狭間の雪   作:しろたく

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カルカトラ艦隊

 トレーディングの準備は着々と進んでいた。ユ・フォンビンは、最終的な【ホール】座標確保の調整に余念がなかった。

 今回の持続時間は47スロット(約60分)、ホールの直径は6メルト(10m)。過去5回のホールの中で最も安定している。位相変換や逆量子化による損失ロス率は0.001%以下と推定されていた。小動物であれば転送できるレベルだ。極めて良好なトレーディングが期待できる。惑星XXR (ヒューマン達は自らの言語で「ベータ」と呼んでいる)とのトレーディングは、これが3度目だ。

 【ホール】は、その名前から想像するような「穴」ではない。量子もつれの制御から生み出されるホールの境界は、それ自体が事象の地平面を行き来する性質を持っており、可視光は全く観測できない。近隣の二重連星からかなり明るく照らされているこの空域にあって、ホールは置き去りにされた盲点のような存在だ。微弱なガンマ線輻射でしか居場所を確認できず、これがホールの直接的観測を阻んでいた最大の原因だった。

 ホールを目の当たりにしたとき、多くの異種族はその「何もなさ」にとにかく面食らう。ホールを一定時間以上直視してはならない。視界が奪われたような感覚に陥り、知的種族はその精神を蝕まれてしまう。量子輻射を捉える特殊なレーダーを用いない限り、まともにホールの操作を行うことは出来ない。直視を避けつつ、レーダーを頼りに様々な質量移動を行なう事には、大きなストレスを伴う。

 

 ヒューマンとフォンビンらカルカトラ人は、その邂逅前からそれぞれの科学技術に基づいてホールの存在を予測していた。軍務の傍ら、宇宙物理学に没頭してきたフォンビンにとって、宇宙の異種族たちが同じような研究を行い、同じような結論に達していることは純粋な驚きであり、喜びでもあった。この宇宙は共通の物理法則に支配されていることを、再確認する思いだった。

 カルカトラ人が初めてヒューマンに接したのは、彼らの暦で100年、カルカトラ人の暦では30年ほど昔のことだ(そう言えば、ヒューマンは彼らの暦で現在が2320年だと言っていた)。ヒューマンはその頃、彼らの太陽系の最遠惑星にまで達し、近隣の太陽系への接触を模索している時期だった。

 超空間を活用したハイパーアクティブ通信技術を開発したばかりのカルカトラ人と、亜光速航行並びにコールドスリープ技術を実用化していたヒューマンとは、たちまちのうちに利害の一致を見た。お互いのAI技術を活用して共通言語体系を構築し、科学技術面での研究成果を共有化し、それがカルカトラ人によるホールの発見に繋がった。この100年の間に、ヒューマンは彼らの太陽系外の植民惑星を6つにまで増やしていた。

 ホールとは、いつでも空けられる便利な存在ではない。我々の宇宙はビッグバン以降、光速に近い速度での膨張を続けている。各恒星や惑星、さらには各銀河の位置関係には常に変化が生じ、ホールの元となる量子的凝集は不定期にしか発生しない。

 多くは10ナノ秒くらいで消失してしまうホールの固定化技術は、カルカトラ暦で10年ほど前にやっと実用化された。電磁輻射と量子変換による揺らぎを探索してホールの発生位置を検知し、その入り口・出口それぞれを力場(これはヒューマンがマイクロブラックホールの果てしない研究から生み出したものだ)で固定する。ネジ穴をムリヤリ空けるようなものだ。ホールは常に量子的揺らぎに晒されており、通常は数分から数十分しか固定できない。

 このホールを用いて、数十光年~数百光年離れた空間同士で物資をやりとりする。これが〔トレーディング〕の基本だった。基本的にホールに生物を通すことは殆ど出来ない。有機物・無機物も、損失ロス率が0.1%を超えてしまうと変性して役に立たなくなる。過去、マウスなどの小動物をやりとりした記録はあったが、知的生物の通過は一度も試されていない。

