ギターと孤独とあと私   作:伊島蒼

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1. 無色の日々を彩る

 

 

 諸事情によりこの春から二度目の高校一年生を迎えることになった私だが、やはりというべきか、一ヶ月経った今でもクラスには馴染めていなかった。

 馴染めていないとは言っても、露骨に避けられたり陰口を言われたりなど、いわゆるイジメのような状況に陥っているわけではなく、単純に距離があるのだ。よそよそしさや若干の気まずさを感じる程度の心の距離が。要するに私という存在が扱いづらいのだろう。

 それが嫌なのかといえば、実はそうでもない。独りでいることを至上とするつもりは勿論ないけれど、しかしながら今の環境が最上であることもまた事実なのである。これは私が留年するにあたった諸事情というものが関係するのだが、まあ、それはいいだろう。この世の誰にだって話したくないことの一つや二つあるものだ。私の場合、話せないと言った方が正しいが。

 

 さて、どう言い訳したところで結局は独りぼっちであることに間違いない。

 現在時刻は八時十分。HRが始まるのは八時四十分。ただ一人で机に座っているには少々持て余してしまう時間だ。ならばギリギリを狙っていけばいいじゃないかと思われるだろうが、これは性格的な問題。常に余裕は持っておきたいのだ。それに混んでいるバスは好きではない。

 

 鞄を漁って文庫本を取り出す。

 図書室で借りてきたライトノベルだ。主人公が異世界に転生して幸せに暮らす、ファンタジーなもの。

 図書室にはお堅い小説しか無いと思っていたのだが、意外や意外、雑誌や少しだが漫画なんかも置かれていたりして思いのほかバラエティに富んでいたのだ。そんなわけで可愛いイラストのライトノベルを拝借してきた。

 去年まではたとえライトノベルといえども小説を読むことなんて殆ど無かった私だが、この朝の暇な時間を読書に充ててみると、これが案外面白くてすんなり読めてしまった。

 

 しかし、これで私も文学少女を名乗ってもいいのだろうか。一月も読書を継続しているのならそろそろ自称しても良いのではないかと思わないでもないが、私が読み漁っているのはライトノベルである。聞くにライトノベルは小説ではなくほぼ漫画の延長だと言う層もいるのだとか。そう考えるとまだ私が名乗るのは許されないかもしれない。

 いわゆる一般文芸というものにも一応興味がある。このシリーズを読み終わったらそろそろ手を出してみるのも良いかもしれない。文学少女という肩書きが欲しいからではないけれど。

 そんなことをページを捲りながら思っていると。

 

 ──バンッ、と。勢いよく扉を開ける音。

 

 読書に集中していたせいだ。その突然教室内に大きく鳴り響いた音に驚き肩を跳ねさせてしまった。

 視線を扉へ。私と同様に驚いたのだろう、それなりの人数が音の発生源である扉を反射的に見ている。

 

 そこには……なんというか、すごい格好をした女子生徒がいた。

 名前は確か、後藤さんだ。

 ピンクのジャージに下は制服のプリーツスカート。開けられたファスナーの内側に見えるTシャツは中学生男子が好きそうな謎のデザインをしている。

 両腕には色とりどりのラバーバンド。一つ二つならばアクセサリーとして成立しそうだが、大量に付けていればもはや面妖としか言えない。

 肩に提げたトートバッグは缶バッジが敷き詰められている。あれはいわゆる痛バというやつだ。

 さらに背中には黒いギターケースを背負っている。

 総じて言うと、やはり変な格好だ。

 

 いや、まあファッションは自由であるべきだとは思うけれど。しかし、華の女子高生としてそれで良いのかと問いたくなる。

 注目を集め、あれはなんだと囁かれていても気にすることなく自分の席へ。そしておもむろにじゃらじゃらとしたトートバッグから雑誌を取り出して机の上に広げ出した。中々に度胸がある。ロックだ。

 

 ……これは何かのアピールなのだろうか。

 昨日までは突っ伏して寝ているから教室に居ないかのどちらかで、影が極限まで薄かった。それが今日はこんなにも奇抜で奇怪な格好をしているのだ。お陰でいつにも増して周囲は近づけなくなっている。もしやそれが狙いなのか。いや、そうだとしてもそれに何の意味があるかわからないけれど。或いは遅めの高校デビューなのかもしれない。

 

 

 ▽

 

 

 今年度になってから時計が進むのが遅くなった。

 なんて、それっぽく表現してみたが、単に授業を真面目に聞いていないだけである。去年の後半は事情により全く出席できていなかったとはいえ、流石にこの時期の授業は頭に入っている。

 私の通う高校──私立秀華高校は他より多少は自由な高風ではあるけれど、何処にでもある至って普通の高校だ。

 つまりはそこまで偏差値が高くない。まだ五月の現在は、元よりそこまで勉強が得意ではない私でも授業を聞いているだけでそこそこの点数が取れるくらいには授業内容が簡単だ。まして今回は二度目で、去年の十一月までは真面目に勉強をしていた。お陰で完全にイージーモード。しかしその代わりに授業は少々退屈だ。

