ようこそバカ派手モテ至上主義の教室へ   作:綾(あや)

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今回は少しあっさりしてます。


分岐点

 

 

昨夜の豪雨が嘘のように、翌日の朝は突き抜けるような青空だった。

 

しかし神楽の全身を襲う痛みは、あの屋上での出来事が紛れもない現実であったことを嫌というほど突きつけていた。

 

「いってて…キヨぽんマジで容赦ねぇなぁ」

 

神楽は湿布の匂いが充満する自室のベッドで、ゆっくりとした動作で上半身を起こした。頬の腫れは引き始めていたが、腹部の青あざは見るも無惨だ。だが彼の口元には自然と笑みがこぼれていた。あんなにも心躍るやり取りは、人生で初めてだったのだ。

 

そして午前十時。約束の時刻ちょうどに、ドアがノックされた。

 

「入っていいか」

 

「おー、鍵開いてるよ」

 

入ってきたのは、昨日と変わらぬ無機質な表情の綾小路だった。だがよく見てみると、その歩き方には僅かな違和感があり、指先には包帯が巻かれている。神楽との戦いで負った傷は、どうやら彼ほどの男でも無視できるものではなかったらしい。

 

綾小路は部屋を見回すと、大きく敷かれているソファの端に腰を下ろした。神楽は冷蔵庫からコーラを取り出し、それをコップに注いで机に置き、ソファに腰掛ける。

 

「傷の具合はどうだ」

 

「最高…ってのも変かな?生きてるって感じ。キヨぽんこそもっとボロボロかと思ったけど?意外と普通だね」

 

「内側のダメージは外からは見えないからな。お陰で昨夜は痛みで一睡もできなかった」

 

淡々と言う綾小路に、神楽はどこかバツが悪そうに無邪気に笑った。それから、少しだけ真面目な顔をして問いかけた。

 

「で…昨日の話、本気なんだよね?キヨぽんがうちのクラスに来るってやつ」

 

「ああ、本気だ」

 

綾小路は視線を窓の外へ向けた。

 

「なぜ俺がお前のいるクラスを選ぼうとしているのか。その理由を話しておく必要がある。お前にはオレの隠れ蓑になってもらう必要があるからな」

 

神楽は黙って頷き、姿勢を正した。

 

「ここからの話は他言無用で頼む。そもそも神楽。お前は教育や指導などと言った言葉をどう捉えている」

 

唐突な問いに、神楽は首を傾げた。

 

「えー、勉強とか?俺は嫌いだけど…」

 

「それが一般的だな。そして世の中にはそれらの極致を目指す場所が存在する…そしてオレはある施設で育った。名前はホワイトルーム。そこは人権や個性もなければ、娯楽もない。ただひたすらに効率的なカリキュラムによって天才を人工的に造り出すための実験場だ」

 

綾小路の口から語られる内容は、あまりにも浮世離れしていた。高度な学問、プロレベルの武術、心理学、護身術。それらを幼少期から、脱落者が発狂するほどの高負荷で叩き込まれる環境。

 

「オレはそこで、最高傑作と呼ばれていた」

 

「そりゃ強いわけだ」

 

神楽は感嘆のため息をついた。

 

「でも、なんでそんなキヨぽんがこの学校に?オレTUEEEEしてAクラスじゃないの?」

 

「脱走だ。あるいは、束の間の休息といったところか。オレはこの学校で、ただの平穏を求めていた。誰にも注目されず、誰にも利用されず、平均的な生徒として三年間を過ごす。それがオレの唯一の望みだったんだ」

 

「なるほど…つまりは力を隠す系と」

 

興奮した様子で目つきを光らせる神楽とは対照的に、綾小路の表情は変わらない。

 

「だが、計算違いがあった」

 

そして綾小路の瞳に、僅かながらの嫌悪が混じる。

 

「Dクラスの担任、茶柱がどこからかオレの出自を嗅ぎつけ、俺を脅迫した。『Aクラスを目指さなければ退学させる』とな。彼女は自分の過去の未練を晴らすためか、はたまた野心からか。オレという道具を使ってAクラスへ這い上がろうとしている」

 

神楽は拳を握りしめた。

 

「それヤバくね?せんせーがそれやっちゃダメでしょ?」

 

「ああ。俺にとって、彼女の支配下でDクラスを勝たせることは、ホワイトルームにいた頃と同じ強制的なものしかない。それに、今のDクラス…堀北を中心としたあのクラスは、俺が手を貸しすぎたせいで、順調に成長し始めている」

 

綾小路は静かにコーラを飲み干すと、神楽を見据えた。

 

「皮肉な話だ。平穏を求めていたはずのオレが、クラスを支える主軸になりつつある。このままでは、俺は永遠に一人の生徒としてではなく、Dクラスの戦力として周囲に認識され続け、卒業まで利用されることになるだろう」