 フォンビンは、マーサ司令官の容姿を思い出していた。有性生物であるヒューマンのメスに当たるそうだ。彼らの基準では美人に当たるそうだが、どのみち異種族である我々にとっては同じような外見にしか見えない。二足歩行をする知的生物は、カルカトラ人が知っている異種族の中でも比較的珍しい。

 そう言えば、カルカトラ人はヒューマンから見たら「馬」という生物に似ているらしい。フォンビンは一度その画像を見せてもらったことがあるが、なるほど似ていなくはない。しかし、カルカトラ人には歩行の四足の他に精巧な作業を可能とする前腕が2本ある。指の本数は合わせて14本だ。前腕の中央には視覚・聴覚・嗅覚を集中させた「頭」に類する出っ張りがあるが、脳は体の中心に厳重にくるまれている。

 ヒューマンは脆弱な視覚・聴覚器官と脳が一体となった「頭」を、防護力が非常に低い「首」の上に載せている。「首」に損傷を受けたら万事休すだ。あの肉体構造で、よくぞこれまで繁栄できてきたものだ…

 フォンビンは我に返った。トレーディングの最終確認を再開せねば。フォンビンはショートダイアログで副官イスロップを呼び出した。

「…当艦の座標は30スロット以内に確定予定です。今回のホールは大変安定しています。ロス率1ピコレベルを達成できる可能性もあります」

 

 捕捉船3隻は既にスタンバイしていた。

 ホールの状態をある程度制御するためには、ホール周縁部に対し力場・磁束帯を投射する必要がある。捕捉船は、通常の核融合エンジン以外に力場をベースとしたコヒーレントビーム投射器を搭載しており、その体積はエンジン・操縦及び居住区画の200倍に達する。船の全長は2,400メルトある。

 捕捉船はホール予定座標からざっと0.6光分の距離を保ち、完全な正三角形を保った相対的ポジションを取っている。そのちょうど中央部分に、フォンビン率いる輸送担当船が陣取る形となる。後方には護衛艦2隻が控えている。

 今回くらい安定したホールであれば、おそらく捕捉船の出力は最小で済むだろう。フォンビンは、LSコンテナ投入の準備を命じた。コンテナはホール確保後に約1万kmの距離から射出され、殆どロスや衝撃もなくホールを通過するだろう。

 フォンビンはハイパーアクティブ・コミュニケーションスロットを空けた。マーサ司令官といつものように特定コードでのやりとり及びセキュリティ上の確認・コンテナ内容の最終確認を行うと、後は手空きの時間が訪れた。

 「マーサ、今日は随分とお疲れのようですね」

 「はい、いろいろありまして…」

 ヒューマンとカルカトラ人は完全な異種族同志だが、体調や感情のやりとりなどをお互い察知するのは比較的容易だった。また、お互いそれなりに(三次元アバターを通じてのみとは言え)やりとりをしている間柄だ。トレーディングを通じて、2人は自然と雑談をするようになっていた。今日マーサは、息子と短時間しか話せなかったことをかなり悔やんでいるらしい。

 カルカトラ人とヒューマンの社会システム形態、特に家族に関する形態はかなり似通っていた。ヒューマンが原則として雌雄一つがいでファミリーを構成するのに対し、カルカトラ人はそれぞれ2~3名のオスとメスがつがいとなってファミリーを構成する。小部族のような形態だ。それぞれ、産まれた子供を一人前になるまで育て、家族の絆はそれなりに強い。離婚や別離と言った残念な結果は両種族共に一般的になっており、外宇宙進出に伴い家族同士が数光年の距離で隔てられる…と言うことも珍しくはなくなっている。

