澄野拓海「希望ヶ峰学園?」 作:たくみきんぱつ
扉を開けた先はまた同じように景色が様変わりしていて、オレ達は次に図書室のような場所に来た。
図書館には多くの本が立ち並んでいるが、それは第二の島にある図書館のようにとても広いわけではなく、スペースの問題もあっておおよそ一般的な図書室だった。奥にはまだ部屋があるのか扉も見える。
「俺は奥を見てくる。二人はこっちを探索しておいてくれ
「わかったよ」
オレと狛枝は図書室を探索した。
図書室にはあったのは、大量の本、パソコン、宙に浮かぶホログラム、監視カメラ、モニターだった。
「こっちのパソコンは電源がつくみたいだよ」
「パスワードとか掛かってなかったのか?」
「言われてみれば不用心ではあるよね。でも、どうせこれもモノクマの用意したものだろうし、見られても問題もない情報しかないんだろうね」
「…意図的に情報を伏せるかもしれないってことか?」
「ありうると思うよ。ボクらにさせたいことがあるだろうし、そうじゃないと露骨過ぎるとも思うしね」
情報を伏せてるだけじゃなくて、あえて出してるってこともありそうだな。さっきの日向の名前だって、嘘じゃなくてもオレ達に不信を抱かせるためのものかもしれない。
オレと狛枝はパソコンよりも先に、ホログラムの方を確認することにした。
ホログラムにはこう書いてあった。
[監視役の動員について]
『総議会の決定は、人類の存続を左右するものであると思っています。未来機関の総意を無為にしない為にも、78期生一同が責任をもって彼らを必ず未来に連れていきます。
それに際してのことなのですが、不測の事態が起きた際の対策のために、監視役を一名だけ我々の中から動員することを決定しました。
監視役は日向創。彼なら、不測の事態に対応できると考えております。また、アルターエゴとの共同の監視になりますが、特に問題はありません。
報告は以上です。』
その内容は、大げさな言葉も含んでいるようで、身近すぎる名前も含んでいた。オレの頭の中にはクエスチョンマークが増え続けるだけだ。
人類の未来を左右する決定? 彼らって誰のことだ? オレ達のことなのか? ていうか、監視役って何だよ? その監視役が日向って……アルターエゴと共同の監視? アルターエゴって何だ?
「…日向クンに確認することが増えちゃったね。でも、これではっきりすることが増えたよ」
「何のことだ?」
「この島にボク達が閉じ込めることが新世界計画っていうもので日向クンがその監視役だったなら、七海さんと一緒に人数から抜くことができるとしたら、ボク達は15人。さっき見た情報と人数が合うでしょ? それに……」
狛枝が不自然なところで言葉を切らす。そうすると、狛枝はゆっくりとした動作で口元を押さえて、目線をどこかにやった。
…なんだかそういうこと多くないか? 別にいいけど、一体何をどれだけ気づいているんだよ?
「…………」
やけに長い沈黙がほとばしる。オレには狛枝が何を考えているかなんてわからない。でも、なんとなく、今回は不穏な感じがした。
狛枝が顔をこちらに向ける。その顔は無表情にも見えて、こちらを睨んでいるかのようにも思えた。
背筋に寒いものが通ったような気がした。
「…どうしたんだよ?」
「……日向クンは、一体何なんだろうね?」
「え?」
「日向クンは、希望なんて呼ばれる程の大それた存在であるはずがない。そうであるはずがないんだよ。なのに、この島には日向クンがいるんだ」
「…何の話だ? 日向がこの情報通り、監視役ってことか?」
「…………」
狛枝はオレの質問にも答えずに、また黙ってしまった。本棚にもたれ掛かり、その目はどこかを凝視しているかのようだった。
…一回放っておいた方がいいか? なんだか、面倒以上のことが起こっている気がするし…。
オレは狛枝から少し離れて、パソコンをいじることにした。
パソコンはパスワードに引っかかることなく開き、そのディスプレイはブルーライトを発し始める。
パソコンの左上のスペースにファイルがあり、それを開いてみる。そこには【未来機関の総議会についての記録】と書かれた内容があった。
[未来機関の総議会についての記録]
総議会の内容及び、決定を記録する。
総議会の議題は超高校級の絶望、及び絶望の化身に関しての処遇に関するものだった。
総議会では、未来機関各支部の幹部がすべて集まった。また、78期生の代表として苗木誠、事件収束の当事者だった日向創が会議に加わり、議論は苛烈を極めた。
