ギターと孤独とあと私   作:伊島蒼

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5. ガワだけの言葉には呑まれない

 

 

「あっ、あの、藤原さん。その、少し相談が、ありまして……」

 

 一緒にオシャレなカフェに行って、洋服や雑貨を見て回って、帰った後もメッセージのやり取りをする。

 喜多ちゃんとはそんな友人関係に落ち着いたわけだが、その反面、後藤さんとの距離感は未だに掴みかねていた。

 昼休みのギター練習会では話すけれど、しかし、それ以外の場では朝の挨拶程度で、ほとんど会話らしい会話は無かった。

 私から進んで話し掛けに行かないからというのもあるが、それは後藤さんの方も同じこと。

 友達というよりかは知り合いと言った方が近そうな距離感。それを変えたいのかと問われれば、正直微妙なところだ。

 誤解しないでほしいのだが、嫌いとか、苦手とか、そういった感情は無い。無いのだが、私の心情的にはあまり近づき過ぎたくはなかったりする。

 心情。ややこしくて、面倒くさい、私の心の傷。

 彼女を見かけたあの日から、何故か思い出すようになってしまった。

 忘れたつもりでいた過去の断片を。見ないようにして、蓋をして、触れなければ痛まないと思い込んでいた感情を。全く似ていないはずなのに。

 本音を言えば、喜多ちゃんと居る時だってそうだ。彼女が所属する結束バンドの話題を耳にする度に、心の何処かがざわついて仕方がない。

 情けない話だ。自ら関わると決めて、自分勝手に場を乱した結果だというのに。

 

 結局の所、私はどうしたいのだろう。

 後悔しているのなら最初から関わらなければよかったし、思い出すのが怖いのなら距離を取ればいい。理屈ではそうわかっているのに、感情はいつも一拍遅れてやって来る。

 一度関わってしまったのだから──なんて言うのはただの言い訳だ。わかってる。私自身が選び続けているのだ。彼女たちから離れるという選択肢が、今もまだ残っているにも関わらず。

 理由を探してみても上手く見つからない。

 失ったモノを思い出すのが怖いのか。それとも、もう二度と手に入らないと認めてしまうのが怖いのか。

 だから私は曖昧な場所にただ居座って、決断を先延ばしにする。

 全くもって面倒な心だ。自分で自分が嫌になる。

 

 ──だけど、と私は思う。

 

 一応ながら後輩であり、こうして頼ってきてくれている彼女を放って置くことは出来ないのだ。

 経緯はどうあれ、結果はどうあれ。

 それが、その場凌ぎの積み重ねだと気付いていながらも。

 

「……あっ、えっ、藤原さん? ……あの」

『ごめん、聞いてるよ』

 

 思考の沼から這いずり出て、スケッチブックに文字を書く。返答をするのが遅れたのを小さく目で謝りながら。

 場所はいつもの階段下である。放課後になって私は後藤さんに呼び出されていた。喜多ちゃんには内緒の相談事のようで、今は彼女と二人きりだった。

 

『それで、相談事って?』

 

 オドオドと、そんな擬音を背負っているいつも通りの後藤さん。相変わらずなかなか視線は合わないまま、彼女は手に持っていたノートを差し出してきた。

 

「あっ、はい。……実は、結束バンドの曲の歌詞を私が担当することになったんですけど」

 

 そういえば喜多ちゃんからそんな話を聞いていた。なんでもNGワードが多すぎるからいっそのこと歌詞を書いてくれと言われたらしい、と。

 受け取って、開いて中を見る。

 サインの練習が数ページあったのは気が付かないフリをして。

 書かれていたのはおそらく応援ソングの歌詞。それはなんというか、明るい女子中学生が考えたような、何処かで見たことがあるような、言い方を考えなければ薄っぺらいものだった。

 

「一応、書きはしたんですけど、その、これでいいのかわからなくて」

 

 相談として持ってきたこの歌詞。そして、これでいいのかわからないという言葉。

 ならば私が返すべきは無責任な褒め言葉ではなくて、私自身が思った所感を話すべきか。

 けれどなんて言ったらいいものか、少し考える。何を言っても角が立ちそうで、言葉を選んでも足りない気がして。

 

『結束バンドにとって何が正解かなんて、私にはわからないけど』

 

 結局、思ったことをそのまま伝えることにした。

 

『少なくとも、自分が楽しめてないと、きっとどこかで苦しくなるよ』

 