 

「でもさ、それって何か悪いことなの?確かにせんせーがやってることは最低だと思うけど、別にそれくらいなら…」

 

神楽は不思議そうな目をしながら首を傾げた。それもそのはず、モテることが全てと思って生きてきた神楽にとって、綾小路の心情や信念は理解し難いものだったのだ。

 

「オレは生憎目立つのは好ましくないと思ってる。だから、クラスを変える」

 

綾小路の言葉に、神楽は身を乗り出した。

 

「Dクラスをある程度まで引き上げ、オレがいなくても戦える状態にする。その上で引き抜きという形か、あるいは別の手段を使ってクラスを抜ける。そして選んだのが、龍園のいるCクラスだ」

 

「かけるんくんのところ、ねぇ。あいつ、キヨぽんにボコボコにされて今頃凹んでると思うけど」

 

「いや、龍園は屈辱を糧にするタイプだ。ヤツは独裁による統率力を持っている。そしてお前という予測不能な怪物を抱えている。俺がCクラスに移籍する最大のメリットは、お前という存在だ」

 

「へ?俺?」

 

「そうだ。俺が裏で糸を引き、表で暴れるのは龍園、そして神楽、お前達だ。お前という圧倒的な個の力が前面に立っていれば、誰もその影にいるオレを疑わない。移籍したとしても異議を唱える者はいないだろう、龍園のクラスではな。そしてそこでオレは本当の意味で自由になれる」

 

神楽はしばらく天井を仰いでいたが、やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「つまり俺とキヨぽんとか、かけるんくんが組めば、この学校で誰も勝てなくなるってことだよね」

 

「理論上はそうなる」

 

「いいね!かけるんくんには俺から上手く言っておく!なんならキヨぽんが来るって知ったら、あいつ悔しさ半分、嬉しさ半分でまた変な笑い方するだろうしね」

 

あっけらかんと話す神楽を前に、綾小路は少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

「…龍園の説得を任せてもいいのか」

 

「当たり前じゃん、俺たちダチでしょ? それに昨日の戦いを見て確信したよ。俺さ、今まで色んな人とかと戦ってきたけど、昨日キヨぽんと戦った時が一番楽しかったし強かった」

 

そして拳を固く握り締めた。

 

「だからこれからもワクワクさせて欲しい」

 

神楽がソファから飛び降り、包帯を巻いた手を差し出した。綾小路は一瞬躊躇したが、その手をしっかりと握り返した。

 

「…感謝する。神楽、お前との関係だけは、何か別の感覚で動いている気がする」

 

「照れる。あ、そうだ。これからかけるんくんの部屋行くつもりなんだけど、キヨぽんも来る?」

 

「…遠慮しておく。今オレが行ったところで警戒されるだけだ」

 

綾小路が部屋を出ようとしたとき、神楽が背中に声をかけた。

 

「あ、キヨぽん!」

 

「なんだ」

 

「Cクラスに来たらさ、またやり合おう!次は勝つからな!」

 

綾小路は振り返らず、ただ右手を少しだけ挙げて応えた。

 

そしてその日の午後。

 

龍園の部屋には、顔中を包帯だらけにした石崎、アルベルト、そして伊吹が集まっていた。中央に座る龍園は、昨日の惨敗を咀嚼するように沈黙を守っている。

 

そこへ、ノックもなしに神楽が押し入ってきた。

 

「よお、みんな!…え、何この雰囲気。生きてる?」

 

「神楽…てめぇ、何の用だ」

 

伊吹が忌々しそうに睨むが、神楽は気にせず龍園の前にどかっと座った。

 

「かけるんくん、朗報だよ。さっきキヨぽんと話したんだけどさ…うちに転入したいんだって」

 

「…あ?」

 

龍園の片目が、包帯の隙間から鋭く光った。

 

「Dクラスが嫌なんだってさ。色々事情もあるみたい。どう?」

 

石崎たちが絶句する中、龍園は低く笑い始めた。

 

「クク…クハハハハ!! 面白ぇ!あの怪物が自ら首輪を差し出しに来るか!」

 

龍園は、昨日の恐怖を塗りつぶすような凶悪な笑みを浮かべた。

 

「いいだろう。神楽、綾小路に伝えておけ。Cクラスの門はいつでも開いている。だが…その代わり、俺を飽きさせるなとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― これが後に『二人の怪物』と呼ばれる男達の運命の分岐点になることとは、まだ誰も知り得なかった――





うん、頑張れ後輩達。ちょっとホワイトルームで育ったからって勉強や運動、その他諸々が完璧な最高傑作と、天性の才能で身体能力ならホワイトルームを超える怪物が同じクラスにいるだけだから(震)

混合合宿と最後の特別試験

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