議論は奴らを処分すべきという意見と、彼らを生かすことで人類の脅威となった消えない炎に対抗しなければならないという意見で、真っ二つに割れた。
結論から述べると、後者の意見に軍配が上がった。
総議会の決定として、超高校級の絶望と絶望の化身は生かされることとなり、彼らの監視と更生に関しては78期生に一任することとなった。
さっきの総議会の決定って、これのことか。超高校級の絶望と絶望の化神って、あのファイルに会ったことだよな? それを、未来機関の偉い人たちと苗木と日向が会議して処遇を決めた? 苗木や他のみんなは無事ってことか? 超高校級の絶望は江ノ島みたいな絶望を振りまく連中で、絶望の化神って部隊長みたいなやつだよな。そんなやつらの更生って、そんなことできるのか? 特に、絶望の化神は世界死の存在だろうに…。
「超高校級の絶望と、絶望の化神は生かされることになったんだね。それも、未来機関の総意で」
考えがまとまったのか、狛枝に後ろから話しかけられる。その声はやけにぶっきらぼうとしていて、イライラとしているのが伝わってくる。
…面倒くさいな、こいつ。何にそんなムカつくことがあるんだ? オレに向けるんじゃなくて、モノクマにでもやっておけばいいのに…。
「澄野クンはどう思う? 絶望を振りまく超高校級の絶望と絶望の化神が、未来機関の厚意に甘んじてのうのうと生きるなんて、絶望的な事実だと思わない?」
「…超高校級の絶望が江ノ島盾子みたいな最悪な存在で、絶望の化神もオレが知ってるみたいな奴だったら、無茶苦茶な話だとは思うよ。でも、偉い人たちがみんなで話し合った結果なんだろ? だったら、オレ達がそのことに口出しすることなんてできないだろ」
「本当にそうかな?」
「…どういう意味だよ?」
思わず聞いてしまう。どう考えたって、碌な話ではない気がする。でも、ここで狛枝を完全に放っておくのは、なんとなく危ういような気がした。
「超高校級の絶望自身が、絶望の化神自身が、身の程をわきまえるんだよ。一度でも絶望に身を堕とした人間が、希望に救われようだなんておこがましいにも程がある話でしょ? …ましてや、そんな人間に生きながら希望があるだなんて、そんな現実はあり得ないよ」
絶望的な存在にも、希望はあるのか。
オレにとっての絶望は…カルアの死だ。そう考えると、敵の大将軍がオレにとっての絶望の存在と言えるのかもしれない。
あいつは、オレ達を騙して殺そうとした。霧藤がそのせいで死んでしまった。
でも、あいつはオレ達のように『共食い』をすればよかったとも言っていた。侵校生から聞こえてきた声だってそうだ。あいつらは世界死の存在だ。でも、その存在なりの命があったのかもしれない。星が死ぬために生まれた命が。
敵の大将軍が、戦ってきた連中が絶望の存在だとしても、オレの脳裏には命を奪われることに怯える部隊長の姿が少しだけ浮かんだ。
だからと言って、大将軍が絶望的な存在だったことには変わらない。それに、大将軍の他にもオレにとって絶対的な絶望と形容できる存在がいる。特防隊の裏切り者…蒼月だ。
蒼月に希望がある姿なんて想像できない。あいつは、最低最悪の奴だ。
「……それに関しては、同感だ。絶望的な存在に、希望なんてない」
「澄野クンはわかってるんだね。だったらさ、澄野クンはヤケなんて起こさないよね?」
「ヤケ?」
「なんの話だって言うのは後にしてよ。どうせ学級裁判で全部わかることなんだから。ボクが言いたいのはね、キミの事情なんて知ったことではないから、希望に迷惑を掛けるようなことはしないでってことだよ。あと、この修学旅行を終わらせる邪魔はしないで」
「は?」
「キミの抱える真実は残酷なものかもしれない。それに関しては同情だってするよ。でも、それとこれとは話が別ってことだから。澄野クンなら、わかるよね?」
狛枝の態度はいつも以上に偉そうで高圧的なものになっていた。
希望に迷惑を掛けるとか、邪魔するなとか、態度が露骨に変わってないか? いや、そうでもないか?
「いや、わからない。お前は何の話をしてるんだ? オレの抱える真実ってなんだよ?」
「…知らない方が、気づかない方がいいものだと思うよ。少なくとも、このモノクマに支配されているコロシアイ修学旅行ではね。多分、本来の想定では…」
また、狛枝が不自然に言葉を切らす。そう言いかけた口調は、言葉を迷っているような気がした。
「想定では、なんだよ?」
「…澄野クン、ウサミ…モノミとの約束を覚えてる?」
「モノミとの約束?」
確かオレは独りじゃないとか、それを忘れないとか、そんなんだったよな?
