ヒロインは七罪 外伝 作:羽国
何故か女装してるのは気にしない。
――五月二十七日――
学校の帰り道。いきなり口を押さえられ、影に呑まれてしまった。
最近平和な日が続いて油断してたんだろう。あと、その手の感触が知り合いっぽかったのも原因だと思う。
とにかく俺はさらわれた。よりにもよってこんな日に。
そして目が覚めたら――大量のクラッカーを向けられていた。
『お誕生日おめでとうございますわ、士道さん!』
パンパンと鳴らされるクラッカー。舞い散る紙吹雪。
そして大量に並んだ同じ顔の美少女たち。
「へ?」
時崎狂三。
追い詰められて食べられかけたり。逆に手を結んで一緒に戦ったり。
因縁深い精霊だ。その狂三に俺はなぜか祝われている。
「相変わらず面白い反応をしてくださいますわね、士道さん」
「ええ、とても可愛げがありますわ」
「ふふふ、食べてしまいたいですわ」
周りを見ると緋色のドレス、霊装に身を包んだ狂三たちが俺の方を見ている。使用済みのクラッカーを持ったままくすくすと笑いながら。
「どうしましたの士道さん?せっかくこのわたくしが祝って差し上げているのに」
隣に座っていた狂三が俺のあごに手を添えて横を向かせる。狂三のきれいな顔が目と鼻の先に。
少し顔を前に突き出すだけでキスしちまいそうな距離だ。自分の顔が徐々に熱くなっていくのがわかる。
「く、く、狂三どうして?」
「あらあら、わたくしが士道さんのお誕生日をお祝いしてはいけませんの?」
狂三は小首をかしげて可愛く質問する。
「いや、別にそんなことは――」
いきなり拉致するのは止めて欲しいけど。
「ああ、やはり士道さんは素敵な女性を選び放題の身。わたくしなんかに祝われるなんて御免被ると」
狂三はショックを受けたように少し距離を取る。まるで舞台の役者みたいに。
「士道さんのお口に合うものを用意して、士道さんが喜ぶものを必死に考えましたのに。
悲しいですわ。悲しすぎて泣いてしまいますわ」
狂三は両手で顔を覆いながら大仰に崩れ落ちる。ただ、口元は笑っているし涙は一滴も零れていない。
「いや、別にそんなこと言ってないだろ」
「悲しすぎて、士道さんがドレスを着てくださらないと立ち直れそうにありませんわ」
「ん?」
泣き崩れた(?)狂三が指を指す。その指先を見てみると、別の狂三たちが満面の笑みでドレスを持っていた。
黒地に白いフリルをたっぷりあしらった、狂三が好きそうなゴシックドレスだ。
「これを狂三が着るのか?」
「何を仰っておりますの?これは士道さんのために用意したものですわ」
「……………………は?」
たっぷりと考えた上で狂三が何を言っているのかわからなかった。いや、何を言っているのか理解したくなかった。
「士道さんが着ても問題ないよう、丈も胸周りも腰回りも大きめのものを用意しましたわ」
「ええと?」
「士道さん、わたくしのプレゼント受け取ってくださいまし」
狂三は見惚れるような美しい笑顔でそう宣言した。
「いや、化粧もカツラもないし――」
「あら、こんなところに化粧ポーチが」
「こっちには士道さんと同じ髪色のカツラが」
「こちらにはパッドもありますわよ」
「変声機もお借りしてきましたわ」
狂三の分身体たちが並んで女装セットを掲げる。全員これ以上ない笑顔で。
「お前ら用意がいいな!」
「士道さん、これでご心配はなくなりましたわね」
狂三のしなやかな手が俺の肩に置かれる。その手が死神の手のように思えてしまった。
「お着換えしましょうか、士織さん」
「あ、あ、あぁぁ」
俺に逃げ場なんか存在しなかった。
♦♦♦
「うう、なんでこんなことに」
背中まで届く長い髪。スカートのひらひらとした感触。
大きな黄色のリボンが特別なお洒落のようで涙を誘う。
久々に士織ちゃんが爆誕してしまった。
「あらあらあら……。本当に素敵ですわよ、士織さん」
狂三は上から下までじっくりと眺めた後、にこりと微笑んだ。元の格好で言ってくれたら泣いて喜んだかもしれない。
「今日、俺の誕生日だよな?お祝いされる日だよな?」
「しっかりとお祝いしているではありませんの。士織さんのためにいろいろなお店を回って選んだのですよ」
「その労力を別のところにかけてくれよ!」
狂三は俺の反応を見てくすくすと笑っている。どうやらこの姿は狂三のお気に召したようだ。
「あまりに素敵な衣装だったのでわたくしの分も買ってしまいましたわ」
