ギターと孤独とあと私   作:伊島蒼

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2. 心はまだ半人前

 

 

 月曜日。

 私に話しかけてくる人もいないので今日も今日とて読書に励む。

 実はこの一週間でついに一般文芸、ミステリー小説に手を出してみたのだが、いまいちハマることが出来なかった。これは読めなかったわけではないので単純に好みの問題だ。やはり私にはファンタジーライトノベルが肌に合っている辺り、文学少女よりもオタク少女の方が近そうだ。

 しかしどうしてこう、ライトノベルというのはどれもタイトルが長ったらしいのだろうか。

 そうぼやきつつも、結局はその長ったらしいタイトルの本を手に取っている時点で文句を言う資格など無いのだろうが、それでも長いものは長い。

 タイトルだけであらすじを語り切ろうとするその潔さは様式美と言っていいのかもしれないけれど、しかし物事には限度というものがあると思う。

 本棚に並ぶ背表紙を眺めているだけで、異世界転生、追放、婚約破棄、最強、実はチート、スローライフ──そういった単語が視界に飛び込んでは消えていく。もはや選ぶ前から展開が見えてしまうのだから、親切なのか手抜きなのか分からない。もっとも、その分かりやすさに助けられているのもまた事実ではあるけれど。

 お陰で余計な想像をせず、期待を裏切らず、安心してページを捲ることが出来る。考えなくていい娯楽として、これ以上優秀なものもないだろう。だからこその『ライト』ノベルなのか。

 

 さて、先週の話にはなるが、無事にラバーバンドは返すことができた。とは言っても、机の上に置いただけであるが、後藤さんが机の上にあるそれを発見して鞄に仕舞い込むまでしっかりと見届けた。

 勿論、私が拾いましたなんて、恩義せがましい主張はしなかった。

 あの金髪の少女に連れられていった後が気になるので会話のジャブとして言いたいところではあったのだけれど、口下手どころではない私では上手く後藤さんとコミュニケーションが取れる自信が無かったので諦めた。いつか機会があれば尋ねてみよう。

 

 ──そんな事を思っていたら、その機会は以外と早く訪れた。

 

「喜多ちゃんやっぱり歌うまいな〜」

「辞めちゃったけどバンドでギターもしてたらしいよ」

「音楽の才能あるんだねぇ……あ、そういえば2組にもバンドやってた人いるらしいよ」

 

 堂々と教室でのぼっち飯を終え、トイレに向かおうとした昼休みのことである。

 自分のことらしい話題が出たので咄嗟に階段の陰に隠れてしまった。

 

「え〜! だれだれ?」

「たしか、二組の藤原さんだったかな。ドラマの主題歌とかもやってたらしいよ」

「え、すごっ!」

 

 勘違いかと少しだけ期待したが、そんな事はなかった。二組の藤原さんは私しかいない。他の学年ということもまあ無いだろう。

 

「でもその藤原さんも辞めちゃったらしいけどね」

「へ〜。なんで辞めちゃったんだろ」

「さあ、やっぱり音楽性の違いとかなんじゃない?」

 

 彼女たちが通り過ぎるのを待ってから再びトイレを目指そうとして、その際に何気なく後ろを振り向いてみたら、そこには後藤さんが居た。

 私が言うのもなんだが、こんな所で何をしているのだろうか。この先に道は無いし、予備の机と椅子くらいしか置いていないはずだが。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の見つめ合い……にはならなかった。私は後藤さんを見て、後藤さんは視線を床に向けている。

 気不味い空気だ。このまま無言で立ち去ってもいいが、それではあまりにも感じが悪い。個人的には後藤さんから話しかけてくれると助かるのだが、しかしそれも期待出来なさそうだ。

 私はとりあえずポケットに入れていたメモ帳を取り出して文字を書いてそれを後藤さんに見せる。

 

『何してたの?』

「えっ? あっ、いえ、そのぉ……」

 

 メモ帳と私の顔を交互に見る。

 これはあれか。一番最初のHRでの自己紹介を聞いてもらえてないな。というかそもそも私の顔を憶えているかも怪しい。

 私は追加で文字を書いた。

 

『同じクラスの藤原だけど、私のことわかるかな』

「えっ、あっ、 同じクラス!? すすすすすみません憶えてなくて!」

 

 いいよいいよ、と両手を振る。

 同じクラスで、しかも近くの席だというのに全く憶えられていないことに何も思わないわけではないけれど。

 

「あっ、うっ」

 

 こう言っては悪いが、やはり後藤さんは変な子だ。

 赤くなったり青くなったり、思い詰めたように目を瞑ったり、覚悟を決めたように目を見開いたり。コロコロと切り替わる表情を見てそんな事を思う。

 

「あ、あああああのっ!」

 

 ビクリ、と肩を跳ね上げてしまった。突然の大声でビックリしてしまったのだが、少し恥ずかしい。

 

「バッ! ボッ! ギッ!」

「!?」

 