「覚えてるけど、それがどうしたんだよ?」
「ボクがキミになんて声を掛けたらいいかなんて、わからないからさ。きっとその事実が、キミに必要なものなんだと思う。モノミ…ウサミは頼りにならないけど、あれでもボク達のことをかなり理解している気がするし」
モノミがオレ達のことを理解している? 確かに、オレの事情はいくらか知っている風なのは見て取れるけど、それがオレ達にとっていいことなのか? モノミが七海と同じで未来機関の存在なら味方…のはずだけど。
「…狛枝から見て、モノミってどういう存在なんだと思う?」
「本人が名乗っていた通りだと思うよ。ボク達の先生。…役割で言えば、ボク達が生徒役でウサミが教師役。おそらくだけど、本来はその程度で説明できるくらいの簡単な役回りでしかなかったんじゃないかな? …ウサミと七海さんのことは信じていいと思うよ」
「…教師役か」
七海とモノミのことを信じるのなら、日向のことも信じていいんだよな? 日向も、何か事情があってこの修学旅行に監視役としてこの島にいる…。
よくよく考えれば、十神がリーダーを続けるかそうでないかの議論の時、七海はかなり強く発言していた気がする。七海が何かしらの事情を色々と知っていたって言うのには、納得ができる。
だけど、日向はどうだ? 日向は自分の才能も忘れていて、それすごく動揺していたはずだ。今朝の動機のことだってそうだ。あれが全部演技だなんて考えたくないし…日向が監視役だって言うのは、大きく違和感がある。
そうやって、一応はこの図書室の怪しい所は調べ終わって狛枝と会話している時だった。十神が奥の部屋から戻ってきた。
「こちらには物珍しいものは多くあったが、どれもこの修学旅行に関する物ではなく、過去に関する文献ばかりだった。こっちはどうだった?」
オレは十神からの質問にホログラムの方に指をさしながら答える。
「このパソコンと、そこに浮いてるホログラムがやっぱり情報源だったよ。それ以外は特になかったかな」
「そうか、じゃあ少し確認させてくれ」
十神がパソコンとホログラムの内容を確認する。そうすると、十神の眉は少し皺を作った。
「…澄野、苗木という人物は、一体どんな人間だ?」
苗木について聞いてくるのか? てっきり日向のことに引っかかると思ったけど。
「…苗木はいいやつだよ。でも、この記録にあるような78期生の代表って言うのは想像つかないかな。なんていうか、普通な奴なんだけど代表と言われると他にも適任がいるような気もするから、そこだけは少し気になるかな」
「そうか、普通のいいやつか。だからこそなのかもしれないな」
「だからこそ?」
「未来機関は元超高校級の人間を集めて、そいつらを上に成り立っている組織なんだろう? そういう普通の感性をもった人間は逆に貴重なのかもしれないと思ってな。まぁ、あくまで憶測の話だが」
普通の人間が貴重か…。オレも、霧藤にたくさん頼っていた気がする。…認めたくないけど、蒼月にも。
というか、みんなの交流会の準備って大体あいつか丸子じゃなかったか? 別に理解したいなんて気持ちはこれっぽちもないけど、本当にどんな気持ちでいたんだ?
「ねぇ、そろそろ別の場所に行こうよ。日向クンにもできれば学級裁判前に会いたいしね」
そう言いながら、狛枝が図書室の扉を開けて、オレ達の返事も待たずに先に向かう。オレと十神も狛枝の後を追うようにその開いた扉の先に向かった。
「とうとう、階層すら挟まなくなったね」
もうこの不可解な現象に誰も何も言わないくらいに、オレ達の中には慣れが生じているみたいだ。
扉の先は、どこかの教室だった。その教室には、一点だけ他とは違う特筆すべき点があった。それは、教卓の前に等身大の人間ほどの大きな物体が宙を浮いてることだった。
「なんだ? この物体は、宙を浮いてるのか?」
「…爆弾、の類ではなさそうだね」
「待て、俺が先に調べよう。二人は下がっていてくれ」
十神がそう言いながら、その大きな物体に近づいた時だった。
唐突にその物体は慣性を持たずに回転を始めて、次第に赤い光を発し始める。
「十神! 下がれ!」
オレはそう叫びながら、十神の肩を掴んで無理やり後ろに下がらせる。
デカい物体はピタッと動きを止めて、その物体は正面を向いたのかその側面にコンピューターのプログラムのよな文字を赤く浮かび上がらせては、その文字は絶え間なく流れていく。
次の瞬間、物体に一人の少女らしき姿が赤い線を伝えながら現れた。その少女は姿は、あの日の希望ヶ峰学園で出会った一人の女子生徒のものだった。
「不二咲?」
オレは気が付くと、その名前を口に出していた。
『…ようこそ。新世界プログラムにようこそ』
その赤い少女は電子を帯びたような声をこの教室に響かせる。その声は人間に近しいものでありながら、オレがあの日であった不二咲とは別人なのだと思わせるものだった。
「喋った…だと」
「…澄野クン、知り合いなの?」
「あ、ああ。でっでも、違う…気がする」
『そうだよ。僕の姿はご主人たまを模してできている姿だから、良ければ僕のことは【アルターエゴ】って呼んでもらえると嬉しいかな。僕を作ったご主人たまが付けてくれた名前だからさ』
アルターエゴ…? 確か、日向と一緒に監視役をすることになったとかいうやつだったよな? どうしてこの希望ヶ峰学園にいるんだ?
「…いくつか質問をしてもいいかな?」
『えっと、ごめんなさい。今がどういう状況なのか、僕は把握しきれてないんだ。だから、キミ達の身に起こっていることは説明しきれないと思う。本当にごめんなさい』
ごめんなさい。そうオレ達に言う姿は、まさしく人間そのもののように思える。だが、おそらくこのアルターエゴという存在は人間ではない。オレはそう肌で感じ取った。
狛枝が一歩前に出て、アルターエゴとの会話を続ける。
「わかったよ。『今の状況』は把握しきれていないんだね。だったら、前からあったことなら覚えてるのかな? 例えば、七海さんのことは知ってる?」
『…! 知ってるよ。七海さんは、僕の妹のようなものだから…』
「不二咲さんじゃなくて、キミの妹なんだね?」
七海が、アルターエゴの妹? どういうことなんだ? 不二咲の妹でもない? ……それって、つまり。でも、おかしい。七海にはちゃんと人間の肉体があったのに…どうして?
