ようこそバカ派手モテ至上主義の教室へ   作:綾(あや)

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ヒロインどうしよう…


後悔

 

 

綾小路が神楽の部屋を去り、窓の外に広がる冬の青空を眺めていた神楽の胸中には晴天とは裏腹に、どろりとしたような後悔が沈殿していた。

 

屋上の冷たいコンクリートの上で繰り広げられた死闘の余韻は、全身の痛みとなって刻まれている。しかし、神楽にとってそれ以上に痛烈だったのは、暴力に晒された少女をただ見ていただけという、拭いようのない事実だった。

 

「…あー、マジで嫌になる。あんなの格好いい男のやることじゃないよな」

 

神楽はベッドの上で独り言を溢した。

 

彼は幼い頃から圧倒的な力を持っていた。それゆえに、その力は可愛い女の子を守るためにあるべきだという、時代錯誤なまでの精神を胸に宿しているのだ。

 

自分は龍園に無理やり連れてこられ、綾小路が来るまでの計画だった。そんな論理的な言い訳は彼自身のプライドが許さなかった。

 

そして影が長く伸びる時間帯に、神楽は意を決して女子寮へと足を運んだ。

 

周囲の生徒たちの好奇な視線が突き刺さる。Cクラスのリーダーである龍園と、その側近である石崎、アルベルト。そして神楽自身が屋上で何らかの事件に関わっていたことは、噂として広まりつつあった。

 

さらに神楽の顔に残る痛々しい腫れが、その疑念を確信に変えていた。

 

「あ、松下ちゃん!ちょっといい?」

 

寮の入り口。買い出しの袋を抱えた松下千秋を見つけ、神楽は努めて明るく声をかけた。

 

「えっ、神楽くん!?どうしたの、その顔…怪我、めちゃくちゃ酷いよ?」

 

松下が驚き、駆け寄ってくる。神楽はポリポリと頬を掻き、いつものように無邪気に笑ってみせた。

 

「あはは、ちょっと派手なじゃれあいみたいなもん。それよりさ、軽井沢ちゃんに会わせてくれないかな? ちょっと…直接、謝りたいことがあってさ」

 

「軽井沢さんに?」

 

松下は足を止めた。彼女、軽井沢が少し前からどこか怯えた様子で部屋に閉じこもっていることを知っていた。そして神楽が龍園のグループに属していることも。

 

だが神楽の瞳を覗き込んだ松下は、そこに敵意ではなく痛いくらいに純粋に後悔している様子を見て直ぐに首を縦に振った。

 

「わかった…多分今は部屋にいると思う。ちょっと軽井沢さんの様子見てくるから待ってて」

 

そして数分後。松下に先導され軽井沢の部屋の前まで来ると、廊下には静寂が満ちていた。松下は神楽の方を振り返り、心配そうに眉を下げた。

 

「私、下で飲み物買ってから帰るね…神楽くん、軽井沢さんをあんまり驚かせないであげて。あの子結構参ってるみたいだから」

 

「…ありがとう。本当に助かる」

 

松下が階段を降りていく音を背中で聞きながら、神楽は大きく一度肺の奥まで冷たい空気を吸い込んだ。

 

そして、拳を握りしめてから、三回静かにノックした。

 

「……誰?」

 

ドア越しに聞こえたのは、拒絶と恐怖が入り混じった、弱々しい声だった。龍園に冷水を浴びせられ、過去の傷を抉られた軽井沢恵。今の彼女にとって神楽は地獄の再来に他ならない。

 

「軽井沢ちゃん?俺だよ、神楽。ちょっとだけ話をさせてほしいんだ」

 

部屋の中から、息を呑む気配が伝わってきた。数秒、いや十数秒に感じられる長い沈黙。

 

ガチャリと鍵が解除される音が響き、ドアがわずかに数センチだけ開いた。そこから覗く軽井沢の瞳には、かつての明るく強気な少女として振る舞っていた時の傲慢さは微塵もなかった。

 

「……何の用? 龍園くんにまた何か嫌がらせでもしろって言われたの?」

 

「ううん。かけるんくんは関係ない。俺が、俺の意志で軽井沢ちゃんに会いに来たんだ」

 

神楽は、彼女をこれ以上怖がらせないように、一歩だけ後ろに下がった。

 

「軽井沢ちゃん。本当に…」

 

神楽は言葉を選ぼうとした。だが、どんな美辞麗句も、彼女が受けた屈辱を癒やすことはできないと悟った。彼は廊下に誰もいないことを確認すると、迷いなくその場に両膝をついた。

 

「えっ…っ! ちょっと、何してんのよ!?」

 

