銀河メスゴリラは平和に暮らしたい 〜中身が死神と呼ばれた最強元帥の私は、転生先で宿敵のお嬢様に拾われて銀河冒険者になる〜 作:葱ラーメン大盛A定食セット(旧竜騎兵)
「一つ聞かせて欲しい、何故だ?」
その問いに応えるのは、砕け散った大理石の破片と、絨毯を汚す白磁の盃から溢れた酒――そして、皇帝の腹部から流れ落ちる鮮血の音だけだった。
そして、今まさに絨毯に血でシミを作っている魔法使いの男は心底信じられない様子でこちらを見ている。純白のチュニックも血で染まり、致命傷であることを伺わせる。ここまで来るのに、長かった。
帝国軍に所属してから数十年。ひたすら帝国の暴力装置として従順に従い続けながら練っていた計画。皇帝暗殺計画は計算外の出来事がいくつか発生しながらも概ね成功したと言って良いだろう。
我ながら、よくやったものだ。先のアルビオン征服の戦功が評価され、元帥への昇進が決定。昇進を祝す皇帝主催の祝賀会に参加。そこから自費で仕入れた高価な蒸留酒を贈呈し、皇帝と側近たちを酔わせ、宴もたけなわとなった頃に戦利品として手に入れたという体で天馬の木像を贈る。
その木像には同志たちと、私の得物を忍ばせておき、皇帝が木像に近づいた所で中にいる同志が光線を放つ魔法である『魔光』で皇帝を暗殺。そこから皇帝の取り巻きと親衛隊を始末して宮殿から脱出する。
それが当初の計画であった、ああ、計画は成功した。半分は。皇帝が致命傷を負いながらも反撃して来るとは思わなかった。『魔光』を皇帝の腹部に直撃させて貫いた同志スチュアートは反撃の凍てつかせる魔法である『氷像』を食らって凍り付き即死。それが開戦の合図となり、皇帝、そして親衛隊との死闘になった。
結果として生き残ったのは私と、最年少のリーだけだったので同志たち全員が生きて帰るという目標を達成することができなかった。なので半分は、成功なのだ。散っていった同志たちは皆、優秀な魔法使いで、帝国残党との戦いに必要な人材だったというのに。
「禁術の被験者、そして奴隷でしかなかった私を重用し元帥まで引き上げてくれたことには、感謝してます。ですがね、皇帝。ロンバルリア帝国はあまりにも傲慢過ぎました」
喋りながら、口から血が溢れる。どす黒い血。内臓のどこかを痛めたのだろう、私もそう遠くないうちに死ぬことになる。死の間際に口数が多くなる者を何人も見てきたが、彼らも今の私と同じような心境だったのだろうか?
「魔力を持たない者を人猿と蔑み、酷使し、富を奪い、搾取し、犯し、殺す。はっきり言ってですね、帝国の在り方に憤る魔法が使えない者は勿論、うんざりしていた魔法使いも多かったんですよ。私がここで貴方を殺さなくても誰かが貴方を必ず殺していましたよ」
そうとも。私が、いや、私たちがやった行為はロンバルリア魔法帝国と言う魔法使いによる魔法使いのための魔法使いの国という、必ずや近いうちに滅びることが約束されていた国の寿命を縮めただけに過ぎない。百人に一人、魔力を持つものが産まれるかどうかの割合だ。絶対的な少数が圧倒的な多数を支配しようとするならば必ずや限界が来る。首都ロンバルリアを支配してるだけの都市国家だったのならばまだ歪も小さかっただろう。だが、帝国が周囲への侵略路線に舵を切った時点でこうなることは決まっていた。
私の言葉を聞いた皇帝は、小さく分かってないな、と呟いた。血を大量に流しすぎたのか、足元がふらつく。体が重い。と言っても、今まで殺してきた敵の事を考えたら、血を流す順番が私に回ってきただけなのかもしれない。
「分かってないな、ブラハ・レール元帥。私を殺した所でまた人は似たような過ちを繰り返すぞ。魔法を使えない人猿ならば、猶更だ。魔法を使えない無能な人猿を我々魔法を使える者、魔法使いが管理するのが最適解だと何故わからん。 未来を作れるのは神に選ばれし魔法使いである我々だけなんだぞ?」
「確かに、人は失敗を繰り返すことになるでしょう。ですが、失敗を重ねてゆきながらも前に進むことで、未来は作られてゆくのです。 ――そして未来を作るべきなのは古代の神とやらに選ばれし存在とやらではありません、人々の民意であるべきです」
得物の大鎌を構える。最初は敵兵を畏怖させるために握っていた得物。いつの間にか、もっとも使い慣れた武器となった相棒の切っ先を皇帝の首に押し付ける
「さようなら、皇帝。私も、貴方も、人々の未来の為の礎となりましよう」
「――狂った共和主義者め」
皇帝の首が地面に落とされる。終わった、何もかも。
「……っ、ブラハ様……! 動けますかっ」
「ああ、リーか、すまないな。 油断していた訳ではないが、急所に『魔矢』を食らってしまったようだ」
