ようこそバカ派手モテ至上主義の教室へ   作:綾(あや)

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今回珍しく努力回です。神楽君は今の所全く原作の醍醐味の策略や裏でのやり取りに関わってませんね。 仕方ないことなのは確かですが、どうも原作キャラと絡みが少なくなるのはどうしようかな…


異変

 

 

十一月の半ば。学校の敷地内を吹き抜ける風は、冬の到来を告げるように冷たさを増していた。

 

体育祭が終わり、結果としてCクラスは神楽の圧倒的な活躍により学年で1位になったものの、全体として赤組が勝利したためクラスポイントは-50という結果に落ち着いた。勿論神楽は学年最優秀賞に選ばれた。

 

ニ学期の中間考査という嵐が過ぎ去ったばかりのCクラスには、安堵の表情を見せる者と、次なるテストに怯える者が混在していた。

 

今回の試験は、八科目で行われる。現代文、英語、日本史、数学を含む計八科目。それぞれ五十問、百点満点だ。

 

つまり、満点は合計八百点となる。だが、この試験の本質は単なる学力テストではない。

 

各クラスは担当する科目の問題を自分たちで作成しなければならない。作成した問題は別のクラスが解くことになる。

 

作成側は、自分たちのクラスと攻撃先のクラスの総合得点が比較され、勝利したクラスは敗北したクラスから50cpを獲得する。しかし、他クラスが作成した問題を自分たちが解くこともある。

 

それも同様に、問題を作成したクラスと得点を比較し勝利したクラスが50cpを獲得する。

 

攻撃する相手のクラスは自由に選択できるが、複数のクラスが同じ相手を指名した場合は、抽選によって決定される。

 

期限内に問題を作成できなかった場合、その科目は教師が作成した問題へと変更される。そして、この試験にはもう一つ重大なルールが存在する。

 

試験はクラス内で二人一組のペアを組み、ペア単位で受験する。ペアは自由ではなく、事前に実施される小テストの結果を基に学校側が指定するものとする。

 

その小テストは、百問百点満点の中学三年生レベルの内容だ。

 

そして、もしペアの合計点が、どれか一科目でも六十点以下だった場合は、そのペアは即座に退学となる。八科目の合計点が学校の定めるボーダーラインを下回った場合も同様である。例年その基準は七百点前後に設定されている。

 

それを聞いた瞬間、教室の空気が重く沈んだ。

 

そんな静寂を切り裂くように、教室の最前列で龍園の鋭い声が響く。

 

「…もうテメェには何も言わねぇぞ」

 

龍園が指先で弾き飛ばした小テストの解答用紙が神楽の机の上に力なく舞い落ちる。そこには、赤ペンで大きく書かれた32という数字。そして何より致命的なのは、自分の名前が、解答欄ではなく一番下の計算式のスペースに、自信満々とした筆致で刻まれていることだった。

 

「いやぁ、かけるんくん。今回は結構頑張ったんだよ?因数分解っていう問題はカッコの中に閉じてボコって解けるようになったんだぜ!」

 

神楽は頭を掻きながら、悪びれる様子もなく笑う。しかし、龍園の瞳には一切の笑いがない。

 

「ブチのめされるのはお前の脳内だ。いいか?今回はこれまでの試験とは重みが違う。クラスでペアを組む連座制だ。お前みたいな歩く教育困難者が一人混ざるだけで、クラスの優秀な駒が道連れになる」

 

龍園の視線が、教室の隅で静かに本を読んでいた椎名に向けられる。

 

「…椎名。今回のペアはお前とこいつだろ?このバカを平均以上に引き上げろ。もし神楽が赤点を取ってペアの合計点が基準を下回れば…お前ら二人揃って退学だ」

 

その瞬間、クラス中の空気が凍りついた。神楽の顔からもいつものお気楽な笑みが消える。自分が消えるのはいい。だが、あの穏やかで、いつも自分に世話を焼いてくれるひよりを道連れにする?

 

「移くん。お話があります。今すぐ図書室へ来てください」

 

ひよりが本を閉じ、立ち上がる。その声はいつになく透き通っていたが、背後には地獄の業火すら霞むような静かな圧力が渦巻いていた。そんなひよりに連行される神楽を見た石崎、アルベルト、更には龍園や伊吹でさえ静かに合掌したとか…

 

そして放課後の図書室。普段は二人の憩いの場が、今は神楽にとっての尋問室へと変貌していた。神楽はこれまで一学期の中間と期末、二学期の中間含め三回経験しているが、これまで何度も修羅場を潜ってきた神楽でさえ適応できない程の重みがある。

 

「…三平方の定理はa^2 + b^2 = c^2です。移くん、この一行がなぜ理解できないのですか?」

 

ひよりの指が、参考書の図形を鋭く叩く。

 

