ようこそバカ派手モテ至上主義の教室へ   作:綾(あや)

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今回はギャグ要素多めです!


神楽移は◯◯ができない

 

 

5月になり、実力至上主義という名の荒波に揉まれるCクラス、龍園がリーダーとなっているこの教室は、今朝妙な緊張感に包まれていた。

 

昨日行われた抜き打ちでの小テスト。それは単なる知識の確認ではなく、次回のテストに何らかの関わりがあり、真価を測るための重要な物となっていることに龍園は気づいていた。

 

龍園は如何にも不良と言った見た目であるものの、彼の学力は申し分ない。このクラスをまとめられているのも彼の暴力とその圧倒的カリスマによるものだ。そのため彼は今回の小テストの結果は全く動揺していない…はずなのだが、落ち着いていない表情だった。

 

その理由は、後方に座っている神楽が彫刻のように固まっていたためだ。

 

端正な顔立ちであるが、喧嘩は自分を圧倒的に凌駕する実力を持ち、自分を完膚なきまでにボコボコにした圧倒的な格闘センス。龍園は彼こそがCクラスのジョーカーであると確信していた。しかしそんな彼は今朝から死んだ目と表情をしていた。

 

「神楽くん」

 

隣の席から、椎名が心配そうに声をかける。彼女の声は今の神楽には遠い世界の出来事のように聞こえていた。

 

「昨日の小テスト……手応えはどうでしたか? 最後に難しい問題もありましたけど、普段から本をたくさん読んでいる神楽くんなら、大丈夫ですよね?」

 

しかし返事はない。いつもなら「ひよりちゃんの笑顔が最高の栄養剤だよ」や「昨日のテストで指が疲れちゃったから、少し癒やしてくれないかな」といった、軽薄だがどこか憎めない台詞が返ってくるはずだった。

 

だが、今の彼は目を見開いたまま、机の上の一点を見つめてピクリとも動くない。その瞳からは完全にハイライトが消え、まるで魂が身体から離脱して、どこか彷徨っているかのようだった。

 

「……神楽くん? もしかして、体調が悪いんですか?」

 

ひよりが顔を近づけて覗き込む。至近距離。本来なら彼のモテたいという本能が目覚める瞬間だが、反応は絶望的だった。彼はゆっくりと錆びついた機械のような動作で首を横に振った。

 

「……あ、なるほど。これが『虚無』か。理解したよ」

 

「……え?」

 

ひよりが首を傾げる。神楽はそのまま、再び沈黙の深海へと沈んでいった。予鈴が鳴り、担任の坂上が教室に入ってきた。その手には、一枚の大きな模造紙と数枚のプリントが握られている。坂上は模造紙を黒板にマグネットで貼り付けた。

 

「皆さんおはようございます。昨日の小テストの結果を発表します」

 

そこにはクラス全員の名前と、昨日の小テストの点数が残酷なほど明快に記されていた。

 

「あぶねー!赤点を取るところだったぜ!」

 

「嘘だろ、あいつあんなに高いのか…」

 

教室内がざわつき始める。坂上はチョークを手に取ると、黒板の中央に太い線を一本引いた。

 

「各自しっかりと確認しておくように。そして、一つ重要な通達があります」

 

坂上の声が教室に響き渡り、生徒たちの視線が集まる。

 

「平均点は今回72.3点です。赤点は平均点を半分にし、四捨五入により、36点以下は次回以降の中間と期末で1科目でも赤点なら即退学です」

 

その瞬間、教室の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えた。退学という二文字の重圧。生徒たちが黒板の表を食い入るように見つめる中、石崎の絶叫が響いた。

 

「よ、よしッ! 37点! 首の皮一枚繋がったぜ!」

 

石崎はガッツポーズを決め、天を仰いだ。今回の平均点から換算すれば、37点ははまさにボーダーライン。中間テストであれば退学を免れるギリギリのラインだ。

 

「危ねぇ……、俺の学力じゃここが限界だ。なぁアルベルト、見ろよ俺の……って、おい」

 

石崎が安堵の汗を拭いながら隣のアルベルトを振り返った時、アルベルトは無言で黒板の最下位の名前を指差していた。

 

「……Wait,Ishizaki, there's still a name left(待て、石崎。まだ名前があるぞ)」

 

「あ?何て言ってんだ?」

 

「バカ石崎、まだ下がいるって言ってんの」

 

伊吹がそう言い放つと、石崎の視線がリストの最底辺である位置に固定された。

 

『最下位:神楽 移 —— 25点』

 

クラス全員の視線が、一斉に移に突き刺さった。あの入学式以来、圧倒的な戦闘能力と不遜な態度でCクラスの「影の切り札」と目されていた神楽が、石崎すら下回るという前代未聞のスコアを叩き出していたのだ。

 

「……25点? 嘘だろ? 25点って……名前を書いて、適当に記号を埋めても俺より低くなるなんてことあるのか!?」

 

