブリッドたちは10歳程度の知能レベルに戻ってしまっています。無効化においては致し方のない副作用でした。ですが、他種族に対する敵対心や非協力心もなくなっているでしょう。この惑星における新たな住人となれるはずです。

 アーダーン、あなたが彼らを教育して下さい。この惑星…ベータですか…の発展に繋がるでしょう」

 アルは少し自らの大きさを縮小した。

 「さあ、あなた方は自分の街に戻らなければならないのでしょう?長話はこれくらいにしましょう。ああ、一部の方々にはわれわれのマスターから別途メッセージがあると思います。しばし後で」

 アルは忽然と消え失せた。

 オーパス・シティの住人達は、今起こったことを混乱しながら反芻しつつ、帰路に着いた。アルは整列しているクザーン達に話しかけた。

 「着いてきなさい」

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