狭間の雪   作:しろたく

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ベータ:雪原

 視界は常に途切れ途切れだった。可視光では30mに満たない視界は、赤外線輻射を最大限に用いても、100m程度の半径に限られていた。アーダーンの輪郭は、その不確かさの中でも際立っていた。

 彼の戦闘機は飛行不能状態なので、輸送隊の最後部に接続されていた。反重力モジュールが取りつけられているため、重量の問題は発生しない。地面からおよそ15cmの高さで浮遊しながら、戦闘機は曳航されている。反重力もしくは重力中和、人類はまだ到達していないテクノロジーだ。驚嘆のほかない。

 アーダーンは隊の最前列にいた。バギーの前部接続モジュール上に鎮座し、武装した輸送隊が常に後方から交代で監視している。アーダーンの6本足は、常にモニターに投影されていた。

 フィリスはときどき、アーダーンに翻訳機を通じて話しかけていた。最初のうち、アーダーンは殆ど反応しなかった。一度正面に立とうとしたとき、アーダーンは露骨に頭部を横に向けた。

 「俺の前に来るな。お前達の外見は、俺にとって不快だ。それはお前達も同じだろう」アーダーンは鋭く言った。自動翻訳機の音声越しでもそんな気がした。

 フィリスはかすかに苦笑いしながら引き下がった。人間相手ならなんてぶっきらぼうなヤツだと機嫌を損ねるところだろうが、お互い異形の異星人なのだ。ましてやこの状況下だ。

 よくよく考えたら、ケンタウロスのような外見のカルカトラ人と今まで友好的にコミュニケーションを取れていることの方が、意外だった。

 

 行程が始まってから4BD。マーサを含めた司令部からの通信は全くない。むしろ不気味だった。

 大きなクレバスに阻まれる形で、走行可能路が東西に分かれていた(ベータの方角概念は、アースと同様に地軸を中心として定められている。播種船が着陸する段階で作成された詳細な地形図を常に参照できる)。ウィリアム達は足を止め、方角を確認した。

 東進が最短経路だ。フィリスは氷層の反射を確認し、共有しようとした。その時、アーダーンがおもむろに立ち上がった。

 「こちらの方向に、恐らくは生命反応を感じる。生命が通過した後の痕跡や体液も検出出来るようだ。このまま進むのか?」

 ウィリアムは一瞬彼を見た。視線は合わない。だが、アーダーンの脚が微妙に角度を変え、重心が退路を意識した配置になっているのが分かる。フィリスが答えた。「東進だ」

 そこからおよそ8BH、バギーは淡々と進んだ。殆ど起伏のない地形。クレバスも少なく、振動もほぼ感じられない。アーダーンは殆ど彫像のように、接続モジュール上にたたずんでいた。ウィリアムが当直に当たり、彼に銃口を向けた状態で監視していた。

 その時、レーダーがはるか3km先に生体反応を捉えた。おなじみの対象、クロノス12Lだ。周知されている軌道を、周知されている速度のまま、いつものように悠然と動いている。赤外線モニターにも、3km先の脚がかなりハッキリと映っている。

 今さらながら、なぜ10Rはあんな威嚇行動を取ってきたのだろう?たった8BD前の出来事だったとは改めて信じられないが、ウィリアムはあのときの衝撃を思い出していた。その時、翻訳機がアーダーンの音声を捉えた。

 「あれは何だ?」

 アーダーンが向こうから話しかけてきたのはこれが初めてだった。ウィリアムはインカムに流れてきた機械音声に一瞬狼狽したが、出来るだけ動揺を見せないよう淡々と答えた。

 「我々は“クロノス”と呼んでいる。この惑星の原生生物だと思うが、詳しいことは殆ど分かっていない」

 「攻撃してくるのか?」

 「…攻撃されたことはない。先日、明らかな威嚇を受けたが」

 アーダーンはしばし黙り込んだ。その後言葉を続ける。

 「なぜ威嚇されたんだ?」

 「分からない。我々は今乗っているのと同じバギーで、彼らと接触しないルートを選びながら走行していただけだった」

 後ろから見ても、アーダーンがクロノスの動きをじっと凝視しているのが分かった。やがてアーダーンはゆっくりと言った。

 「確かに何かは分からないな。ただ、生物でない可能性もある。それと、何かに使役されているような気がする」

 ウィリアムは意外な返答にしばし迷った挙げ句、尋ねた。

 「何にだ?」

 「分からん。分かるわけがない」

 「…確かにな」

 2人に沈黙が戻った。クロノス12Lは、こちらの存在を全く意に介さないまま、予定軌道を外れずに遠ざかっていった。

 レーダーから反応が消えるまで、誰も口を開かなかった。バギーのエンジン音と、反重力モジュールの低い唸りだけが続く。アーダーンは依然として前部接続モジュール上にいたが、脚の配置がわずかに変わっていた。先ほどまでより、より前方を意識した角度に見えた。

