狭間の雪   作:しろたく

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アーダーン

 意識が戻ったとき、最初に感じたのは痛みではなく、重さだった。ベータの重力はクザーン母星の1.3倍だ。身体が座席に沈み込んだまま、動きが少々取りづらい。アーダーンは呼吸を整え、視界の端で警告灯の点灯を確認した。アラートは出ていない。致命的ではない、という判断が先に立つのは、そう教え込まれてきたからだ。

 操縦席の外装は歪み、キャノピーの一部に霜が付着している。着地衝撃で計器が停止した形跡はあったが、火災は起きていない。撃墜された形ではなかった。

 通信系を起動する。応答はない。艦隊識別信号も返ってこない。機体は横倒しになり、地表の凹凸が視界に入り込んでいる。

 「……痛えな」

 自分の声が、やけに乾いて聞こえた。

 

 アーダーンが空軍に入ったのは、12歳の時だった。

 長引く異種族間戦争と、それに並行して続く内戦は、恐るべき人数の戦争孤児を生み出していた。アーダーンもまた、名前を与えられる前に親を失い、保護区画で育った一人だった。孤児に基本的には人格は求められない。技量さえ高ければ進路は決まる。疑問を持たなければ、なお良い。

 戦闘機の操縦適性が高いと判定された彼は、入隊後3年という異例の早さで強襲艦隊に配属された。ただし、それが隊の中での信頼に結びつくわけではない。同僚たちは、クリエール王家やそれに連なる伝統的な家系の出身者が多かった。彼らは、自らの出自・血筋の高潔さを証明するために、進んで困難な軍役をこなそうとするし、それに対する報償もある。

 ではあるが、本当に危険な任務にはハイブリットパイロット達がアサインされる。アーダーンのような低層出身者はその次だ。クリエール王家の高潔なパイロット達に、危険な任務など回ってくるわけがない。ハイブリッドパイロットを別にすれば、俺たちは鉄砲玉なんだ。

 今回のカルカトラ艦隊急襲任務もそうだ。ホール捕捉船奪取…と言う大きな任務であるのにもかかわらず、士官級は殆ど前線に出ていない。パイロットの8割はハイブリッドだ。ハイブリッドに、とっさの戦況判断や対処は出来ない。基本的に、命令に従う以上のことは出来ない。

 そもそも、だ。カルカトラとなぜ交戦する必要があるのか?物心ついた頃から、カルカトラはクザーンにとって重要な貿易先であり、パートナーだった。多くの技術供与・移転も進めてきた。どちらかというとクザーンはそれに一方的に依存してきた。

 クリエール王がメーガス3世に代わった頃から、クザーンの外交政策は一変した。収奪と支配に一方的に舵が切られ、国軍は多くの方面での衝突に晒された。アーダーン自身、戦友の死を何人も見送ってきた。

 湧き上がってくる思念を振り払いながら、アーダーンはエリアホロマップを拡大した。カルカトラ船団は全く反応してこない。こちらに気づいていないことは明白だ。

 アーダーンは操縦席で手を止めた。命令に従うことに、恐怖はなかった。それ以上に、納得は一切なかった。

 先端に立つのはハイブリッドパイロット部隊。その後方に、通常の戦闘機部隊が続く。敵との接触を伴う危険度の高い任務は、ハイブリッドではなく前線の曹長級に割り振られている。損耗を前提にした配置だった。アーダーンの機体も、その列に含まれていた。

 アーダーンは一度深呼吸し、操縦桿に手を置いたまま別の表示を開いた。ホール座標が表示される。カルカトラ宙域とは別の方向に伸びている。接続する先には、未知の惑星があるのだろう。

 目標とする座標表示を変更した。管制からの催促が入る前に、推力配分を切り替える。

 「……行くか」自らを鼓舞するかのように、独りごちた。

 アーダーンは編隊から外れ、ホールに向けて機体を傾けた。警告が最大音量となり、命令違反の表示が点灯する。もちろん、そんなものを視界には入れない。

 ホールが視界に現われた。艦隊通信が乱れ、識別信号が消える。アーダーンは一気に出力を上げた。空間が反転し、彼とその機体はホールに吸い込まれた。

 

 アーダーンはゆっくりと身体を動かし、座席拘束を解除した。外部センサーを再起動し、周囲を確認する。地表は静かだった。風は弱く、生命反応も検出されない。武装の一部は生きている。だが、通信は完全に沈黙している。

 彼は操縦席から外を見た。真っ白な惑星だ。見渡す限り氷に覆われている。

 強襲艦隊に配属されたときから、彼はずっと輪の外にいた。その感覚が、ここでは不思議と薄れていた。こんな、一見死の世界にしか見えない場所にいるのに、息がしやすい。

 そのとき、センサーが遠方の反応を拾った。規模は小さく、速度は遅い。アーダーンは姿勢を正し、表示を拡大する。数台の移動機械?そして、それを操縦する異種族?らしきものと推測される。

 彼は武装起動の手を止め、監視モードに切り替えた。

 