 

 何か面白いことが起こらないかな。

 なんて、なかなか進んでくれない時計を眺めながら思う。

 退屈を少しでも和らげてくれるような何か。なんでもいいのだ。隕石が降ってくるのでも、テロリストが学校を占拠するのでも。

 いや、実際にそんなことが起これば退屈が和らぐどころの話ではないし、そもそもとして起こるはずもないことだと分かっているけれど、しかし蝶の羽ばたきが原因で地球の裏側で竜巻が起こる可能性だってあるという。バタフライエフェクトというのだったか。だから、限りなく低くとも可能性はゼロではないのだから、ほんの退屈しのぎの妄想くらいは許してほしい。

 

 さて、放課後である。

 部活も塾も無ければ、友達もいない私には予定が無い。つまり後は帰るだけなのだが、ふと、私と同じようにいそいそと帰る支度をしている後藤さんが視界に入る。

 ジャージ姿なのは変わらないが、今朝とは違ってあのダサいTシャツは見えないし、ラバーバンドやら缶バッジやらも外してしまっている。

 席が近いので自然と見えていたのだが、時間を経るごとに暗い顔になりながら装飾が減っていくのは正直面白かった。

 

 そんな後藤さんを横目に見ながら帰る準備を進めていると、一足先に席を立った彼女の鞄からラバーバンドが落ちた。彼女は気づいていない。周囲も同様に。

 これは……私が拾って渡すべきなのか?

 そうこう悩んでいるうちに後藤さんは教室を出ていく。私はそれを拾って彼女を追いかけた。

 廊下、階段、玄関、そして外へ。

 しかし、歩くのが速い。私も同様に歩いて彼女の後ろを付いて呼び止めるタイミングを窺っていたのだが、どんどんと離されてしまっている。

 反射的に追いかけてしまったが、よく考えれば机の上にでも置いておけばよかった。しかしここまで来たならもう直接手渡すしかない。今から学校に戻るのも面倒なのである。

 

 少し探したが、彼女は公園にいた。ブランコに腰掛けなにやら思い悩んだように俯いている。もしや返すタイミングは今じゃないのだろうか。

 そうやって彼女ほどでは無いにせよ悩んで及び腰になっていると、

 

「あっ! ギターッッ!!」

 

 そんな声と共に後藤さんに駆け寄る何者かの姿が見えた。

 明るい髪で、年齢も私と変わらないだろう少女だ。

 

「それギターだよね? 弾けるの!?」

 

 やや焦ったような、興奮したような少女に詰め寄られている。

 当の後藤さんはというと、それはもう可哀想なくらい狼狽していた。

 今私が出てもややこしくするだけだろう。どうやら難癖を付けられているわけではなさそうなので、少し隠れて様子を見る。

 

「ちょっと今困ってて、無理だったら大丈夫なんだけど……大丈夫なんだけど困ってて……」

「えっ、あっ」

「お願い! 今日だけサポートギターしてくれないかな!」

 

 なるほど、臨時のバンドメンバーを探していたのか。それでギターケースを背負っている後藤さんに目を付けたと。

 しかし、何故こんなところで探していたのだろう。この近辺にライブハウスなんて無かったはずだが。少し離れるが、一番近いところだと下北沢で探した方がいいだろうに。

 

「ありがとう!! 早速ライブハウスへゴー!」

 

 まだ答えてもいない後藤さんを手を、半ば強引に引いていく。後藤さんは再起動出来ていない。なんだか可哀想になってきたので、役立たずだけど一応助け舟を出すかと一歩踏み出そうとして。

 

 ──人生はつまらないか?

 

 思い出す。

 

 ──なら、私たちと楽しいことをしよう。

 

 思い出す。

 

 ──お前のその歌声が欲しいんだ。

 

 思い出す。

 

「……ッ」

 

 喉の奥から込み上げてくる不快な塊。それを吐き出さないように口を抑えてしゃがみ込む。

 

 違う。

 あの人たちは関係ない。

 状況が似てさえいない。

 なのに何故、今思い出してしまうのか。

 身体から熱が失われていくのを感じる。指先から順に冷たくなっていく。自分の身体が、まるで自分の物じゃないような感覚に陥っていく。

 けれど思考だけは冷静になってくれない。

 まるで熱暴走を起こしたように、蓋をしたはずの記憶が溢れ出してくる。身体中の自由を奪うように、絡み付いてくる。

 

 大丈夫。大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 喉に押し付けられたような圧迫感。肺が空気を吸うことを拒むような痛み。視界の端がじわりと暗くなる。かすかに震える膝を抱え込んで、私はただ丸くなるしかなかった。

 吐き気が治る頃にはもう二人の姿は無かった。

 

 

 

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