笹耳が特徴的な少女が深々と切り付けられて血が滴る腕を押さえながら駆け寄ってくる。結局、私含めて十三人いた皇帝暗殺の実行犯の内、生き残ったのは私と、そしてリーだけなようだ。
思えば、彼女とも長い付き合いになる。彼女の里を皇帝率いる親衛隊が襲撃した際に、物陰に隠れて息を潜めていた彼女を保護したのが付き合いの始まりだ。元々魔法の才能に恵まれた者が多いエルフ族の中でも特に魔力に優れていた彼女はすぐに頭角を現した。まだ15歳と言う若さで皇帝暗殺作戦に参加しているのが彼女の能力の高さを物語っている。
「動ける、動ける、が……どうやら時間切れなようだな」
「……この足音! 騒ぎを聞きつけられましたかっ」
武装した集団の足音が宴会場となっていた広間へと近づいてくる。慌ただしい足音から察するに宴会中に異常が発生したと気が付いてすぐに向かってくるあたり、やはり皇帝の親衛隊だけあって優秀だ。と言っても、既に彼らの守るべき主は永久の眠りについたのだが。
致命傷を負った私と、負傷しつつも走ることができるリー。生き残るべきなのは、どちらかは明白だ。
「リー、君は逃げて仲間たち合流しろ。既にマルセーヌに駐留している軍団の指揮官と、アルビオン駐留の私の手勢には話をつけている。今後は君が反帝国の中心に立って、皆を導くのだ」
「で、ですが、ブラハ様はどうするのですか!? その傷だと逃げることも難しいのではっ」
「……最期は、若者たちの礎になるために使わせてくれ」
力を振り絞り、口から血を吐き出してゆきながら魔力を練り上げる。そしてイメージする。敵を薙ぎ倒す力に溢れた自らの姿を。血で汚れた口を動かし、言葉を紡ぐ。そのイメージを確固たる物にして、誰かを守るための力とするために。
「『当千』」
イメージする。自らが竜にさえ匹敵せんばかりの強力な怪力を得る姿をる練り上げられた魔力が呪文を唱えることによって事象へと変化する。体の奥底から力が沸き上がる。敵を薙ぎ倒す、圧倒的な力が。魔力の残量を考えるに、恐らくこれが私が最後に使う魔法となるだろう。
魔力に応じて魔法の強度が高まる。私は魔力だけならば他の誰にも負けない、それこそ魔力に優れたエルフ族であるリーにさえ負けないという自負がある。私の魔法の強度は、リーも、そして皇帝さえも上回るのだ。魔法の知識自体は借り物でしかないが、この魔力は私が誇れる、自分の長所の一つだ。
「リー、実は以前マルセーヌの有力者を始末した時に、とある魔法をかけられた。戦闘狂の狂った男に転生の魔法をな」
――ここでは負けてやる。だが貴様には転生の魔法をかけた。記憶と経験を受け継ぎ、何年後に転生できるかは実証はしたことがないから分からんが、同じ時代に転生することができるだろう。今度会う時は、必ずその首を取ってやるから覚悟しておけ!
帝国属領の1つであるマルセーヌの港街で戦った彼の言葉が果たして本当かは分からないが……中々ロマンのある話だ。
……私に魔法をかけた者の言葉を思い出してしまった。狂った戦闘狂だ。出来れば、死後も殺し殺されの世界に身を置きたくないものだが。
「……本当は私には民意という高尚なものは分からん。だが、皇帝の専制政治に比べたらマシだと思って命と、自分の全てを賭した。だが、もう長くはない。これからはお前たち若者が未来を作るのだ。そして、もし転生できれば、君達が作り出した世界を見せてくれ」
「……分かり……ました、分かりたくないです、が……分かりました! ですがっ、再開したらそれはもう思いっきり怒りますからね! 私になんてものを押し付けるんだって! 貴方が転生して、また出会うことができたら、思いっきり怒りますからっ」
リーが走り去ってゆく。うむ、まだ宮殿の包囲は完了してないだろう。リーの足ならば包囲が完了する前に宮殿から脱出することができる筈だ。では私も、最期の仕事をするとしよう。
広間の中へと駆け込んできた親衛隊に視線を向ける。豪奢な絨毯を血で濡らしている皇帝、胸を貫かれて壁に寄り掛かるようにして息絶えている大臣、そしてその横には同志の一人であるヒルが上半身と下半身を泣き別れさせられてしまいながら崩れ落ちていた。その場所だけではなく至る所に死体が転がっている。広間からは強烈な血の匂いが漂っていた。ここにいる連中が流させてきた血の量に比べたら、比べるのも烏滸がましいほどに些細なものだろうが。
至る所に軍の高官や帝国の首脳、そして同僚の亡骸が転がっているのを見て流石に突入してきた親衛隊の者たちは動揺しているようだが、流石は皇帝の親衛隊に選ばれた者たちだ。すぐに状況を把握し、大鎌を構えて臨戦状態となった私を信じられないものを見るような視線を向けてゆきながら得物を構えてゆく。
