マスターに呼ばれたのはフォンビン、マーサとアーダーンの3人だけだった。フォンビンはホログラムで既にスタンバイしていた。アーダーンとは目を合わせない。無理もないか…とマーサは独りごちた。
雪原の時と同様、マーサの私室の中央が輝き、ホログラムが現われた。今度は青緑色をした球体だった。
「初めまして。私はマスターと呼ばれるものだ。私の声は明確に聞こえるかな?」
「ええ」3人が同時に応じた。マスターのいくらか尊大な振る舞いは、これから話されることを暗示しているかのように思えた。
「アルから大体のことは聞いていると思う。あの場では大勢がいる中で事態を収拾するために、必要最小限のことしか伝えなかった。今回は重要なことなので、人数を絞って伝えることにした」
マスターは一息ついて(そういう必要があるのなら、だが)続ける。
「量子テレポーテーション技術がわれわれに取って危険であることは伝えたはずだ。なので、この技術を発展させることをわれわれは望まない。同時に、ヒューマンの皆さんは今後、この惑星から外に出ることは出来ない」
フォンビンはじっと押し黙っている。マーサが少し声を荒げて言った。
「なぜですか?」
「潜在的な脅威を排除するためだ。あなた方の技術発展についても、われわれは独自に分析をしてきた。あなた方の暦で200年ほど前に、クザーンのハイブリッドに近い技術を開発したそうだね?」
「私も詳しいことは知りませんが、人道的観点から廃棄された技術です」
「それは知っている。だがわれわれにとっては、技術に到達した事実そのものが問題なのだ。どの文明でもそうだが、理性的な為政者が常に統治を続けるとは限らない。むしろ今回のクザーンのように、版図を拡大し他民族を制圧するために、こういった技術を用いようとするものが必ず出てくるだろう」
「…われわれが否定したら?」マーサが挑戦的に言う。
「そのような欲求を抑えて頂くために、われわれはクロノスの実力を先日お目にかけたわけだ。クロノスには、その気になればもっといろいろなことを命ずることが出来る。お解り頂けるかな?」
フォンビンが割って入る。「それは、われわれカルカトラにも適用される話なのかな?」
「イエス、と言っておこう。あなたたちは今のところ脅威となる技術水準には到達していない。ワームホールを現在の物資運搬に用いる程度であれば、大きな問題はない。
但し、不穏な動きがあればクロノスまたはそれに相当する機能体をカルカトラ星系に配置する用意はある」
3人は押し黙った。マスターは少し口調を和らげた。
「あなた方を過度に抑圧する意思はない。われわれも自分たちの宇宙を守らねばならない。相互に妥協できる線を引ければ、それに越したことはない。あなたたちの用語を使えば『外交』だな」
マスターは微動だにしないアーダーンの方を向いた、ように見えた。
「アーダーン、あなたはクザーン人の希望となりうる。ハイブリッドの枷を解かれた彼らは、善良な個体たちだ。あなたはそれを統率できるだろう」
「…よく分からんな」
アーダーンは吐き捨てるように言った。マスターに初めて、苦笑しているかのようなニュアンスがにじんだ。
「…まあ、余りにも一方的に聞こえるだろうな。ムリもない。われわれもこの方針に至るまではかなりの時間を要した。
あなた方のトレードに干渉する意思はない。クロノスも今まで通りだ。ひょっとしたらここの個体数は減らすかもしれない。但し、われわれの方針はお話しした通りだ。念頭に置いておいてほしい」
マスターは消え失せた。