「待ってくれ、キミは人間ではないのか? どこかから通信してる訳ではないというのか?」
『…うん、僕は人間じゃない。それは、七海さんもウサミちゃんも同じなんだ。僕たちはこの世界で監視者という存在なんだ。簡単に言うと、マンションの管理人のような存在で…本来、僕はキミ達と会う機会はないんだ』
「ま、待ってくれ。七海が人間じゃないって…そんな訳ない。七海にはちゃんと肉体があった。キミみたいな感じじゃなかった」
『それは、ここが現実世界でないからなんだ』
…………は?
『ここは、新世界プログラムと呼ばれているプログラム世界の中なんだ。だから、僕たちのようなアルターエゴでも肉体と代わりとなる疑似アバターを持って活動することができるんだ』
オレは、そのさらりと言われた無機質な情報がすぐに脳に入らなかった。それは十神も同じようだったが、狛枝はなぜか納得した様子でアルターエゴと会話をゆっくりと進めていく。
「新世界計画って言うのは、新世界プログラムのことであってる?」
『うん、あってると思うよ。僕は外の事情はわからないけど、新世界プログラムのことならいくらか話すことができるよ』
「…じゃあ、そうだね。聞きたいんだけど、キミのご主人様が不二咲千尋で、キミの父親が日向クンであってる?」
『え? いや、僕の作り手もご主人たまだよ。えっと、日向君はこの新世界プログラムでは監視者を担っていて、アドバイザーや補佐、サポーターのような立ち位置なんだ。だから、アルターエゴの親って言われると少し違うかな』
「…七海さんとキミの父親は同じ?」
『そうとも言えるし、そうでないとも言えるかな。七海さんは少し特殊な形で生まれたんだ。七海さんはキミ達…希望ヶ峰学園の77期生の持つイメージを元に形成された存在なんだ。多分だけど、過去に実在した人物でキミ達の仲間だったんだと思う。僕はそこの事情はあまり知らないから、なんとも言えないけど』
「……別のことを聞くね。この新世界プログラムの目的はボク達に希望のカケラを集めさせることなんだよね? そのプログラム上のボク達の状態を、どうやって現実世界に影響させるの?」
『この世界にはある特性があって、 “記憶情報の置換”をこの新世界プログラムは行うことができるんだ。搭載された記憶制御装置を使う事で設定した期間の記憶を取り除くことが可能で、そして、そこに仮想世界でできた記憶を埋め込むことができるんだ』
設定した期間の記憶を取り除く? それが、オレ達がそろって記憶喪失をしていた理由?
それだけじゃない。ここが本当にプログラム上の世界なら、西園寺の言ってたことも解決する。ここが現実でないなら、体格なんていじり放題のはずだ。
「…その記憶の消去は、監視者…日向クンにも適用されるの?」
『え? …そんなことはないはずだよ。だって、そんなことをしたら自分の役目を忘れちゃうはずだし、する理由がないと思うけど』
「俺からも質問をしてもいいか? どうして俺達がその新世界プログラムの中に入れられて、記憶を取り除かれなければならないんだ? どんな事情であっても、とてもじゃないが納得できることではない。言い換えてしまえば、洗脳と変わらないのだろう」
『洗脳なんて…そんなつもりはないと思うよ。僕には、外の事情はわからない。けど、それだけのことをしなければならない事柄が、世界で起こってしまったんだよ』
そのアルターエゴの声も仕草も表情も、もの悲しさで溢れていた。
世界で起こったこと…人類史上最大最悪の絶望的事件のことか? でも、それがオレ達に何のつながりがあるんだよ?
「十神クン、悪いけど今は黙っててもらってもいいかな? 必要なことを聞いたらボクも席を譲るから、順番だよ。
それで、話の続きなんだけど、本来日向クンにはこの記憶の消去は適応されないはずなんだよね?」
『そのはずだよ。…まさか、記憶が消去されてしまったの?』
「おそらくはね。じゃないと行動に説明がつかないし、もしあれがすべて演技なら恐ろしいくらいだよ」
『…ごめんなさい。少し、キミ達がどういう状況に置かれているのか教えてもらってもいいかな?』
「いいよ。簡単に説明するとボク達は今、モノクマによってコロシアイ修学旅行を強いられてる。ここまではいい?」
『モノクマが? そんなこと、あり得るはず…。ごめんなさい、続けてもらってもいいかな?』
「そのコロシアイが強いられたのがボク達にとっては一日目の出来事、そして今日で六日目なんだ。そうして、今朝に犠牲者が出てしまった。それが七海さんなんだよ」
『え? え? ちょっちょ止まってね。キミ達の修学旅行は、まだ六日目なの?』
「…アルターエゴ、少しお願いがあるんだけどいいかな?」
『えっと、僕にできることならいいけど』
「ボクの記憶を、読み込むことはできるかな? あと、できれば記憶の痕跡…履歴のようなものも確認ってできる?」
記憶を、読み込む? どうしてそんなことを…? …あの砂浜で起きたことを探ろうとしてるのか?
