嘘が壊す前に   作:nazuna4849

3 / 5
壊れたような気がした

会って欲しい人がいる。

着いてきて。

 

 

 

 

 

アイは、それ以上何も言わずに歩き始めた。

電車に乗り、バスに揺られ、しばらく歩いて。

そうして辿り着いた先は、苺プロダクションだった。

 

「ここは……」

 

苺プロダクション。

アイの所属する芸能事務所だ。

お世辞にも大手とは言えないが、社長の斎藤壱護は業界でも顔が広く、かなりのやり手だと聞いたことがある。

 

「ここだよ」

 

そう言って、アイは迷いなく扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内されたのは、会議室と書かれたプレートの掛かった部屋だった。

中に入ると、すでに二人の大人が待っていた。

 

一人は、強面で、サングラスを掛けた男性。

もう一人は、柔らかい雰囲気の女性。

 

「はじめまして、だな」

「苺プロの社長をやっている斎藤壱護だ」

 

低い声で、一護社長は僕から目を離さずそう言った。

隣に立つ女性が、軽く会釈をする。

 

「壱護の妻のミヤコです」

 

 

 

アイが僕に会わせたいと言っていたのはこの人たちのことなのか。

どうして、ここに呼ばれたのか。

何を話されるんだろう。

分からないまま、色んなことを考えてごちゃごちゃになった頭のままで、椅子に座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

アイは、僕の隣に腰を下ろすと、

しばらく何も言わなかった。

 

指先をぎゅっと握りしめて、

一度だけ、小さく息を吸う。

 

 

 

「ヒカルくん」

「……私ね、たぶん君が思ってるより、君のことちゃんと見てる」

 

「だからさ、全部話そうよ」

一度、言葉を区切ってから、アイは続けた。

 

「君のこれまでのことも、私のことも」

「私たちのこともさ」

 

 

 

 

その一言で、空気が変わった。

 

 

 

アイは本当に全部を話した。

母親からの愛を受け取れなかったアイ自身のこと。

愛が分からないということ。

そして、歪んだ愛を受け止め続けている僕のこと。

僕が何をされてきたかということ。

姫川愛梨のこと。そしてその子供の真実も。

また、僕たちの出会いのこと。

妊娠のことも。

 

 

途中、言葉に詰まる場面もあった。

それでも、アイは嘘をつかなかった。

 

 

 

 

壱護社長は、黙って話を聞いていた。

ミヤコさんは、時折、辛そうに目を伏せていた。

 

やがて、話し終わると、しばらく沈黙が落ちた。

 

「……なるほどな」

 

社長が、重く息を吐いた。

 

「ヒカル君」

 

社長は、そこで一度言葉を切った。

 

「君は、どうしたい?」

 

社長が僕にそう言った。

 

 

 

頭が真っ白になった。

アイに会わせたい人がいると言われてから、

ここに来るまで、ずっと現実味がなかった。

まるで夢の中の出来事のようだと思った。

 

僕はどうしたいんだろう。

 

相変わらず、頭は真っ白だった。

だけど、気がついた時には僕の目からは涙がこぼれ、僕の口は勝手に言葉を紡いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「........たすけて」

「たすけてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、わかった」

 

壱護社長は、はっきりと言った。

 

「あとは任せろ」

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥に溜まっていた何かが、静かに崩れた。

 

僕は、ずっと誰かに助けてもらいたかったんだ。

本当は、愛梨さんからの行為が気持ち悪くて仕方がなかった。

こんなことを話せるのはアイだけだった。僕と同じアイだけ。そう思っていた。

僕は、本当は逃げたかったんだ、愛梨さんから。

僕はただ普通の愛が欲しかっただけだったんだ。

 

 

僕の嘘の仮面が壊れたような気がした。

 

 

 

 

僕は泣いた。ただ泣いた。

 

 

アイは何も言わず、僕のそばに居てくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のことは、正直あまり覚えていない。

 

気がつけば、話は具体的な手続きの話になっていて、

いつの間にか、僕のこれまでの生活は、静かに終わりを迎えていた。

 

姫川愛梨のことは、

気づけば「事件」として処理されていた。

 

 

 

全部が、あまりにもあっけなく、

現実味のない出来事だった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。