 突然のヒューマンビートボックスを披露されてしまった。

 なんだ。本当になんなんだ。

 

「あっ、いえ、その……なんでもないです! ──うぇ!?」

 

 逃げようとする後藤さんの手を咄嗟に掴む。

 逃げないでね、とジェスチャーで伝えてから、私はメモ帳に文字を書いた。

 

『止めてごめんね。ちょっと聞きたいことがあって』

「……き、聞きたいことですか? な、なんでしょう……その、わたし、あんまり手持ちが」

 

 カツアゲでもすると思われたのか、怯えながらそんなことを言ってくる。

 ショックだ。私ってそんなに怖く見えるだろうか。確かに愛想は悪いかもしれないけれど、見るからに不良だという風貌もしていないと思うのだが。

 

『この間、後藤さんが公園から連れられて行くところを見たんだけど、あの後大丈夫だった?』

「えっ、あっ、はい。……ええと、一応大丈夫でした」

 

 よかった。この様子だと変な壺を買わされたりはしてなさそうだ。もし詐欺や何やらだったとしたら寝覚めが悪いなんてものじゃない。そう思って、胸の奥に溜まりかけていた息をゆっくり吐き出した。

 

「ああああのですね、実は今そのバンドでギターボーカルを探してまして……藤原さん、良かったら入りませんか?」

「…………」

 

 後藤さんもさっきの会話を聞いていたのか、とかそれ以前に、一瞬、何故私に頼むのだと思ったが、そういえば私の顔を憶えていないということは、一番最初のHRでした自己紹介も憶えていないということだと気がついた。

 

『ごめんね』

「えっ、あっ、そうですよね! プロの方になんて失礼をっ!」

 

 いや、確かに所属していたのはメジャーバンドではあったけれど、しかし私自身にはプロだなんて偉ぶれる程の経験はない。半人前もいいところだ。

 そもそも私がバンドの誘いを断るのには事情があるのだ。入りたい、入りたくない以前の問題というものが。

 

『私、声が出ないから』

「えっ!?」

 

 後藤さんは大層驚いた顔をしてくれているが、もしやここまでの会話を筆談で行なっていたことについては単なる変な子だからと納得されていたか。これもまたショックだ。

 

「ああ、その、ほんとに、すみませんっ!」

『気にしないでいいよ』

 

 狼狽えながら謝り続ける後藤さんに、私は小さく首を振った。

 

『本当に、気にしなくていいから』

 

 続けてそう書いて見せても、後藤さんはまだ落ち着かない様子で、視線を行ったり来たりさせている。

 ……これはもう話題を変えた方がいいな。

 

『それよりも、ボーカルを探してるの?』

 

 あの時はサポートギターだったはずだが、わざわざ後藤さんがボーカルを探しているということは、正式に加入することになったのだろう。

 

「……えっと、はい、そうなんです」

 

 聞けば、後藤さんがサポートギターをすることになった原因である人が本来はボーカルも担っていたらしい。その人物が急に辞めて……というより、飛ばれたせいで先日のライブもインストバンドとして出演することになったのだとか。バンドの発足人である金髪の少女──伊地知さんというらしい──は、やはりバンドをやるならキチンとボーカルを入れて活動したいらしく、それで後藤さんはたまたま噂話を聞いた私に声を掛けたのだとか。

 

「わっ、私もバンドのために何かしないとって……」

 

 先ほど彼女に説明した通りであるが、私はバンドには入れない。まあ、声の件が無くともまたバンド活動をするつもりもないのだが。

 私の全てはあの日に終わっている。未練も何もかも、あの日に全て終わらせている。

 

 ──困ってそうなら助けてやれよ。

 

 ……ああ、そうだ。あの人なら、あの人たちならそう言う。

 だけど、余計なお世話だろう。私が干渉しなくたってそのうちにメンバーを見つけられる。だから私の手なんて必要ない。

 そうやって、何度も心の内側で結論を出す。

 関わらない理由ならいくらでも挙げられる。むしろ関わらない理由の方が多いくらいだ。

 

 ──だけどよ、先輩ってのは後輩の為に余計な世話を焼くもんだろ? 理由なんていらねぇのさ。

 

「────」

 

 ため息を一つ溢して、もう一度書いた謝罪を見せる。

 

『ごめんね』

「あっ、いえ」

 

 それに続けて、私は文字を書いた。

 

『でも、少しくらいは手伝うよ』

 

 ……うん、探すのくらいは手伝いたい。

 正直を言えば、バンドに関わるのはあまり精神衛生上よろしくはないけれど。言ってしまえば、手伝うのも完全に単なる自己満足に過ぎないけれど。

 それでも、手伝いたいと思ったのだ。思ってしまったのだ。そして何よりも、思い出してしまったのだ。だから──

 

「えっ、あの、どこいくんですか?」

 

 そんなことを聞いてくる後藤さんに、ほら、と手のひらを差し出す。

 どこに行くって、決まってる。

 

『勧誘だよ』

 

 

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