ムカムカする思いを抱えながら、マーサは通信室に向かっていた。次の〔合〕があるのだ。今回は15分だった。ハイパーアクティブ通話にアクセスする。
アースにも、ベータでの今回の顛末が細かく伝えられていた。デヴィッドは母の活躍について、見聞きしたことを興奮気味に話した。その快活な声を聞いていると、マーサのムカつきも明らかに氷解していった。
残り通話時間が3分となった。デヴィッドが唐突に切り出した。
「僕、ベータに行くよ」
「何ですって?」
「次の播種船の枠が取れたんだ。55人なんで厳しかったけど、ダディが取ってくれた」
「…ダディもOKしたの?」
「だいぶ説得したけどね」
デヴィッドは少し間を置いてから一気に続ける。
「ベータで、いろいろな研究がしたいんだ。そのカルカトラって人たちとか、クザーンって人たちとも会ってみたい。アースにいたら絶対に無理だし」
「…でも、ベータに来た頃には母さん、お婆ちゃんになっちゃうわよ?」
アースからベータまでは6光年。亜光速航行を使うと8年かかる。ウラシマ効果でデヴィッドは殆ど歳を取らないが、自分は8歳老けてしまう。
「構わないさ。マムはマムだよ」
「出来るだけ休んで、コールドスリープで間を縮めるようにするわ」
「ありがとう」
マーサとデヴィッドは大笑いしながら、通話を終えた。こんなに笑ったのは久しぶりだった。
ベータから出られない。でも、それでもいいじゃないか。ここにいれば、いろいろな人が来る。いろいろな種族も。
絶対、その方が楽しい。
フィリスは当直の番に着いていた。たまに通過するビャッコや、雪嵐の兆候にも備えなければならない。
マーサからマスターのメッセージを伝え聞いたとき、フィリスは妙に落ち着いていた。どのみち、この惑星に骨を埋めるつもりで来たんだ。何を嫌がる必要がある?
東北の方向、およそ7km先に、クロノスの脚が見える。いつもと同じ軌道だ。あいつらは番人だった。それも外敵からわれわれの世界を守るために見張るのではなく、われわれを外に出さないように見張る存在。
「まあ、なるようになるさ」フィリスは独りごちた。
アーダーンは一人、オーパス・シティ入り口を見下ろす高台にいた。彼はマスターの言葉を反芻していた。その度に静かな怒りがこみ上げてくる。俺たちをこの惑星から出さないだと?技術を発展させないだと?
確かにメーガスのやり口は酷い。あんな独裁クソ野郎を陛下などと呼ぶ気は一瞬たりとも起こらない。虫酸が走る。だが、多くのクザーン人には関係のないことだ。ハイブリッドの技術が失われたとしても、貧しい社会が潤うわけではない。俺みたいな生き方をする連中が減るわけではない。
ここには、110人のハイブリッドがいる。量子テレポーテーションとやらの技術でダメージを受けない集団だ。言い換えれば、俺たちはこの宇宙において最も行動の自由が許される。
フォンビンと言ったか、あのカルカトラ人とヒューマンはホールの運用を再開すると言っていたな。ならば、チャンスはあるだろう。人数分の戦闘機も無傷で残っている。
アーダーンは例の棘上の武器を1つずつ全て確認した。エネルギー充填も100%だ。入念に整備をしておかねば。
アーダーンの黄色の双眸の目尻がわずかに上がり、両耳が垂直に立ち上がった。
人類でいうところの「不敵な笑み」を、彼は浮かべていた。