※注意
今回は私の妄想とキャラ崩壊が多く含まれます、ご注意ください
中間テストまで残り二週間となった。これまでなら鏡の前で納得がいくまでヘアセットを決め、女子の視線をどう集めるかだけを考えていた神楽だったが、そんな彼は今、参考書に震える手で数式を書き込むだけの作業機械に成り下がっている。
教室の空気は日を追うごとに刺々しくなっていた。坂上が黒板に突きつけた平均点の半分以下、すなわち赤点を一教科でも取った瞬間に即退学というルール。それはCクラスにおいてかつてないほどの恐怖を強いていた。最底辺の25点という驚異的な点数を取った神楽にとっては、退学よりも恐ろしい事象を現在行なっているのだが。
「……神楽くん、ここはマイナスとプラスを掛けたらマイナスです。昨日も教えましたよね?」
隣の席からひより静かな声が響く。普段なら癒しでしかないその声が、今は彼の脳を直接削り取る警告音のように聞こえた。ひよりの指先が計算ミスを無言で指し示す。
「あー……悪い、ついな。マイナスが並ぶと、なんかこう見てるだけで気が滅入ってくるんだよ。俺の人生にはポジティブなものしか必要ないんだがな」
「神楽。テメェ、そのふざけた口を今すぐ縫い合わせてやろうか」
背後から飛んできたのは龍園の低く冷たい声だった。龍園は神楽を監視することをクラス運営の最優先事項に据えていた。自分の計画が神楽の絶望的な学力のせいで台無しにされることだけは、何としても防ぐつもりらしい。勉強を開始して三時間が経過した放課後。神楽の脳はついに限界を迎えた。数字と記号が視界の中でダンスを始め、吐き気がこみ上げてくる。
(ダメだ……。一度リセットしないと、マジで再起不能になる)
神楽はそう決心すると、ひよりが資料の整理で席を立った一瞬の隙を突き音もなく図書館から脱出した。屋上のドアに手をかけたその時、背後に巨大な壁のような気配が立ちふさがった。
「……ククク。どこへ行くつもりだ、神楽。テメェの課題は屋上で空でも眺めることだったのか?」
そう話しかけたのは龍園だった。彼はそろそろ神楽が限界を迎え、ここに来るのを確信していたかのように待ち構えていた。
「ちょっと今日は休養が必要だって、俺の身体が言ってるんだ」
「いいから戻れ。テメェの勝手な休養のせいで俺の計画が狂うのは我慢ならねぇんだよ」
「嫌だね。俺は自由だ。かけるんくんだって本当はこんなことしたくないだろ? 監視なんて時間の無駄よ。一緒にサボろう?な?今ならまだひよりちゃんにバレずに」
神楽が言いかけたその時、龍園の目が鋭く細められ、鋭い蹴りが放たれた。神楽は上半身を捻って難なく躱すも、困惑した表情を浮かべる。
「なんだよいきなり」
「あまり調子に乗るな。テメェ、本当に分かってんのか? このままサボり続けて、またテストで無様な点数を取ってみろ?椎名がブチ切れるぞ」
「ひよりちゃんが…ブチ切れる?」
「ああ。テメェ、あの日のことをもう忘れたのか?」
龍園にそう問いかけられ、神楽の脳裏には数日前の悪夢が鮮明に蘇ってきた。それは勉強会を始めてすぐの図書室での出来事だった。
-勉強会を始めてから◯日目の放課後-
集中力が完全に切れていた神楽はペンを回しながら、ひよりの解説を右へ左へと受け流していた。しかし神楽の中にあったのは数式ではなく昨日廊下ですれ違った他クラスの可愛い女子生徒や将来自分を巡って女子たちが争い、最終的に誰と結婚すれば一番幸せな家庭を築けるか、といった下らない妄想だった。
「……神楽くん? ずっと手が止まっていますが、何を考えているんですか?」
ひよりにそう尋ねられた瞬間、神楽の思考は口と直結してしまった。
「え? ああ、昨日のBクラスのあの子の笑顔に可愛くてさ!俺みたいな男と結婚する女子は、やっぱり俺のこの自由奔放さを許してくれる包容力がないとダメだよね?ひよりちゃんなら俺が他の子と遊びに行っても、笑っておかえりなさいって言ってくれる理想の奥さんになりそうだよね…あ」
神楽が気づいた時には遅く、既に全てを言い終わった瞬間。空気が凍りついた。図書室の空調が止まったのかと思うほどの寒気で覆われ、隣で聞き耳を立てていた龍園が持っていたペンを指の間でへし折ったのが分かった。ひよりが開いていた問題集を静かに閉じ、彼女が顔を上げた。そこには普段、皆が知っている椎名ひよりはいなかった。
瞳から一切の光が消え、底なしの沼のような虚無が広がっている。唇は微笑みの形を保っているが、その眼球は一つも笑っていなかった。
「神楽くん。あなたは中間テストを乗り切るためにここにいます…ですがあなたの頭の中には、勉強の『べ』の字も、クラスの存続に対する『責任感』も存在しないようですね」
「ひ、ひよりちゃん? 冗談だよ、ちょっとしたジョーク」
「黙ってください。あなたのその口から出る言葉は今この瞬間から、数式の解答以外すべて『騒音』と見なします」
そう宣言した彼女から放たれる威圧感は、今まで経験してきた何よりも恐ろしかった。ヤクザに連れ去られ沈められたこと、放たれた弾丸が頬をかすめたこと、サメに飲み込まれそうになったこと。それらを経験してきた神楽だがこの瞬間に確信した。
(ひよりちゃんにキレられるのが今までの何よりも怖い!!)