フォンビンはいわゆる聞き上手だった。マーサ司令官は業務を離れるとかなりとりとめなく話し、立ち入ったところまで話が及ぶことも多い。

 「…つまり、貴方のパートナーが息子さんを貴方から引き離そうとしていると?」

 「そういうわけではないと思うのですが、そのような懸念がどうしても拭えなくて」

 「そうですか。我々の社会でも、パートナー間で子供の取り合いになるような事態は時々起こります。そういったときには…」

 フォンビンが次の言葉を繋ごうとしたときだった。

 最大音量の警報が鳴り響いた。フォンビンは飛び上がり、各艦艇とのホットライン通信を全開にした。捕捉艦Aのクアラート副官が息せき切って話しかけてくる。

 「ベータ星系21.0056の方向、約0.66光分の距離に強襲艦3基、戦闘機約50を確認。本艦への到着時刻、およそ24スロット後の予測。クザーンです。繰り返します。クザーンです」

 「クザーンか!」

 フォンビンはハイパーコミュに向き直った。

 「マーサ、申し訳ない。緊急事態です。通信を切ります。ホールの状態に最大限警戒して下さい」

 「分かりました」接続は即時に切られた。

 ここでクザーンの急襲を受けるとは。彼らの主要船団はここから最低でも2光年は離れていたはずだ。0.6光分の距離に突然強襲艦を移せるわけがない。と言うことは、ステルスで追尾されていたのか?

考えているヒマはない。

 「総員緊急事態、戦闘配置。捕捉艦はホールを縮小し、接続そのものは維持せよ。護衛艦、護衛機20を緊急発進用意」

AIブレインがフォンビンの命令を的確に各艦に展開していく。護衛機20機がスタンバイした。クザーンの戦闘機が戦闘射程に近づいてくるのがレーダーで見て取れる。

 宇宙空間戦闘では、お互いを完全に照準に収める時以外はパルス・レーザーや物理ミサイルが発射されることはない。重力攪乱による誤爆の可能性が大きいからだ。両戦闘機群はそれぞれの相対速度を保ったままにらみ合う。この状態が125スロットほど続いた。

 クザーンの戦闘機は、円筒形の両端を尖らせたような形だ。乗務員がどの部分に乗っているのかも解らず、武器の発射口なども格納されたままで見えない。クザーンの戦闘陣形から次のフォーメーションを推定し、自艦隊の対応を指示しようとしたとき、それは起こった。クザーン戦闘機2機が、忽然とモニター上から姿を消した。

 一瞬の後、モニターを見つめるクルーのほぼ目の前に戦闘機は姿を現した。ちょうど第2護衛艦を挟撃する格好だ。可視光があれば目視すら可能な距離かもしれない。戦闘機からパルス・レーザー砲塔がせり出し、護衛艦の駆動部を正確に打ち抜いた。3Dモニター上でも、その閃光がほとばしるように見えた。護衛艦が発する緊急事態信号が艦内にけたたましく鳴り響いた。

 「J02護衛艦、エンジン駆動部破損・運動機能喪失。機関部を切り離して総員は居住区に待避します。負傷者等の情報は不明」

 フォンビンの旗艦も蜂の巣をつついたような騒ぎになった。状況確認に各クルーが走り回る。2スロット後、共同バンドに外部通信が入った。クザーンの旗艦からだ。

 『…カルカトラ艦隊に次ぐ。こちらは艦隊長だ。当方の攻撃力は今の攻撃で十分理解されただろう。当方は両艦隊に無益な損害が出ることを好まない。貴艦隊の護衛艦能力を奪ったのは警告だ。もしこれに対して抵抗を行うならば、当艦隊は貴艦隊を撃沈する。

 全面降伏して当艦隊に投降するか、艦隊を放棄して離脱するか、道は2つにひとつだ。30スロット時間を差し上げよう。回答を待つ』

 

 フォンビンはじっと考えていた。

 今の戦闘機の動きは明らかに量子テレポーテーションだ。たった半光分程度の距離を、座標を正確に特定しつつ適切な位置に瞬時に移動した。しかし、半光分程度の距離であれ量子テレポーテーションを行った場合、乗組員はただでは済まないはずだ。動物実験でも7割以上が何らかの身体損傷を起こすし、精神に異常をきたす確率は実に95%だ。

 あの戦闘機は量子テレポーテーションを行った後、正確に護衛艦の駆動部分を撃ちぬいた。ということは完全自動操縦となっているのか?