『キミの記憶を読み込む? えっと、できないことではないと思けど、いいの? キミの知られたくない記憶まで読み込んでしまうかもだけど』
「構わないよ。むしろ、キミのような希望の一員にボクなんかの見せられたものではない記憶を見せること自体が憚られることだからね。そっちこそ大丈夫?」
『大丈夫だよ。えっと、読み込む記憶はその六日間だけでいいのかな?』
「いや、六日間だけじゃないボクがこの『新世界プログラムで得た記憶』すべてを読み込んで欲しい。できる?」
『…? わかった。じゃあ、少しだけ僕に触れてくれないかな? ほんの少しで構わないから』
アルターエゴにそう促され、狛枝はその巨大な長方形の物体に指先をつけるように触れて、やがて掌をその押し付けるようにアルターエゴに触れた。
アルターエゴはその狛枝の手を箱越しに包むような仕草をする。アルターエゴは目を細めながら二秒ほどの時間が経つと、その目は大きく開かれることになった。まさしく、驚愕といった顔だった。
そこから、十数秒の沈黙がこの教室には漂った。
『……だっ大丈夫。全部読み込み終わったよ。えっと、僕からも少し質問してもいいかな? 質問っていうよりは確認って感じなんだけど、キミは大丈夫? 何か悪影響が出ている訳ではないとは分かるんだけど、精神には確実に良くない記憶の流され方をしてるから…本当に大丈夫?』
「今のところ、特にこれといったことはないよ。しいて言えば、少し寂しいくらいかな? でも、そんなことは大したことではないし、気にすることはないかな。
それで? これはバグなの? それとも本当にあったことで、みんなそれをなぜか忘れていたの?」
『えっと、今言えることはバグではなく、これが正常な動作の結果であることは間違いないと思う。でも、こんなことは普通あり得ないんだ』
オレはアルターエゴと狛枝が何の会話をしているのかついていけなかった。
記憶の話をしてるんだよな? それで…バグみたいなことが起こってる?
「その…二人とも何の話をしてるんだ? できれば、教えてほしいんだけど…」
『あ、えっとね。簡単に説明すると、狛枝君の記憶は二つ存在しているんだ。一つはさっき言ってた六日間の記憶。もう一つが…』
アルターエゴが言いかけたその時だった。
「待って、まだ言わないで」
狛枝がアルターエゴの言葉を制止する。
『えっでもぉ…どうして説明しないの?』
「ボクから、みんなに説明したいからだよ。それに、ボクの予想が正しいのなら、こんなことで済まないと思うからね」
『こんなことで済まないって、どういう意味? …今、キミ達の中で何が起こっているの?』
「それは、学級裁判で明らかにするよ。…キミは、此処から離れられる?」
『…それはできないかな。ここはウイルスの影響でできた空間みたいだから、色々と乗っ取られてるみたいで、それは難しいかな』
「そう…。ウサミに何か伝えておこうか? 伝言はある?」
『ウサミに? えっと、少し考えさせて。その間に他の質問に答えるから』
質問…そういえば、未来機関ってオレの異血の力についてどれだけ知ってるんだ? モノミは前にオレの力を調べるには時間もお金もないって言ってたけど、一応不思議メーターなんてものを作るくらいには調べてるんだよな?
「さっき今が六日目であることに驚いていたよね? キミ達はこの修学旅行のことをどれだけ把握しているの?」
『えっと、それに関しては、何も把握できていないに等しいんだ。そもそもキミ達は一度、この希望更生プログラムと呼ばれるプロセスを完了しているはずなんだ。僕たちはそれを見届けた。その時には日向君も記憶を失っていなかった。すべてが予定調和に完結したはずだったんだ。
でも、希望更生プログラムを終えるその瞬間に“異変”が起きてしまったんだ。その“異変”は原因不明で、僕たちは突然、このプログラムとの接続をシャットアウトされてしまったんだ』
…オレ達は既に希望更生プログラムを終えていた? それって、どういうことだよ? オレ達は初対面のはずで、ほんの数日過ごした間柄に過ぎないんじゃ…。消えた記憶は、このプログラム世界に来るまでの記憶じゃないっていうのか!?
