2085年、人々は感情制御AI『クラウディア』や万能な『完全服』に守られ、快適だが管理された社会を生きていた。 銀行口座の残高がわずか8円の貧乏記者・武居幹男は、社長からの「ダンジョンルポを書け」という指令に飛びつく。向かった先は、群馬県にある『村沢ダンジョン』。 そこは真夏でも氷点下の雪が降り注ぎ、AIの管理が及ばない"時代遅れ"の場所だった。

「感情制御なんてクソ喰らえ」と語る元冒険者の頑固なダンジョン長・楠本との対話を経て、武居はダンジョンの最深部で行われる謎の奇祭『だんだん』に参加することになる。 極寒の中、全裸の男たちがぶつかり合う狂気の祭りの果てに、武居を待ち受けていた衝撃(と笑劇)の結末とは――?

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近未来ダンジョンルポ

ダンジョンの奇祭『だんだん』を見に行く

 

2085年8月18日 公開

文:武居 幹男

 

現代社会から離された場所、ダンジョンを見に行こう。

 

ある日、編集長から連絡が入った。

「ダンジョン出現60年記念として、ダンジョンルポを書かないか?」

私はそんな記念だとかそういったものが嫌いだから、断ろうと思った。

ふと、銀行口座を見ると残高が8円。

気がついたら「やらせてください、ありがとうございます。靴でも舐めましょうか?」と返信していた。

これは、そんな私の取材の記録である。

 

6月30日

猛暑日だった。気温は45℃。東京からシュプオートで村沢停留所までいき、そこから10分ほどの場所に今回の目的地、群馬県戟野市の住宅街の中に村沢ダンジョン入口はある(画像1)。

 

受付を済ませ、ポータルに入る。実世界では、絶滅して久しい天然の雪が一面に広がっている(画像2)。写真を見ればわかるように誰も完全服を着ていないのだ。

村沢ダンジョンでは実世界の夏みたいに60℃とかいう馬鹿みたいな気温にならない。

しかし一年を通して気温が10℃を下回り、去年の冬はマイナス30℃を記録した極寒の地だ。

その日の気温は-10℃。現地人は「過ごしやすい方だ」という。

 

村沢ダンジョンの歴史は古く、2027年ごろに人が住み始めた。

ポータルの特質上、電波は遮断され、外界のインターネットから隔離される。また2085年現在、村沢ダンジョンでは管理塔が設置されていない。つまり、クラウディアによる精神制御を使えない。精神が不安定な方には勧められない旅先だが、タイムスリップしたかのような街の生活がある。

 

今回、取材に協力してくれるのはダンジョン長の楠本さんだ。

楠本さんはA級冒険者をやめてダンジョン長になった。

 

管理塔がこの街にない楠本さん理由に聞く。

「住民から管理塔の設置の要望は出ているけれど、オレは昔の人間なんでクラウディアが嫌いなんでね。ええ…あの…感情のコントロールってのコンピュータに任せるってのが特に。オレが若い頃はアンガーマネジメントつって、怒りは5秒待てばおさまるってのが流行っていて、感情っていうのはそうあるべきなんですよ。そんな外世界の若い奴らはコンピュータに感情を制御させてんでしょう。ええ…それは全然良くないですよ。」と楠本さんは言う。

「クラウディアは他にもいいところが沢山あると思いますけども、視覚強化とか、ニョルモダとか、ヘペデルに…」と私の話を遮って、楠本さんは答える。

「知らん!知らん!オレが若い時はそんなものは無かったんだ。……いや…わかってるとも…わかっている。オレは偏屈なジジイだと思うんだろう。そうだろう。元冒険者っていうクセに冒険をやめて、もはや冒険者の面影もない、保守的な頑固者だと、老いぼれだと、思うだろう!これはオレのワガママだ!オレが死ぬまで冒険者だったころの夢を見せてくれ……オレが死んだら、好きにすればいいさ!そこら中に管理塔が立って、皆がクラウディアをやって、悲しみなんてものは無くせばいいさ!だかオレが生きている間は過去の夢を見たいんだ……。過去の悲しみが、仲間の死が確かにそこにあったということを覚えていたいんだ、オレは弱い人間だからクラウディアなんかがあったらそれに頼って、仲間との悲しかった思い出も忘れてしまうさ、しかし悲しくとも覚えていないといけないんだ、それが生き残ったものの務めだろう。そんな訳でここには管理塔が無い。そんな訳だから、ここではクラウディアが使えないんだ。」

 

