学校の生活が始まって二日目。クラスは先生が注意しないことに味を占め、雑談や携帯などを使っている生徒が多く見られた。神楽は目を開けながら寝るという無駄なテクニックで寝ていた。しかし放課後の教室、昨日までの期待感に満ちた空気とは打って変わり重苦しい沈黙と恐怖に包まれていた。
事の始まりはHRが終わり、各々が帰ろうとし始めた時間だった。
「おい、今日からこのクラスは俺が動かす。文句がある奴は前に出ろ」
教壇に立ち、傲慢に言い放ったのは紫髪の長髪のいかにも不良といった見た目である男、龍園翔だった。当然、クラスの血気盛んな連中が黙っているはずもない。真っ先に動いたのは、体格の良い男子、石崎大地だった。
「あ? 何様だテメェ、龍園っつったか。適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ!」
石崎が龍園の胸ぐらを掴もうとした瞬間だった。龍園の膝が、石崎の顎を突き上げた。
「ガハッ!?」
崩れ落ちる石崎の髪を掴み、龍園はそのまま教卓にその顔面を叩きつける。鈍い音が教室に響き渡った。
「Stop」
それを止めようと動いたアルベルトだったが、龍園は微塵も怯まない。巨体の懐に潜り込み、急所を的確に突き、目潰しに近い執拗な攻撃でアルベルトの巨体を膝から崩れさせた。
「……ッ、オラッ!」
鋭い視線を向けていた伊吹は、空手の鋭い蹴りを龍園の側頭部に見舞う。しかし龍園はその蹴りを腕で受け流すと、笑みを浮かべたまま伊吹の首を絞め上げ、壁際まで押し込んだ。
「女だからって手加減すると思うなよ。俺に従うか、ここで壊されるか……選べ」
伊吹の顔が苦悶に歪み、クラスメイトたちは息を呑む。あまりの暴力の苛烈さに、誰も声を上げることができない。そんな地獄のような光景の中で、椎名は震える手で隣の席で突っ伏している神楽移の肩を必死に揺らしていた。
「神楽くん……神楽くん、起きてください。龍園くんが大変なことを…」
「ふわぁ……あ、おはよ、ひよりちゃん。今日も髪、綺麗だね……」
神楽は呑気に眠い目をこすりながら笑顔で手を振った。しかしひよりの表情は真剣そのものだった。
「そんなこと言ってる場合では…クラスが支配されると龍園君が仰っているんです。このままだと……」
「支配? ああ、昨日そんなこと言ってたっけ。そんなことより、昨日図書室で話してた『そして誰もいなくなった』の結末、あれってさ……」
「……やっぱり寝ててください」
ひよりが少しだけ頬を膨らませて前を向いた。おっとりした彼女をここまで呆れさせることができるのは、ある意味で神楽の長所だった。ようやく顔を上げた神楽は、ひよりの視線の先を見てようやく事態を把握した。床には石崎とアルベルトが転がり、壁際では伊吹が龍園に屈服させられようとしていた。
「あれ? 入学早々、格闘技のデモンストレーション? 派手だね」
「そんなわけありません! 龍園くんが、クラスを支配するって……」
「いいか、今日からこのクラスは俺が統制する。ポイント、進路、その他諸々……俺の指示に従えば『いい思い』をさせてやるよ」
教室が騒然となる。当然だ。昨日10万ポイントを貰って浮かれていた連中にしてみれば、突如現れた暴君に自由を奪われるようなものだ。そんな中、龍園が神楽の机を派手に蹴った。ひよりがビクッと肩を震わせる。それを見た瞬間、神楽の眠気は完全に吹き飛んだ。
「聞いてたよ。クラスをまとめるんだろ? 大変そうだな、ホストみたいなことすんのか」
椅子に背を預け、龍園の目を真っ直ぐに見つめながらピースをした。
「……ハッ、ホストだと?面白ぇこと言うじゃねぇか、神楽」
龍園は移の顔を覗き込むように身を乗り出した。至近距離。喧嘩慣れしている男特有の、血生臭いプレッシャー。だが、神楽それをものともしておらず、龍園は内心驚いていた。
「お前、昨日の今日で俺に物怖じしねぇのは、ただのバカか、それとも相当な自信家か……どっちだ?」
「どっちでもないよ。俺はただモテたいだけだ。君がクラスをまとめてくれるなら、俺は余計なことに頭を使わずに済む。ひよりちゃんとの読書タイムを邪魔しないなら、俺は君のやり方に異論はないよ」
一瞬の沈黙。クラス中の視線が神楽たちに集まる。龍園は数秒間移を凝視していたが、やがて喉を鳴らして笑い始めた。
「ククク……傑作だ。テメェみてぇな牙を隠してるような奴は嫌いじゃねぇ。いいぜ、神楽。お前は好きにしろ。ただし、俺の邪魔をするようなら、その自慢のツラごと地面に叩きつけてやるからな」
龍園は満足げに背を向け、教室の後方へと戻っていった。だが、龍園翔という男の本質は、そんなに甘いものではなかった。彼にとって興味深い玩具を見つけた時、次に行うのは自身の駒にすることだった。
放課後、神楽はひよりと図書室へ向かおうとした時、石崎が廊下で待ち構えていた。
「神楽、龍園さんが呼んでる。特別校舎の裏まで来い」
ひよりが不安そうに移の袖を掴む。