「それはつまり、ボク達の監視ができなくなったってこと?」
『そうなるのかな。僕はこのプログラムから追い出されてしまったんだけど、七海さんとウサミ、被験者のみんなはそうじゃなくて、このプログラムの中に取り残されてしまったんだ。
僕たちがこのプログラム世界に再び干渉できるようになったのは、ついさっきのことなんだ。だから、状況も何も把握できてなくて』
「…その、干渉できるようになったのはなんでかわかる?」
『おそらくだけど、このプログラム内に【致命的なバグ】が発生したおかげだと思う。なぜだかわからないけど、この世界…特に被験者に対して負担がかなり掛かっていて、それが解消されたと同時にこの世界にアクセスできるようになったんだ』
「【致命的なバグ】? …キミ達はそれをどうしたの?」
『処理…させてもらったかな。【致命的なバグ】はこの世界に圧し掛かっている異常なまでの負荷を一緒くたにした存在だったんだ。どちらかといえば、僕たちにとって都合のいい存在だったんだよ』
「【致命的なバグ】の正体はわかってるの?」
『それは、わかってないかな。僕たちは今までウイルスが侵入していることも、こんなバグが発生してしまう状況になっていることも把握できていなかったんだ。
でも、【致命的なバグ】の行動はあらかた把握はできているよ。【致命的なバグ】はプログラム内部から発生したもので、【致命的なバグ】はこの世界の記録をすべて盗む行動をしたんだ。でも、そのおかげで負荷が【致命的なバグ】に集中した。そして、僕たちの手が届くところに現れてくれたんだ。
もし【致命的なバグ】を野放しにしていたら、キミ達の記憶を攻撃する可能性もあった。そうしたら、このプログラムを出て記憶を引き継ぐ際に大きな障害になりかねない。だから、【致命的なバグ】なんだ』
【致命的なバグ】…それが、オレ達にとって重要な起点となったってことか。でも、そんな都合よくバグが発生する物なのか? そもそも、この世界の記録をすべて盗む、どうしてそんなことをしたんだ? いや、理由なんてないからバグなのか。
「…ウイルスっていうのは、多分モノクマのことだよね? それってどこから侵入したのかわかる?」
『おそらく、外部からの侵入ではないよ。多分だけど、誰かがウイルスを持ち込んだんだと思う』
「ウイルスを持ち込んだ人物と、 “異変”を起こした人物は同一かどうかわかる?」
『えっと、それはわからないかな。そもそも“異変”に関しては人為的に起こされたものなのかもわからないから
「現時点でボク達がその“異変”やウイルスに対抗するすべはある?」
『…それは、あるよ。でも、それが正常に作動するかはわからない。少なくとも“異変”に対しての対抗策は用意されてないと思う』
「…ウイルスに対しての対抗策を教えてくれる?」
『それは、僕…監視者には知らされていない方法なんだ。本来は監視者が不測の事態を起こした際に使うものだからね。でも、それはウイルスに有効なはずだよ。見たところ、ウイルスは監視者の教師役を乗っ取ってるみたいだから、それを利用する形になると思う。あいつは、教師役を乗っ取り続ける限り、教師役のルールに縛られるはずだからね』
「……ボク達に助けは来る?』
「すぐにでも、今も向かっているはずだよ。そうしなければならない事情もあるみたいだし…』
一回、湯水のようにあふれて止まらない情報をまとめてみる。
現状、オレ達はモノクマといううウイルスに襲われてる。そして、モノクマは教師役のルールに従わなくてはならない状況だ。
それと同時に謎の“異変”が起こっていて、それの止め方はわからない。
【致命的なバグ】が発生したおかげで外の人たちが助けに来る。
大体、こんな感じか? 全然呑み込めてないけど、これが全部本当なのだとしたら、どうしてそこまでしなくちゃいけないんだ? オレ達に希望のカケラを集めさせることが目的って、それをさせてなんになるんだよ? 希望更生プログラムって何だよ?
「そうしなければならない事情って?」
『えっと、この世界では日向クンに関する異常は記憶喪失しか起こっていないんだね?』
「そうだと思うけど、この世界ではってことは、外の世界では何か起こっているの?」
『そうなんだ。実は、外の世界で日向クンは原因不明の病に侵されてるみたいなんだ。ひどい熱が出ていて、すぐにでも新世界プログラムから離脱させて何らかの治療を施さないと命も危うい容態なんだ』
え? 原因不明の病に侵されてる?
「ちょっと待てよ! だったらどうして今すぐにでもこのプログラム世界から出さないんだ? もうアクセスできる状況になったんだろ?」
『それが…新世界プログラムは脳に直接影響を及ぼすことのできるシステムなんだけど、それが裏目に出てしまったみたいなんだ。本来ログアウトもログインも監視者側の権限なら容易のはずなんだけど、それが“異変”やウイルスのせいで邪魔されてるんだと思う。無理やりにでも回線を切ったり、電源を落とすようなことをすれば、被験者にどんな影響が出るかもわからない。だから、現状は正式な方法でプログラムを終了させることが最善なんだ』
「…キミ達はどこまで想定していたの? ウイルスが持ち込まれたり、システムに異常が起こることは想定していなかったの?」
『それが、ごめんなさい。この世界は本来暴力なんて存在しない世界のはずなんだ。それこそ、コロシアイなんて起こることを想定なんてしていなかった。システムに異常が起こることに関しては、それも想定していないと思う。…正確にはわからないけど、もしかしたら“異変”も内部から起こされたことなのかもしれない。その場合、誰かがウイルスと同じで何らかのプログラムを持ち込んだんだと思うけど…』
「…暴力なんて存在しない?」
オレは思わずそうつぶやいてしまう。
オレの異血の力は存在してるのにか? わざわざオレの生徒手帳に機能まで追加しているのに?
