ギターと孤独とあと私   作:伊島蒼

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4. あの子は毎日のように幸せそうな写真を上げている

 

 

 あれから、喜多さん……喜多ちゃんは後藤さんにギターを教わるようになった。

 後藤さんのバンドにも正式に加入することになったようで、放課後になると二人並んで校舎を後にする姿をよく見かける。

 というのも、どうやら喜多ちゃんが逃げ出してしまった件のバンドというのが後藤さんの所属しているバンドだったらしく、ギターを覚えて謝りに行くまでもなく喜多ちゃんの懺悔の場は整ってしまったようだ。世間は狭いというかなんというか。

 まあなんにせよ。若干、というか、かなりの人見知りである後藤さんとも上手くやっているようで安心した。

 

 さて、そうなれば私はもう二人と関わることがなくなったかといえば、実はそんなことはなく。

 放課後は下北沢のスタジオで練習している喜多ちゃんだが、なんとも勤勉なことに、学校の昼休みも練習をしたいと言ったのだ。

 頑張るなぁ、なんて思っていれば、何故か私も同席することに。

 まあ、どうせ昼休みは図書室に篭って本を読むだけなので全然構わないのだけれど、しかし私が居る意味はあるのだろうか。

 私とて元メジャーバンドに所属していた身、ギターの技術にはある程度自信がある。しかしあくまでもメインはボーカルであり、経験が浅いこともあって、本職の人からすれば一歩と言わずとも半歩ほど劣ってしまうのは事実だ。

 

 そしてこれは嬉しい誤算でもあったのだが、喜多ちゃんにギターを教えている後藤さんの技術がとても高かった。それこそ、私自身が一歩劣っていると評価する本職のギタリストと同じくらいに。

 私はこの半年以上に渡って全く触っていなかったのですっかり衰えてしまっているだろう。いや、たとえ全盛期──と言っていいほど偉ぶれるものでもないが──の頃でさえ彼女ほど上手に演奏は出来なかったのだから変わらないけれど。

 

 その場にいればわかるのだが、後藤さんは教えるのだって中々に上手だ。専ら教わる側だった私が言うのだから間違いない。

 なので完全に私がやることはなく、居ても邪魔じゃないか。そんなことを喜多ちゃんに問えば、「藤原さんも居てくれると心強いわ!」だそうで。まあ、彼女が良いなら構わない。

 

 喜多ちゃんとの交流はそれだけではなく、なんと休日や放課後にも遊ぶような仲になっていた。勿論、喜多ちゃんは友人付き合にバンド練習にと忙しい身なので毎日ではないけれど。それでも週に一度は必ず遊びに出掛けていて、遊びにいけなくとも毎日のようにメッセージアプリでやりとりもしている。

 

 今の私は基本的に暇人だ。

 だから、それを迷惑だったり鬱陶しく思ったりなんてことは決してなく、それどころか嬉しくすらあるのだが、しかし思うことが無いわけではない。

 自慢ではないが、私はつまらない人間である。

 他人を楽しませられる話題なんて持ち合わせていないし、そもそも声を出せない私は場を盛り上げることも出来ないのだ。

 その上会話のテンポだって非常に悪い。

 いちいち話す内容をスケッチブックに書かなくてはならないのだから当然だ。書き終える頃には会話の賞味期限が切れかけていることも珍しくない。

 だから喜多ちゃんの方こそ私が煩わしくないのか。そんな風に思ってしまう。

 けれど、彼女はそれを感じさせず、私の書くスピードに合わせて待ってくれる。

 ニコニコと、楽しそうに。

 わからない。謎だ。

 

「──莉子ちゃんと一緒に居て楽しいかって?」

 

 わからないので素直に聞いてみた。

 

「楽しいに決まってるじゃない。じゃなきゃ一緒に遊んだりしないわよ」

 

 それはそうだが、そういうことではないのだ。

 

「うーん、そう言われても……あ、でも私ね、莉子ちゃんの幸せそうな顔が好きなの……はい、あーん」

 

 あーん。

 スプーンでパフェの一角を削り取り、それを私の口へ運ぶ。少し気恥ずかしいが、悪い気はしない。

 しかし、幸せそうな顔か。喜多ちゃんの前でしたことあっただろうか。

 小さく首を傾げていると、彼女はくすりと笑った。

 

「普段はあんまり笑わないけど、甘いものを食べてる時なんかはすごく幸せそうな顔してるわよ。今もね」

 

 そう言われるとさらに恥ずかしくなってしまう。自覚は無かったし、今まで言われたことも無かったけれど、彼女が言うのなら事実なのだろう。

 私は誤魔化すように自分のパフェから掬い取り、喜多ちゃんの口元へ。一瞬だけ目を丸くして、それから楽しそうに目を細めた。ぱくり、と私のスプーンを咥え込む。

 

「おいしいね」

 

 視線を逸らす。

 私の負けだ。

 

『甘いものは好き』

 

 言い訳みたいな一言。

 それを読んで喜多ちゃんはまた笑った。

 

「知ってる。だから誘ったんだもの」

 