 かつてバンドに所属していたとはいえ、作詞も作曲も担当していなかった私が偉そうなことは言えないけれど。

 それでも、私はあの人の作る音楽が好きだった。元のメンバーが抜けて、私が代わりに入った後もそれは変わらず、彼女の世界観を貫き続けていた。だから、私は続けることが出来た。

 

『後藤さんはこれで満足?』

「……そ、それは」

『後藤さんがやりたい音楽はこういうの?』

「…………」

 

 後藤さんは首を振る。

 

「わっ、私が憧れたのは、もっとカッコいいバンドでした。こんな、青春コンプレックスを刺激するような歌じゃないです」

 

 青春コンプレックスとやらが何なのかは知らないが、私は頷く。

 

『なら、満足いくまでやったらいいよ』

 

 後藤さんの想いを、後藤さんの言葉で。

 そう書き足して私は締める。

 きっと何の解決にもなってはいないけれど、ここから先は私が踏み込む場所じゃない。

 私はノートをそっと返す。

 

『あと、これから音楽の相談事はなるべく私にしない方がいいね』

「えっ」

 

 拒絶されたと取られたか、後藤さんは一瞬だけ目を見開いて、顔を青くして、赤くして、まるでアニメで作画崩壊を起こしたみたいによくわからない顔になっていた。

 最近ようやく見慣れてきたが、その一人百面相にはやっぱり驚かされる。

 少し焦って足りなかった言葉を付け足す。

 もちろん迷惑などではない。しかし、音楽の方向性の悩みを外様の私にするのは違うだろう、と。

 それを見せるとパチパチと瞬きをしてから、ふっと力を抜いた。

 

「そ、そういう意味だったんですね」

 

 胸に手を当てたまま何度も頷く。さっきまでの表情の大騒ぎが嘘みたいに、動きが一気に大人しくなった。

 

「びっくりしました……てっきり、もう関わらないでくれって言われたのかと……」

 

 語尾が消え入りそうになる。
その様子に、私は小さく首を振ってから、スケッチブックをめくった。

 

『そんなことないよ』

 

 短く、はっきり。
 それだけは誤解してほしくなかった。

 あまり近づき過ぎたくないのも、胸のざわめきも確かだが、けれど、やっぱりそれとこれとは別の話だ。困っている人を前にして、知らないふりを出来るほど、私は冷たくなれないし、したくもない。

 

『けど、やっぱり──』

 

 そこで一度、書く手を止めてしまう。
 続きが簡単に書けてしまいそうなのが、少し怖かった。

 

『けど、やっぱり、一番に話す相手は、バンドの人たちであってほしい』

 

 後藤さんは、きょとんとしたまま瞬きをする。
 先程と同じ拒まれた、という表情ではない。ただ、意図を測りかねている顔だ。

 

『一緒に音を出して、一緒に悩む人がいるなら、その人たちと向き合った方が、きっと後藤さんの音楽になるから』

 

 少しだけ、偉そうだったかもしれない。
 でも、これは私の実感だ。かつて、遠回りをして、間違えてしまった私の。

 後藤さんはノートを胸に抱えて、しばらく黙り込んだあと、ゆっくりと頷いた。

 

「……はい。わかりました。ちゃんと、みんなにも相談してみます」

 

 その返事を聞いて、私は満足した。

 

「…………」

 

 ふと、少しだけ違和感を覚える。

 何にかと言えば、私自身に、だ。

 後藤さんが私の言葉を否定しなくて。素直に聞き入れてくれて。満足。そう、満足したのだ。

 表面上は正しいことを言っているのだろう。けれど内情は、ただ私の理想を披露して満足していただけだ。無責任に、押し付けていただけだ。なんて卑怯者なのだろう。正しさの陰に隠れてやり過ごそうとするなんて。

 自己嫌悪に押し潰されそうになる私を他所に、後藤さんはノートを抱えたまま、何が言葉を探しているようだった。

 私は何も書かず、ただ待っていた。或いは後藤さんの言葉を待っているフリをして、逃げ道を探していたのかもしれない。

 そして、その沈黙を破るように、彼女は小さく息を吸って言った。

 

「……でっ、でも、その、やっぱりたまに……相談に乗ってもらってもいいですか?」

 

 心の奥が小さく痛む。

 その言葉は予想外でも何でもなく、何処か来るだろうとわかっていた問いだった。

 

『いいよ』

 

 だから私は笑って答える。

 感じる胸の痛みと、どうしようもない自己嫌悪から目を逸らしながら。

 

 

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