石崎の悪意のない、しかしあまりに率直な叫びが教室に放たれた。神楽は黒板に書かれた自分の名前と数字を、魂が抜けたような顔で見つめていた。その時、後方の席からゆっくりと龍園が立ち上がった。龍園は黒板の前まで歩み寄り、貼り出された表を至近距離で見つめる。そして、次に神楽の顔を見つめた。

 

いつもなら傑作だと肩を揺らして笑うはずの男が、今はただ深いため息をつき、信じられないものを見るような呆れ顔を浮かべていた。

 

「……おい、神楽。テメェ、わざとやってんのか?」

 

龍園の声は、低く、重い。

 

「25点だぞ。マークシートだぞ。石崎ですら鉛筆を転がして37点をもぎ取った。テメェのその脳細胞は、喧嘩する時以外は全て溶解してんのか?」

 

しかし神楽は石崎よりも低い自分の点数を無言で見つめていた。あまりの衝撃に言い返す気力すら湧かないらしい。

 

「……あー、いや。かけるんくん、落ち着けよ」

 

「お前が落ち着けや!」

 

いつもの神楽とは異なるブルブル震えた裏声に龍園の珍しいツッコミを聞けたクラス。神楽はようやく口を開いたが、その声にはいつもの覇気も甘さもない。

 

「俺はこのクラスの切り札だろ? ほら、武力担当っていうか。別に勉強なんてできなくても、俺が他クラスの奴らをねじ伏せれば万事解決だろ? そもそも、学問なんてモテる男には必要ないっていうか…俺はこのクラスのポイントを稼ぐから、勉強なんて事務的な作業は俺の美学に反するんだよ」

 

「……」

 

 龍園はあまりに救いようのない神楽の言い訳を聞き、心底嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「笑わせんな。テメェ、その面でよくそんなマヌケな台詞が吐けるな。坂上の話を聞いてなかったのか? テメェ一人が赤点で退学になりゃ、お前は退学し、クラスポイントを稼ぐのが難しくなる。ムカつくが、テメェの腕は一級品だからな。だがお前がテストで自滅されていなくなったら俺の計画は全部パァなんだよ」

 

「いやいや、でも俺には俺の役割が」

 

「黙れ。テメェのその意味不明な腐ったプライドは今この瞬間から捨てろ。テメェの価値は今、この黒板に書かれた25点っていうマヌケな数字以下だ」

 

龍園は首を鳴らし、冷淡に告げた。

 

「今日から俺が徹底的にしごいてやる。テメェを意地でも赤点回避させる。逃げられると思うなよ。……マジで呆れたぜ。テメェの脳は筋肉と見栄だけで出来てんのか?」

 

「…ひぇぇ」

 

最早神楽にいつもの覇気も余裕もなかった。

 

 

 

--

 

 

 

放課後

 

終礼のチャイムが鳴り終わった瞬間、神楽は椅子を蹴るような勢いで立ち上がった。

 

(……逃げよう。とりあえず今日は寮に帰って、ひよりちゃんの好きな本の感想でも考えてこの悪夢を脳内から削除するんだ)

 

神楽の瞬発力は常人を遥かに凌駕する。一瞬で教室のドアに到達し、そのまま自由を掴み取ろうとした。

 

だが

 

「Where are you going?(どこへ行くんだ)」

 

そこに立ちはだかっていたのは、鉄塔のような巨体、山田アルベルトだった。

 

「アルベルト! ちょっとどいてくれよ!急用なんだ。ほら、これからメンタルケアしないと、明日の自分のコンディションが」

 

「No way, Boss says don't let him escape.(ダメだ。ボスが逃すなと言っている)」

 

神楽はアルベルトの腕を掴んで退かそうとするが、岩のように動かない。普段ならその隙を突いてすり抜けることや力づくで退かすことも容易ではないが、生憎彼はテストにより力を出せず、相手は神楽の動きを完全に封じるために両手でドア枠を掴んで物理的に封鎖していた。

 

「離せー! 俺は自由を愛する男なんだ! 束縛されると、俺の魅力が半減しちゃうだろ!」

 

「……まだガタガタ抜かしてんのか、このバカ」

 

背後から、心底嫌そうな声が響いた。振り向く間もなく、龍園の大きな手が神楽の首を後ろからがしっと掴み上げた。

 

「うげっ!? かけるんくん、く、苦しい! 首、首が絞まってる! 制服が伸びたらどうするんだよ!?」

 

「黙ってろ。テメェは今日からひよりの指導の下、図書室で缶詰めだ。いいか、一歩でも外に出ようとしたら、アルベルトに命じてテメェを簀巻きにして図書室の天井から吊るす。ククク……面白そうじゃねぇか?」

 

「ひどい! 独裁者! 暴君! 俺のファンが泣くぞ!」

 

じたばたと暴れる神楽だったが、龍園はそれを無視して、まるで言うことを聞かない大型犬を無理やり散歩から連れ戻す飼い主のように廊下を無慈悲に引きずっていった。

 

「……神楽くん、行きましょう」

 

ひよりが大量の参考書を重そうに抱えて、龍園の隣を歩く。

 

