3隻のホール捕捉船は完全にシャットダウンされていた。エネルギーはおろか、自律AI達の痕跡も全く残っていない。
クザーン艦隊長はモニターを再チェックした。表示されているのはスロット単位の偏差と、メルトで示された位相遅延だ。空間の歪みは消えていない。閉じたはずのホールの痕跡が、一定の揺らぎを保ったまま残っている。
問題は捕捉船をどう再現するかだ。艦隊長は母星の作戦本部に指示を仰いでいた。答えは明確だった「時間遷移を使え」。
量子テクノロジーに関し、クザーンには一日の長があった。カラビ=ヤウ空間の特定の次元を活用し、いわば「巻き戻す」形で、一定の場所の位相を再現する。いわゆるタイムスリップではない。あくまでもバックアップを復元する感覚だ。どの部分を再構築するかの解析も、既に終了した。
艦隊長はコンソールに立ち、量子トランスミッター起動命令を出した。巨大なエネルギーが放出され、捕捉船の一定の部位に正確に流れ込んでいく。艦隊長はその様子をじっと見ていた。
160スロット後に、捕捉船3隻の再起動が確認できた。
艦隊長はかすかに微笑を浮かべ、管制室へと足を向けた。
フォンビンは捕捉船周辺の戦域図を縮小し、表示単位を切り替えた。
クザーン艦隊の主力は相変わらず前線にほぼとどまっており、捕捉船を取り囲むように配置されている。フォンビンはここ数日稼働させているシミュレーターのパラメータをもう一度設定し直した。主力艦隊の配置と、通信記録傍受・何より通信に伴う量子擾乱とベクトル解析の結果だ。そこから、発信源となるクザーン基地の位置を絞り込む。
答えが出た。バーナダムから僅か3MLS(ライトスロット、およそ2.2光時)の距離、惑星スケアリーの衛星・ボーダス上だ。全くノーマークの場所だった。カルカトラ航行域の走査では、過去一度も出てきたことのない場所だ。
ここからは時間勝負だった。フォンビンは連日連夜、量子暗号化されたタイトビーム通信を併用し、作戦本部との連絡を取り続けた。
「…そうだ。ボーダス軌道上に交差するのが7.2MS後。擬態船は空域XTSから手配できる。今からなら2隻か?それで行こう」
「…ロジ艦隊はここバーナダムにも3隻の猶予がある。必要ならば本星の補給に回れるだろう。4.1MSあれば辿り着くな?」
「…同期が取れないな。第14空挺師団をスケアリー系列のベクトルカッパに配置してあるはずだ。カトール師団長に繋いでくれ。至急だ…」
急ぐのには理由があった。拿捕された捕捉船に不気味な動きが感知される。シャットダウンされたはずの3隻が軌道を修正しつつあった。
『…間に合うか?』ラオの声だ。
『…無理ですね。彼らの単位で4BDほど後に、おそらくは“収束”が行なわれるでしょう。いよいよ猶予がなくなってきた』リュウが答える
『“子機”たちからの信号は?』
『惑星上において大きな変化はありません。問題は、起点となった空域です。量子擾乱の波動関数は、ここ4カテゴリの中で最も大きくなっています』
いつものように思索に入っていたアルは、まなじりを決した。
『マスターから既に指示も出ているのだ。行動に移ろう』