軽井沢の驚愕した声が狭い廊下に響く。神楽は床の冷たさを掌で感じながら、深く深く頭を下げた。額がフローリングに当たる音が鈍く響く。

 

「本当に、ごめん!!」

 

「え…っちょ、ちょっと!?起きてよ!?冗談でしょ!?」

 

「冗談なんかじゃない!俺、あんなとこにいたのに、女の子が泣いてるのを助けられなかった。無理やり連れてこられたとか、キヨぽんが来るまでの我慢だったとか、そんなの全部言い訳だ!」

 

「それは、命令だったからじゃ…」

 

「だとしても!あの時の俺は世界で一番格好悪かった!軽井沢ちゃんを怖がらせて水を浴びせられてるのを止められなかった!」

 

神楽の声は、いつもの軽薄な響きが完全に消え去り、震えるほどの真剣さに満ちていた。床に押し付けられた神楽の拳が自分自身への怒りにより、赤く滲んでいく。

 

そんな軽井沢は、目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。龍園の隣で、まるでこの学校のルールなど超越したかのように振る舞い、あの綾小路と互角以上の死闘を演じた怪物が、今自分一人に対してプライドをすべて投げ打って謝罪している。

 

「…頭上げてよ。誰かに見られたら、私がアンタをいじめてるみたいでしょ」

 

「許してくれなくていい。でも、これだけは受け取ってほしいんだ」

 

神楽はゆっくりと顔を上げると、脇に置いていた袋を差し出した。

 

中から出てきたのは、高級そうな厚手のカシミアのマフラーと、温かい紅茶のペットボトルだった。

 

「これって…」

 

「軽井沢ちゃんが風邪かもって思ったから。あの時冷たかったでしょ? それに…そのマフラーの使い道は任せるけど、少しでも温まってほしくて」

 

神楽は腫れた顔を歪ませ、いつものニカッとしたどこか子供のような笑顔を浮かべた。

 

「昨日みたいなことは二度とさせない。もしかけるくんが何かしようとしたら、そのときは絶対に俺が絶対に泣かせない。約束する。だからさ、その紅茶が温かいうちに飲んで」

 

軽井沢は差し出された袋を恐る恐る受け取った。マフラーの柔らかな感触。そして、ペットボトルのじんわりとした熱。

 

「…わざわざこんなこと言いに来るなんて、信じらんない」

 

「バカなのは自分でもよく分かってる。でも俺、軽井沢ちゃんと仲良くなりたいんだ。ダメかな?」

 

神楽の瞳は、まるで捨てられた仔犬のように潤んでいた。打算も裏表もなく、ただ傷つけてしまった相手に笑ってほしいというだけの、純粋すぎる意志。

 

その圧倒的な善意に当てられて、軽井沢は思わず小さく吹き出した。

 

「何よその顔、普段はもっと綺麗なのにそんな顔するなんて」

 

軽井沢の表情からこびりついていた強張りがふっと消えた。彼女にとって綾小路は、自分を守り、導く寄生先としての確信を与えてくれる存在だった。

 

が、目の前の神楽が向けてくる好意はそれとは全く違う、もっと不器用で等身大の誠実さだった。

 

「…許してあげる。その代わり約束。もう二度と女の子を泣かせるような真似をしないこと。いい?」

 

「約束する。俺の命に変えても」

 

神楽が勢いよく立ち上がる。そのあまりに真っ直ぐな眩しさに軽井沢は目を細めた。

 

「……ありがとう、神楽くん。あと中に入ろ?廊下で土下座なんてされたら、目立ってしょうがないよ」

 

そして女子寮の一室。神楽はゆっくりと椅子へ腰を下ろした。一方の軽井沢はベッドの端に腰掛け、自分を抱きかかえるようにして丸くなる

 

「神楽くん…アンタ本当にバカね。アタシのこと何だと思ってるの?」

 

軽井沢がぽつりと零した言葉には、棘がなかった。

 

「え?自分の芯ががあってしっかりしてる、可愛い女の子だけど」

 

「…っ、何よそれ」

 

不意打ちのような言葉に軽井沢は顔を赤らめて視線を逸らす。この男には駆け引きも計算も通用しない。

 

「…あのさ、綾小路くんから聞いてないの? 私の、本当の過去のこと」

 

彼女の指先が自身の腕を強く掴んだ。袖の下に隠された消えない傷痕。それを想起するだけで彼女の身体は微かに震え始めた。

 

そんな軽井沢を見て、神楽は静かに首を振った。

 

「キヨぽんには何も聞いてない。あいつはあいつで守ろうとしてんじゃないの?でも俺が見てるのは、今ここにいる軽井沢ちゃんだ」

 

「…そう」

 

軽井沢は自嘲気味に笑った。

 