 

 オーパス・シティ出発から6BD経過。

 隊員の1人がリソースアナライザーを起動し、短く状況を報告した。「クレバス帯は抜けました。ただし消耗は予定より0.5BDほど早いです」

酸素生成器の稼働率、蓄電ユニットの残量、デンモビウム溶剤の消費曲線。すべてが、余裕のない傾き方をしている。

 原因は明らかだった。バギーはいわゆる太陽光発電に頼っている。ベータの恒星・惑星体系はXXL2124と名付けられているが、恒星は我が太陽より20億年は古く、矮星化の傾向を示している。矮星化が始まった恒星のエネルギー放出は急激に縮小し、結果として「太陽光」は自ずと少ない。このため、ちょっとした気象変動でバギーのバッテリーは充電不足となる。

 自動翻訳機のスイッチがオンになっているのを忘れていた。アーダーンが彼らの会話を聞いて、初めて完全に身体をこちらに向けた。視線は合わせないが、頭部の角度が変わる。

 「今のままの状態で、あとどれくらい動ける」

 フィリスは一拍置き、答えた。

 「余裕を見積もって、11BD。何かあれば、もっと短くなる」

 アーダーンは短く頷いた。「急がねばならないわけだな」

 「そうだ」

 

 1BH後、再びアーダーンがウィリアムに話しかけてきた。

 「なぜ急ぐんだ?」

 「…チョイと必要な物資を待っている人がいてな」

ウィリアムは現状を手短に話した。スーザンのことを思うといつものように胸が詰まる思いがするが、彼に言っても仕方がない。話を聞き終えたアーダーンが、短く返答する。

 「…俺は、お前達が言うところの孤児でな。そういう感情は理解できないが、理由として納得する」

 「そうか」

 さらに1BH後、小さな洞穴スペースを確保して隊は休憩を取った。取れる時間はせいぜい2BH。装備点検、酸素生成器のフィルタ交換、サブバッテリーも含めたリソース状況。誰も急かさないが、長引かせもしない。

 アーダーンは距離を保ったまま、作業の様子を見ていた。視線は人類の顔を避け、手元と装備に向けられている。フィリスが顔を上げ、話しかけた。

 「なぜ、我々と進むことを選んだんだ?」

 アーダーンはすぐには答えなかった。遠くの地平を見てから、淡々と言う。

 「後先考えずに行動したからな。特に理由はない。いろいろなことに嫌気が差しただけだ。王家にも、ハイブリッド共にも」

 「ハイブリッド?」

 「空軍の主力だ。俺も詳しいことは分からないが、要は飛行用の奴隷だ。俺たちの境遇も、似たようなものだがな」

 アーダーンが全く初めての行動として、防護メット越しではあるが頭部の状態が分かる位置に立ち、輸送隊全員をまっすぐ見据えた。黄褐色の双眸、殆ど感知できない鼻孔、左右に大きく拡がった口。そして、コウモリの羽根のような耳。呼吸マスクは決して外さないが、その顔がハッキリと分かる。

 「俺、というか俺たちは、音と臭いでいろんなことを感知する。この星にいる生き物のことは、感覚で大体分かる。さっきのクロノスも、事前に大体のことは分かった。

 お前達は、俺にとって危険な臭いがしない。なので一緒に進むことを選んだ。だからと言って、俺に気を許す必要はない。今まで通り進めばいい」

 輸送隊の全員が一瞬気後れたのち、深く頷いた。

 クザーン人について、人類はカルカトラ人から聞いた印象しか持っていなかった。冷酷無比の殺戮集団、異世界に属するものは徹底的に殲滅する。そのようなイメージしかなかった。だが、目の前にいる異形のクザーン人は、明らかに違っていた。

 

 さらに0.5BDの移動が続いた。前方で、再び地表の圧が変わる兆候が出る。アーダーンが不意に中央の脚を頭上高く持ち上げた。彼は人類のしぐさをよく見ている。注意を払え、という合図だった。

 「どうした?」

 フィリスが尋ねる。アーダーンは短く答えた。

「前方に大量の生命反応がある。少なく見積もっても30体だ。ああ…お前達の単位で、1BH以内に遭遇する」

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