「……行かない方がいいです。何か、嫌な予感がします」
しかし神楽はひよりの手を優しく解き、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。ちょっとした話しの続きだよ。ひよりちゃんは先に図書室に行ってて。すぐに行くからさ」
夕暮れ時の特別校舎裏。人気のないその場所に、龍園は一人で佇んでいた。取り巻きの姿はなく、龍園の本気度を示していた。
「遅かったじゃねぇか」
龍園は壁に背を預け、退屈そうに空を見上げていた。
「悪いね、ひよりちゃんを説得するのに時間がかかって。で、用件は? 俺をホストのスカウトでもしてくれるのか?」
余裕を崩さない。長身の影が地面に長く伸びる。
「スカウト? 悪いが、俺に従えねぇ奴はいらねぇんだ。昨日からずっとその態度を崩さねぇが、俺がその態度をぶっ壊してやる」
「さあね。昔、ちょっとヤンチャしてた時期もあったけど、今はもう引退だよ。暴力的な男はひよりちゃんは嫌いそうだ」
「そうかよ。じゃあ無理矢理にでも壊させてもらうぜ」
龍園の空気が変わった。予備動作のない、鋭い前蹴り。それは確実に相手の鳩尾を狙った一撃だったが、神楽は半歩も動かずにわずかな上身の捻りだけでそれをかわした。
「……ハッ、今のをノーモーションで避けるか」
「危ないな。服が汚れたらどうすんのさ。不潔な男はモテないんだからさ」
龍園の目が愉悦に歪む。
「服の心配かよ、余裕だ…なッ!」
龍園は連撃を叩き込んだ。ボクシングのようなジャブから、ラフプレイに近い肘打ち、そして急所を狙う金的。どれもが致命傷になり得る、実戦を極めた攻撃だ。だが神楽はそのすべてを紙一重でかわし、あるいは掌で受け流していた。龍園の拳が移の顔面の横を通り過ぎるたび、風を切る音が響く。だが彼の表情は依然として、デートの待ち合わせに遅れた時のような、申し訳なさと余裕が混ざったままだった。
「どうした、かけるんくん。クラスの支配者様が、一人の素人に拳も掠らせられないのか?」
「クク……面白い。本当に面白いぜ、神楽……!」
龍園は狂ったように笑いながら、さらに速度を上げた。彼は別に神楽に恨みがあるわけではない。ただ自分の支配下にあるべきクラスに、自分でも測りかねる生徒がいることが許せなかった。更に騒動を見ていたはずのどう見ても暴力に慣れていなさそうな生徒であるにも関わらず、自身のプレッシャーに全く動じないこと。その正体を暴きたくて仕方がなかったのだ。
「そろそろいいかな。ひよりちゃんを待たせてるんだ」
龍園が放った渾身の右ストレートを、神楽は左手で軽く掴み取った
「…ッ!テメェ!!」
龍園が拳を引き抜こうとするが、万力で締め付けられたかのように微動だにしない。神楽の眼光が、初めて鋭く変わった。
「かけるんくん。君の戦い方は嫌いじゃないよ。合理的で、泥臭くて、勝利に執着してる。でも」
なんとか神楽の拘束を解き放ち、再び攻撃を仕掛けた龍園だったが
「俺には勝てない」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。龍園が放ったキック。それは空気を切り裂く鋭い音が響くが、バックステップで回避。
直後、反撃が始まった。静止状態から爆発的な加速を見せ、龍園の懐へと飛び込む。
「ッ、速ェ!?」
龍園がガードを固めるよりも早く、空中に飛び上がった。ただのジャンプではない。滞空時間を無視したかのような跳躍から、空中で身体を鋭く捻り、龍園の頭上を越える軌道で空中後ろ回し蹴りを放つ。その一撃は、龍園のガードを軽く弾き飛ばし、首筋を掠めた。
「ガ……ッ!」
着地と同時に、神楽は姿勢を低く保ったまま龍園の右足の軸を刈り取る。バランスを崩した龍園の身体が、物理法則に抗えず空中に浮く。
「終わりだ」
バランスを失い、無防備になった龍園の顔面を神楽は容赦なく左手で掴み取った。そのまま軸足を一歩踏み込み、全身のバネを使って自らの身体を一回転させる。掴んだ龍園の頭部を回転の遠心力へと変換し、軽々と超常的な軌道で後方へとぶん投げた。
龍園の身体は数メートルを飛行し、コンクリートの壁に激突。鈍い衝撃音と共に、龍園はその場に崩れ落ちた。背中から衝撃を受け、呼吸ができず意識が明滅する。震える視界で自分を見下ろす金髪の少年を見上げた。脳裏では、今起きた事象への疑念が嵐のように渦巻いていた。
(……あり得ねぇ。今のは……なんだ……?空中での後ろ回し蹴り……。単なるジャンプじゃねぇ。踏み込みの瞬間の床反力を逃さず、広背筋と大臀筋の連動だけで、あの滞空時間と回転速度を生み出してやがった。俺の体重は70キロ近くある。それを、片手の握力だけで固定し、自転の遠心力を一点に集中させてぶん投げただと? 筋肉の収縮速度、腱の強度、それ以上に……自分の重心をミリ単位で制御してなきゃ、投げた瞬間にテメェの足首が粉砕されてるはずだ……! 計算が合わねぇ。人間があの体勢からあんな出力を出せるはずがねぇ……!)