「龍園くん。神楽くんの耳を塞いでください。不必要な妄想が入り込まないよう、彼が三平方の定理や二次関数を完璧に淀みなく書き写すまで、そこから動かさないでください。もし彼が次に勉強以外の不埒な妄想を口にしたら…」
ひよりは神楽の目をじっと見つめ、凍りつくようなトーンで続けた。
「私は本気で怒りますよ?」
その時、偶然にも神楽と龍園は同時に理解した。この二人は俗に言う怒られ慣れたタイプの人間だ。だからこそ分かる事がある、この声はヤバい。この少女を本気で怒らせたらどうなるかと想像してしまった龍園は、急いで自身の頭を震える手で思いっきり殴り脳から消した。
「……はい」
--
回想から戻った神楽は気づかぬ間に全身を伝う冷たい汗を拭っていた。龍園もまたあの時のひよりの姿を思い出しているのか、顔色が悪い。
「…思い出したか。あいつはテメェのその薄っぺらい女関係の妄想を一番嫌ってるんだよ。次は言葉じゃ済まねぇぞ…テメェはそれに耐えられるのか?」
脳内には冷徹な笑みを浮かべたひよりの幻影が再び浮かんだ。
「…戻る、今すぐ戻って方程式と格闘してくる。あの目は二度と見たくない」
「賢明な判断だ。ククク。俺だって、あいつを本気で怒らせるほど命知らずじゃねぇんだ」
Cクラスのリーダーと切り札。この二人がたった一人の少女の怒りに怯えている状況だった。トボトボと神楽は引き返し、龍園もどこかへと移動していった。
--
そしてテスト三日前、神楽の机は参考書で埋め尽くされ、ひよりが仁王立ちでその姿を監視していた。
「…ひよりちゃん、男女が部屋に入るのは法則違反じゃ」
「それを言うならば校則違反です。それと男子が女子の部屋に夜8時以降入ることは禁止されていますが、女子が男子の部屋に入ることは禁止されていません」
「いやー、でもそれは無茶苦茶」
「あなたのその欲望の方が無茶苦茶です。勉強中に邪なことを考えている神楽くんには分かりませんでしたか?」
「…せめてコーヒーだけでも飲まして」
椅子を回し視線を向けると、ひよりは参考書から視線を上げることなく淡々とページをめくった。その指先の動きすら、神楽の目には冷徹な秒針のように映っていた。
「龍園くんがいないからといって、勉強の質を下げるつもりはありません。神楽くん、今はコーヒーの味を楽しむ時間ではなく、二次関数の解を噛み締める時間です。脳が刺激を求めているのなら、その数学的な苦味を捧げてください」
「……厳しい」
「当然です。先程あなたが『自室に戻ればサボれる』という顔を一瞬だけしたのを私は見逃していませんよ?あなたの思考は、その自由すぎるほど豊かな表情からすべて漏れ出しています」
ひよりがゆっくりと顔を上げた。その瞳には感情の色がなく、まるで底の見えない深い湖のようだ。
「神楽くんのことを読むことは本を読むよりも簡単です。それとももっと深く読み込んでほしいですか? あなたが隠していること全てを」
「い、いや、いい!読まなくていい! 自分で解くって!」
神楽は慌てて机に向き直った。背筋を這い上がる冷たい感覚が彼の眠気を一気に吹き飛ばしていく。三十分が経過した。神楽のペンが走る音と、ひよりがページをめくる音だけが、不気味なほど心地よく響き続けていた。しかし、神楽の脳内にはどうしても数式とは関係のない雑念が入り込んでくる。隣のクラスにいる可愛い女子のこと、明日の朝食のこと。そして真横にいるひよりがなぜ自分にここまで執着して勉強を教えているのかという疑問。
ふと、神楽のペンが止まった。
「ペンを止めてはいけません…神楽くん、今何を考えていましたか?」
「え?ひよりちゃんは可愛くて優しいなーって」