 フィリスとウィリアムのバギーがシティを離れてから、既に12BHが経過していた。

 規定経路を逸脱して5分後には警報が鳴り響き、シティからの通信プロトコルがひっきりなしに入っていたが、2人は完全に無視した。これだけのことをやるのだから、ある意味妥協は許されない。無事に帰れば、シティの安全はそれだけ強固になる。少なくともウィリアムはそう自分に言い聞かせていた。

 輸送班には残り5名が配置されていたが、フィリスの手短な説明で全員が了解していた。普段からフィリスに絶大な信頼を寄せているメンバーだ。どのみち、詳細の指令内容は彼らに明かされない。

 ベータの自転はアース時間で32時間だが、BHはアースの感覚に近い24を1日として設定されている。地軸の傾きの関係で、夜は現在4BHしかない。アースで言う白夜に近い状況だ。雲と電磁帯域で白く濁ったベータの空がどこまでも拡がる。短縮ルートに少なくとも山脈やクレバスはない。殆どが平坦なコースだ。

 バギーのセンサーが未確認オブジェクトを検出したのは、氷原の起伏が緩やかに盛り上がる地点だった。フィリスは前方監視用の赤外線センサーを固定モードに切り替えた。距離はまだある。だが、何かがいることは、全員が理解していた。

 「機体だな」

 ウィリアムが言った。

 横倒しになった小型の機体が見えてきた。両端が円錐形になった円筒形。直径は2.5m、長さ10mと言うところか。全体が鈍い銀色に光っている。

 後方の輸送隊はパルスライフルを構えた。未知の機体のハッチが、内側から押し開かれた。

最初に見えたのは、脚だった。装甲に覆われた前肢が二本、後方に太く張り出した脚が四本、ゆっくりと地面を捉える。重心が低く、安定した動きだった。

 「……六本足?」誰かが、抑えた声で呟いた。

 「ああ、機体の形状といい間違いない。クザーンだ」

 フィリスは静かに言った。マーサを通じて聞かされていたクザーンの形態と完全に一致していた。カルカトラ人の交戦相手で、今回の事態を引き起こした張本人であるクザーン人。

 隊員全員が沈黙を保った。視線は、戦闘服に覆われた上半身に向いている。体の大きさは人間に近い。胴体の幅、肩の位置、首の可動域。だが、歩行のリズムが違う。人間のそれではない。

 搭乗者はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。頭部を保護するヘルメットのような機材が、一部破損している。側面に亀裂が走り、内部の構造が露出していた。呼吸用のマスクを装着している。そちらに損傷はないようだ。

 頭部も人類と余り違いはない。目の位置、口の形、表情筋の動き。バランスはかなり人類と異なっているが、用途は分かる。だが、その両側に張り出した器官が、すべてを否定していた。大きく発達した聴覚器官。薄い膜と骨格が複雑に折り畳まれ、微細に震えている。

 搭乗者は、まっすぐ正面を向いた。前肢2本が垂直に上がった。敵意を示さない動作だということは、すぐに理解できた。むしろ、驚くほど人間臭いしぐさだった。

 お互いの距離は三十メートル。どちらもそれ以上は近づかない。

 

 ウィリアムが一歩、前に出た。防寒服のフードを外し、両手をゆっくりと見せる。もちろん、防護ヘルメットと大気マスクは装着したままだ。自動翻訳機を汎用チャンネルに合わせた上で、空気の振動を経て音声が伝わることに期待し、星間標準言語で話しかけてみる。

 「こちらは【アース人類】の輸送隊だ。敵対の意思はない」

 異星人は、しばらく動かなかった。大きな聴覚器官が微細に震えているのが分かる。やがて、【彼】は一歩前に出た。四本の脚が同時に沈み込む。

 「アーダーンという。クザーン人だ。空軍パイロットだ」

 アーダーンという発音に奇妙なきしみがあった。自動翻訳機が伝える音とは別に発声撥音が聞こえた。どうやら意思疎通は出来そうだ。フィリスはたっぷり20秒は考えた後、次の質問を発した。

 「なぜ、この惑星に来た?」

 アーダーンと名乗る異星人は、即答した。まるで返答を待ち望んでいたかのような早さだった。

 「亡命した。お前達が発生させたあの穴を通ってきた」

 「そうか」ウィリアムが応じた。

 沈黙が、しばらく続いた。銃は下ろされない。だが、引き金から指が外れていく。さらにアーダーンが続ける。

 「俺を連れて行け。戦闘機は飛行能力を失ったが、装備はまだ生きている。お前達の役に立つことも出来るだろう。疑わしければ拘束すれば良い。どのみち、死んでもいいつもりで俺はここにやってきた」

 不覚なことに、フィリスはおかしみを感じた。同時にこの異星人が哀れになってきた。全く初対面の異種族相手に、いきなりこれだけのことを頼むとは。

 「同行を認める。ただし武装は管理下に置く。いいか?」

 アーダーンは一瞬躊躇し、次いで「イエス」と答えた。前肢が地面に触れ、武装解除の動作に入る。

 「急ぐぞ。時間がない」隊は移動を再開した。

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