「なんで数字を二回も掛ける無駄なことをするの?同じ数字を二回かけるなんて、数字に対するパワハラだろ、一回で十分だろ、一回で!」

 

「パワハラではありません。面積の概念です。いいですか、この正方形の面積と…」

 

神楽の悲痛な叫びが静かな図書室に虚しく響く。ひよりは深く、それでいて長くいため息をついた。彼女は学年でもトップクラスの知性を持つが、それゆえに「なぜ運動は誰よりもでき異次元の成長性があるのに、これほど単純なことが理解できないのか」という戸惑いに直面していた。

 

「では数学は一旦置いておきましょう。英語です。この例文を見てください。『This is the book which I bought yesterday.』この『which』の役割を答えてください」

 

神楽は問題文を穴が開くほど見つめ、やがて確信に満ちた顔で答えた。

 

「『ウィッチ』…わかったぞ、ひよりちゃん! 魔女だ!『これは昨日俺が買った魔女の本だ』だら?怖っ! 俺、そんな不気味な本買った覚えないよ!」

 

「…関係代名詞です。移くん、深呼吸をしてください。これは魔女ではありません。前の『book』という言葉に、詳しい説明をペタペタと貼り付けるための接着剤なんです。昨日買ったのは本であって、禁断魔法を発動しようとした訳ではありません」

 

ひよりのペンを握る手が小刻みに震えている。彼女の堪忍袋の緒は、すでに限界を迎えたらしい。対する神楽は勉強を脳が受け付けず、強制的にシャットダウンしようとしていた。

 

そして数時間が経過し、外は完全に夜の帳が下りていた。神楽は机に突っ伏し、「bとdの区別がつかなくなった」と呻いている。ひよりは窓の外を見つめ、寂しげに呟いた。

 

「…移くん。この学校は、実力のない者を容赦なく切り捨てます。それは知っていますよね?」

 

「……うん」

 

「今回の試験、もしあなたが赤点を取ったら、私のポイントも、私の居場所も、全て没収されます…私はこの図書室が大好きなんです。ここであなたと一緒に会話をする時間が、何よりも大切だったんです」

 

ひよりの瞳に微かな潤いが見えた。

 

「私が退学になったら、移くんと二度と会えなくなってしまうかもしれない…」

 

神楽の心臓がドクンと大きく跳ねた。今までの彼は、勉強を面倒な義務としか捉えていなかった。自分が退学になるリスクについても、「まあ、その時はその時だ」と楽観視していた。

 

だが、自分のせいで、この少女の笑顔を奪う。その事実は、神楽という男のプライドを根底から奮い立たせた。

 

(……俺は何をやってるんだ)

 

体育祭で繰り広げた時のあの感覚。全神経が研ぎ澄まされ、世界から音が消えるあの集中力。それが、今、勉強という最も縁遠いフィールドに向けて、咆哮を上げ始めた。

 

「……ひよりちゃん。ごめん。俺、間違ってた」

 

神楽がゆっくりと顔を上げる。その瞳には、先ほどまでの濁りは一切なかった。

 

「俺が退学するのは勝手だ。けど、ひよりちゃんを道連れにするなんて、そんなの、俺のプライドが許さない。…やるよ。今から試験本番まで、俺は人間をやめて、勉強するマシーンになる」

 

その瞳に宿った凄まじい熱量に、ひよりは息を呑んだ。そこからの神楽の変貌ぶりは、Cクラスの全員を戦慄させるに十分だった。

 

「いしざっきー、今は話しかけないで。今の俺は『which』と『that』の区別に人生を賭けてるんだ」

 

休み時間、神楽は女子と交流することすら忘れ、ひよりが徹夜で作成した「移くん専用・超基礎攻略ノート」に齧り付いていた。

 

ノートには、ひよりの丁寧な字で、神楽の独特な感性に合わせた解説が書き込まれていた。

 

『三平方の定理は、三人の兄弟の喧嘩です。長男のcくんが一番強くて、次男aと三男bが力を合わせてようやく長男と互角になれるのです』

 

神楽はそれを一言一句漏らさず脳の深淵に刻み込んだ。論理的な理解ができないなら、全てをイメージと擬人化で丸暗記する。それが神楽の取った、唯一にして最強の生存戦略だった。

 

「ひよりちゃん、この『現在完了形』ってのは、過去からずっと想いが続いてる、ストーカーみたいなやつだろ?」

 

「言い方はともかく、継続のニュアンスとしては正解です、移くん!」

 

放課後、深夜の寮の部屋。神楽のスマートフォンにはひよりが吹き込んだ重要公式や英単語がエンドレスで流れていた。

 