「げ……げん、すい? ……この惨状は貴方が……?」
「うむ、いかにも。 大人しく武器を捨ててここから去るならば、君達は見逃そうと思うが、どうする?」
『当千』によって強化された腕力を示すかのように、柄を強く握りしめてゆく。握り締めている大鎌の柄が軋む。柄が軋むことによって刀身が鋸状になっている大鎌が震える。冗談にしか思えない武器だが、敵を畏怖させるために使っているうちに一番使い慣れてしまった得物。帝国の【死神】たるブラハ・レールの代名詞。
「……舐めないでください、元帥。皇帝殺害の実行犯をみすみす逃がすと思いますか?」
「だろうな。……なら」
私には魔力以外に誇れるところがある。それは常人離れした体格と膂力だ。帝国軍に所属してから鍛錬を怠ったことはない。つまり、何が言いたいかと言うと、『当千』による身体能力の強化も合わさった私は白兵戦で遅れを取ったことは今までに殆どないと言うことだ。
「――地獄でも皇帝に仕えると良い」
地面を蹴って一気に駆ける。先頭に立っていた親衛隊の隊長が瞬きする間に距離を詰めて、一瞬で距離を詰めてきたこちらの姿に驚愕の表情を浮かべ、目を見開いている男を見下ろしながら地面を蹴って飛び上がる。そして空中で横に一回転。手に握られた大鎌の刃が鈍く煌めく。筋繊維を切り裂き、骨を断ち切る感触が手に伝わる。宙を舞う隊長の首、親衛隊の兵士たちの表情が凍り付き、一瞬であるが怯む。
「どうした? 帝国の【死神】の首を取るという気概を持つ者は居ないのか。親衛隊の兵士たちは全員宦官だったのか?」
首を切り落とされて崩れ落ちそうになってある隊長の体を踏み台にして、勢いをつけて敵陣へと飛び込む。一早く硬直から回復し、反撃するため魔力を練っていた敵の首をすれ違い様に一撃。鎌を引っ掛けるようにして首を飛ばし、首無し死体を一つ増やしてゆく。
……私が誰かを逃そうとする為、残ってることには気が付いてる様子では無い。好都合。注目を集めるために今度は体を横に回転させて遠心力を載せて大鎌を回転させて敵を切り裂く。やはり使い慣れた武器を使うのが一番だ、手に馴染む。
「撃て! 撃て! この際味方を巻き込んでも構わん! 元帥を討ち取れ! 皇帝の仇を取れっ!」
眩い閃光が大鎌で切り裂こうとした親衛隊の兵士ごと私を貫いてゆく。激痛が走る。血が飛び散る。だが止まらない。私と同じように『魔光』によって貫かれた哀れな兵士を片手で掴み上げて後衛めがけて投げつける。再び光線による弾幕を放とうとしていた敵兵たちを何人か吹き飛ばす。
大鎌を構えなおし、再度前へと出ようとする。
背中に激痛が走る。その次に胸に、その次に下腹部に。血が口から噴き出る。
それでも斃れなかったのは、私の最期の意地だったかもしれない。視界が黒く染まる。ああ、そうか、これが。死か。リーは、逃げ切れただろうか。鉛のように重くなり、回らなくなりつつある頭で考えられたのは、その事だけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
後世の歴史家によって【勇者達の反逆】【帝国崩壊の序章】【終わりの始まり】とも著述される事件はこうして幕を閉じた。一人のカリスマ的な指導者によって統治されていたに過ぎない魔法帝国は一気に瓦解。各地の軍閥が皇族を傀儡にして独立する内乱の時代となる。
内乱は、反帝国勢力をまとめ上げて結束したリーの指導の元、数十年に渡る戦いの末、終結。ここに、マルセーヌ連邦と呼ばれる民意が反映される国家が作られる事になる。当初は選挙権は一部の富裕層に限られていたが、少しずつ時代を経るにつれて、有権者と認められる者の範囲は広がってゆく事となった。
長い時を経て富裕層も、貧民も、全ての市民に政治に参画する権利が与えられ、技術も発展し、人々はついに宇宙へと飛び出すことになった。技術が発展するにつれて、魔力を持つ者と言う選ばれし者でしか扱えず、一つ習得するのに数年はかかる魔法と言う分野は廃れていった。
しかし、魔法が技術の発展によって廃れてゆきながらも、変わらないことがあった。
それは、人が争いを止める事は、無かったという事。
魔法による光線の代わりにブラスターが使われるようになり、チャリオットの代わりに八足の戦車が使用され、艦隊戦においては櫂船の代わりに宇宙戦艦が使われることになった。どんなに技術が発展しても、どんなに生活が豊かになっても、人の本質は変わらなかったのだ。
銀河に興った文明の1つである地球との合併を経てもなおも争いを繰り返し続けた。
しかし、人は歩み続け、発展し続けた。
まるで、何かに導かれるように。