狭間の雪   作:しろたく

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原生生物:ビャッコ

 オーパス・シティの住人たちがビャッコと呼ぶ原生生物たちは、必ず群れで行動する。1つの群れの頭数は10頭~40頭とまちまちで、現在通過している地域の全域に出現する。群れの全てが狩りに参加するわけではなく、前方にはいわゆる精鋭たちが並び、獲物をある程度弱らせてから仕留める。

 最初に現れたのは影だった。雪原の起伏が不自然に盛り上がり、白い地表が内側から裂けたかのように見えた。赤外線像が一瞬途切れた後に、可視光でもハッキリ分かる形で、最初の数頭がバギーの前に現われた。

 ビャッコの成体は体長およそ4m。四足歩行で、巨大なシロクマがサーベルタイガーのような頭部と牙を備えていると言った風貌だ。体表を覆う白毛は雪と区別がつかず、可視光で動きを正確に捉えることは難しい。

 彼らは最大時速50kmで走り、跳躍力も8mに達する。生身でまともにやり合って敵う相手ではない。過去にビャッコと遭遇した輸送隊は、左右に車輌をバンクさせながら群れを振り切る作戦をとっていたが、これまでに15名の死者を出し、3台の輸送車両を喪失していた。

 先頭のビャッコが近づいてくる。サーベル状に湾曲した牙が、頭部の左右から露出している。息を吐くたびに、霧が弾けるように散った。雪を踏み潰す圧と、氷層が悲鳴を上げる低周波。ビャッコはジリジリと間合いを詰めてくる。

 2頭目、3頭目も同時に動いてきていた。最初から数で押すのではなく、我々の出鼻をくじき、後方の群れに囲ませるのだ。

 輸送隊の一人、ナ・タークがフレシェット銃を構えた。炸裂弾を仕込んだ鋭利な弾丸を、最大で24発連射することが出来る。弾倉の充填準備も完璧だ。輸送車輌の後方に身を隠し、一斉射撃を開始する。フィリスも遅れてフレシェット銃を装備していた。

 先頭のビャッコの肩口に、炸裂弾が命中した。小さな火花が立ち、ビャッコの血しぶきが飛び散る。と言っても彼らの血液にヘモグロビンは含まれていない。白っぽい液体が噴出し、ベータの外気温でたちまち凍り付く。

 先頭のビャッコは肩を庇いながら、勢いよく後方に20mほどジャンプした。間髪を入れず、2頭目が襲いかかってくる。唯一の女性隊員であるアニーが反応した。射撃の腕ではオーパス・シティ1、2を争う彼女は、即座に照準を調整し後肢の関節部を狙う。撃たれた2頭目の前肢が一瞬沈んだ。ビャッコは低い体勢を取ったまま、その容貌に似合わない悲しげな唸り声を上げた。

 刹那、にらみ合いが続いた。突然右の真横から、3頭目が襲いかかってきた。一瞬の油断を突かれ、ナ・タークの少し後ろに陣取っていたアキヒロの体躯が眼前から攫われた。大きな前脚がなぎ払い、アキヒロは30mほども後方に弾き飛ばされ、倒れ込んだ。防護服は全身に弾性物質が施されているため、命は助かったかもしれない。だが、アキヒロがもう動けないのは遠目でも明白だった。

 ナ・タークが怒声を上げ、3頭目の腹部真下に滑り込み、フレシェット銃を10弾ほど連続で発射した。腹部が大きく引き裂かれ、アキヒロが飛ばされた方向に向かって倒れ込む。滑り込んだ際に、ナ・タークの左肩も大きく裂かれていた。うめきを上げながら、彼も引き下がった。

 この一瞬に気を取られていたフィリスの正面に、4頭目が突っ込んできた。フィリスはとっさに左に飛びすさった。目の前を通り過ぎた4頭目が、後肢で急ブレーキのような形で踏ん張るが、氷の露出した地面だったためかなり右向きに滑った。

 フィリスはその瞬間を見逃さなかった。4頭目の頭部がこちらを向いた刹那、巨大な剣歯の間に見える眉間にフレシェットを連射した。数発が頭部に当たり、炸裂した。彼は明らかに目をやられ、速度を落としながら後ずさる。

 ここにきてビャッコたちは突撃戦術をやめ、整列した状況で間合いを詰め始めた。アキヒロを欠いた輸送隊6名は、三方向からビャッコの思い通りに追い詰められているようだった。仲間が斬殺されたのを見た彼らは、容易に間合いを詰めてこない。負傷はしていない隊員も、全員の息が上がっていた。ベータの1.2Gが、ここに来て重くのしかかる。ある程度覚悟はしていたが、これは手も足も出ない…