神楽は内心にやりと笑いながら、優しく微笑んだ。いつもの反応ならば彼女は顔を真っ赤にして驚くため、ここで機嫌を取っておき勉強時間を少しでも減らすという算段だった。しかし彼女はいつものように顔を赤らめるのではなく、淡々と告げた
「…もし次に手を止めて余計なことを口にしたり考えたりしたら…そうですね、あなたのこの学校での異性の連絡先を、上から順に消去していきます」
「What!? 何そのデスゲームみたいなペナルティ!俺には死刑宣告だわ!」
「あなたの人間関係はこのテストを乗り越える上では不純でしかありません。赤点を取って退学になれば、どうせその方々とは二度と会えなくなるんです。今のうちに整理して差し上げるのは、私の優しさだと思ってください」
「…がんばります」
「よろしいです」
深夜二時になり、神楽の視界はもはや数字とアルファベットが融合した未知の生命体で埋め尽くされていた。歴史の肖像画の人物は、まるで自分を殺そうとしている顔に見え、アルファベットは自分に絡みつく網に見えていた。
「……ひよりちゃん、もう限界。脳が、脳が溶けてる感覚がする…」
「あと一枚です。この演習問題を完答できれば、本日のノルマは達成です」
「あと一枚がエベレストの頂上より遠く見える……」
「なら、私が背中を押してあげましょう」
ひよりが椅子から立ち上がり、神楽の背後にぴたりと寄り添った。ふわりと少女特有の清廉な香りが神楽の鼻腔をくすぐる。本来なら男としてもっとも意識すべき瞬間。しかし、ひよりが神楽の耳元で囁いた言葉は、その期待を無残に打ち砕いた。
「この問題を間違えたら、明日の朝食は抜きです。そして学校までの道のりでずっと私があなたの横で『あなたが過去に振った女の子のリスト』を朗読し続けます」
「どこでその情報を仕入れた!?」
「石崎くんが話していました」
「あのバッッカ野郎が!!!」
神楽は半泣きになりながら再び数式の海へとダイブした。10分後、ついに最後の一問を解き終えペンを置いた神楽はそのまま机に突っ伏した。
「……おわっ、た?俺、生きてる…?」
「お疲れ様です、神楽くん。……全問正解です。やればできるではありませんか」
ひよりが神楽の頭をあやすように優しく撫でた。その手の温もりが、張り詰めていた神楽の神経をゆっくりと解きほぐしていく。
「ひよりちゃん、俺…テスト頑張るよ。こんな地獄二度と経験したくない…」
「そうですね。私もあなたが退学になるのは困ります…私の感想をあんなに真面目に聞いてくれる人は、クラスにあなたくらいしかいませんから」
ひよりは、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は夜明け前の薄暗い部屋の中で、神楽にとってはどんな後光よりも眩しく見えた。
「あ、今の笑顔…元に戻ってくれたの?」
「そうですか。では、その気持ちを糧にあと一時間だけ復習しましょうか」
「……え?」
「嘘です。休んでください、神楽くん……おやすみなさい」
その瞬間、神楽はそのまま椅子に背もたれを掛けた。数秒後、すーすーと規則良く寝息を立てながら寝ていた。ひよりは部屋の電気を消し、ゆっくりと横に座ると、神楽の肩に頭を置いた。
「神楽くん、あなたは本当に立派です。いざやるとなると駄々をこねていましたが、ここまでやりきることができたのはあなた自身の力です…おやすみなさい…」
月明かりだけが差し込む中、彼女も静かに目を閉じた
ひよりちゃんがブチ切れたら絶対恐ろしいことになると思うのは私だけでしょうか?
ヒロイン何人にする?
-
7人
-
8人
-
9人
-
10人以上
-
ひより一筋