 たった一年とはいえ、一応年上のはずの私の方が子供じみていてなんだか悔しい。仕返しをしたいでもないが、その行為こそが子供っぽいことの証明になりそうで。

 結局、私は諦めてパフェを消費する作業に戻る。今度は自分の口に。

 

「まあ、お返ししたいっていうのもあるんだけどね」

 

 喜多ちゃんが言った。

 

「だけど、全然返せてる気がしないわ」

 

 視線を向けると、喜多ちゃんは少し照れたように笑っている。けれど、さっきまでのからかうような調子とは違って、どこか真面目な様子だった。

 

「ギターだけじゃなくてね、いろいろ貰っちゃったから……あっ、いや、ギターは借りてるだけなんだけどね」

『ギター以外に喜多ちゃんにあげたものなんてないよ』

「ううん、たくさん貰ったよ」

 

 あの時のことを言っているのだろうが、大層なことをした覚えはない。

 ただ見捨てたくなくて。私がしたのはほんの少し背中を押しただけで。その上で、言えることは──

 

『喜多ちゃんなら一人でも大丈夫だったよ』

 

 だから、そんな風に恩に思う必要はない。

 けれど、彼女は言う。

 

「私は、莉子ちゃんに助けられたの。一人だった場合なんて知らないわ」

 

 言葉を返そうとして、けれど、どの言葉も彼女を納得させることが出来ない気がして。

 ……まあ、いい。恩に感じていると言うのなら、それを返そうと言うのなら、ありがたく受け取ろう。

 そう腹を括って私は肩の力を抜いた。むず痒さを感じないわけではないけれど。

 無理に否定したところでこの話は平行線だ。彼女の中ではとっくに答えが出ている。だから、今はこの話は終わりにしよう。

 

『そういえば、ベースを買い取ってもらえたんだっけ』

 

 若干強引な話題転換。けれど察してくれたのか、苦笑しながらも話に乗ってくれた。

 

「そうなの。リョウ先輩が買い取ってくれてね、おかげでこうして莉子ちゃんと遊びに行けるわ」

 

 リョウ先輩。

 喜多ちゃんが憧れているという件の先輩だ。

 時折彼女の話を聞くのだが、どうにもダメ人間な気がしてならない。

 やれお金が足りなくて奢っただの、電車賃が足りなくて貸しただの、金欠が過ぎて雑草を食べてるだのと。ダメ要素のほぼ全てを金銭関係で埋めているが、本当に彼女は私と同じ高校生なのだろうか。いや、まあ、バンドマンには割とよくある話ではあるけれど。

 しかし、今からそんな感じでは今後が凄く心配になる。ついでに、そんな彼女を追っかけている喜多ちゃんの将来も。

 

『ねぇ、喜多ちゃん』

「なぁに?」

『彼氏を作るときは一度私に相談してね』

「たぶん相談するとは思うけど……なんで?」

 

 きょとんとした表情。

 私の心配は分かっていなさそうだが、一応相談はしてくれるらしい。恋バナと人生相談と、少々認識に差があるが。

 

『なんでもだよ』

 

 そう書いてみせると、やはりどうしてか分からないようで、少しだけ考えるように視線を宙に彷徨わせた。けれどすぐに、まあいいかと諦めたように頷く。

 

「それより、莉子ちゃんには好きな人とかいないの?」

 

 どこか期待するような喜多ちゃんの顔。けれど申し訳ないが、今まで彼氏がいたこともなければ、作ろうと思ったこともない。

 これまでの人生を振り返ってみれば、常に自分のことで精一杯で、そういったことに意識を向けたことがないのだ。

 

『私は喜多ちゃんが好きだよ』

 

 なので、そんな風に誤魔化すことにした。これはこれで盛り下がるとは思うけれど、しかし、恋バナを期待している喜多ちゃんに、私の暗い事情を話すよりは幾分かましだと思って。

 

 ──が、しかし。

 

「えっ、あっ」

 

 喜多ちゃんの声が裏返り、言葉がそこで止まる。完全に予想外だったという様子だ。私の気のせいでなければ、耳が赤くなっている。

 

『友達としてね』

「あっ、そ、そうよね! 友達としてね!」

 

 慌てて書き足した文字に、喜多ちゃんは一瞬だけ間を置いてから、必要以上に明るい声を出した。勢いよく頷き、笑顔を作っている。

 この反応には私の方も予想外だった。誤魔化すつもりが、別の方向に転がしてしまっただけかもしれない。

 

「……急に言われたからびっくりしちゃった」

『ごめん』

「謝らないでよ。うん、凄く嬉しいわ」

 

 そう言って、喜多ちゃんは照れたように笑った。けれど、先ほどまでとは少し違う彼女に見えて。その笑顔は柔らかいのに、どこかぎこちない。さっきまで自然に弾んでいた空気が、薄い膜一枚分だけずれてしまったような、そんな感覚だった。

 私は何かを書こうとして、けれど何を書いてもややこしくなりそうだと思って手を止めて。

 妙な空気になってしまった中。

 彼女を見ながら、そっとため息を吐いた。

 

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