『あ、えっと。澄野クンが異血の力を使えるのは、他の計画にもこの新世界プログラムを流用する予定があるからなんだ。この世界に暴力なんて存在しない。だけど、澄野クンの力をこのプログラム上で再現することはできるってだけの話で。でも、監視役であるウサミ…モノミ? がわざわざ我駆力刀をキミに持たせるなんて…いったいどうしてなんだろう?』
「そこの狙いは、キミでもわからないか。でも、大体の事情はわかったよ。キミ達はボク達の敵じゃない。明確な味方なんだよね?」
『そう…だと思うよ。少なくとも、ご主人たま…78期生のみんなのことは信じてほしい』
「…ゴメン。まだ聞きたいことがあるんだけど、キミ達が知る日向クンとボクの知る日向クンって同一人物に見える?」
狛枝にそう聞かれたアルターエゴは少し焦ったような口調で受け答えをした。
『えっとぉ、僕も日向君とか関わることが多かったからわかるんだけど、なんというか性格も身体能力も別人レベルに変わってると思うよ。それが、記憶を無くした影響なのか、それともそれが日向君の本来の姿なのか僕にはわからないけど、データ上ではどちらも日向君だよ。確かに同一人物のはず…なんだけど』
「…今の日向クンの状態を外の肉体に移すことは、キミ達にとって不都合だったりする?」
『え? それは、それは……僕には答えられないよ。アルターエゴとして、答えられない。僕は彼に色々と世話になった身だから、僕がそれを答えることはできない。
でも、僕は今の日向君を否定なんてしないよ。人間には色んな側面があるから…きっと、それを否定なんてしてもしょうがないと思う。否定しても、肯定しても、そこに存在する事実は変わらないから。
その…キミが日向君に何かをするのなら、僕らはそれを止めるかもしれない。でも、キミの行動は決して間違いなんかじゃないと思う。キミが抱いている寂しさは、嘘じゃない。この世界に存在するものは、すべてが嘘なんじゃない。キミの抱いているその感情は間違いなく本物だと思うよ』
狛枝が寂しさを抱いている? さっきも言ってたけど、それって何だ? 何に寂しいと思うことがあるんだ?
「人工知能に励まされる日が来るなんて、思ってもいなかったよ。…ありがとう。気遣いでも、そう言ってくれるのは、少しホッとするかな」
『そうかな? そうだったらいいんだけど…。ごめんなさい…僕はここで質問を答えるくらいしか、キミ達を助けることができない。七海さんも…僕にはもうどうにもできない。今から始まる学級裁判も止まられそうにない』
…プログラム上の存在なら、バックアップもあるんじゃないかと思ったけど、それも残ってないってことか?
「なぁ、それってバックアップとかも残ってないってことなのか?」
『…おそらくは。ウサミの方が近くにいたと思うから、詳しくはウサミに聞いた方がいいと思う』
オレは七海の近くでシクシクとし続けていたモノミの姿を思い出す。七海が眠ったままあの浜辺に今もいることを思い出す。
オレは無意識の内に力強く手を握り込む。どうにもならない無力感が、オレの中にはあった。
…もし、バックアップがあるのならあんな取り乱したりするのか? そんなことをする必要なんてなかったんじゃないのか?
「……アルターエゴ、オレ達はどうすればいいんだ? オレ達は何をどうすべきなんだ?」
『…僕たちはキミ達を必ず助ける。だから、その時になるまで何とか耐えてほしい。本当に、すぐに助けが来ると思うから』
「質問がある。もういいか? 狛枝?」
「まぁ、いいよ。十神クン」
そう言って、狛枝が後ろに下がって教室の中心から離れて、今度は十神が前に出た。
「もし、このプログラム世界で死亡した場合どうなるんだ?」
『そんなことは想定されていないけど、もしそんなことになってしまったら、実質的に脳死状態になってしまうと思う。外の世界にある肉体にその状態が反映されてしまったら、植物状態になって復活することが困難になってしまうと思うよ』
「…そうか。別の質問だ。俺達のことを未来機関はどれだけ把握している? 少なくとも俺の正体や、澄野の異血については知っているようだが」
『僕は未来機関の思惑はわからない。どれだけ把握しているのかも僕は知らない。けど、一つ言えることは、その情報は世界全体に知れ渡っていることではないってことだよ』
「それは、どういう意味だ?」
『この新世界計画は、世間に公開されていることじゃなくて、極秘に行われているらしいんだ』
極秘に行われている計画? 別に世間に公開することでもないのかもしれないけど、極秘に行われているってことは隠されてはいるってことだよな?
「…これは、非人道的な実験ではないのか? たとえ必要なことだとしても簡単に容認されていいことではないだろう」
『非人道的ではないはずだよ。実験でもない。これは、希望のためのプログラムのはずだから…』
希望…希望? 未来機関の指す希望って何だ?
「…新世界プログラムの概要と、さっき言っていた希望更生プログラムについて教えてくれないか?」
『わかったよ。まず、この新世界プログラムは別名、サイコセラコンピューティック・コミュニケーション・シュミレーターと呼ばれるものなんだ。新世界プログラムは最新型のサイコセラピー機器と、その管理プログラムによって構成されているんだ。これの開発には希望ヶ峰学園の超高校級の才能を持つ生徒らの協力があって、それが僕のご主人たまなんだ。この新世界プログラムでは頭部に当該装置を装着することで、被験者の全員に共感覚仮想世界を体感させることができるんだ』
「それが、このジャバウォック島という訳か」
『うん、そうだよ。この島の外は実際のジャバウォック島で、島の情報をある程度読み込んでこの島がプログラム上で形成されているんだ』
オレ達の本物の肉体はジャバウォック島でその機械をつけられて寝ているってことか? それって、未来機関の監視下にあるってことだよな?
『それで、希望更生プログラムについてなんだけど、これはさっきも言った通り、このプログラム世界において希望のカケラを集めるプロセスを指す言葉。つまり、新世界プログラムの別名ってだけで深い意味はないはずだよ』
「それにしては名称に更生をつけるなど、それではまるで……」
十神が途中で黙り込んでしまう。それは、まるで何かに感づいたといった様子で、先ほどの狛枝のそれと似ていた。
何だ? 確かに更生なんて名称は妙だけど、それがどうしたって言うんだ?