「アンタみたいに真っ直ぐな人に、隠し事をしたまま優しくされるなんて…耐えられない」

 

そして彼女はゆっくりと語り始めた。中学時代という本来なら輝かしいはずの季節に、彼女が味わった地獄。尊厳を奪われ、虫けらのように扱われた日々。身体に刻まれた、消えることのない暴力の証明。

 

そして、この学校で寄生という歪な手段を選ばなければ生き延びられなかった己の脆さと醜さを。

 

神楽はその一言一句を、逃さず聞き入っていた。反論も同情もせず、ただ彼女が吐き出した痛みの破片を、その大きな手のひらで一つずつ丁寧に受け止めていく。

 

「…最低でしょ。アタシはただ、強い誰かに守ってもらわないと立てない、空っぽな人間なのよ。昨日だって龍園君たちに囲まれて…本当は怖くて、死ぬかと思った…っ」

 

言葉が途切れた瞬間、堪えていたものが決壊した。軽井沢の瞳から大粒の涙が溢れ出す。それは、何年もかけて彼女の中に溜まっていた黒く濁った物だった。彼女は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣きじゃくる。

 

そして神楽は椅子から立ち上がった。

 

軽井沢は自分の醜い部分をさらけ出したことへの恐怖から、反射的に身体を強張らせた。

 

今この瞬間に彼が失望して部屋を出て行ったとしても、彼女はそれを受け入れる覚悟をしていた。だが、予測された拒絶は訪れなかった。

 

代わりに彼女を包み込んだのは、暴力的なまでに強烈で、同時に泣きたくなるほど優しい、圧倒的な温もりだった。

 

神楽は躊躇うことなく彼女を抱き寄せた。

 

「っ…ちょっと、何して…っ」

 

軽井沢は混乱し、彼の胸を叩いて抵抗した。だが、神楽の身体は微動だにしない。彼はさらに力を込め、彼女の華奢な肩をその大きな腕の中に閉じ込めた。

 

「いいから」

 

その声は、重く深く彼女の魂にまで響く。

 

「俺は、軽井沢ちゃんの過去とか、何があったとかはそういうのはよく分かるはずかない。でもな、一人でそんなもん抱えて、今日まで必死に…死にたいくらい辛い思いをしながら、それでも今日まで生きてきたってことだけは分かる」

 

神楽の胸の鼓動が、軽井沢の耳に直接伝わってくる。

 

「それは空っぽなんかじゃない。生きるために必死に足掻いためちゃくちゃ強い証拠だろ」

 

「……っ、う、うあぁぁ…っ!」

 

その言葉を聞いた軽井沢は、神楽のシャツを掴みその胸に顔を埋めて泣き叫んだ。自分の過去を、弱さを、醜さを、すべてこの男が受け止めてくれている。その実感が彼女の魂を数年ぶりに解き放った。

 

神楽は何も言わず、彼女の涙でシャツがびしょ濡れになるのも構わず、ただ大きな手で彼女の背中をさすり続けた。

 

「言っただろ、俺が守るって」

 

神楽は彼女の耳元で誓うように囁いた。

 

「これからは俺が傷跡ごと全部守ってやるから。もう誰も手出しさせない。約束だ」

 

そしてどれくらいの時間が過ぎたのか。

 

部屋を満たしていた嗚咽は次第に小さくなり、軽井沢の肩の震えも収まっていった。彼女はゆっくりと神楽の胸から顔を離すと、真っ赤に腫れ上がった目で彼を見上げた。

 

「…女誑し」

 

絞り出すような彼女の第一声に、神楽は照れくさそうに頭を掻いた。

 

「あはは、まぁこれが俺の生き様だからさ」

 

神楽はポケットからハンカチを取り出した。そして壊れ物を扱うような手つきで、彼女の頬に残った涙を優しく拭った。

 

その指先の温かさに、軽井沢は思わず目を細める。

 

そして神楽が部屋を去る際、ドアの前で彼はもう一度振り返った。

 

「軽井沢ちゃん」

 

「何?」

 

「君は、俺が人生で出会った中で、一番強い女の子だよ」

 

その言葉を最後に、ゆっくりと扉が閉まる。

 

一人残された軽井沢は、自分の胸元に手を当てた。そこにはまだ、彼の温もりがかすかに残っている。

 

彼女は鏡の前に立ち自分の顔を見た。目は腫れて、涙でぐちゃぐちゃな顔。しかしその瞳はこれまでにないほど強く、そして輝いていた。

 

「…本当、女誑し」

 

彼女は小さく呟き、そして今までの人生で一番の、心からの幸せな笑顔で微笑んだ。





案の定堕とした神楽君。この先何人惚れさせることやら

ヒロイン何人にする?

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