寝ている間も、彼の潜在意識に様々な情報が刷り込まれていく。そして試験三日前。神楽の目は血走り、頬はこけていたが、そのペン捌きには迷いがなくなっていた。龍園が背後から覗き込む。

 

「…クク。あの野郎、マジでやってやがる。椎名、お前には猛獣使いの才能があるんじゃねえか?」

 

「猛獣ではありません。移くんはただ…私との約束を守ろうとしてくれているだけです」

 

ひよりはボロボロになった自分のノートを大切そうに抱え、静かに微笑んだ。

 

そして試験当日。Cクラスに配られた問題用紙は、対戦相手であるDクラスが練り上げたものである。

 

難易度は中3の範囲を巧妙になぞりつつも、その本質は高校入試の最難関レベル。一筋縄ではいかない引っ掛け問題が至る所に地雷のように埋められている。

 

(ひよりちゃんを退学させるわけないだろうが)

 

神楽はペンを握り、深く吐息をつく。普通なら絶望するような難問の羅列。しかし今の神楽の視界にはそれらが全く別のものに見えていた。

 

問題のインクの跡から、ひよりの声が聞こえる。

 

『移くん、ここは直角三角形が隠れています。探してください。三兄弟の喧嘩を仲裁するんです』

 

(そこだ! ここに補助線を引けば、長男cが見えてくる!)

 

英語の長文読解。

 

『接着剤(which)をよく見て。魔法で透明になっている時もありますが、必ず後ろに説明が隠れています』

 

(いたぞ、透明な接着剤! ここで文章が繋がってるんだな!)

 

神楽のペン先が火を吹く。体育祭の際、全校生徒を驚愕させたあの爆発的な瞬発力が、今は一問一問を解き明かすものへと転換されていた。考えるのではない。ひよりと共に歩んだ二週間の記憶を、神経細胞から直接出力する。

 

一分、一秒。試験時間の全てを、彼はひよりを守るためだけに捧げた。最後の見直しを終え、解答欄が全て埋まった瞬間、終了のチャイムが鳴り響く。

 

神楽はそのまま鉛筆を握ったまま机に突っ伏した。彼の脳は限界を超え、文字通りオーバーヒートを起こしていた。

 

そして何日かが経過した。成績発表の紙の前には、かつてないほどの人だかりができていた。

 

「…マジかよ、あの神楽が?」

 

「操作ミスじゃないのか? 学校側の」

 

 ざわめきの中心に、神楽と椎名の名前があった。

 

「Cクラス・椎名&神楽ペア 合計点:1586点[内訳:椎名ひより(796点)神楽移(790点)

 

「な、な、700点台だぁぁぁぁ!!?」

 

石崎の絶叫が響き渡る。名前を書く場所すら間違えていた男が、学年トップクラスの難問揃いの試験でミスを最小限に抑え込み、ほぼ完璧な解答を叩き出したのだ。

 

それは策謀でも、カンニングでもなく、ただ一人の少女を救いたいという純粋な執念が、神楽の群を抜いた成長性と噛み合った結果だった。

 

「移くん!やりましたね!」

 

人混みをかき分けひよりが駆け寄る。彼女の目には涙がたまっていた。神楽は壁にもたれかかり、幽霊のような青白い顔をしながら、それでもいつものようにニカッと笑ってみせた。

 

「ひよりちゃん。約束…守ったよ?」

 

「移くん、あなたは…あなたは本当に!」

 

ひよりは周囲の目も顧みず、神楽の胸に飛び込んだ。落ち着いた様子の彼女がこれほどまでに感情を爆発させたことは、入学以来一度もなかった。そした神楽はひよりの小さくて温かい体温を感じながら、心地よい疲労感の中で意識を沈めていった。

 

「それじゃあひよりちゃん…行こっか」

 

「はい!」

 

点数を確認した二人は、クラスメイトたちの驚愕と賞賛が混ざった喧騒を背にゆっくりと歩き出した。

 

だが神楽の足取りはどこか危うい。普段の彼ならこの快挙に鼻を高くして女子達に豪語して回るはずだった。しかし今の彼は、ただ歩くことだけに全神経を注いでいるように見える。

 

「移くん、本当に…本当にお疲れ様でした。私、採点結果を見た時、心臓が止まるかと思いました」

 

ひよりが興奮した様子で隣から顔を覗き込む。

 

「へへ…ひよりちゃんに、教えてもらったからさ…でも、なんだか世界がちょっと…ぐにゃぐにゃして…」

 

突如言葉が途切れた。その言葉を最後に神楽は系の切れた人形のようにひよりの方へ傾いた。

 

「 移くん!?」

 

ひよりの悲鳴に近い呼びかけを最後に、神楽の意識は深い闇の底へと沈んでいった…





実は密かに神楽君のイラストを描いていました!目次やここから見れるのでぜひ!


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