「……アルターエゴ、この新世界プログラムの被験者とやらは監視者を除けば15人であっているか?」
『うん、あってるよ。この新世界プログラムは、キミ達被験者15名のためのプログラムのはずだからね』
「…そうか」
そう言うと、十神は教室の中心から離れて、何かを思案するように黙ったままになってしまう。
二人とも、何かに気づいたっていう風だな。確かにこの世界の謎は解けつつあるけど、まだ気になることはあるはずだ。
「ちょっといいか? 聞きたいんだけど、七海の日記には『タイムアップが近い。あの人はそう言ってた』って書いてあったんだが、あの人って誰かわかるか?」
『うーん、多分だけど、苗木君か他の誰かかもしれない。僕たちはずっとこのプログラムとコンタクトを取れないかずっと試していたから、それがもしかしたら届いていたのかもしれない』
「外からの声が聞こえていたのかもしれないってことか」
でも、それならどうして七海は死んでしまったんだ? 外からの声が聞こえていたなら、助けが来ることだってわかっていたはずだ。なのに、死んでしまった? 誰かが殺したんじゃないんだとしたら…でも、自殺だって考えられない。
……ダメだ。一回別のことを考えてみよう。
「…なぁ、そのオレの記憶も読み取ることってできるか?」
『え? できるけど、どうして?』
「その、オレはここ数日、ずっと急に頭痛が起きることがあって、それで何かを思い出しそうで思い出せないんだ。だから、何かわかることはないかなって」
『…そういうことなら、わかったよ』
オレはアルターエゴに物体に手を当てる。
そうするとなぜだか頭に麻酔が掛かったような感じがして、なんだかふわふわとした感覚が脳に伝わってくる。でも、それは長くは続かずに、ほんの数秒程度で終わる。
『えっと、終わったよ』
「で、どうだった?」
いつの間にかそばにいた狛枝がアルターエゴにそう質問していた。
…考えがまとまったのか?
『その…この記憶は思い出さない方がいいものかもしれない』
「それはどうして?」
『この記憶には、ありえない人物がいて、その上…彼女が出てきているから…』
「ありえない人物? それに、彼女って?」
オレが質問したいことを狛枝が矢次に質問していく。
そういえば、狛枝はオレの記憶を知りたがっていたっけ。…よくよく考えれば、それも謎ではあるな。
『ありえない人物って言うのは…そのハッキリとは明言できないんだけど、澄野クンと仲が悪かった人…かな? それで、その人と平然と話していて。それで、彼女って言うのは…それも言えないかな。ごめんなさい』
「…澄野クン、仲の悪い人だって。心当たりはある?」
「いや、ないけど。嫌いな奴はいるけど、それは絶対あり得ないと思うし」
「……ねぇ、アルターエゴ。その記憶の受け渡しってできる?」
『えっとぉ、できなくはないけど。多分、それをしたことがバレたら、僕はご主人たまに怒られることになると思う。それくらい、危険な記憶なんだ』
危険な記憶? 知るだけで何かマズイことってことか。…グロイ死体の記憶とか? いや、想像したくないな。
「アルターエゴ、多分だけど、その記憶はこの修学旅行を終わらせるのに必要になると思うんだ。怒られるのを覚悟でも、渡してくれないかな?」
『いや、怒られるのは別に気にしてないんだけど、この記憶による悪影響を心配していて…でも、そこまで言うのならここで記憶を渡してもいいよ。ただし、その記憶を受取るのは澄野君でないとダメだよ。他の人だと、記憶が混同しちゃうから…』
「…いや、今ここじゃなくてもいいよ」
「おい、狛枝。なんで止めるんだ?」
「悪影響が出るかもしれないんでしょ? だったら、必要に迫られてからでも遅くはないはずだよ。お願いなんだけど、この紙にその記憶のプログラムを埋め込むことはできる? できれば、澄野クンがこの紙に触れたら記憶を思い出す感じで」
そう言って、狛枝は何の変哲もないメモ用紙を一枚取り出して、アルターエゴに差し出した。
『それなら…わかったよ。やってみる』
「…記憶の紙はボクが預かってるよ。万が一、触れちゃったら危ないからね」
「……わかったよ」
狛枝はオレの記憶がこの修学旅行を終わらせるのに必要って言ってるけど、それって七海から聞いたのか? だったら、七海はどうしてそう思ったんだ?
『できたよ。これを使うときは気を付けてね。もしかしたら、頭痛とか起きちゃうかもだから』
「わかったよ。ありがとう」
オレがアルターエゴに礼を言うと同時に狛枝がその紙を受取った。
アルターエゴには聞きたいことがまだまだあった。それは狛枝も同じだったようで、再び狛枝が口を開いた。
「未来機関について聞きたいんだけど、もし澄野クンと日向クンだったら───」
そう狛枝が言葉続ける瞬間だった。
突然、モニターのディスプレイが光を発して、白と黒のツートンカラーのクマが喋り出す。
『…えー、えー、オマエラ、操作時間は終わりですよー! 部屋から出て、一階の赤い扉に向かってくださいね』
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