クロード・シティの外縁に入った瞬間、雪原の音が消えた。代わりに、地下から上がってくる循環機の低い唸りのみが聞こえる。当然のことだが、アーダーンはシティ入り口付近での待機となった。アニーが(形式上の)見張りとして一緒に待機した。
クロード・シティは、オーパスと同じ構造だった。地下洞窟に鍾乳柱はなく、がらんとした空間が拡がっているだけだ。物資庫の入口は半分閉じられており、監視灯だけが動いている。
ウィリアムは車列を止めた。フィリスは照明を落とし、認証信号を短く送った。門がわずかに開き、クロード・シティのムスタ司令官が姿を現した。
「オーパス・シティ、フィリス二曹です。物資の供給要請に応じて頂き、ありがとうございます」フィリスは簡潔に礼を述べた。
ムスタはベータの住民には珍しい、小太りで小柄な男だった。黄色人種特有の、漆黒の頭髪と薄めのヒゲが特徴だ。一見柔和な外見だが、その視線に温かみは余り感じられない。実際に彼に会うのは初めてだった。ムスタは全員を見回し、短く言った。
「時間がないのだろう?急いで行ないたまえ。我々のスタッフも手を貸す。搬入出ハーネスを使うといいだろう」
「もう一つお願いが…」フィリスは、未だ意識不明のアキヒロと重傷を負ったナ・タークの治療を依頼した。クロードが受けてくれなかったら一大事だ。フィリスは軍人としての礼節を保っていたが、床に跪いてでもお願いをしたい心境だった。
「了解した。輸送隊には当方から2名を追加しよう。既に人員を手配済みだ」
搬入は予定通りに進んだ。プロトジウム、デンモビウム溶剤、それ以外のリクエストされた物資の容器が台車で運ばれ、酸素生成用の触媒カートリッジが箱単位で引き渡される。弾薬は封緘付きで、補修材は乾燥袋にまとめられていた。輸送隊の5名は、手早く内容をチェックする。
積込事態は2BH程度で終了した。クロード・シティで休息を取っているヒマはない。代替人員との挨拶を済ませ、フォンビンは改めてムスタに向き合った。
「今回の件、誠に感謝に堪えません。この御礼は必ず…」
「当然だね」
ムスタが初めて、目の奥に酷薄な光をたぎらせた。
「率直に言っておこう。プロトジウムは我々としても供給できるギリギリのところを提供した。生成とトレード枠で今後埋め合わせをしてもらわなければならん。それも早急にだ。デンモビウム溶剤の供給継続も、物資返却がスムーズに進むかどうかで考えようと思っている。
慈善事業じゃないからな。あなた方と同様、我々も生きていくのに必死だ。その旨、マーサに私からも念入りにお願いしておこう。では失礼する」
ムスタはきびすを返して去った。フィリスは頭を下げたまま見送ったが、内心苦い思いを抱えていた。これじゃ、アキヒロとナ・タークは人質に取られたも同然だな。
都市の出口へ向かう途中、ホットライン通信端末が鳴った。マーサ司令長だ。一瞬の狼狽の後、ウィリアムが応答する。
「マーサ司令長、ウィリアムです。今回の軍令違反、弁解の余地もありません。いかような処分にも…」
「物資の受取は終わったのね?」
マーサの声色に、怒りや叱責のトーンはほぼなかった。状況報告を求められたウィリアムは、現状を端的にブリーフィングした。往路でビャッコに襲われたこと、2名が重傷を負ったこと、物資は受け取って人員も補充できたこと、そして最も重要なこととして、クザーン戦闘員と同行していること。
話がアーダーンに及んだときには、さすがにマーサは声を荒げた。
「クザーン人と同行している、ですって??」
「そうです。理解できない事態であることは重々承知ですが、これには…」
ウィリアムはビャッコとの戦闘のくだりを簡潔に話した。マーサが大きくため息をつくのが分かった。
「分かったわ。では、そのアーダーンという異星人には実際に会って判断するとしましょう」
「と言うと?」
「私も一個小隊を率いてそちらに向かっている」
「何ですって?どこに?」
「今からだと、ちょうどポイント014、あなたたちがビャッコと戦闘した地点辺りで合流できるでしょう。われわれの方が少し早く着くかもしれない。天候不順も解消されてきた。スピードを上げられるでしょう。全速力で014に向かいなさい。以上」
通信が一方的に切れた。ウィリアムはしばし呆然としていた。
オーパスを放り出して出てきたのか、あの人は。相変わらずムチャをする。ウィリアムは喜びを抑えることが出来なかった。これぞ俺たちのボスだ。余りにもボスらしい。
フィリスは積載の最終確認に戻った。補給品の固定具を締め、漏れ検知を再起動する。車列の隊形が組み直される。アーダーンは門の前に立ち、外を見ていた。雪原の白は、都市の照明よりも冷たく光っていた。門が閉まり、クロード・シティの音が背後へ沈む。フィリスが先頭車両の表示を確認し、行程を短く口にした。
「014へ直行する。予定では1.5BD後には到着。うち009で4BHの休息予定」
隊員全員が短く頷いた。アーダーンは前部接続モジュールに上がり、六肢の配置を変えた。引き続き、戦闘態勢を維持している。例のギザギザの武器も、既に携えられていた。