多くの村沢の住民は楠本さんのように、クラウディアに対して忌避感を覚えていた。クラウディア手術も受けていない人も多く、実世界に来た際に思考交換をできなくて困ったなんて話をよく耳にする。

 

 

第3階層にて祭りが開かれているということで、プレイリーフェンリルに乗って行くことにした。揺れが激しく、私はすぐ物理的な酔い止め薬を飲んだ。道中、御者から聞いた話によれば、このフェンリルは3代目であること、通常のモンスターは転移ポータルを通れないが、テイムされたモンスターは転移ポータルを通れるを教わった。かつて「冒険者」というのが昔は「死にたがりの馬鹿」を意味する罵倒語とだった時代の思い出話を聞きながら、フェンリルの揺れで吐きそうになっていた。デジタル酔い止め薬がこれほど恋しいと思ったことはない。

 

なんとか辿り着いたのは、第3階層の祭り会場。ここでは雪が降らないが気温も0℃。十分に寒い。

神社への参道にはリンゴ飴、型抜き、射的といった屋台に加え、現在ではほとんど見ない金魚すくいが並んでいる。

 

神社の賽銭箱の奥の扉。その先の小部屋に、第4階層へのポータルがある。

第4階層は未踏破となっていて、サイクロプスが出現し、人は住んでいない。祭りが行われていない時は立入禁止となっていて、祭りの際も神事のために女人禁制となっている。

 

そこで行われる奇祭『だんだん』を紹介しよう。

 

第4階層。雪の降る中、全裸の男たちが円上に置かれた縄の中で相撲を取っていた。それを囲むように、全裸の男達が大声で応援している。

まわしがないという性質上、相撲というよりもレスリングのほうが近い。タックルによって相手を倒し、肉と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。

参加者たちは身を清めるために、冷水を頭から被ってから土俵に入る。

『だんだん』という名前の由来は諸説あるが、男たちがぶつかる音、あるいは寒さに震えて足踏みする音だとも言われている。

 

考察するのであれば、裸祭りと相撲が混ざったように見える。

裸祭りは正月の修正会で行われることもあるため寒い中で裸になることがある。はだか祭りでは、生まれた時と同じ裸の汚れない状態で行うことに意味があるとされ、禊として冷水を浴びて身を清める。

『だんだん』の歴史にかんしては、誰に聞いても詳しいことはわからず、自然発生したという。ただ単純に寒空の下で裸になりたい人が、後付けで神事だとかいろいろなものを追加したのかもわからない。

 

「参加するかい?」と参加者が言った。

私は底辺とはいえ、記者のため参加した。

 

完全服を脱ぐと寒さが肌を刺す。直後、頭上から冷水をかけられる。

体中が震えだして、その場にうずくまる、もはや寒いを通り越して痛い。

大声を出して、根性で無理やり土俵に入る。立ち止まったら雪で足が壊死するんじゃあないかと思い、足踏みをしてなるべく足が地面につかないようにする。

 

対戦相手は私より一回り大きいし、微動だにせず、ズシン構えて寒さなんて感じて無いんじゃあないかというぐらいだ。

「はっけよーい……のこった!」という合図とともに巨体が迫る。次の瞬間には、体が宙に浮かんでいて空は分厚い灰色の雲が見える。地面に落ちた、何が起きたか理解する前に、私は負けていた。

 

その時だ。

 

「サイクロプスだ!!」

 

最初、どういう意味か理解できなかったが「逃げろ!逃げろ!」、「走れ!!」という切迫したが叫びとともに、裸の男達が一斉にポータルに向かっていく。

それを見て根気で無理やり体を起こし、よろめきながら皆の行く方へ体を進ませる。何度か転びそうになりながら、走るというより前に倒れこむといった感覚でポータルに向かう。足の感覚なんていうものはとうに無い。頬を擦る風が、身体に引っ付く雪が、まだ生きているということを教えてくれた。手と足を動かすことだけに集中し、風と体が一つとなった。私は風だ。人生の中で最高速がでてるに違いない。ポータルに見えた。すごい勢いで光の膜を突き抜けた。勢いがつきすぎてしまった。先行した男たちが神社の小部屋に殺到し、その衝撃で扉が倒れていたのだ。そこに凄まじいスピードで来た私は、止まれるはずもない。私はポータルの小部屋を飛び出し、賽銭箱をハードルのように華麗に飛び越えた。

 

祭りの賑わいが一瞬で静まり返った。リンゴ飴を持った子供、型抜きに興じるカップル、屋台の店主。数百の視線が、私の一点に集中する。

そこで止まって思い出した。

私は風ではなく、ただの全裸の男だった。


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