図書室のいつもの窓際の席。本来ならひよりと二人で静かに文学の世界に浸るはずの聖域が、今は殺伐とした学習塾へと変貌していた。机の上には、ひよりが用意した「中学・数学のまとめ」というタイトルの、分厚い問題集が山積みになっている。その隣では、龍園が椅子を逆向きに座り、神楽の横顔を監視するように睨みつけていた。

 

「さあ、神楽くん。まずはここからです」

 

ひよりがページを開く。そこには、神楽にとって忌むべき記号が並んでいた。

 

「……ひよりちゃん。この『x』とか『y』っていうのは、何かの暗号? それとも、他クラスが俺たちに送ってきた嫌がらせの類かな?」

 

「嫌がらせではありません。ただの記号です。いいですか、等号を挟んで数字を移動させる時は、プラスとマイナスを入れ替える、それだけです」

 

「……入れ替える? なんで数字が勝手に橋(=)を渡って性格(+−)を変えちゃうんだ。そんなの、情緒不安定すぎるだろ」

 

「神楽、テメェは次からふざけたことを抜かしやがるたびにその自慢の爪を一本ずつひん抜くぞ」

 

神楽はしぶしぶペンを握り、ひよりの説明を聞きながら、参考書と睨み合った。

 

「たとえば、この問題です。『 2x + 5 = 11』 5を右側に移すと、どうなりますか?」

 

「旅に出るのかな? 自由を求めて、新しい自分を探しに」

 

「……-5 になります」

 

 ひよりの声がかつてなく冷たかったため、神楽は身震いした。

 

「2x = 6 になりますね。x はいくつですか?」

 

「え、ええと…2 と x が仲良く並んでるから、愛の力で1かな?」

 

「テメェ、わざとか?石崎でも3って答えるぞ、今の問題は!」

 

「龍園くん、気持ちは分かりますが神楽くんの脳がさらに混乱してしまいます」

 

ひよりが龍園を制止するが、その目は既に笑っていない。彼女にとっても、神楽移の学力は想像を絶する深淵だったのだ。

 

「いいですか、神楽くん。数学はパズルです。論理の積み重ねです。あなた方が格闘で相手の動きを読むように、数式の流れを読むんです」

 

「格闘は、もっと感覚的なんだよ、ひよりちゃん。相手の呼吸、筋肉の収縮、風の流れ……そこに『x』なんて介在する余地はない」

 

「今、この状況で『x』を解決できないと、神楽くんは退学という名のKO負けを喫することになりますよ。私と一緒に……卒業したくないんですか?」

 

ひよりの鋭い指摘に、神楽はぐうの音も出なかった。

 

彼はこの学校で初めて「暴力では解決できない問題」に直面していた。どんなに速く動けても、どんなに重い一撃を放てても、この紙の上の小さな「x」だけは倒すことができなかった。

 

時間は過ぎ、図書室の窓の外は夕闇に包まれていった。多くの生徒が下校し、静まり返った図書室の中で、唸り声だけが響いている。

 

「くっ、この『因数分解』とかいう奴、性格が悪すぎる。なんでわざわざ纏まっているものをバラバラにして猟奇殺人犯の思考回路だよ、これ」

 

「神楽くん、それは公式です。 (a+b)^2 = a^2 + 2ab + b^2 。これを逆に辿るだけですよ」

 

「公式なんぞは俺の人生にない。一期一会の出会い、その瞬間のインスピレーション……」

 

「……龍園くん、少し席を外してもらえますか? 少し……厳しくいく必要がありそうです」

 

ひよりは冷たく言い放った。彼女からはとても出せそうにないはずの恐ろしいほど冷たい声に、龍園は内心身震いしていた

 

「…勝手にしろ。ただし、明日までに中学の範囲も怪しいようなら、俺が直接テメェの脳みそを洗ってやるからな」

 

と吐き捨てて立ち去った。二人きりになった図書室という、本来なら甘い雰囲気になってもおかしくないシチュエーションだが…

 

「神楽くん。解の公式を言ってみてください」

 

「……え? あ、いや、それはほら、2a分の-b+−…100?」

 

「…神楽くん。私、悲しいです」

 

「……え?」

 

「これでは、私たちが一緒に読んでいる本の作者の名前すら、いつか数式だと思って忘れてしまうかもしれません」

 

「そんなわけないよ、ひよりちゃん。本と数学は別だって」

 

「いいえ。論理は繋がっているんです。神楽くん、私と一緒に卒業したいなら、この中間テスト……私に全てを預けてください。……逃がしませんよ?」

 

ひよりの瞳の奥にある支配者の光を見た気がして、神楽は息を飲み込んだ。龍園の暴力よりも、アルベルトの腕力よりも、ひよりのその静かな落胆と決意が人生で何よりも恐ろしかった。

 

「……はい。お願いします、ひより先生」

 

翌朝、抜け殻のようになった神楽が教室で発見されたのはまた別の話…





というわけで、タイトルの通りですね。神楽君は勉強ができません。
彼は幼い頃からその容姿とコミュ力で全てを乗り切っており、勉強はほとんど手をつけませんでしたからね

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