神楽は乱れた制服の襟を整え、何事もなかったかのように微笑んでいて、息一つ乱れていない。
「喧嘩ってのはさ、相手を倒すためにやるんじゃないんだよ。俺にとっては、全てをかけているようなもんさ」
神楽は龍園の元へ歩み寄り、手を差し出した。
「立ちなよ、支配者。君が倒れてると、クラスがまとまらない。俺は平和に青春がしたいんだ」
龍園は震える手で移の手を掴み、立ち上がった。腹部には激痛が走り、立っているのもやっとの状態だったが、その瞳には悔しさよりも、圧倒的なものを見た時の歓喜が宿っていた。
「……テメェは本当に化け物だな」
「心外だな。俺はただの、1人の生徒だよ」
数分後、龍園は埃を払い、普段通りの不遜な態度を取り戻していた。
「いいぜ、神楽。お前の実力は分かった。お前を俺の駒にしようと思ったが、取り下げだ。お前は……そうだな右腕ってことにしといてやるよ」
「右腕?響きは悪くないけど、俺を駒みたいに扱うのは無しだし、面倒事は押し付けないでくれよ」
「わかってるよ。テメェは女どもとイチャついてりゃいい。だが、もしクラスが存亡の危機に立たされた時……その時は、その隠してる牙を使ってもらうぜ」
「……高くつくよ、俺の牙は」
(チッ、こんな化け物がいやがるとは思いもしなかったぜ…だがよぉ神楽、いつかお前を必ず支配下に置いてやる!)
神楽はひらひらと手を振りながら、特別校舎を後にした。図書室に着くと、窓際の席でひよりが一冊の本を見つめていた。彼の姿を見つけると、彼女の顔がぱっと明るくなる。
「神楽くん! 大丈夫でしたか!?……あ、お洋服、少し汚れてませんか?」
ひよりが立ち上がり、彼の肩についた壁の砂を優しく払った。
「ああ、ちょっとかけるんくんと熱い議論になっちゃってさ。でも、これで彼とも本当の意味で友達になれた気がするよ」
「……そうですか。神楽くんがそう言うなら、信じます。でも、あまり無理はしないでくださいね」
「ありがとう、ひよりちゃん。さて、続きを読もうか」
神楽はひよりの隣に座り、穏やかな日常へと戻っていく。遠くで龍園がクラスの連中を怒鳴り散らす声が予想できる。だがその暴君も、自分と関係を持つものには決して危害を加えないと約束した。
(実力至上主義……か。悪くない学校だ)
見出しにある「仮面」という言葉は、主人公の性格そのものを指しているわけではありません。
ここから先は気を悪くしてしまう方もいると思いますので、読まなくても大丈夫です。
そもそも私は、一度決めた性格やキャラクター設定を、後から大きく変えることはあまり好きではありません。
これはあくまで私個人の考えですが、自分を隠したり誤魔化したりするためにキャラ作りをしている、という心情設定等などが嫌いです。例えばふざけた性格のキャラや自分を曲げないキャラに「実はそれが本心ではない」という設定を足してしまうと、読んでいる側としてはその性格を素直に受け取れず逆に感情移入してしまいます。
そのため私は、最初に提示された性格はできるだけそのままであってほしいと思っています。狂っているキャラなら最初から狂っていてほしい。何か目標があるならば、その目標に向かって真っ直ぐと進んで欲しい。後付けで理由づけされるのではなくその性格そのものを本質として描いてほしい、描きたい。という考えです。
こうして生まれたのが神楽君という訳ですね。長文失礼致しました!神楽君の実力ですが、現時点だとこのような感じです
パワー 神楽≧綾小路>>>龍園
スピード 神楽≧綾小路>>>龍園
技術 綾小路≧神楽>>>龍園
??? 綾小路>>龍園>>>>>>>>>神楽
神楽君が強すぎると思うかもしれませんが、その理由は後々…
ヒロイン何人にする?
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ひより一筋