「そういえばお揃いだな」
今更だけど俺の隣にいる狂三(多分本体)も似たようなドレスを着ている。
フリル大きさやスカートの丈。細部のデザインがところどころ違うけど基本同じものだ。
あと、俺のリボンは黄色で狂三のリボンは赤になっている。
「なあ、どうして俺の方が女の子っぽいんだ?」
狂三はフリル控えめで、気持ちスカート丈も長い。クール寄りなものだ。
狂三に合ってるしそれに
でも、俺がふりっふりでファンシーな感じになってるのは納得いかない。
「ふふふ、士織さんにお似合いだと思いまして」
「おい」
俺の方が狂三より女の子っぽいってことか?そんなわけないだろ。
「狂三、もう一つ聞いていいか?」
「一つなどとご遠慮なさらず。いくつでもお答えしますわよ」
「それじゃあ遠慮なく。これは何なんだ?」
俺は狂三の前に手を出す。そこにはリボンで結ばれてしまった俺の手がある。
もっと言うと手枷でもされてるみたいだ。痛くないけど、このままじゃ手が使えない。
「士織さんは今日の主役ですもの。お手を煩わせることがないよう、封印させていただきましたわ」
「そう、なのか?」
「ええ、そうですわ。代わりの手などいくらでもありますもの。今日くらいお姫様のようにわがままになってよろしいのではありませんか」
背後では分身体の狂三たちが笑顔で両手を振っている。文字通り、手の代わりはいくらでもある。
狂三の言ってることは間違いじゃない。
「それに、素敵ではありませんの。まるで、士織さんがわたくしのものみたいで」
「それが本音だろ!」
いや、思ってたよ。
俺のリボン全部黄色なのにわざわざこのリボンだけ赤にしてるから。狂三のリボンも赤だよなって。
「お帰りになる際は美九さんのおうちに届けて差し上げましょうか?この格好のまま」
「やーめーろー!」
美九が野獣になっちまう。冗談抜きで俺の貞操が危ない。
「仕方ありませんわね。写真に収めて精霊の皆さんに配るだけに留めておきましょうか」
「お前楽しんでるだろ!俺を辱めて楽しんでるだろ!」
折紙や美九も含まれてるんだろ。そんなことされてたまるか。
「今の士織さん、お顔があまりにも素敵で」
「もう悪口じゃねーか!」
今日は狂三もフルスロットルだ。完全に俺をおちょくりに来ている。
「さて、たっぷりと楽しませていただきましたし」
「おい」
「パーティーを始めようじゃありませんの」
狂三が指をパチンと鳴らすと、分身体が次々に料理を持ってくる。ステーキ、スープ、オニオンサラダ。
まるでレストランのコース料理みたいだ。
「士道さんの生まれた日をお祝いしたい。その言葉に嘘偽りはございませんわ」
「狂三……」
「さあ、召し上がってください」
少し間を開けて艶やかに微笑む。狂三の用意した料理は本当に美味しかった。
「士道さん、ケーキをご用意しましたの。是非食べてくださいまし」
テーブルに置かれたのは店売りより一回り小さなケーキだ。きれいに整えられた生クリームがチョコペンや砂糖菓子で彩られている。
「もしかして、狂三が焼いてくれたのか?」
「あら、ばれてしまいました?」
「いや、だって」
ケーキが猫だから。ひげや鼻までちゃんとかいある上、猫耳までばっちりつけている。
俺も昔やったことあるけど、こういうデコレーションって面倒な上きれいにできないから。
「あら、どうしましたの?」
「なんでもありません」
狂三が妙に迫力をこめたから言うのを止めておいた。何を気にしているのか知らないけど、藪を突く必要もない。
狂三は俺も驚く手際の良さでケーキを切り分けていく。猫ちゃんの顔に刃を入れるときは躊躇ってたけど。
「はい、士織さん。あ~ん」
「あ、あ~ん」
少し恥ずかしいけどこの手じゃ仕方ない。大人しく口を開けて狂三にケーキを食べさせてもらう。
甘さ控えめの手作りクリームと中に隠れていた苺で口の中が幸せになる。スポンジもふんわりとしていて素人が作ったものには思えない。
「美味しい」
思わず正直な感想が漏れた。
「うふふ、頑張って作った甲斐がありましたわ。さあ、もう一口どうぞ」
「ああ、いただくよ」
少し変わった誕生日。でも、決して悪いと言えなかった。
女装は勘弁してほしいけど。
コラボショップでグッズを見ていたら士織ちゃんをからかう狂三の声が聞こえてきました。その衝動のままにバーッと。
グッズは少し少なくなっていますがまだまだ楽しめます。良ければ足を運んでみてください。