 

 輸送隊全員のインカムに声が響いた。

 「前に出ても良いか」

 アーダーンだった。後方に曳航された戦闘機の中から、武器を取り出してきたらしい。そもそもどこに格納されているのかも全く分からなかったが。

人類の隊員が場所を空ける。アーダーンは後ろの二肢でほぼ直立しつつ、残りの4本の脚と腕に銃のようなものを構えている。よく分からない、ギザギザの形をした棘皮動物のような形状の武器だ。

 初めての異形のいきものを見て、ビャッコたちの足取りが少しだけ鈍った、アーダーンは真正面で立ち上がり、4本の腕をほぼ完全に伸ばし、大きく威嚇の体勢を取った。

 そして、雄叫びを上げた。インカムは切ってあったが、ベータの大気と防護メットを通してでもはっきりと聞こえる、血の凍るような叫びだった。差し込んで来たベータの陽光を浴び、雪の付着したアーダーンの体躯がきらめいていた。阿修羅のようだ。ビャッコの群れが明らかにひるんだのが分かった。脚の動きが完全に止まる。

 アーダーンは彼らの逡巡を見逃さなかった。六肢が同時に動き、4つの武器から複数方向にレーザーのような電磁輻射線が放出された。後脚で反動を完璧に受け止め、全く下がることがない。アーダーンの頭部はまっすぐ正面を見ていたが、レーザー照射は前方150度の仰角に向けて、縦横無尽に繰り出された。聴覚器官が左右に開き、振動を拾っているのが分かる。

 別の一体が横から突っ込んできた。雪煙が上がる。アーダーンは後脚で地面を蹴り、側方へ飛んだ。同時に前肢の武装が火を噴く。ビャッコの側腹が裂け、熱像が大きく揺らいだ。この動きを見ながらアニーが一歩退き、ナ・タークの横一線に並んだ。アーダーンがすかさず2名の間に割って入る。前肢が連続して動き、中央脚で姿勢を保つ。後脚が雪面を抉り、反動を逃がす。

 アーダーンは前方のビャッコたちを殺戮しているのではなかった。主に脚を狙い、彼らの動きを止めていた。

 また一体が跳んできた。フィリスとウィリアムの真ん中辺りに、轟音を立てながら着地した。氷層が割れ、ウィリアムが転倒しかけた。フィリスが腕を掴み、引き戻す。今ウィリアムがいた空間を、ビャッコの牙が切り裂こうとして空を切った。

 アーダーンがその隙間に入った。前肢がビャッコの顎下に叩き込まれ、同時に後脚で跳ね上げる。巨大な躯体がバランスを失い、雪面に転がった。一撃を受けたビャッコは、ぐったりとして横たわった。

 再びアーダーンはビャッコたちの正面、およそ30mの場所に立ちはだかった。今のやりとりで、彼らの跳躍力や身体能力を見切ったようだ。絶妙な間合いで立ち塞がっている。

 ビャッコの死骸が2体、そして前線の数体は脚を撃たれてほぼ動けない状態となっていた。人類側は、生存は確認できているものの動きがないアキヒロと、左肩に裂傷を負ったナ・ターク、他数名が軽傷を負っている。

戦闘に参加していないビャッコが後ろから現われ、負傷した仲間たちを咥えて後方に引きずり始めた。明らかに戦意を喪失している。

 「我々も退却だ。負傷者を医療ユニットに乗せろ。アキヒロはICUバンクだ。残りの隊員は運行再開位置に着け」

 フィリスがきびきびと命令している間に、ウィリアムはアーダーンの斜め後方に立った。インカムを開く。アーダーンは特に息を切らしているような印象もなかった。我々と同じ肺呼吸だと思うのだが。

 「…奴らの生態を知っているのか?」ゆっくりと後ずさっていくビャッコの群れを見ながら、ウィリアムが尋ねる。

 「知らん。初めて見た。だが、ああいう群れは仲間の損失を何よりも恐れるはずだ。殺してしまったら、残りの群れと合流して再度襲撃してきかねない。傷を負わせるにとどめれば、その手当てに時間を割くだろうと考えた」

 「その通りだ、見事だな」

 ウィリアムはアーダーンの正面に立ち、まっすぐその顔を見た。

 「あなたのお陰で我々の多くが助かった。どれだけ感謝しても足りない。心から礼を言う」

 アーダーンは、人類が判別できるような表情の変化は示さなかった。だが、3番目の腕を軽く上げた。おそらく人類を見ながら覚えたしぐさ、だった。

 1BH後に、隊はクロード・シティに向けて行動を再開した。

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