 フォンビンは手早くクザーン戦闘機の生体反応スキャンを行なった。熱輻射から推定される曖昧なものに過ぎないが、生体パイロットが乗り組んでいるのはほぼ間違いない。

 いずれにしても、この局面でできることは一つしかない。フォンビンは静かにハイパーアクティブ回路を開いた。全艦隊向けに一言だけ命令を下す。

 「命令。Z048」全面撤退指令だった。

 4スロット後、各艦隊から脱出船が動き出したことを確認して、フォンビンは艦隊長から指定された周波数で返信を送った。

『当艦隊は全機を放棄し、乗組員は脱出する。脱出船への攻撃は明確な連邦条例違反である』

 回答送信後、フォンビン自身も脱出船へまっすぐ向かっていた。当艦のクルーは全部で25名。脱出船への集合は3スロット以内に行われた。ハッチが開き、脱出船が力場を伴いながらスムーズに本船から離れる。

脱出の直後、フォンビンは全艦の簡易モニターを見た。補足船3隻のシャットダウンに伴い、ホールがゆっくりと閉じていくのが確認できた。

 フォンビンはマーサに簡易アクティブメールを送った。この通信が目下の最後になるだろう。『緊急事態発生。ホールを閉じる。物資送信は不可能』。

 

 通信を送ってからフォンビンは、脱出船の航路確認のためもう一度モニターに目を戻した。

 その時、脱出船の後方から猛烈な勢いでクザーンの戦闘機が1機飛びすさって行った。攻撃を受けたらひとたまりもないポジションだったが、戦闘機は脱出船など眼中にないかのように旋回し、まっすぐに閉じかけているホールに突入していった。

 戦闘機が突入してから3スロット後、【ホール】は完全に閉じた。

 フォンビンは一時呆然としていたが、すぐ我に返った。当面、この脱出船団が向かうべき目的地は惑星バーナダムだ。ここから1.5光時の距離、脱出船の通常航行でおよそ20日間の距離に当たる。今回、トレードの位置がバーナダムから非常に近かったことが幸いした。そうでなければ脱出しても宇宙空間を果てしなくさまようだけになるところだった。

 各々の脱出船が集結してきた。総勢15隻。各船からの連絡によると、負傷者は数名いるが死亡者はいないようだ。とは言え、クザーン戦闘機が迎撃してきたら万事休すだ。こちらに戦闘能力は全くない。今のところ、クザーン艦隊の追撃は全く見られなかった。

 彼らの狙いがカルカトラ艦隊、特に捕捉船にあることはほぼ間違いなかった。以前からクザーン人はトレードの現場を狙って、物資の強奪や各船舶の捕獲を図ってきたが、多くの場合はカルカトラ艦隊の事前レーダー網で感知され、襲撃を未然に防いできた。クザーンはホール運用技術をかなり欲しがっている…と言う情報も、周知の事実だった。

 しかし、彼らが狙い通りホール運用技術を手中に出来るかというと疑問だ。カルカトラ艦隊のシャットダウンは徹底している。最終的にはマスターAI・サーバーが自らの回路を物理的に破壊し、全艦の制御コンソールはスクラップ同然となっているはずだ。駆動機構や量子補足機関を手に入れることは出来ても、ソフトウェアや制御機構は完全に破壊されているのだ。

 仮に我々が捕虜となり、各艦の再起動を命じられたとしてもムダだ。我々には艦隊の操作や簡単なメンテナンスは出来ても、シャットダウンされた機材を復旧することは出来ない。

 とりあえず、最小限の仕事はやり遂げた…フォンビンは少しだけ安心し、バーナダムへの航路を確認しに船首へ向かった。その途中、改めて思い出した。

 ホールに最後飛び込んでいったクザーン戦闘機、あれはなんだったんだ?

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